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間章.殻識を統べる者


 第一殻識学園の生徒会室。


 本日の生徒会の仕事は終わっており、生徒会メンバーの大半は下校した。


「先日の柘榴塀小平太の特例戦、観ました?」


 部屋の片づけを終えた書記長の美堂佐助みどうさすけが、窓際に寄った蘇芳十色すおうとしきに問うた。


「ああ」


 瑞々しくもはっきりとした声で十色は返事をする。


「まさか転入初日に、最下位がランキング三位の柘榴塀小平太に勝つとは思いませんでしたよねぇ。しかも相手の――」


 佐助が端末を持ち、画面をフリック。


「この七崎悠真って男、なんでも三位の譲渡じょうとを断ったそうですよ?」

「それも、知っている」


 十色はカーテンを横へスライドさせる。窓からは連れ立って学生寮へ足を運ぶ殻識生たちの姿が望めた。椅子の背もたれに深くもたれた佐助が、さらに端末を操作。


『この七崎悠真が、徹底的に叩き潰す』


 佐助が呼び出したのは音声ファイルだった。今の音声から先日七崎悠真が行ったゲリラ放送の録音だとわかった。佐助が感嘆を洩らす。


「そしてこの前代未聞のですからねぇ。あの放送から学内の空気が微妙におかしくなっている気がします。居心地の悪さというか、緊張感というか……会長も感じませんか?」

「最低値に圧勝を許したランキング三位、その三位を倒した男による”正々堂々たる闇討ち”宣言……正直、殻識生にとって喜ばしい影響があったとは思えないな」


 窓ガラスに映り込む蘇芳十色の目はくっきりとした眉の力を借り、虚空を力強く静観している。


「生徒会長としてはこのまま見過ごすわけにもいくまい」


 十色の頭には、先の特例戦で暴れ回る柘榴塀小平太の姿が浮かんでいた。


 佐助が端末をスリープモードに切り替えて帰り支度を始める。けれどまだ生徒会室から出て行く気配がない。十色は視線を、暮れなずむ遠方の景色から学園の敷地内へと移動させた。


「七崎悠真の件は、僕が直々に動くつもりだ。生徒会長として」


 ガラスに映り込む佐助がやや驚いた顔をする。


「この学園の頂点である会長が、直接動くのですか?」


 十色は視線を滑らせた。


「君が望んでいた答えはこれだろう、美堂?」

「あ、いえ……生徒会として対応にあたるとか、そういう流れを期待していたのは事実ですが……その……」


 佐助には歓喜と引け目がまじりあっていた。


「いきなりあなたが出るとは、思いもしませんでしたから」


 十色は視線を伏せる。


「試合映像を観た限り、あれは僕以外の生徒会のメンバーでどうにかなる相手じゃない」

「で、ですがあの特例戦は七崎悠真の幸運による勝利とも言えます。柘榴塀が試合中に放ったフルパワーアタックが、もし七崎悠真の生身に直撃するか、魂殻部分にヒットしていたら……あの特例戦は柘榴塀の勝利だったはず。あれは柘榴塀がフルパワーアタックを打ち損じて、七崎悠真の生身部分にかすっただけだったのが敗因だったわけで――」

「運も実力のうち――運と実力の関係を語る際、何十年と繰り返されてきた文言だ」

「それは、そうですけど……」


 言いつつ、十色はわかっていた。


 そもそもあの特例戦は七崎悠真に足かせをつける追加ルールを小平太側が提案した時点で、運の良し悪しで語れるものではなくなっていた。自分の有利な土俵に相手を引きずり込んでおきながら負けた時点で、小平太側に運の要素を語る資格はないのだ。


 何より十色はあの試合における運の要素そのものに疑問を持っている。


(七崎悠真は、運がよかったから小平太のフルパワーアタックの直撃をまぬがれたのではない……僕の推測では、七崎悠真はあえてあの場所にあてさせた――そうとしか、思えなかった)


 さらに言えば、佐助は運がどうこうと言ったが、それだとあのあと一度も小平太の攻撃があたらなかったことに説明がつかない。


 十色が黙り込んだのは自分の言葉の中に失言があったからだと解釈したのか、佐助は気まずそうな空気を発していた。


「案ずるな、美堂」


 シャッ


 音を立て、十色はカーテンを閉めた。


「実力が運のあたいを遥かに上回っているのなら、戦いが運に左右されることはなくなる」


 運も実力のうち。


 この言葉が引き合いに出されるのは、結果に納得のいかなかった者が”逃げ”として口にする時だ。その相手を納得させるためには、実力によって圧倒的な結果を叩きつけるしかない。


 佐助が敬意を込めた微笑を浮かべる。


「やはり七崎悠真は、会長以外の生徒会メンバーでは荷の重い相手のようですね」

「そう言わざるをえないだろうな」

「しかし、だとしても……七崎悠真は、会長自身が動くほどの相手なんでしょうか?」


 まだ佐助にはピンときていないようだ。彼とこれ以上この話を続けるのを十色はやめた。あの試合映像を観てわからぬ者には、これ以上は何を言っても無駄であろう。


 生徒会室を出る前、佐助が尋ねた。


「会長的には、やっぱり例の特例戦……何か思うところがあるんですか?」

「なぜそう思う?」


 淡々と問い返す十色。佐助はそうと言われなければ気づかない程度に小首を傾げて、問いを重ねた。


「だって柘榴塀小平太って、蘇芳会長の幼なじみなんでしょう?」



     ▽



 鞄を手にぶら下げて、十色は一人昇降口を出た。


 空は黒に塗りつぶされている。空の彼方で黒に抵抗しているのは、頼りない光を放つ適度に散った星々くらいだ。十色は立ち並ぶ常夜灯を静かに見据えた。


 人類が火を得、光を得、そうして人の住む世界から闇は少しずつ排除されていった。けれど今、この殻識を一つの闇が覆おうとしている。


 雲に隠れがちな月を仰いだあと、十色は淡々と階段をおりて学生寮を目指した。


「蘇芳クンっ」


 誰かに呼び止められた。振り向くと、いやに肩へ力の入った女子の生徒が立っていた。


南野みなみのか」


 南野萌。小平太と親しい集団の中心人物と言っていい生徒だ。ただ彼女は、十色とは学園生活でほとんど接点がなかった。会話した記憶も不鮮明である。


「小平太の件、知ってるでしょ!?」

「ああ、知っている」

「あのふざけ切った七崎悠真の放送も聞いたわよね!?」

「当然だ」


 萌の唇が弧を描く。


「なら当然、叩き潰してくれるんでしょうね!?」

「……あえて聞く。誰をだ?」

「七崎悠真をよ!」


 十色は視線をアスファルトの上へ落とす。


「この僕がか? なぜだ?」

「はぁ!? そんなの、アンタが小平太の幼なじみだからに決まってるでしょ!? もちろん、かたきはとってくれるつもりよね!?」


 十色は細い息を吐いた。


「確かに僕は、小平太とは幼なじみの間柄にある。互いの仲も険悪ではないと認識している。まあ、君のようにべったりではないがな」


 蠅を払うようなオーバーなジェスチャーをする萌。


「だったら蘇芳クンが、の敵を――」

「勘違いしてくれるな、南野萌」

「うっ」


 十色がひと睨みすると、萌は気圧されて身を引いた。頭上から降り注ぐ街灯の光が顔の陰影を濃くしたせいか、十色の睨みがひどく恐ろしいものに見えたのかもしれない。


「僕は、小平太は負けるべくして負けたと思っている」

「ていうかアンタ、ちゃんと小平太に会いに行ったんでしょうね!?」

「今、小平太は実家に帰っているんだろう? 悪いが、今の僕にあいつの実家へ足を運ぶだけの余裕はない」


 彼の実家は殻識島にある。十色の実家もすぐ近くだった。


「それともあいつは、敗北したら幼なじみの僕がすぐ駆けつけなければならないような、そんな心の弱い人間に成り下がったのか?」

「い、今は精神的な疲労が大きくて一時的に休養しているだけよっ! でも、蘇芳クンがあの悪魔を追い払ってさえくれれば、きっと――」

「僕に小平太のしりぬぐいを押しつけるなよ」

「なっ――あ、アンタ小平太の幼なじみなんでしょ!? いくらなんでも冷たすぎない!? 何よ、その言い方!?」

「小平太のことは嫌いではないが、それとこれとは話が別だ。僕は、七崎悠真の件で小平太のために動くつもりはない」

「くっ、見損なったわ! どうせあれでしょ!? 生徒会長になったから、自分は特別だとか思っちゃってるんでしょ!? 権力の犬!」


 十色は視線を伏せた。


「ただ七崎悠真の件については、生徒会長として動くつもりはあるが――」

「あっ!」


 萌の態度が急変した。


「な、何よっ……ふ、ふん! やっぱり本音では小平太のかたきを取りたいんじゃないの! あれね! 昔流行った、ツンデレってやつなのよね!?」

「”つんでれ”というのが何を示しているかは知らないが、君が勘違いをしているのは事実みたいだな……改めて言う、僕は小平太のために動くわけじゃない」

「だ、だったらなんのために――」


 これ以上の会話は無益と判断し、十色は下校を再開した。


「殻識のためにだ」


「はぁっ!? だったら余計にかたきを討つべきでしょ!? 小平太はこの殻識の誇りのために戦ったのよ!? くっ……前から気に喰わないと思ってたけど、やっぱアンタって最っ低ね! この冷血漢! 幼なじみのくせに、友情とか、そういう正しい感情が湧かないわけ!?」

「あいつとはいつからか疎遠になっていたしな……これは僕の理論だが、友情にも更新時期は存在する。永遠などない」

「そういうの飛び越えるのが、友情ってもんじゃないの!?」


 萌を横切る時、十色は一度足をとめた。


「南野」

「な、何よ……?」

「君は学内ランキング九位だし、そこそこの実力もあるはずだ。かたきをとりたいと言うのなら、なぜ自分でとろうとしない?」

「はぁ!? アンタ生徒会長のくせに頭悪いの!? 七崎は三位の小平太に勝ったのよ!? アタシが勝てるわけないでしょ!? それにほら、こうしてアンタを通して間接的にとろうとしてるじゃない! なんの問題があるっていうのよ!?」

「すべて、他人頼りか」


 萌の肩に手を置くと、十色は力を込めた。


 ぐいっ


「いっ……痛っ! な、何すんのよっ!? 人を……よ、呼ぶわよ!?」

「南野萌」


 十色の声のトーンの変化に、急速に萌の威勢がしぼむ。


「僕はあいつの人生にいちいち口を挟むつもりはない。今までも、これからもだ。あいつの人生はあいつが決めることだし、僕の人生も僕が決める。けれど一つの推測を口にするくらいは、させてもらうよ」


 研いだナイフをあごの下へ滑らせるようなトーンで、十色は言った。


「小平太をだめにしたのは、ひょっとしての存在なんじゃないか?」


 萌はそれ以上、何も口にしなかった。彼女の肩と膝だけが微弱な震えを訴えていた。今の言葉がしっかり彼女の脳に届いたかどうかは、わからない。


 十色は肩から手を離すと、小刻みに震える萌を残して歩き出す。ふきつけた風が、並木の枝から木の葉を運んできた。


 パシッ


 闇に染まる木の葉を払いのける十色。


「だが――いずれ七崎悠真の件は、君の望んだ結果となるだろうな」


 立ちすくむ萌を置き去りにしたまま、十色は、王の風格を漂わせながら歩を進めた。


「あの男が現状この学園にとって害悪なのは事実だ。彼に個人的な恨みがあるわけではないが……この学園を総べる生徒会長たる僕が、動かないわけにもいくまい。だから、七崎悠真は――」


 ガッ


 十色は鞄を軽く振り上げ、肩にかついだ。


「この蘇芳十色が、徹底的に叩き潰す」




 お久しぶりでございます。というわけでタイトルも『ソード・オブ・ベルゼビュート』と改めまして、次話より第二章スタートとなります(タイトル変更の経緯等は活動方向の方に記載しております)。いけるところまでは毎日更新を心がけたいと思っています。改めまして、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王の風格を持っていらっしゃる...
[良い点] こういうキャラって負けフラグを盛大にたてて逝くよね
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