17.アクセルブレイバー
「これを使うって……く、鎖鎌をかいっ!? あの柘榴塀君相手に!?」
「柘榴塀先輩の魂殻武器についてここで先生に尋ねるのは、アンフェアでしょうか?」
「え? 魂殻の能力まで教えるのは、アンフェアだろうけど……武器の形状くらいなら。どうせ、トーナメントの録画映像は閲覧可能だしね」
棚の剣を狩谷が視線で捉えた。切り出しづらそうな印象だ。
「……剣だよ。柘榴塀君の魂殻武器の形状は、剣だ」
(剣、か)
「昔の時代劇なんかで鎖で刀を絡め取るシーンがあるけど、そのコモンウェポンじゃ……柘榴塀君に対しては、無理だと思う」
鎖で剣を絡め取って武器を奪い、鎌で相手の首を掻っ切る。鎖鎌の正攻法はまずこれだと言える。ただし強度や威力の問題で小平太の魂殻には効かない。狩谷はそう言っている。
それ以上の情報を与えるのは公平を欠くと思ってか、狩谷は小平太の魂殻に対して口をつぐんだ。
「そ、そうだ! せめて七崎君も同じ剣のコモンウェポンを使ってみるのはどうかな? 同じ剣同士なら、負けても得られる経験値が大きいかもしれないし!」
剣。
「剣は……趣味ではないので」
半分、嘘をついた。
「そ、そっか……ははは、な、なんか悪いね? 生徒が自分で選んだ武器に、教師が口出しをしちゃって」
「そんなことありませんよ、先生。俺を気遣った上での言葉だっていうのは、ちゃんと伝わってますから」
「七崎君……」
このあと悠真は、狩谷に二本の鎖鎌の貸し出し手続きをしてもらった。
▽
悠真は図書館の地下ライブラリスペースに来ていた。
過去のトーナメントの試合映像を閲覧するためである。
「よし、これで柘榴塀君が出ていた過去の試合映像が確認できるよ。ただし既定時間内に必ず閲覧終了手続きをすること。いいね?」
「何から何までありがとうございます、狩谷先生」
「れ、礼なんていいってば! 僕は、教師として当然のことをしたまでさ。ただ今日の仕事がまだ残っていてね。つき合えるのは、ここまでみたいだ」
「十分です」
「明日は僕も観戦に行くよ。明日の特例戦が、七崎君の新たな学園生活のスタートになることを祈ってね」
「嬉しいです」
狩谷が去った後、視聴ブースに入る。
映像は該当する生徒の許可がなければ閲覧できない。とはいえ、該当する生徒が閲覧不可申請を出さなければ自動的に閲覧可とされてしまうシステムとなっている。忘れているのか、はたまた面倒なのか、その手続きをしていない生徒が多数を占めていた。おかげで、閲覧可能な学内記録映像は多い。
映像をコピーして持ち出す行為は禁止されている。魂殻の開発には大企業が携わっているだけでなく、五識とヨンマルの二大勢力も深く関わっているからだろう。
(HALの存在を考えると、複製や閲覧不可映像を観る行為はリスクが高すぎるか)
何より今から閲覧しようとしている映像に柘榴塀小平太は閲覧不可の申請をしていない。よほど自信があるのか、閲覧不可申請を忘れているのかはわからないが、動いている魂殻の映像が見られるのはありがたかった。
ただ、前回のトーナメントの準決勝の映像だけは閲覧不可となっていた。なので準決勝の一つ前の試合映像を呼び出す。
試合場が映し出される。エンタテインメントも意識しているのか試合には実況席が設けてあった。実況席の人物の紹介により、小平太の魂殻名が判明する。
(”超速の勇者”……誇り高き殻識の生徒たちの勇者さま、というわけか)
ブザーが鳴り、試合が始まる。
小平太が魂殻を展開。
青、黒、赤のトリプルカラーの鎧姿。色合いの奇抜さに目をつむれば、ハイファンタジー小説に登場する騎士めいた出で立ちと言える。武器は、荘厳な装飾の施された長剣。
――キィンッ、カキィンッ!――
刃と刃が火花を散らして躍る。
剣と剣の斬り合いではない。
相手の魂殻武器はハルバード型。
そこから数合ほど対戦者と切り結んでから、小平太が間合いを取った。
試合運びは今のところ、小平太の対戦相手が優勢に見える。
対戦者も”イケる”という表情をしている。
それも当然か。仮にもここまでトーナメント形式で勝ち残ってきたのだ。悠真ほど霊素値が低くない限り、小平太の魂殻武器と打ち合うくらいはできるだろう。そして使い方さえ間違えなければ、ハルバードの方がリーチで分がある。剣という武器に何か特別な思い入れや意味があるか、あるいは力量に大幅な差でもない限り、リーチでまさる槍が剣に負ける道理がない
。
その時、小平太への声援がひと際大きくなった。
悠真は操作用の球体を回して視点を変える。
観客席の応援団の盛り上がりだった。中には青いヘアバンドをした萌もいる。
力いっぱい萌が叫んだ。
『何やってんのよぉ小平太ぁ! 気合、入れなさいよ! もし、アンタが勝ったら……き、キスしてあげるからっ! だから――絶対、勝ちなさいよぉぉおおおお!』
頬杖をつきながら、悠真はカメラの視点を変える。
汗を流す小平太の顔は、これまで以上の覇気で染まっていた。
――ぽたりっ――
珠となった汗が一粒、戦台の床に落ちた。
『へっ……みんなの声が、聞こえやがる……そうだ、そうだった……いつだって、この声がおれに力を与えてくれる……』
小平太の共鳴反応が大きくなっていく。
『おれは一人で戦ってるわけじゃない。おれは……みんなと戦ってるんだ!』
赤色変化した霊素粒子が、彼の周囲に浮遊し始めた。
構えを深くし、対戦者を睨み据える小平太。
『調子にのんのも、ここまでだ』
ヒュッ
赤色霊素が小平太の身体に一瞬で吸い込まれた。
直後、紅の霊素が放出。
ドシュッ!
魂殻に超速の名が冠されている意味。
悠真はそれを理解した。
『ぐぁっ!?』
次の瞬間、雷撃が弾けたような衝撃音。
小平太の対戦相手のソウルシェルゲージが、一気に減少した。
『出たぁ! 柘榴塀先輩の、 超速撃 っ!』
『ざっくろべい! ざっくろべい! ほら、みんなも声出せ!』
『小平太せんぱぁぁぁあああい! 勝ってぇぇええええ!』
萌が観客席から身を乗り出す。
『アンタはいつも、どんなピンチだって乗り越えてきた! だから今回も絶対に勝てる! 自分を信じなさい、小平太ぁ! アタシは、アンタの負けないって気持ちがこの学園の誰よりも強いって……知ってるんだからぁぁぁあああ!』
会場の空気が小平太の側に寄っていく。多くの者が彼のドラマチックな戦いに陶酔していた。
(これも一つの才能だな。運用の仕方さえ間違えなければ、使える人材だ。こういうタイプが必要な現場は存在する)
対戦相手は顔をシワくちゃにしていた。かすかな怒りと強い心細さがないまぜになった表情。この空気の中、十 の少年に平静心を保てというのも酷な話であろう。
ドシュッ!
再びの、加速。
『がっ!? うぁぁああああ!?』
ここからは柘榴塀劇場と呼んでよかった。嬲り殺しと言いたくなるほどの一方的な試合展開。加速攻撃を繰り返しながら、小平太が義憤の助言を叩きつける。
『いいか? 戦いってのはな、武器の有利不利がすべてじゃねぇんだよ!』
加速。
『心の強さ……おまえには、それが足りていなかった!』
加速。
『そう、おれは一人じゃない――仲間がいる! 誇りを共に守る仲間たちが、いるんだぁぁああああ! はぁぁああああああああ――――っ!』
『ぅ、うわぁぁあああ!?』
ザシュゥッ!
小平太の対戦相手のゲージが一気に目減りする。
『くっ……ぅ、うぅ…』
対戦相手が膝を突き、うなだれる。
ゲージ残量はあとわずか。
今これより打ち首と言わんばかりに、小平太が剣を振りかぶった。
『降参するってんなら、ここで終わりにしてやる……気絶して無様に這いつくばりながら負けるなんて、かわいそうだしな……降参すれば、そんな姿を映像に残さなくて済むぜ。どうする?』
『う……うぅ……降参、します。東在丘信全は、降参を申請します』
『受理しました』
HALが降参を受理。
勝者、柘榴塀小平太。
わぁぁああああっ
萌と応援団と萌が堪え切れず観客席からなだれ込んできた。彼らは小平太を温かく取り囲み、惜しみ視ない祝福の言葉を投げつけていく。そんな中、萌が小平太の頬にそっとキスをした。
『え? も、え……?』
『や、約束……だし……?』
ひゅーひゅー!
周囲が囃し立てる。
『ばっ――やめろって、おまえら! からかうんじゃねーっての! ったく……しょうがねーやつらだぜ。けど……そのさ、ありがとな? 今回も、おまえらのおかげで勝てたよ』
『なーに言ってんのよっ!』
バンッ!
『ってぇ!? 何すんだよ、萌!?』
萌が小平太の背中を叩く。
『勝てたのは、アンタが頑張ったからに決まってんでしょ!? もう、ほんっと馬鹿なんだから!』
『そ、そりゃねぇぜ〜萌ぇ〜』
ドッと取り巻きが笑う。
同じ戦台で打ちひしがれる孤独な敗北者とは、あまりにも対照的すぎる光景だった。
ピッ
悠真は映像を切った。
(あの男の魂殻が強力なのは事実だな。あの鎖鎌の鎖であの剣を絡め取るのは、まず無理だろう。攻撃値と強度の差がありすぎて、剣の威力によって引きちぎられるのがオチだ)
とはいえ、鎖で剣を絡め取る戦法は元々想定していない。
(目下の課題は……やはり、あの加速攻撃だな)
魂殻の中にはああいった個性の強い能力を備えるものがある。
(フルパワーでの最高速度がどのくらいかがわかると助かるが……去年の準決勝だけが、閲覧できない)
小平太が敗北した準決勝は閲覧不可。他に彼の全力を閲覧できそうな記録データはない。去年から今日に至るまで彼の霊素値は驚異的な伸びを見せていた。要するに去年のトーナメントデータは参考にならない。
(まさか、自分が華々しく勝利した試合だけを閲覧可にしているのか……?)
真意はわからないが、現時点であの攻撃の最高速を確認するすべはない。
これ以上を得るものはないと判断し、手続きを終えて図書館を出る。
(まあいい、これでも十分だ)
外は暗くなっていた。学生寮住まいならこのまま敷地内の寮へ向かえばいいが、悠真は普通に家を借りている。徒歩圏内なのが幸いだろうか。
歩くのは嫌いではない。
今日は、歩いて帰ることにした。
オルガの護衛は始業から終業までだ。御子神一也にに関するアイの報告も今日中は無理だと聞いている。久住への報告は一定期間にまとめて行うこととなっているし、それに彼女もしばらくは忙しいと言っていた。
他にリソースを割く直近の事案はない。今日は明日の特例戦の備えに集中できそうだった。
倉庫で試用した感覚を思い出す。
悠真は頭の中で明日の戦い方を組み立てながら、帰途についた。
▽
老朽化の始まった巨大集合住宅。
昔の団地のイメージに近い。ここは久住が手配してくれた仮の住まいだ。
二階にある自分の部屋の鍵を開け、悠真は部屋に入り電気を点けた。
部屋には生活に必要な最低限の家具と質素なベッドが揃っている。
ただしこの部屋には一つ変わったところがある。隠し通路の存在だ。その通路を抜けて隣の部屋に行くと、真柄弦十郎の眠る特殊なケースが置いてある。その部屋で元の身体に戻ることが可能だ。真柄弦十郎の身体に戻った後は、七崎悠真の隣に住む”伊武崎健司”の部屋から出て行く決まりとなっている。当然、偽名である。
一見するとあっさり空き巣に遭いそうなこの集合住宅の古びた部屋だが、悠真の部屋と真柄弦十郎の眠る隣に限り、様々な高度なセキュリティが施されている。それも、あの三賢人の一人である黒雹手製のセキュリティだ。
今日は真柄弦十郎に戻る必要はない。なので、隣の部屋には行かなかった。
悠真は軽く夕食をとり、室内でできる適度なトレーニングをしてから、シャワーを浴びた。そのあと真柄弦十郎の端末でマガラワークスへの細々とした指示を送り、従業員からの報告メールを確認。SNSは使っていない。
残った時間は日付が変わるまで思考に費やした。そうして日付が変わると、電気を消してベッドへもぐり込む。
(あっちの”俺”の身体なら多少の無茶もきくが……鍛えられているとはいえ、この身体はあくまで”普通の身体”だからな。なればこそ、つまらん疲労は残せない)
本日得た情報を脳内で整理しながら、悠真は静かに眠りに就いた。
▽
翌日、教室の空気が一変していた。
悠真の特例戦の話が広がったのだろう。変わったと言えば、オルガの態度もだった。
「おはようございます、七崎くん」
「おはよう、オルガ」
クラスメイトがざわついた。
「うぉぉ? 七崎君、黄柳院さんを名前呼び?」
「危機を救ったナイト様が姫との距離を一気に縮められたぞ!」
「奇跡じゃぁー、そして、なんかくやしいのじゃぁー」
「てか黄柳院さんって、あんなんだっけ?」
オルガが顔を赤くする。
「なんなんですの、クラスの皆さんのあの反応は……からかわれているみたいで、は、恥ずかしいですわ……」
「仲が険悪で話題になるよりは、マシだと思うが」
「七崎くんは、冷静ですわね……」
「そうか?」
「それに……あの柘榴塀さんとの特例戦当日なのに、とても落ち着いているように見えます」
「俺はあの男との特例戦よりも、おまえとの仲を噂されている方が嬉しいがな。それと……俺が勝ったら、例の約束の方は頼むぞ?」
うむむむむぅ、と頬を染めながらジト目になるオルガ。
「キミって、大物ですわね……まあ、一緒に下校するくらいならかまいませんけど? でも、途中までですわよ?」
「ああ、わかった」
(聞きたいことがいくつかあるが、それは特例戦のあとでいいだろう)
「どうやら、追加ルールのことを知った生徒もいるみたいでして……その一部の生徒が”そんなルールでランキング三位と特例戦をするなんて頭が悪すぎる”などと言って、キミを馬鹿にしているみたいなのです」
今朝あたりに廊下や教室で耳にしたらしい。
「先日のわたくしの特例戦の乱入で調子にのったから今回の特例戦を考えなしに受けた、なんて言っている生徒もいるみたいですし……真実が正しく伝わっていないというのは、なんだか悔しいですわ」
それでもオルガは、その場で言い返したりしなかったようだ。誤解を受けている側に寄り添う者の擁護は時に逆効果となりうる。火に油を注ぐ結果になってしまうこともしばしばである。
「ある人種にとっては、自分に都合のよいものだけが”真実”だからな」
「だからといって、言わせたい放題というのは――」
「言わせておけばいいさ。どうせ、いずれ黙る」
生身での攻撃を得意とするらしい七崎悠真が、その得意な攻撃を完全に封じられた上で行われる特例戦。霊素に愛されなかった七崎悠真にとって、生身による絞め技や関節技やはおそらく生命線である。誰もがそう思うはずだ。そして彼はその生命線を失った状態で戦う。
敗北前提で受けたと思われても仕方あるまい。これは一般的な見地から言えば当然の予想であり、感想である。
黒タイツに包まれた肉づきのよい太ももを行儀よく揃えて、スカートの位置を優雅に直してから、オルガは机の縁に腰掛けている悠真を見上げた。
「勝てそうですの、七崎くん?」
フン、と悠真は鼻を鳴らした。
「無論だ」
そして授業や昼休みが過ぎて行き――いよいよ、特例戦の時間となった。