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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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18.灰色の最低値VS超速の勇者


「逃げずに出てきたのは褒めてやるぜ、七崎悠真」


 対面のゲートから登場した柘榴塀小平太は戦台の中央近くで足をとめると、悠真に戦意を飛ばしてきた。


「けど悪ぃな、七崎。模擬戦ならともかく、この特例戦は手加減できねぇ。みんなの誇りを守るために、今日は全力でいかせてもらう」


 戦台の周りにバリアウォールが展開する。HALが諸注意を述べ始めると、小平太がバリアウォールを見回した。


「知ってるか? このバリアウォールは52ge以下の霊素値なら弾かないらしい。言いたいことはわかるな? おまえの霊素値なら通り抜けられる……つまり、試合中に場外へ逃亡できるってわけだ。でも、逃がさねぇよ。おれはここで七崎悠真イレギュラーにきっちり敗北を刻み込む運命を背負っちまってるからな。で――」


 悠真の腰のベルトに装着された二本の鎖鎌。小平太がそれに目をとめる。このベルトは鎖鎌を腰にかけるためのもので、これも倉庫で見つけてレンタルした。


「そいつは、コモンウェポンか。武器種は、鎖鎌。ふん、狙いは読めてるぜ」


 剣を絡め取って武器を奪う。大方、小平太の読みはそんなところだろう。看破宣言に対し、悠真は無言を通す。


「しかし一本より二本の方が強ぇなんて考えは浅はかすぎるぜ、七崎。生身での汚い技は得意だが、武器をチョイスするセンスの方はイマイチだったみてぇだな。ま、おまえの狙いが上手く運ぶのを祈ってるさ」


 試合開始前に戦術を看破されてぐぅの音も出ないと判断したのか、憐れみを漂わせた笑みを浮かべながら、小平太が魂殻を展開。


魂殻ソウルシェル展開オンライン――」


 悠真も装殻プロセスを開始する。


魂殻ソウルシェル展開オンライン――」


 魂殻の展開行為自体は、実はHALによる試合開始宣言前でも認められている(攻撃行為は不可)。


 ちなみに学内で試合を行う場合、魂殻は能力に制限をかけられて殺傷力を奪われている。殺傷力が除去オミットされているのはコモンウェポンも同様である。それでも試合で大けがを負うケースは決して稀ではないし、最悪、による死亡も起きうる。過去に事例がないわけではない。


 意気込みが対照的に映る二人の声が、重なる。


「「――装殻――」」


 小平太の身体が粒子を発する。

 昨日の映像でも見た、トリプルカラーの鎧。


「でたぁ! 柘榴塀先輩の超速の勇者アクセルブレイバー! いつ見てもたまんねぇかっこよさだぜ!」

「柘榴塀先輩ーっ! おれたちの誇りのためとはいえこんなつまんねぇ試合させちゃって、すんませぇぇん!」

「でもだからこそ、コテンパンにのしてやってくださいね!」

「おらみんなぁ、しっかり盛り上げてくぞ! ざっくろべい! ざっくろべい!」

「あんな咬ませ犬以下の相手でも柘榴塀さんは絶対に手を抜いたりしねぇからな……どんな弱い相手でも手加減しないで全力で戦う……その姿勢、かっこよすぎだよな!」

「小平太ぁ! 聞いたぁ!? 大丈夫! みんな、アンタが弱い者いじめしてるわけじゃないって知ってるからー! だから、全力でやっちゃいなさぁぁいい! アタシが許すからぁぁああああ!」


 小平太の親衛隊は今日も絶好調だった。スポーツの世界では地元の応援が大きな力となったりもする。ゲームメイクの一部として考えれば、激しい応援はあながち無意味な行為ではない。特にホームとアウェイの概念があるスポーツの試合ではその効果も顕著であろう。


 会場のひと入りもなかなかのものだった。観客席には狩谷の姿もある。まだ自主休学の件は伝わっていないようだが、ハラハラした顔つきをしていた。悠真の身を案じているのだろうか。


 オルガは狩谷から少し離れた席に背筋を伸ばした姿勢で座っていた。さすがというかなんというか、良い意味で場違いな気品を漂わせている。緊迫した面持ちではあるが、悠真を信じる表情をしていた。


(この状況でほとんど疑念を抱かず、俺の勝利を信じられるとは……フン、大した娘だ)


「何がおかしい、七崎? おいおいおい……恐怖がいくとこまでいっちまって逆に笑えてきたとか、やめてくれよ?」


 台詞は軽いが、声の調子に叱責があった。

 どうやらオルガを見て、思わず口端が綻んでいたらしい。


「いや……下馬評げばひょうをくつがえしてもし俺が勝ったら、あの応援団の連中はどんな顔をするかと思ってな」

「この状況でその軽口を叩ける鈍さだけは、尊敬に値するぜ」


 小平太の声のトーンが一気に下がった。今の言葉を、侮辱とでも受け取ったか。


「だがやっぱてめぇは、この学園にふさわしくねぇ……だから、この試合でおれが正す! 覚悟はいいか、七崎悠馬ぁ!」


 うぉぉぉおおおっ


 威勢よく剣を構える小平太の気勢に応援団が呼応する。


 ――ジャラッ――


 悠真もベルトから鎖鎌を一本外す。左手に鎌を持ち、右手に分銅を垂らす鎖を握る。ズシリとした重みが、右腕にかかった。


「悪あがきってのも、嫌いじゃなくてな」

「なら、あがいてみせろ……七崎!」


 HALが試合開始を告げると同時に、小平太が逆袈裟ぎゃくけさで斬り上げてきた。狙いは、悠真の右腕の魂殻。


 ブォンッ!


 悠真は回避し、後ろへ跳んだ。

 互いに、ソウルシェルゲージをゼロにしての勝利を宣言している。ならば、狙いは両者とも魂殻に集まる……と考えるのは、早計にすぎるだろう。


「はぁぁああああ――っ!」


 小平太の連撃。

 様々な角度から撃ち出される斬撃は、悠真の生身にも迫っていた。


 追加ルールでは、生身による攻撃を相手の生身の部位にあてるのが禁止されているだけで、魂殻武器で生身を攻撃するのは禁止されていない。つまり、生身に攻撃を集中させて相手を動けなくしてから、なぶるように魂殻へ攻撃を加えてゲージをゼロにしてもいいわけである。一方で悠真はその戦法が取りづらい。小平太の鎧は悠真の魂殻と比べ、身体の大部分を覆っている。


 ならば生身の頭部を狙えばよいのではないか――そう考えるのが、定石だろう。

 しかし今日の小平太の頭部はほぼフルフェイスに近い兜で覆われている。義憤に燃える両眼以外は悪魔的デモニックなトリプルカラーの角つき兜に守られていた。


(あの兜、昨日の試合映像では装着していなかったが……前回のトーナメントではまだ発現していなかった力が、今日までのどこかで発現したということか)


 首の露出があるので締め落とすのは可能そうだが、この試合では使用できない。


「どうした七崎っ!? 逃げてばかりじゃ、この俺には勝てねぇぞ!? てめぇの悪あがきってのはかっこ悪く逃げ回ることかよ!? だとしたら――おまえにはがっかりだぜ!」


 今のところ、小平太の攻撃は空を切るばかりで一度もヒットしていない。


 ――ガンッ!――


 金属的な打撃音。


 悠真の投げた鎖鎌の分銅が、小平太の鎧にヒットしたのだ。インパクトのその瞬間だけ、試合場が水を打ったように静まり返った。試合場のホログラフィックボードに表示されている小平太のソウルシェルゲージが、スズメの涙よりも少ない量だけ、減少した。


「よ、弱ぇ……なんだよ、あの攻撃力……?」


 ぷっ


 小平太の応援団の一人が吹き出した。


「なんだよあの攻撃力はよぉぉおおおお!? ようやくまぐれで当たったかと思ったら、蚊に刺されたみてぇなもんじゃねぇか! いや、減ったよ!? 目視できる程度には、確かにゲージは減ったけどさぁ!」

「ひえぇぇぇ、マジかよぉ!? コモンウェポンって名前は聞いたことあるけど、あんなしょぼいシロモノなのぉ!?」

「やっべぇ腹いてぇわ! コモンウェポンを使う最低値クンの試合とか、もう恥の領域だってこれぇ! ひぃぃぃ! こんな惨めな攻撃晒して負けるなんて、おれ、耐えらんねー!」

「あんな武器持って試合するくらいなら、不戦敗の方がマシだわー!」


 小平太の眉間に不快げなしわが刻み込まれる。


「おまえは……誇りを賭けたこの特例戦まで笑いものにするつもりかよ、七崎。コモンウェポンを選んだのは、まさかこれが狙いってわけか? おまえにお似合いの武器だがよ……それはおれたちへの侮辱だぜ。許せねぇよ……てめぇだけは、絶対に――許せねぇ! 七崎ぃぃいいいい!」


 ゴゥッ!


 轟音唸る、小平太の斜め十字。悠真は二閃の十字斬撃を体さばきでよけ、回避行動をとりながら分銅を投げつける。


 ヒュッ、ガィンッ!


 ギリギリ目視可能な程度の量だけ、小平太のゲージが減少。このペースで攻撃を加えても、試合時間内にソウルシェルゲージはゼロにできそうにない。


「効くかよ! はぁぁぁああああああ――――っ!」


 小平太が苛烈な連続攻撃を仕掛けてきた。悠真のコモンウェポンの攻撃などものともせず、威力で押し切ろうとする勢いだ。


 ブンッ! ブォンッ! ブォンッ!


 足さばきを多用し剣撃をかわしながら、悠真は、コモンウェポンでの微々たる反撃を続ける。


 ヒュッ、ガンッ!


「ちっ……生身を使ったコスい技が得意なだけあって、逃げ足だけは一丁前みてぇだな。意図はわかってるぜ、七崎。あっさり負けちまったらカッコがつかねぇもんなっ!? その気持ちは同じ男として理解できるがよ……残念だが、逃げてばっかのおまえをカッコイイとは、誰も思わねぇぜぇぇええええ! はぁぁああああ――――っ!」


 ゴゥッ! ブォンッ!

 ヒュッ、ガぃィンっ!


 柘榴塀小平太が攻め、回避に専念しつつ、七崎悠真が無為に近い攻撃を続ける。

 そんな攻防が続き、一分が経過した頃――最初に痺れを切らしたのは、観客席で応援していた萌だった。


「こらぁぁ! 何手加減してんのよ、小平太ぁぁ! アンタが優しいのは知ってるわよ……でも、わかってんの!? アンタはね――アンタはその背中に、みんなの誇りを背負ってんのよっ!?」

「!」


 ハっと小平太が目を開き、彼の攻撃がやむ。


「そう、だよな……ああ、その通りだ」


 剣の柄を両手で、力強く握り直す小平太。


「へっ……ありがとな、萌。そうだった……おれは、みんなの誇りを背負って戦ってる。おれは、この殻識学園を背負っているんだっ……瞬殺じゃかわいそうだとか、相手を気遣って……出し惜しみしてる場合じゃ、ねぇよなっ!」


 小平太の身体を赤色せきしょく変化した粒子が取り囲む。


 超速撃アクセルアタック


(……来るか)


「柘榴塀さんが決めにきた! 出るぜ、アレが!」


 応援団の声が輝きを増す。


「悪ぃが……そろそろ終わらせるぜ、七崎」


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