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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
25/133

25.黄なる魔境


 目を覚ました悠真は、自分がこの家に一つしかないクッションの上に頭をのせて寝ているのに気づいた。


 急速に意識が覚醒していく。即座に視線を巡らす。オルガはベッドの縁に腰掛けて、スマートフォンの画面を指ではじいていた。


(……しまった。どれくらい寝ていた?)


 置時計を確認。心の中で息をつく。


(20分程度か……家に戻るまではもつと思っていたが、オルガの家へ来るのは想定外だったからな……元の身体と同じ感覚で考えていたのも、まずかった。いや、だがこれは言い訳にすぎないな。俺の目算が甘かった。それだけだ)


「あら? もう起きましたの?」

「すまない。実は寝不足気味でな。今日の特例戦が気になって、昨日はよく眠れなかった」

「コーヒー……新しいの、淹れますわね」


 寝てしまった理由は嘘だと知っている。そう言いたげな調子だった。


(さすが、というべきか……つまらん嘘は、お見通しらしい)


 想定外の形で短い睡眠をとることになったが、そのおかげで意識はすっきりしていた。睡眠は短くとも休息効果が高い。短時間の昼寝が一部で推奨される理由もここにある。とはいえ、意図せず意識を失ったのが失態であるのに変わりはないが。


 コトッ


「どうぞ」

「悪いな」


 オルガが淹れてくれたコーヒーを飲む。カフェインの効果で、意識がさらに覚醒していく。もう大丈夫だ。


 悠真がクッションを返し、二人は最初の位置に戻った。


「勝手に寝ておいてなんだが、まだ時間の方は大丈夫か?」

「ええ。わたくしは今夜、どうせ暇ですから」

「そうか」


 カップを置き、悠真は本題へ移る準備を始める。


「さて、何から聞いたものかな……」

「答えられるものなら、なんでもお答えしますわ」

「俺の信用も厚くなったものだ」

「あの特例戦をてしまっては、わたくしの心も信頼へ動こうというものです。いえ……きっと、誰であっても」

「誰でも、は過大評価だな」


 本命の玉をあえて仕込まぬこういった変化球の投げ合いも悪くはないが、今日は話を進めておきたい。早速、本題へ移る。


「まず単刀直入に聞く。ずっとタイミングをしっして、聞きそびれていた質問だ」


 ただ、ボディガードの件から考えると、早急に答えを求める必要がない質問でもあるのだが。


 カタッ


 オルガもカップを置く。


「どうぞ」

「黄柳院オルガはなぜ、特例戦を一日一回無条件で受けている?」

「取り決めだからです」

「誰とのだ?」


「黄柳院総牛そうぎゅうとの」


 黄柳院家の現当主であり、オルガの父親。


「その取り決めを行った理由を聞いても?」

「わたくしを――黄柳院オルガを、黄柳院家に認めてもらうためですわ」

「馬鹿な」

「ですが、そういう取り決めなのです。黄柳院の娘として真の意味で認めてもらいたくばどんな戦いにも応じ、勝利せよという」


(そうして勝ち続けて得た称号が”不敗の女王”というわけか。前回のトーナメントは体調不良により棄権……敗けては、いないが……)


「ただし、敗北が許されないのは特例戦に限った話。トーナメントでの敗北は認められています」


 なるほど、黄柳院も鬼ではないらしい。


「ですが、本家に認められて屋敷に戻るためにはもう一つ条件があるのです。それは――」


(あの学園のシステムを考えると、おおよそ察しはつくが……)


「殻識学園のランキングで、頂点に立つこと」


(案の上か。前言撤回だな。鬼どころの騒ぎじゃない)


「魂殻を今日の特例戦でほぼフル稼働させた今なら、よくわかる」


 やや責めるような言い方になってしまうのを覚悟で、悠真は言った。


「装殻は魂殻の使用者に重い負荷をかける。戦闘にもちいればさらに負荷は大きい。そして、その魂殻を使って短期間に何度も試合をしていたら……トーナメントの途中で体調不良になるのも、むしろ必然と思えてしまうがな」


 悲愴感のこもる薄い笑みを浮かべ、オルガは長いまつ毛を伏せた。


「返す言葉も、ありませんわ」


 昨晩柘榴塀小平太との戦闘シミュレーションを頭の中で組み上げたあと、余った時間でここ数ヵ月のオルガの特例戦記録を調べてみた。


 少ない時でも一週間に四回、特例戦は行われていた。つまりオルガは週の半分以上は特例戦をしている。そしてどの試合にも勝利していた。トーナメントで体調不良になった翌日もである。


 ここで一つの疑問が生じる。


 黄柳院オルガはランキング四位の実力者。


 強敵と言えるだろう。


 そして今のところ挑戦者は一人残らず敗北している。


 敗北濃厚であるにもかかわらず、挑戦者があとを絶たないのはなぜか?


 答えはこうだ。


 皆、敗北時の特別条件をオルガが何も提示しないのを知っているからだ。


 ランキング四位の実力者とリスクゼロで機会など普通ならありえない。小平太がオルガの挑戦をあっさり切って捨てたのをかんがみれば、上位者が下位者の挑戦を受けるのがいかにレアケースであるかがわかるだろう。


 ただし黄柳院オルガに限っては無条件で特例戦を引き受け、かつ、挑戦者側はノーリスクで”練習試合”を行える。その”練習試合”で得られる経験値はいかほどか? 挑戦者にもよるが貴重な経験となるのは間違いない。腕を磨いた後の腕試しの相手としてもいいだろう。者によっては、格上の者と戦うことで自分の今の実力がどの位置にあるかを知ることができる。


 言うなれば、経験値のサンドバッグ。


 魂殻使用による身体への影響は先ほど意識を失った時に再認識した通りだ。オルガも魂殻の負荷からは逃れられない。そして、特例戦による疲労が蓄積された状態で彼女が自分より霊素値の高いランキング上位陣に勝てる見込みなど、あるだろうか――いや、あるはずがない。


「在学中に一度でもランキング一位を取ること。それが達成された場合に限り、わたくしは黄柳院家の敷居を正式にまたがせてもらえるのです」


 黄柳院家が彼女に家の土を踏ませるつもりがないのは明白だ。これは元からゴールへ辿り着けないよう仕組まれた形だけの”試練”。


「わからんな。条件のいびつさに気づかないおまえではないだろう」

「ですがわたくしには、これしかないのです」


 いびつさを自覚しつつ、それでも理不尽を跳ねのけて頂点を目指す覚悟。


 目を見れば伝わるものがあった。オルガは言い渡された条件で真剣に黄柳院家への復帰を考えている。自分の身体が白旗を上げるのが先か、卒業まで真の女王の座を獲得するのが先か。


 けれど、分の悪すぎる勝負だ。


(オルガに上への道を開けておくつもりでランキング三位の譲渡を突っぱねたのは、正解だったか……)


 しかし悠真がオルガへ三位の座を譲渡したり、わざとトーナメントでオルガに負けたりするのは得策ではあるまい。もしそれが黄柳院側に見破られれば、オルガの黄柳院家への復帰が認めらないどころか最悪”資格なし”として、取り決めの破棄も考えられる。


(だが、その頂点を目指す娘の足を父である総牛が引っ張っているとはな……つくづく魔境だ、あの家は)


 コーヒーを口に含む。


(しかしいくら異母の子とはいえ、そうまでして黄柳院家がオルガを遠ざけようとする理由はなんだ? それに……冷たく遠ざけようとする一方で、どこか見捨てきれない未練めいたものが漂っているのも事実……あの家にとって、黄柳院オルガとはなんなんだ? いずれにせよ――)


「腹立たしいのは、事実だな」

「あの、七崎くん? わたくし、何か気に障ることを――」

「勘違いするな。腹立たしいのは、おまえが置かれている今の状況がだ」


 オルガが視線をカップの中に落とす。


「キミにそう言ってもらえるだけで、わたくしは十分ですわ。それと、七崎くん。この話は、わたくしたち二人だけの秘密にしておいてくれませんか?」

「……わかった」


 聞けば、生活費は最低限の金額が口座へ振り込まれる形となっているそうだ。限られた生活費だからこそ、彼女には節約が必要だったわけだ。


 すべて、繋がった。


 黄柳院の娘が学食を使わずに弁当を自分で手作りしているのも、タイムセールを重要視していたのも、あのレストランの料理の値段を見て複雑そうな顔になったのも。


「迎えの者とやらは?」

「黄柳院家側の配慮ですわ。送迎くらいは、黄柳院らしく扱ってくれるそうです」


 このワンルームマンションの近くまで黄柳院家の車で送ってくれるそうだ。黄柳院としての見栄なのだろうか。だとすれば、見栄を張る場所が間違っているとしか言いようがない。


(渡されたデータでは、黄柳院オルガの住所はこの島にある黄柳院家の屋敷になっていた。送迎車の意図は……まさか、学園側に屋敷の方がオルガの本住所だと思わせるためのカモフラージュか? だとすると、稚拙ちせつにすぎる気もするが……)


 あるいは送迎は、ヨンマル側の者に対する黄柳院側の”黄柳院オルガに深く関わるな”という遠回しな牽制けんせいとも考えられる。車に乗った時点で”ここから先は我々の領域ゆえ、ここからは関わるな”と暗に伝えているのだ。悠真のオルガの護衛も学園内で過ごす時間に限られている。その先はヨンマルにとっても、やはり不可侵の領域なのか。


 腫れ物に触るような久住の黄柳院家に対する反応を思い返すと、あながち的外れの推理ではないかもしれない。


(久住はオルガの本当の住居を知っていたのか? 終業後は、俺の護衛任務の対象外……伝える必要はないと、あえてそう判断したのかもしれないが……)


 そして学内での”黄柳院の娘”としての立ち振る舞いも、すべては黄柳院にふさわしい者たろうとするための彼女なりの”努力”だったと判明した。


 黄柳院の娘が黄柳院の者として認められるために、黄柳院たろうとする。


(頭が痛くなりそうな、馬鹿げた話だ)


 ひたすらに悠真が感じるのは、とにかくオルガを黄柳院家の中心から遠ざけようとする黄柳院家の強い意志である。


(黄柳院にとってあの学園は、黄柳院オルガを閉じ込めておくための監獄なのかもしれんな。あの家のことは……そうだな……そのうち、個人的に少し調べてみるとするか……)


 存在の抹消にまで至っていないのは、やはりオルガが持つ例の純霊素ピュアゴーストの件を黄柳院家側も把握しているからだろうか。


(ただ、これで大方の疑問は解消された。無条件で特例戦を受ける理由も、黄柳院の娘がこんな暮らしをしている理由も……)


 同時に、黄柳院家に対する別の疑問も膨らんでしまったが。


(しかしとにもかくにも……今の俺がやるべきことは、あの学園にいる間この娘を”守る”ことだろう。他は、一つ一つこなしていくしかあるまい)


「一つ聞かせてほしい。おまえにとって黄柳院家は、それほどまでに大事な存在なのか?」

「正直に言いますと、今は前ほど執着はしていない気もしますわ……少し前までのわたくしは、あの家に認められるのがすべてでしたから」

「ん? 今は、違うのか?」


 オルガの返答は遅れた。恥じらうように、視線をテーブルの上へ逃がしている。


「……はい」

「そうか」


(だとすれば、俺も少し動きやすい。ふむ……七崎悠真の存在が、いくらかオルガの肩の荷をおろすのに成功したか? 反応からして、そう受け取ってもよさそうだが……)


「ただ……どうしても一度、わたくしは黄柳院家の所有するある屋敷へ足を踏み入れたいのです。今のわたしの立場では、あの屋敷には近づくのも許されていませんから」


 オルガはその屋敷へ立ち入るために、例の取り決めを続けるつもりでいる。

 となると、彼女に与えられた特例戦の条件を自主的に破棄させるのも難しい。

 黄柳院家の提示した条件で、頂点を取らせるしかない。


(つまりオルガと総牛の取り決めの内容を変更させず、かつ、他の生徒に特例戦を申し込ませない策が必要となるわけだ)


「いいだろう」


 オルガがきょとんとして、眉を上げた。


「何がですの?」


「まずおまえを特例戦でサンドバッグ代わりにしようとしている小賢しい連中を、一人残らず、身動きが取れない状況に追い込む」


「え?」

「おまえの印象も少しばかり悪くなるかもしれないが、俺の言う条件をのんでくれれば、おまえの特例戦での負担を大幅に減らせるかもしれない。このまま疲労を溜めこむ日々を送っていては、ランキング一位など夢のまた夢だろうしな」

「ですが、取り決めを破ってしまったら……」

「安心しろ、取り決めを破る必要はない」


(それに……この方法にはもう一つ、オルガのボディガードの件に関連して期待できる別の効果がある。試してみる価値は、あるだろう)


「な……何を考えていますの、七崎くん……?」

「言ったはずだ」


 コーヒーを飲み干すと悠真はカップを置き、口の端を吊り上げた。


「俺は、悪者だと」



     ▽



 翌日の昼休み。


 校内放送の開始を告げるメロディーが殻識学園の校舎に流れた。


 かつてはメールによる一斉送信告知が採用されたこともあったらしいが、スルーする生徒も多かったために、この殻識でも旧来の校内放送が復権したのだという。


「先日行われた特例戦で学内ランキング三位の柘榴塀小平太を下した、七崎悠真だ」


 やや前屈みの体勢でマイクアームに手を添え、悠真は”放送”を開始した。


「今日は一つ、この殻識の生徒に宣言しておきたいことがある。是非とも、心に留めておいてもらいたい」


 微塵の躊躇も緊張もなく、放送を続ける。


「本日より黄柳院オルガに特例戦を挑んだ者は、今後、いかなる手段を用いてでも――」


 あえて意識的に脅しの響きを込め、悠真は言い放った。



「この七崎悠真が、徹底的に叩き潰す」



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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、確かに悪者。 はたから見るとすんげーオルガに執着してるように 見えるんだろうなぁ。
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