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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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2.真柄弦十郎


 真柄弦十郎まがらげんじゅうろう七崎悠真しちさきゆうまとして第一殻識学園へ転入した日から、時は少し遡る――



     △



 真柄弦十郎にとって、食後の缶コーヒーはささやかな楽しみだ。


 水出し、ドリップ、インスタント。どれも好きだが、不思議と缶コーヒーの味が落ち着くのである。

 午前の穏やかなひと時。

 開け放った窓から入ってくる春の風が心地いい。わたあめみたいな雲が連なり、風で緩慢に押し流されている。

 ゆったりとアームチェアに腰掛けて缶コーヒーの味を楽しんでいると、固定電話が鳴った。今日のこの時間は事務所に人がいないので、真柄が受話器を取る。


「はい、マガラワークスです」


 受話器の向こう側に躊躇ためらいの気配があった。真柄は相手の言葉を待つ。


『真柄か?』


 硬質で艶のある声。


久住くずみ?」


 忘れるはずもない声だった。この声を聞いたのは、約七年ぶりか。


『ふっ、声だけでわかってくれたか。少し、嬉しかったぞ』


 相手の声が帯びていた緊張が和らぎ、安堵が生まれる。


「おまえの声を忘れるわけがない。久しぶりだな、元気でやっているのか?」

『ん? ああ……まあな。それなりには、元気でやっているつもりだ』


 それなりに元気でやっているつもり――元気でやっていない人間の言い方だ。


「今は確か、あのたちを管理する教育機関のトップだったか」

『知っていたのか』

「おまえのことを個人的に調べた時期があった。すまない」

『ふっ、かまわんさ。その……まだわたしの存在を覚えていてくれたんだなと、そう思ってな』


 わずかの間、真柄は過去の泉に身を浸した。


「俺が久住彩月くずみさつきを忘れるわけがないだろう」


 しばし久住は黙した。


『……そう、か』

「しかしあの久住が今やあの超有名学園の学園長とはな。大出世じゃないか」

『大出世か……ま、よいことばかりでもないがね』


 浮かない声。疲労を含んだ声だった。


「どうした? 何か問題ごとでも?」

『うん……まあ、な』


 真柄は察した。


「つまり、俺の力を借りたいわけか。おまえがここにかけてきたということは、の使えない案件だな?」


 苦笑の気配。


『昔から察しのいいやつだ、君は』


 手元のホログラフィックボードを使い、久住が学園長長を務める”第一殻識学園”を検索しながら、真柄は話を続けた。


「本業の方じゃ、探偵まがいの仕事もやるからな」

『探偵まがいというと、いなくなった猫探しとかか?』

「最近だともっと聞き慣れないペットも多い。まあ必要とされるのは、推理力よりも調査力だが」


 マガラワークスは幅広い代行サービスを行う社員数名の小さな会社である。

 いわゆる便利屋だ。


『先ほど、本業と言ったな? つまり……副業もしていると考えていいのか?』


 そして、便利屋の看板はあくまで表の顔にすぎない。


「そっちは今じゃほぼ引退してるみたいなものだが……一応はな」


 受話器の向こうの空気が変わる。


の方へ、今、仕事の依頼はできるか?』

「なるほど。プライベートの番号にかけてこなかったのは、仕事の依頼だったから、と」


 昔の久住に教えた番号は、今も変えていなかった。


『わたしなりの礼儀のつもりさ』


 昔話に花を咲かせるのではなく、目的は仕事の依頼。だからわざわざ事務所の番号を利用したらしい。変なところで律儀なのは変わっていなかった。

 盗聴の心配は――大丈夫だろう。本人の慎重な性格もあるが、今の立場の彼女がそこを怠るとは思えない。


『かつて伝説の傭兵として恐れられた”ベルゼビュート”に、仕事を依頼したい』


 久住が、硬質な声で言った。硬質さを作っても人間味を消し切れないのは、昔のままだった。


 あの時代は一度も久住とコンタクトを取っていない。つまりあの時代のことは調べて知ったのだろう。

 真柄は背もたれに深く身体を沈めた。


「悪いが、そういうことなら受けかねる」


 やや沈黙があって、久住が口を開いた。


『君を捨てておいて今さら仕事の依頼だなんて……ふふ……虫がよすぎるものな』


 寂しそうな声だった。最初から答えを予測していたような、そんなニュアンスも交じっていた。



『わかった、この依頼は他をあたる。今回の件は忘れてくれ。急に電話して悪かったな、真が――』

「勘違いするなよ、久住」

『何?』


としては受けかねる、という意味だ」


『ど、どういう意味だ?』


としてなら、受けてもいいという意味さ。わかるだろ? 俺はだけは、にしない」


『君を捨てた女のことを……君は、まだ身内と呼んでくれるのか』

「馬鹿を言え。おまえの将来を考えれば、久住彩月はあんなところでくすぶっていていい人間じゃなかった。”四〇機関よんまるきかん”に入る選択は間違ってなかったさ。事実、おまえは今ヨンマルが設えた学園の長の座についている。優秀でなければ、その椅子には座れていないはずだ」

『……すまん。いつもわたしの身勝手で、君には嫌な思いを――』

「していないから気にするな。それで、頼みごとの内容は?」

『あ、ああ……できれば、学園まで足を運んでもらえないか? 迎える手配は、こちらでしておく』

「わかった」


 時間や場所等の打ち合わせを終えると、真柄は受話器を置き、さっそく出かける準備に取りかかった。




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