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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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23.オルガとの約束


 悠真の答えに対し、オルガはクスリと笑みをこぼした。


「あえて悪役の側を選んでいるのに、七崎くんはなぜか自分を卑下している感じがしませんわね」

「いち戦士よりは、王の方が凄そうだしな」

「もぅ……ああ言えばこういう人ですわね、キミって」


 呆れ交じりに苦笑するオルガの顔から、緩さが消える。


「でも、驚きましたわ。あんな戦闘技術……一体、どこで身に着けたんですの?」

「オルガは、俺に興味があるのか?」


「ええ、キミのに」


「まあ……”あんな戦闘技術”でもなければ、最低値でこの殻識に転入などしないさ」


 霊素値の低さを戦闘技術でカバーできなければこの素体での任務遂行は不可能に近い。久住は七崎悠真以外の素体を用意できなかった。だからこそ霊素に頼らず高い戦闘能力を発揮できる真柄弦十郎に、久住は白羽の矢を立てたわけだ。


「ただその戦闘技術のおかげで、この殻識の誇りとやらを傷つけるのに成功してしまったわけだ」

「ひょっとして、転入目的はそれじゃないですわよね?」

「もしそうだとしたら?」

「もぅ……七崎くんったら、悪者ぶって」


「実際、悪者だからな」


「……そ、そうですの?」

「誰かにとっての俺は、いつだって悪者だ」

「でしたら……」


 オルガの声量が、頼りなく萎んだ。


「わたくしにとってキミは、なんですの?」

「味方でありたいと思っている」


 悠真は即答した。


「他の誰が敵に回っても、七崎悠真はきっと黄柳院オルガの味方であり続けるだろう」


 表情を隠すみたいに、オルガが顔を背けた。


「キミって、ほ、本当に言い方がストレートですわよね……今までわたくしの周囲には、いなかったタイプですわっ」


 戦闘技術をどこで身に着けたのかという質問を煙に巻くのには、どうやら成功したようだ。すかさず畳み掛ける。


「ところで、宣言通り柘榴塀小平太のソウルシェルゲージをゼロにして勝利したわけだが……例の約束は、守ってもらえるんだろうな?」


 期待を込めた笑みを浮かべて問う悠真。相手の情報を得るという意味では下校の時間を共有するのも護衛に必要なプロセスだが、いらぬ違和感を持たれないように、ここは軽めのノリを装うのが正解であろう。クラスいちの美人と一緒に下校したい思春期の男子に見えるように、ここは自然さを心がける必要がある。


 オルガは「ぁ――」と言ってから”いよいよ来たか”という顔をした。高鳴る鼓動をおさえるようにてのひらを胸に添えてから、彼女は、そっぽを向いた。


「もちろんですわ。今日は迎えの者に、来なくていいと伝えていますので」

「つまりおまえは、本当に俺が勝つと信じていたわけだ?」

「いいえ、どちらに転んでもよいよう準備をしていただけです」

「照れ隠しが下手だな」

「ぅっ――え、ええっ、下手ですわっ。悪ぅございましたわねっ」


 ぶすっとするオルガ。


「もぅ、七崎くんったら……わたくしを、からかってばかりで……」

「そういう素直な反応には、好感が持てる」

「ぅ……ぐ、ぬ……っ! ぅぅう~……っ!」


 ぐぬぬ顔になり、赤面しながら柳眉を逆立てるオルガ。


(普段とのギャップが愉快で、つい意地悪を仕掛けてしまうな……そのうち久住に見つかって、遊びがすぎると叱られそうだ)


 昇降口を出て正門を抜けると、二人は歩道へ出た。一応車からの狙撃を警戒し、悠真は車道側を歩く。


「そういえば、オルガの家――黄柳院の屋敷はどこにあるんだ?」


 本当は場所を知っているが、話のとっかかりを得るためにあえて知らないふりをした。

 確か黄柳院家はこの殻識島ができたあと、島に大きな屋敷を構えたはずだ。この学園からそう遠くない位置にあったと記憶している。ただし山中にあるため、徒歩での行き来は難儀と言える。


 スマートフォンの地図を見せながら、オルガは屋敷の位置を教えてくれた。黄柳院の屋敷の場所はネットの地図にも載っている。この島の屋敷は公にされているのだ。当然、載っていない屋敷もこの国のどこかにあるのだろうが。


「なら途中で適当に別れるか。おまえは別れたところで迎えの車を呼ぶといい。ただ、食事だけはご褒美としてつき合ってもらう。今日は、そんな感じでいいか?」


 一瞬オルガは難しい顔をしたが、すぐに表情を戻した。


「わかりましたわ。ですが……あなたの言う食事の時間には、まだ少し余裕がありますわね。余裕があるのなら、その……個人的に寄っておきたい場所があるのですが」

「どこに行きたいんだ?」

「ええ……わたくし実は、ここへ行きたくて」


 スマートフォンでページを呼び出し、オルガがディスプレイを見せてくる。


「ん?」

「なんですの?」

「いや……俺もおまえと別れた後で、帰りにここへ寄ろうと思っていたんだが」

「え? そうですの?」

「奇遇だな」

「奇遇ですわね」


(いや、しかし……これはどういうことだ……?)


 果たしてこの場所は、黄柳院の娘が下校後に立ち寄るような場所なのだろうか。

 悠真は今一度、ディスプレイに表示されている店舗名を確認した。


『殻識島のみなさまに、いつも笑顔をお届け! スーパーWAKASAGIっ!』


 表示されている同スーパーの広告に目をとめる。


(ひょっとして、これが目的か……? いや……まさかな……)


『数量限定タイムセール! 午後7:30より、堂々スタートっ!』



     ▽



「やったぁ! まだ残っていましたわ、七崎くん!」


 出会ってから一番の無邪気な笑顔だった。今にも頬ずりしそうな勢いで、オルガが”お一人さま、二本まで!”のネギを二本抱えている。


「よかったな」


 タイムセールのネギを手に入れたのが、そんなにも嬉しかったのだろうか。


「――ぅっ?」


 今のはしゃぎぶりは無自覚に出たものだったのか、オルガはハッとして目を見開くと、慌ててネギをカゴに入れて、居住まいを正した。周りの客の視線も彼女に集まっていた。黄柳院オルガはそこにいるだけで目立つ女の子なため、ああして大きな声を出すと、いやでも周囲の注目を集めてしまうのだ。


 恥ずかしさをまぎらわすように、オルガは編み込んだ髪束を指でいじった。


「し、失礼いたしました……ネギのタイムセールは、久しぶりだったもので……」


 自戒に眉をしかめ、顔を赤くしている。


(久しぶり、か……つまりこのスーパーには何度か来ているわけだ)


「常連みたいな口ぶりだな」

「ええ、ここは他のスーパーよりちょっとだけ安いのですわ。あら? 七崎くんも、それが目当てではありませんの?」


 悠真の方は、仮住まいの冷蔵庫の中身が寂しいので帰りに飲み物を買っていこうと考えていただけだった。とりあえず贔屓ひいきにしている缶コーヒーの銘柄が置いてあるのは確認したので、目的の半分はすでに果たされていた。


(あの缶コーヒー……自動販売機ではあまり見かけない上に、ネットでの取り寄せもないからな。やれやれ……アイツのおかげで、チェーン店でないスーパーに入る癖がついてしまった)


 缶コーヒーコーナーの隅っこに一列だけ並んでいる赤と黒のラベル。悠真は、恨みがましい気分でラベルを眺めていた。


「どうしましたの、七崎くん?」


 このスーパーへ来たかった理由を悠真が話すと、オルガは興味深そうな反応を示した。


「少し、意外ですわ」

「ん? ひとり暮らしがか?」

「いえ……そういう人間味のあるこだわりを七崎くんが持っていたことが、ですわ」

「フン……人をロボットみたいに言ってくれるじゃないか、オルガ。ま、たまに言われるが」

「ですがちょっぴり、ホッともしました」

「心を失った悪魔ではなく、マイナーな缶コーヒーに執着する小市民だったことに?」

「くすっ……そのひねた詩的表現はともかく、おおむねそんな感じで――って、あぁっ! この……豚の、ひき肉っ! 賞味期限がまだ先なのに、値引きシールがついてますわっ! しかも、残り一つ! 危ないですわ!」


 パシッ、ヒョイッ!


 超速の勇者アクセルブレイバーもびっくりの超スピードで、黄柳院オルガが豚のひき肉のパックをカゴへ投入する。


「…………」


(本人は否定気味だったが……そういえばこの娘、辛いものが好きだったな)


 悠真は、食事場所は辛さがウリの料理を出す店にすべきだったかとかすかな失策感を覚えた。


(ん? カゴに入っている、あのパッケージは……ああ、なるほど……)


 悠真は理解した。


(ネギも豚のひき肉も、担担麺の材料か)



     ▽



 食事場所は、繁華街のやや外れにある和食レストランにした。


 予約は事前に悠真が取っていたため、店は混んでいたが、席には待つことなくつくことができた。


 食事に誘う相手があの黄柳院の娘なのもあり、最初はもう少し高い店をとも考えていた。しかしよくよく考えてみれば、七崎悠真の身分は高校生。分不相応な店を選んでそこに違和感を持たれるのもリスクだと判断し、結局、適度な値段の一般的なレストランにした。ちなみに七崎悠真――真柄弦十郎は超雑食である。大抵のものはおいしく食べる。さらに言えば、味よりも栄養バランスを気にする方である。


 それにしても、先ほどからオルガの顔色が優れない。


「和食は、苦手だったか?」


 洋食風味のメニューの載っているページを開き、悠真は、逆さにして対面のオルガにメニューを差し出す。


「少ないが一応、和食以外のメニューもあるが――」

「あ、いえ……和食は、嫌いではありませんわ」


 気遣うような苦笑をすると、オルガは高い木組みの天井を見上げた。あたたかな弱めの照明が和の雰囲気を際立たせている。


「その……そこそこ値の張りそうなお店だなと、思いまして」


(俺が”従業員”連中とよく行く店よりは、確かに値段は高めだが……黄柳院の娘の発言と考えると、違和感がある。先ほどのスーパーの件にしてもだ……おおよそ、ことの輪郭は見えてきた気もするが……)


「値段の心配なら無用だ。今日は俺の奢りだからな。好きなものを頼んでくれ」

「い、いけませんわっ……自分で食べた分は、きちんとわたくしが払いますっ」

「この前の唐辛子味噌のお返しだと思ってくれればいい」

「あ、あんなものは――」


 メインメニューの載っているページを開くと、悠真は、オルガに料理の写真が見えるようにしてメニューを立てた。


「背伸びして、格好をつけたい年頃なんだ。例えば、気になる女の子に食事を奢るとかな……今日は、七崎悠真の気持ちを察してやってくれ」


 有無を言わせぬ調子で、悠真はそう言った。七崎悠真には、年頃の思春期男子として犠牲になってもらった。


「ぅ……わ、わかりましたわ……では、ええっと……今日は、ごちそうになりますわね……」


 頼んだ御膳ごぜんメニューが運ばれてくると、オルガはそれをおいしそうに食べた。食べ方はやはり上品だったが、彼女の旺盛おうせいな食欲がその上品さをわずかばかり削いでいた。頼んだ料理が好物だったのだろうか。


 さっさと食べ終わってオルガの食事風景を眺めていた悠真の口もとは、少しだけ斜めになっていた。


「…………」


(一味唐辛子を、入れすぎな気がするが……あれで、辛くないのか……)



     ▽



 レストランを出ると、悠真は時間を確認。


(オルガがあまりにうまそうに食べるものだから、結局、しようと思っていた質問をしそびれてしまったな……)


 落ち着いた場所でと思い個室を予約したのだが、自らの失態で目論見を達成できなかった。普段ならなんの問題もなくこなせるはずなのだが、オルガが相手だとどうもペースを乱されてしまう。やはり面白い娘だと思った。


(さて……学生の身分だと、そこそこイイ時間か……)


「今日は、そろそろ解散にするか。ただ一つ、どうしてもおまえに聞いておきたいことがあってな……そこそこ大事な話と言えば、そうなんだが」

「大事な話、ですか」

「ああ」

「大事な、話……」

「ん? どうした?」

「…………」


 うつむき、黙するオルガ。直前の質問はおそらく耳に届いていない。一味たっぷりのうどんを食べたせいで、腹でも痛くなったのだろうか。


「具合でも悪いのか? もしそうなら、すぐ迎えの車を呼んだ方がいい。さっきの話は、明日でもかまわない」

「七崎くん」


 暗がりではっきりとは見えなかったが、彼女の表情に葛藤の残響が漂っている気がした。


「夕食をごちそうしてもらったお礼といっては、アレなのですけど――」


 オルガが決然と顔を上げる。


「これからわたくしの家で、少しお茶でもいかがでしょうか?」


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[気になる点] ひき肉は早く冷蔵しないと傷むぞ。
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