19.パーフェクト
ヒュッ
小平太の超速撃。
ドシュッ!
赤くなった粒子を吸収した鎧が、弾丸のごとく突進。
歓声が、ワッと沸いた。
ゴゥッ!
「え……?」
息をのんだのは、萌。
「う、そ……?」
すれ違いざまに斬りつけたと、誰もがそう思った。しかし小平太の加速攻撃による一撃は――打ち抜くはずだった悠真の右半身を、外していた。
「よけ、た……? 小平太の、あの加速攻撃を……?」
振り向きながら構えを取り、再度、加速攻撃の姿勢に入る小平太。
「やるじゃねぇか、七崎。少しあなどってたぜ……けど反撃の手がとまったところを見ると、もう余裕はねぇみてぇだな!? 決めるぜ、アクセルアタック! はぁぁああああ――――っ!」
ヒュッ
ドシュッ!
「……ちっ」
小平太の舌打ち。
「てめぇ……まさかおれの攻撃が見えてんのか?」
またも加速攻撃が七崎悠真にかわされた。先ほどの回避は偶然ではない。この時点で、誰もが悟っただろう。
「昨日おまえのトーナメントの記録映像を見てな……どの程度の加速力かは、事前に予習してある」
自分の頭を指差し、悠真は言った。
「嘘をつけ。おれの超速撃は、映像を目にした程度でよけられる攻撃じゃねぇ。速度もタイミングも、一定じゃねぇんだぞ?」
「ではなぜおれは、おまえの攻撃をよけられた?」
「それは……」
実は小平太の指摘は半分正しい。一定時間あの映像を見たくらいで回避できるのなら、皆、小平太相手に苦労はしない。悠真が加速攻撃を回避できたのには、別の理由がある。
ボクシングに”テレフォンパンチ”という用語がある。元々は耳の近くまでグローブを引いてから打ち出すパンチを指す用語で、グローブを耳の近くまで持ってくる姿が電話をかけているように見えることからその名がつけられたという。さらにその”電話”で相手に”これから自分はストレートのパンチを打ちますよ”と伝達しているように見えるため、そのようなわかりやすいパンチを”テレフォンパンチ”と呼ぶようになったらしい。
要するに小平太の攻撃は、これからどういう攻撃をどこに繰り出すかを読みやすい攻撃だった。事前動作の大きい攻撃は動作が大きければ大きいほど、相手に次の攻撃情報を伝達してしまう。
そしてここに先日の映像で掴んだ感覚が加わると、この程度の攻撃なら、かわすのはそう難しくない。もっとも――
(まだ目にしていない全力攻撃の速度次第で、このあたりの対応は変わってくるが)
「小平太ぁ! しっかりしなさいよっ! ほら、相手をよく見て! 今がチャンスよ! あいつ、アンタの加速攻撃をギリギリかわしはしたけど……見て! 今までよけながらやってた攻撃が、完全に止まってる! そう! あれはアンタの加速攻撃を脅威に感じてる証拠よ!」
「そ、そうだぜ! 萌さんの言う通りだ! 平気な顔してるけど、内心ビビッてるんだ! 見ろ! すくみ上がって、足も止まってるぜ!」
「おらおらぁ攻撃してみろやぁ七崎悠真ぁ! 余裕ぶってられんのも、今のうちだぜ!」
「ざっくろべい! ざっくろべい! ほらみんな! 声出せぇ!」
「「「ざっくろべい! ざっくろべい!」」」
まやかしを振り払う光とばかりに巻き起こる柘榴塀コール。
「フン、よく吠える忠犬たちだな……」
小平太にだけ聞こえるような声量で、悠真はそう言った。
――ピクッ――
小平太の眉が反応する。
「なんだと? てめぇ……今、なんつった?」
「あんな妄信的な信者に囲まれた学園生活は、さぞかし楽しいだろうと思ってな……俺からすれば、視野の狭い猿だけが集まる微笑ましい猿山で、勘違いしたお山の大将が空回っているとしか映らないが……ん? 気を悪くしたか? なら、悪かったな……つい、本音が出てしまった」
「七、崎ぃぃ……!」
小平太の顔が憤怒に染まっていく。
「おれのことはともかく……あいつらを悪く言うのだけは、許さねぇ!」
「ほぅ、こいつは驚いた。いったいいつ、俺がおまえに許しを請うた?」
「てめぇぇ……っ!」
(かかったな……)
神経を逆なでして怒らせるのが悠真の狙いだった。
七崎悠真を必ず全力で潰す。
そう小平太に思わせるのが、悠真の意図だ。
「ただ、あの女子生徒……確か、萌とかいったか? あの女は特にひどいな。いや……自己陶酔もあそこまでいくと、もはや才能か」
「七崎ぃぃいいいい――――っ!」
ヒュッ
ドシュッ!
加速攻撃を回避。先ほどよりも速度は上がっている。だが――
(まだ全力では打ってこないか。なら――)
「学習能力がないな、柘榴塀小平太……その加速攻撃は無意味だ。言ったはずだ。おれはおまえの加速攻撃のスピードを、もう知っていると」
効果的だと思える間をとって、悠真は言葉を叩きつけた。
「この学園にある柘榴塀小平太の過去の試合映像は、すべて閲覧済みだ」
その時――小平太に電撃が走った。ひらめきの電撃だった。動きを止め、彼は表情を変えた。
(あの目……気づいたか。どうやら、ただの直情馬鹿ではないらしい)
「今のでようやく、わかったぜ……さっきから言ってる、おれの攻撃を全部把握しているってのは――ハッタリだな?」
小平太に平常心が戻った。
「だが、てめぇは一つ失敗を犯した。てめぇは、この学園に存在するおれの試合映像をすべて見たと言ったが……前回トーナメントの準決勝は、閲覧不可になってんだよ。つまりてめぇは、嘘をついた。要するに――おれのフルパワーの超速撃を、おまえはまだ見ちゃいねぇ。そして、嘘をついたという行為が一つの事実を示している」
靄が晴れたと言わんばかりの小平太。
(やはり全力攻撃を使用した試合は、前回トーナメントの準決勝のみだったか)
「どこかでおまえはおれの超速撃の存在を知った。そして、フルパワーの超速撃が一瞬で試合を終わらせるほどの脅威だと、そう推測した。だからどうしても発動を防ぎたかった……瞬殺されないために、どうにかして試合を引きのばしたかったのさ」
小平太の声に自信が積み重なっていく。
「この試合中おまえは、全力攻撃の速度すらも自分は知っているとおれに必死で伝えようとしていた。もう速度を把握しているから、フルパワーで超速撃を使っても無駄なのだと……そうおれに思わせたかったんだ。つまり、逆に――」
赤色粒子が小平太に集まっていく。
「おまえはフルパワーの超速撃をなんとしてでも、おれに使わせたくなかった!」
小平太からこれまでにない戦気が立ちのぼる。
「さらに言えば、おれの攻撃を回避できていたのは映像を見たからじゃない。おれの動作が、大振りだったからだ! 違うか?」
悠真は黙す。
「つまりおまえは、本心ではおれの超速撃を恐れている! もう反論は無駄だぜ、七崎悠真! 試合映像をすべて見たと嘘をついたことと、攻撃の手が止まったことが、おまえの超速撃への恐怖を証明してしまっている! だが、無駄だ! おれの加速を、誰も止めることはできない!」
激する小平太。
「何よりも、おれは前回のトーナメントから進化している! 人は日々、進化していく生き物なんだ! おれは過去のおれを越えていく! 過去のおれの記録など、無意味だ! 今日ここで、それを証明してやる!」
小平太の瞳が爛々と光を増す。
「全力でな!」
うぉぉぉおおおっ
「すっげぇ、柘榴塀先輩! あいつの狙い、全部お見通しじゃん!」
「要するにあいつ、超速撃が怖くて”威力もスピードもぜんぶ知ってるからこれ以上使っても無駄だよー!”って、ずっとビクつきながらハッタリかましてたってことだろ!? でも心ん中じゃ”頼むから使わないでーっ!”って、怯えてたわけだ! しかも回避できてたのも、実は別のセコい戦法でギリギリ回避できてただけっていうね! マジ、ウケる!」
「つーか七崎、セコすぎっしょ! でも全部看破されて、だっせぇぇええええ! 気の小せぇ臆病者は、これだからなぁぁああああ!」
「一気に黙ったのは、図星だった証拠だな! 何しても雑魚だろ、あいつ!」
「アタシのために……小平太……ぐすっ……でも、カッコイイよ……あんな性格のねじ曲がった相手にも、あんなに堂々と……今のアンタ、ほんと……カッコイイよ!」
応援団が俄然、勢いを取り戻していく。
「まさか隠し玉が、苦しまぎれのハッタリとはな……心底、呆れたぜ。ま、最低値らしい情けない策だったがよ。だが、おれや仲間や萌を侮辱した事実は消えねぇぜ……覚悟しろ、七崎悠真!」
これまでで一番の量の粒子が小平太に吸収される。
ヒュォンッ
「 爆速 、超撃――――っ!」
バシュゥッ!
この攻撃に対し、悠真は一時的に全神経を集中させた。
ザシュッ!
「あっ――」
最初に聞こえたのは、息をのむオルガの声。
浮遊感。
ドサッ
吹き飛ばされた七崎悠真が、戦台の端に打ちつけられ、跳ねながら床の上を転がっていく。
「――っ、……っ」
重く引きつった痛みが、右半身を巡っていた。
悲鳴を上げる右半身をかばいながら、悠真は、膝をついて立ち上がる。
息ができない。
呼吸器官が、苦悶を訴えていた。
「悪ぃな、七崎……許せねぇって気持ちが強く出ちまったせいか、つい、魂殻じゃねぇとこを狙っちまった……一撃で決めてやれなくて、悪かったよ。けど、安心しな?」
ジャキッ
「確実に、次で決めてやるから」
小平太が腰を沈め、剣を斜めに構える。
わぁぁああああっ
「どうだ!? 見たかよ最低値ぃ!? これが小平太サンの本当の実力だ! 今まではおまえを無意識に憐れんで、手加減してたんだよ!」
「勘違いもここまでだぜ、七崎悠真ぁぁあああ! そしてとっとと消えろ、この殻識から!」
「「「消、え、ろ! 消、え、ろ! 消、え、ろ! 消、え、ろ!」」」
「小平太……小平太ぁ……ぐすっ……もうっ! こんな勝って当然の試合で、ハラハラさせないでよねっ……! 馬鹿なんだから……ほんっと!」
ふぅぅぅぅ
精神を集中させてから、小平太が静かに悠真を見据えた。
「小物のわりによくやった方だぜ、おまえ」
――ククッ――
七崎悠真の片口に浮かんだのは、緩い笑み。
「なるほど……これが柘榴塀小平太の、 最速 か」
憐れみで目もとを歪ませる小平太。
「この期に及んで、まだ強がるのかよ……どこまでも、侮辱が得意な男だな。救えねぇ」
「これでようやく、得たというわけだ」
「得た? 何をだ?」
「勝算をだ」
「な、に……?」
緩い笑みを浮かべたまま、悠真は、観客席で今にも泣きそうな顔になっているオルガを一瞥した。そして、フン、と鼻を鳴らす。
「言ったはずだ……勝算とは、確信を得てから口にするものだと」
小平太ではない誰かに対し、悠真は告げた。
自らのテレフォンアタックに気づいたのは意外だったが、思わぬところで小平太の勘違いの促進剤となってくれた。悠真の回避のからくりを見破ったという自信が、全力攻撃の出し惜しみとしてかかっていたブレーキを緩ませたのである。つまり、彼に”キメにいく”決心をさせたのだ。
また、悠真が小平太のフルパワーの加速攻撃を生身で受けたのは、魂殻部分で受けて万が一にもゲージをゼロにしないためであった。ただ、この七崎悠真の身体能力ではかわしきれなかった。そのため、負荷がかかっても今後の攻撃に最も支障の少ない部位で受けたのである。
そして、もし全力の戦闘体勢に移行したなら――露骨なテレフォンでなくとも、七崎悠真は、柘榴塀小平太の攻撃を読み切れるだろう。
(あの全力攻撃だけは、読めていてもかわし切れなかっただろうがな……)
ただしそれは、初見での話だ。
「先ほどおまえは、次で決めると言ったな?」
――ジャラッ――
まだ取り出していなかったもう一本の鎖鎌を取り出す。
両手に鎖を握り、加速を、つけていく。
右半身の痛みや呼吸困難は、すでに引きつつあった。
攻撃に――問題はなし。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ――
「できるものなら、やってみればいい」
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ――
「だが、悪いな……柘榴塀。他の試合ならともかく、この特例戦は手加減できない。俺の目的を果たすために、ここからは全力でいかせてもらう」
ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ!
「覚悟はいいか?」
七崎悠真は両手で鎖を回しながら、本日初めてとなる完全なる戦闘態勢を取った。
「柘榴塀、小平太」




