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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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22.魔王と勇者


「あ……ぁ、ァ……嘘だ……おれが、最低値に……う、嘘だ……あ、ァ……」


 小平太の瞳は逃避的な揺れをみせており焦点が定まっていなかった。敗北のショックで現実感を喪失しているのかもしれない。


 悠真も魂殻を収縮オフライン状態する。


 グラッ


 重々しい疲労感が一気にのしかかってきた。

 魂殻の使用はこの負荷と切っても切り離せない。あれほどの激しい運動をこの若き七崎悠真の身体に強いたのだ。この疲労感は受け入れるしかあるまい。

 足もとが揺らぎかけたが、どうにか踏ん張る。


(勝者がこの拍手の中で無様に気を失って倒れるわけにもいくまい……オルガも見ていることだしな)


 このまま意識が遠のく感覚に身を任せ、この場で倒れ込みそのまま寝てしまいたい衝動がなかったわけではない。試合中の運動量は明らかに限界を超えた量オーバーワークだった。むしろ途中で音を上げなかったこの身体にこそ、悠真は拍手を送りたいところだった。


 今悠真に送られている拍手は、勝利後、狩谷を起点に他の観客へと広がったものである。オルガもたおやかな拍手を送っていた。悠真はオルガに手を振って返した。するとオルガは拍手をとめ、俯いてしまった。照れているのだろう。


「こ、小平太……っ!」


 戦台に小走りで駆けつけたのは、萌と取り巻きたち。萌と取り巻きの一人が小平太の両脇を抱え、立ち上がらせた。萌は悠真を涙目でキッと恨みがましく睨みつけたが、言葉を発することはなかった。


 萌は自分自身にブツブツと声をかける意識の朦朧とした小平太を連れ、そそくさと取り巻きたちと試合場をあとにした。今のこの試合場は”ホーム”ではないと、痛いほど感じているのだろう。


 悠真は彼らにひと言も声をかけなかったし、かけるつもりもなかった。


(そこから立ち上がってどこを向くかはおまえ次第だ、柘榴塀小平太……その周囲の連中もな)


 皆が七崎悠真を讃えていたが、この勝利を悠真自身は誇っていなかった。

 去りゆく小平太たちを眺め、フン、と自嘲的に鼻を鳴らす。


(形としちゃあ、イイ大人が子どもの砂場に上り込んで暴れたみたいなもんだ……この勝利を露骨に誇るのも、大人げなかろう)



     ▽



 後処理を終えて試合場から廊下へ出ると、狩谷とオルガが待っていた。

 駆け寄って来た狩谷が悠真の両手を取る。


「すごかったよ七崎君! まさか、あの柘榴塀君に勝ってしまうなんてね!」

「試合中に先生が俺を庇ってくれたおかげですよ」

「いいや! これは君自身が得た勝利さ! この勝利は、誇っていい! 僕が保証するよ!」


 先ほど誇れる勝利ではないと自分に言い聞かせただけに、悠真は微妙な笑みで返すことしかできなかった。 


「それとその……悪かったね、七崎君」


 狩谷が気まずそうに口を開いた。


「何がです?」

「僕は昨日、君が負ける前提で会話を進めていた……ひどい担任だよね、ほんと。しかも追加ルールや自主休学の件も知らなかった。模擬試合ではなく特例戦だった時点で本当は気づくべきだったんだ。ごめんよ、七崎君……」


 オルガの視線でわかった。待っている間、彼女が細かな事情を説明したようだ。


「何を言うんです、先生。コモンウェポンを選ぶ時や過去の柘榴塀小平太の試合映像の閲覧をスムーズに行えたのは、先生のおかげなんですよ?」


 事実、その通りだった。翌日が特例戦なのを考えれば、武器の選別と過去映像の閲覧をスムーズに行えたのは幸運だったと言える。おかげでシミュレートを組み立てる時間に、余裕ができたのだから。


「しかし、これで七崎君が殻識の学内ランキング三位かぁ。大出世だね」

「いえ……今回、俺は三位の座はいらないと事前に相手へ話してあるので」

「そ、そうなのかい!? でもシステム上、キミに三位の座は自動的に譲渡されるはずだけど……」


 そういえばHALに譲渡不要の申請は出していなかった。


「拒否申請はできるんですか?」

「え? できることは、できるはずだけど……いいのかい?」

「個人的に、思うところがありまして」

「そっか……うん、わかったよ。事情はわからないけど、七崎君がそう言うなら」


 その場で狩谷に手続き方法をレクチャーしてもらいながら、悠真は譲渡拒否の申請を終えた。


「けど、本当の本当によかったのかい?」

「ええ。助かりました、狩谷先生」

「ははっ、僕は君の担任だからね。何かまた僕に手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ」


 そうして祝いの言葉を何度か繰り返し述べると、狩谷はまだ仕事が残っているからと去って行った。彼は去り際も、祝福の言葉をかけてくれた。


「いい教師だな」


 遠ざかる狩谷の背をオルガと二人で眺めながら、悠真は感想を述べた。


「ええ。わたくしも、狩谷先生には見せ場を持っていかれてしまいましたわ」

「ん? 試合中におまえは、俺を庇おうとしてくれたのか?」


 試合中にオルガが悠真を庇おうと何か言いかけたのには気づいていたが、悠真はあえてすっとぼけた。


「ぅっ……そ、そりゃあそうですわ! あの場でわたくしがキミを庇わなかったら、誰があそこでキミを庇うんですのっ!?」

「狩谷先生だな」

「うっ……か、狩谷先生ですわね……そう、でしたわね……」

「フン……それで、黄柳院オルガの試合評は――」


「し、七崎君っ!」


 黒いネクタイをした男子生徒が廊下の角から現れ、悠真に声をかけてきた。ネクタイの色で三年生だと判断できる。

 ただ、見覚えのある生徒だった。悠真はすぐ思い出した。彼は前回のトーナメントで準決勝位歩手前で小平太に負けた生徒だ。名は確か、東在宮信全といったか。


「その……なんて言ったらいいか、まだきちんと言葉にできてないんだけど……」


 言葉を慎重に選びながら、東在宮は言った。


「あ、ありがとう! 今日の君の試合のおかげで、なんていうか……前回のトーナメントの敗北から腹のあたりでずっとモヤモヤしていた何かが、消えた気がするんだ……だからひと言、君にお礼を言いたくて」

「今日の試合が何か先輩の役に立てたのなら、俺も嬉しいです」

「う、うん! とにかく、その……ありがとう、七崎君!」


 憑き物でも落ちたかのような表情をした上級生は、そのまま手を振りながら廊下の向こうに消えて行った。


 東在宮が消えたあと、にんまりとしたオルガが「キミこそ、弱き者を助ける勇者なのかもしれませんわね?」とわき腹を指でつついてきた。


「どうせなるなら、俺はおまえを助ける勇者になりたいところだがな」


 余裕が一瞬で消し飛び、予想通り照れくささで真っ赤になるオルガであった。



     ▽



「それにしても……柘榴塀先輩のキミへの執着心というか、立ち振る舞いは、わたくしには少し異常に見えましたわ」


 一旦帰り支度のために教室へ戻ってから、悠真はオルガと一緒に並んで昇降口を目指していた。


「あれは” 勇者症候群 (ブレイバーシンドローム)”というやつかもな」

「勇者症候群?」

「バーナード・レッドラップという日本の文化に造詣ぞうけいの深いアメリカの社会学者が名づけた概念だそうだ。まあ、実のところ俺も人からの受け売りなんだが……存外、今回の件と似たような話なのかもと思ってな」


 勇者症候群の話は、マガラワークスの従業員から聞いた話であった。


「日本のテレビゲームや物語媒体の題材として昔から多用されている”魔王”と”勇者”という単語と概念は、知っているか?」

「魔王と勇者、ですか……勇者は普通に”勇気のある者”のことですわよね……? 『魔王』は、もちろん知っていますわっ。クラシックの有名な歌曲ですもの」


(あ、だめだなこれは……)


 自らの寡聞かぶんに対し極めて渋い感情を抱いたらしいオルガは、携帯端末を介してネットの海へと飛び出した。フリック入力をしながら、親指と人さし指でズームと縮小を繰り返していく。悔しげに眉をしかめながらディスプレイと必死ににらめっこしている彼女の顔が少しだけ、おかしく感じられた。


「……何をにやけていますの、七崎くん?」


 不快そうなジト目を飛ばされる。


「いや、別に」

「何かある人ほど、そう言いますわよ」


 的確な捨て台詞を言って、オルガは学習に戻る。


「ふむふむ、ふーむふむ……なるほど……ええ、大体わかりましたわ」


 これが黄柳院の遺伝子の力か。あるいは才幹さいかん賜物たまものか。のみ込みが早い。


 レクチャーするように、悠真は説明を始めた。


「ここではひとまず勇者を”善”、魔王を”悪”として考えてみてくれ。もう少しわかりやすくたとえるなら、両者をそれぞれ”正義の味方”と”悪の組織の親玉”と捉えてもらってもいい」

「ええ、わかりましたわ」


 この時間だけ、悠真は教師となった。


     □



 バーナード・レッドラップによると、魔王とは単体でも存在できるが、勇者とは、魔王が存在して”初めて発生できる存在”なのだという。


 この時点ですでに勇者は、不安定な存在と言えるのかもしれない。


 さて――世界の救世主メシアとして発生した勇者は、魔王を倒す、もしくは魔王を倒すまでの道のり、あるいは魔王を倒した直後の凱旋時こそが、最も存在として輝く時とされる。


 けれど物語によっては、凱旋してしばらくののち、魔王をも打ち滅ぼしたその巨大すぎる力を恐れた人間たちによって殺されてしまったり、迫害を受けたりするケースもある。


 勇者という概念をその身にいだく者は常に無意識の中でこの”迫害”の恐怖に怯えている――バーナード・レッドラップは著書でそう語っている。


 要するに、勇者という存在が”勇者”として輝き続けるには、常に魔王の代替存在オルタナティブとしての”敵”が必要なのだ。


 一度”勇者”という美酒を味わってしまった者の中には、なかなか平凡な生活に戻れず、そのまま”勇者”としての体験を追い求める者が出てくる。


 その”勇者体験ブレイバーズハイ”にとり憑かれた勇者たちは、かつての美酒体験を味わい続けるために、なんとしてでも”敵”を探さんと目をギラつかせ街中を闊歩かっぽするのである。


 周囲から称賛を送られる”勇者”であり続けるために、自ら”敵”を作り続けなくてはならない。


 まさに滑稽で、残虐な悲劇。


 勇者とくべつであり続けたいという症候群シンドローム


 大まかではあるが、これがバーナード・レッドラップの提唱した” 勇者症候群 ブレイバーシンドローム”の概要である。



     ▽



「つまり、こういうことですの? 正義の名のもとに思いっきり力を振るえる相手を探し回っていた柘榴塀さんは、わたくしのあの特例戦を見て、七崎くんを”この学園にふさわしくない者”――”敵”として仕立て上げ、ロックオンした。そして、キミとの特例戦を彼にとっての”魔王討伐戦”にしたかった、と?」


「あくまでそんな捉え方もできる、という話だがな。しかしそうだな……あえてその説から広げるなら、あの萌という生徒や取り巻きたちも、柘榴塀小平太という”勇者”から振り撒かれた美酒を口にし、その味が忘れられなくなった連中なのかもしれない……」


 強者に寄り添って勝利の”分け前”を味わうのを好む者は多い。ただしそれは責められるような行為ではない。誰しもが、強いスポーツチームや格闘家などの”強者”を応援し、その勝利に心から喜んだ経験があるはずだ。誰かに自分を気持ちを託してその結果に喜ぶことは、別段、何も悪いことではない。それに応援される側も、勝利を願う者たちの応援によって、戦うための気力をもらうことができる。


 問題とすべきなのは、その過程において人格が奇妙にねじ曲がってしまったケースだ。そこで強いゆがみが生じると、彼らは、多くの矛盾を抱え込んだまま日々を生きなくてはならなくなる。そして――どこかで、行きづまってしまう。


 柘榴塀小平太と、その周囲の者たちのように。


「その理屈で行くと……柘榴塀さんも萌さんたちも、なんだか被害者みたいにも思えてきますわね」

「かもしれないな」

「七崎くんは、どっちですの?」


 試すような笑みを浮かべ、オルガが問うた。


「ん?」

「勇者と魔王なら、キミは、自分をどっち側だと思います?」


 ベルゼビュート。


 蠅の王。


 悪魔の王。


 決まり切っている。


 悠真は、フン、と鼻を鳴らした。


「どう考えても俺は、魔王の側だろうな」





 ここまでお読みくださりありがとうございました。


 1~19話の擬音表現を改稿により一部変更いたしました(一部の「――」記号を削除した程度の変更です。ストーリー内容は変わっておりません)。


 評価、ブックマーク、ご感想くださった方々、ありがとうございました。毎回おっかなびっくりで投稿していたので、目に見える反応がいただけた時は嬉しかったです。重ね重ね、感謝いたします。


 ハイファンタジー要素の薄い現代ファンタジーでどのくらい読んでいただけるか不安な中でスタートした本作ですが、最大の原因である作者の力不足も大きく、やはりなかなか厳しいかなとも感じております。ただ、せっかくお読みくださってる方々をむげにはできませんので、もう少しこの更新ペースのまま続けてみます。今のところ、適度なところで一旦章を区切る予定です。よろしければ、もうしばらくおつき合いいただけましたら幸いでございます。

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