20.流星雨
「おれの試合開始前の言葉を、ほぼそのまま返すだとぉ……っ? どの口が、ほざきやがるっ! わかっているのか!? おれはまだゲージがわずかに減ってるだけ! ダメージを受けてんのは、てめぇの方なんだぜ!? はぁぁああああ――っ!」
超速撃。
悠真は回避。
ヒュッ、ガィンッ!
七崎悠真が分銅を投げ、柘榴塀小平太の鎧にヒット。
ゲージの減少量に変化はない。
ブォンッ!
小平太の牙が獲物を外す。
「ちっ、調子が上がらねぇ……っ! こうなったら、いくぜぇぇええええっ!」
色味を増す赤色粒子が、小平太の身体に集束。
「来たぁ! 柘榴塀先輩の必殺技ぁっ!」
爆速超撃 。
「いっけぇぇええええ! 小平太ぁぁああああ!」
轟きの瞬撃。
「うぉらぁぁああああ――――っ!」
重々しい風の唸りをあげた小平太の魂殻の剣が、またも、空を噛む。
「くそっ!? 魂殻の調子がどっか落ちてんのか!? 故障か!?」
ヒュッ、ガィンッ!
「くっ!?」
淡々と作業をこなすように、悠真の攻撃がヒット。ゲージの減りは微々たるものだが、小平太の平静心は失われつつある。
「邪魔……くせぇんだよ! この鬱陶しいハエがぁ! 散れぇ! 散りやがれぇ!」
まとわりつく虫を追い払うがごとく小平太が分銅を叩き落とそうとする。しかし巧みに悠真が分銅や鎖を引っ込めるため、捕えられない。
「七崎ぃぃ! まさか判定勝ちが狙いか!? ゲージをゼロするという宣言はどこにいったっ!? おまえは試合に勝って、勝負に負けるつもりなのか!? 男として、恥ずかしいとは思わないのか!?」
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ
ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ
激昂する小平太とは対照的な温度差で、悠真は次の攻撃姿勢へ移行していく。
停止することなく鎖は悠真の手によって動き続けている。
さながら、生き物のごとく。
「心配するな……今からその宣言を、実行してやる」
ヒュッ、ガィンッ!
「ちぃ! カトンボがぁ! んな攻撃は効かねぇと、言ってるだろうが! はぁぁああああ――――っ!」
射出された分銅がヒット。が、これでは今までと変わらない――変わらないように、悠真以外の者には映ったであろう。
ガンッ!
「……ごっ!?」
分銅が小平太のこめかみを激しく叩いた。
といっても、こめかみも兜でカバーされているのでダメージはごく微量。
ゴツッ! ガンッ! ヒュッ! ガィンッ!
「くっ!? なんだ……? 攻撃の、継ぎ目が……っ!?」
一撃目がヒットした直後、すかさず二撃目が直撃。
次の瞬間には、四撃目が投擲されている。
ゴンッ! ガコンッ!
分銅の攻撃がやまない。
互いの隙を埋め合うようにして、二つの分銅が攻雨の攻撃を繰り返す。激しい横殴りの雨がごとく。
ガンッ! ゴッ! ガキンッ!
まるで高速の鑢で削られているかのような減り方で、ゲージが減少していく。確かに一撃一撃は蚊に刺された程度かもしれない。ひと吸いの血量は大した量ではないかもしれない。けれど外皮を埋め尽くすほどの無数の蚊が、絶え間なく血を吸い続けたとしたら――果たして、その者の血はどれほど残るのか。
「くそ、がぁっ……! うぉらぁ! こんな鎖、ぶった切ってやるぜぇ! はぁぁああああ――――っ!」
超速撃で鎖を寸断にかかる小平太。しかし鎖は、ぬめり気のある水中の軟体生物のごとく、勇者の剣を避ける。小平太が剣を振り下ろすと同時に、もう一個の分銅が、小平太のこめかみを打ち叩く。
ガィィンッ!
「ぐがっ!?」
「鎧型の魂殻が災いしたな……これほど狙いやすい的も、そうそうない」
宣言は、ソウルシェルゲージをゼロにしての勝利。攻撃の機と形さえ継続的に作れるなら、全身を魂殻の鎧で包んでいる小平太は打ち放題の的も同然。
「ちぃぃっ!」
空いている方の手で、鎖を掴もうとする小平太。けれど鎖は手をすり抜け、分銅という名の頭部が小平太の顔面へ襲いかかる。
ガィンッ!
「ぐあぁっ!?」
悠真がディスプレイボードを見上げる。
「ようやく、三分の一といったところか……」
ヒュッ、ガィンッ!
ヒュンッ、ガキンッ!
「少し、ペースを上げるぞ――」
悠真の加速値も、上昇をみせる。
そこからは――まさに、滅多打ちと言えた。
――、ヒュッ――
ガィンッ!
ヒュンッ! ゴンッ!
ガィンッ! ヒュッ! ガッ! ゴンッ!
ガンッ! ヒュッ! ゴッ!
ゴンッ! ガンッ! ヒュンッ――
ガキィンッ! ガンッ!
ドガッ! ガツンッ! ゴッ! ガィンッ!
ジャラララッ――
ゴッ! ガキッ! ヒュッ!
ヒュッ! ガィンッ! ゴッ!
ドガッ! ギィンッ! ガッ!
ガギンッ! ゴンッ! ヒュッ!
ゴッ! ヒュッ! ガィンッ!
ドガッ! ガッ! ガキッ!
ゴゥンッ! ヒュッ! ゴッ! ガッ!
ジャラララッ――カァンッ!
ガッ! ヒュッ! ガァンッ! ガキッ!
ゴッ! ドゴッ! ヒュッ!
ガイィンッッ!
「がっ……ごっ!? ぐ、ぉっ!? ぅ、ぉ、うぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおお――――っ!」
分銅による雨あられの超連打。防御姿勢を取ったままの小平太は、ただ鎧を晒しながら雄叫びを上げ、ひたすら耐えるしかなかった。
たった二つの重しと二本の鎖が、いかにすればこのような暴虐なるセンリツを奏でることができるのか。
無骨な金属音がひっきりなしに鳴り響く戦撃の舞踏会。
凌辱的な殴撃を繰り返す蹂躙の轟雨。
観客たちはしばし視力と聴力の大半を奪われ、その暴力による凌辱劇をただ黙って眺めていることしかできなかった。
「お、おいおい……なんか、雲行きが怪しくねぇか……?」
「嘘だろ……まさか柘榴塀先輩、七崎悠真に攻撃を見切られてんのか……?」
「んっだよ、これっ……? おれたち、夢でも見てんのか?」
「ていうか、なんで小平太さんの爆速超撃があたんねぇんだよっ!? あいつの回避のからくりを小平太さんは見破ったんだろ!? さっき、次で決めるって言ってたじゃねぇかよ!?」
「やっぱ七崎悠真は……超速撃を見切ってるのか? 打撃を受けながらどうにか前に出て攻撃しても、あの超速撃がまるであたんねぇよ……つーか、なんで柘榴塀先輩の必殺技を、あいつはあんな平気な顔してよけてんだよ!?」
「小平太ぁ! し、しっかりしなさいよ……っ! て、手加減よねっ!? まだ、本気を出してないだけでしょ!? あんな最低値に、アンタが……超速の勇者が負けるなんて、ありえないわよぉぉぉおおお――――っ!」
会場は異様な雰囲気に包まれつつあった。
「待て、よく見ろ!」
その時だった。小平太の応援団の一人が、分銅の嵐に耐える小平太を指差した。
「どうしたんだよ、島嶼守!? もうだめだよ、小平太さんは――」
「ほら、小平太さんの動き!」
「え?」
「防御力の高い手甲の部分できっちり、七崎の分銅を防いでる」
「え……あ、ほんとだ! 分銅が飛んでくる位置に、的確に防御を合わせてる! 見ろ! ゲージの減りも緩やかになってきてる! すげぇ! 臨機応変に、七崎悠真の攻撃に適応してるんだ!」
「すげぇっ……! やっぱすげぇよ、おれたちの柘榴塀さんは!」
「今は反撃の機会をうかがってるんだ! あの最低値が小平太さんの攻撃を見切っても、小平太さんだって相手の攻撃を見切ってるんだ! いける! いけるぞぉ!」
「小平太っ……! アタシは信じてたからね、アンタのことっ……!」
「よっしゃぁ! ここから反撃だぜ、柘榴塀先輩! よっしゃあ! いくぜみんなぁ! おれたちで、柘榴塀先輩を支援するんだ! ざっくろべい! ざっくろべい!」
「「「ざっくろべい! ざっくろべい! ざっくろべい!」」」
◇
(いいえ、違いますわ……っ!)
この会場でいち早く応援団の勘違いに気づいたのは、黄柳院オルガであった。
小平太の表情を注視すれば、悠真の攻撃に徐々に適応しているという応援団の推理が的外れなのは明らかである。冷静に観察すればわかるはずだ。柘榴塀小平太の表情には、余裕がない。いや、余裕がないどころか、薄っすら蒼ざめているようにすら見える。
雨に打たれて、凍えているみたいに。
(あれはおそらく、操られているのですわ……)
戦台で起きていることがオルガには理解できる。
悠真は、小平太がここを次に防御するであろうという箇所に、あえて攻撃を”持ってきている”。
(いいえ、この表現は的確ではありませんわね……ですが、他にどう表現すれば……)
オルガは違和感に苛まれていた。言葉を用いてどうにか頭の中で理解しようとしても、ニワトリと卵の関係にも似た奇妙な感覚が残ってしまう。まるで目の前で非科学的な魔術でも使用されている気分。自らの納得を引き出すように、彼女は言葉を選び始めた。
そうだ。
言い換えるなら七崎悠真は、鎖と分銅の動きで柘榴塀小平太を操っている。言うなれば、糸を鎖に変えた操り人形。果たして七崎悠真は、柘榴塀小平太の防御思考までをも見通しているというのか。
(すべての鎖の動きが合理的で、一切の無駄がない。いいえ……思い描くイメージと寸分の狂いもなく鎖を操れているからこそ、あそこまでの”操り”が可能なのですわっ……! ですが……あんな技術を、十代の学生が会得できるものですのっ!?)
悠真の狙いもオルガは理解できた。
なぜ七崎悠真は相手を操るようなあんな攻撃を行っているのか?
答えはシンプルだ。
まず間違いなく、彼は小平太の心を折りに行っている。
数分前ならともかく今の小平太の状態を見ればわかる。そして、おそらくランキング三位に食い込む実力を持つ彼なら、もう自分が”操られている”ことに気づいているはずだ。
彼は次に防御すべき場所やそのために動かせる箇所を、自然と限定されてしまっている。いわば彼は選択肢を奪われている状態だ。彼の正直すぎるが優れた戦闘感性は、どうしても最適解を選んでしまう。ゆえに七崎悠真のイトからのがれることができない。あの乱打の嵐の中、彼は嵐に潜む悪魔的な”イト”の存在を、すでに感知しているはずだ。
(七崎くん、本当に……キミは一体、何者ですの?)