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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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15.コモンウェポン


「どうしてあんな無茶な条件を受けたのですか、七崎くんっ!?」


 廊下を歩く悠真の歩調に追いつくようにして、オルガが隣につく。


「ん? 受けても問題ないと、そう判断したからだ」

「も、問題がないですって? わたくしには、問題しかないように思えますわっ」


 おそらくあの自主休学の約束には、学内法的な拘束力があるわけではない。あれはあの男が勝手に設定したルールだ。最悪、反故ほごにできないこともない。


 小平太は自主休学の件について学内システムを統括するHALの許諾を得ていない。それに類する申請もしていない。学内法的な拘束力を求めるなら、この学園ではHALに認めさせるのが確実と言える(久住からも事前にそう説明されている)。なのに彼はそれをしなかった。追加ルールにしても、HALに承認されないと踏んだがゆえの後出しだったのかもしれない。


 ……単純に、そこまで頭が回っていなかった可能性もあるが。


(案外感情の整理がつかないまま勢いでことを運んだのかもな。ただ、あの男の行動をひたすらに肯定する周囲の人間にも問題がある気はするが……)


「まあ仮に俺が特例戦で負けて、約束を反故にしたとしたら……その後がタダで済まないのは、確かだろうな」


 もし約束を破った場合、例えば卑怯者に制裁を与えるという大義名分を掲げて、あの手この手で悠真の学園での居場所を奪おうと小平太たちが動くことはできる。仮に小平太が直接行動に出なくとも、彼の信者たちが小平太をその気にさせて神輿を担ぐケースも考えられるし、彼の信者が独自に暴走して悠真に嫌がらせをしてくるケースもありうるだろう。


 要するに、彼らを黙らせるには特例戦での勝利が手っ取り早い。


 それに今回の特例戦は後々のちのち、黄柳院オルガのボディーガードとしてこの学園に潜入している七崎悠真に益を生む可能性もあった。


「まさか七崎くんは、この学園にもう嫌気がさして……もう来なくてもいいと、そうお考えなのですか? だから、あのような無茶なルールの試合を――」

「勘違いするな。勝つ気はある」


 オルガからわずかに安堵の気配が発せられた。


「それで、勝算はありますのよね?」

「今のところは、なんとも」

「えっ? ですが今、勝つ気があると――」


「ああ、はあるさ。だが、現時点ではまだ相手の情報が少なすぎる。こちらの備えも十全ではないしな。不確定要素が存在するなら、そこに絶対は存在できない。個人的に勝算とは、確信から出る言葉だと思っている」


 悠真はゲージをゼロにして勝つと宣言した直後の光景を思い出した。

 顔を厳しく引き締めた小平太の身体は、静かに揺らめく青白い炎を発していた。


『今の言葉をそっくりそのまま返すぜ、七崎悠真。明日の特例戦……殻識の誇りを穢す世間知らずの下級生に、おれが教えてやるよ――現実ってものを』


 一体どこの世間の話なのかはわからなかったが、彼の勝利への自信はあながち的外れでもない。締め落としや脳の揺さぶりによる意識喪失、魂殻装備以外の武器類が使用できない以上、七崎悠真の攻撃手段は一気に限定される。生身のこぶしで直接魂殻を殴った時の無力さはすでに前知識として知っている。生身の攻撃で試合時間内にゲージを削り切るのは、まず不可能と言えるだろう。


 学生端末を起動。


(魂殻を纏った七崎悠真のこぶしの威力……魂殻部位ごとに数値化すると、手が24ge。足の方が、26geか)


 次に柘榴塀小平太の霊素値データを呼び出す。


(柘榴塀小平太の霊素値は、796ge)


 ちなみにオルガは、765ge。

 この霊素値データは直近の測定データを元に作られている。しかし今まさに成長期にある生徒たちは霊素値の変動の大きく起こる時期なため、現在の表記データ以上の数値となっている可能性は考慮すべきだ。


(この霊素値を元に攻撃値、防御値、ソウルシェルゲージ値が算出されるわけだ)


 運動性能の向上や防御力にも霊素値が振り分けられるのを考えると、やはり七崎悠真の魂殻のみに頼った攻撃は現実的ではない。


(無理を通せば、やってやれないこともないかもしれないが……現時点よりも確実で楽に勝てる方法が他にあるなら、そちらを選びたくなるのが人情というものだ。特に、俺のような怠惰な人間はな……)


 適度な皮肉を走らせてから、悠真は最初の課題を設定した。

 最初の課題は、魂殻武器の調達。


(相手の情報も調べたいところだが、まずはこっちを先に片づけておくか。とりあえず、武器がないことにはどうにもな)


「オルガ、この学園には準魂殻装備コモンウェポンと呼ばれる装備があるとネットアーカイブで見た。何か知っているか?」

「コモンウェポン、ですか? え、ええ……発現した魂殻に武器が備わっていなかった者のために作られた魂殻装備があると、聞いたことはありますが……」


 恵まれた魂殻を持つ者たちには縁のない武装――忘却されるに、等しい存在。


「ですが誰にでも扱える分、どんな強力なものであってもその攻撃力はオリジナル――つまり、自前の魂殻装備の十分の一程度だと聞きますけど」


 時間を確認してから、悠真はコモンウェポンのデータ検索を開始した。


「そのコモンウェポンを今から見たいんだが、どこの誰に頼めばいい?」

「狩谷先生に頼めば、貸し出し手続きはしてくれるはずですが――って、七崎くんっ? あの柘榴塀さんと、まさかコモンウェポンで戦うつもりですの!?」

「それしか選択肢はないからな。それに、見てみるだけならタダだろう?」


 厳密に言うなら、時間的リソースは喰うのだが。


「それは、そうですけど……き、キミはわかっていますの!? 明日の特例戦で負けたらこの学園にもう登校できませんのよ!? コモンウェポンを探すより、もっと効果的な準備と作戦を――」


 言いかけて、オルガにブレーキがかかった。彼女は聡明な少女だ。他の方法などないと、すぐ認識を改めたのだろう。


「……申し訳ありません。わたくし、今、無責任なことを言おうとしていましたわ」


 実は、特例戦を回避し、この学園に残ることのできる簡単な方法が一つある。それは、今後の戦い方を改めると小平太に詫びを入れ、特例戦を破棄してもらうことだ。だが、それは方法としては存在するが、選択肢としては存在しない。無論、久住に泣きついて学園長の権限を発動させるカードを切るつもりもない。


(こんな些末事さまつじでそんな姿を久住に晒すくらいなら、拳銃でこめかみを撃ち抜いた方がマシだな……)


 一度、悠真は足を止めた。


「オルガは、俺を心配してくれているのか?」

「あ――それは、その……キミは、危ないところ助けてくれた恩人ですし……」

「第一印象から、ずいぶん印象が変わった」

「え?」


 露骨になりすぎない程度の柔和さを意識的に漂わせ、悠真はオルガに微笑みかけた。


「優しいんだな、オルガは」

「ぁ、ぅっ――」


 ぼしゅぅっ


「こ、困りますわっ……急に、そんなことを言われましたらっ……わたくしっ……」


 剥き出しの好意を飛ばすと瞬間沸騰。

 これではストレートな好意に耐性のない、敏感サンドバッグ状態である。


(やはり、ちょろい……)


 再び歩き出しながら、悠真は少し困っていた。


(引き締めておかないと、たまに気が抜けそうになるな……)


 この純朴さを出していけばクラスメイトとも打ち解けられるのだろうが、まずクラスメイトの側が黄柳院の娘ということでオルガから一歩も二歩も引いている。オルガはオルガで普段は黄柳院としての厳格さを保とうとしているために、周囲との溝ができているのだ。しかしこうしてスペースにズカズカと踏み入ってくる相手には、ほとんど素に近い反応になってしまうようだ。


(損な性分だな、この娘も)


「あの……七崎くん? わたくし、実はキミに聞きたいことがありまして」

「俺に? なんだ?」


 ここで、職員室前に到着。


「あ、いいですわ。もう着きましたし……あとにします」

「おまえの質問なら、すべてにおいて優先するが――」

「い、いいのです! あとにします!」

「しかし――」

「ほら、さっさとお入りなさい!」


 ピッ

 ウィィィン


 オルガにぐいぐい背を押され、悠真は職員室に入った。


(支障のないレベルとはいえ、自然に俺のペースを乱してくるとは……なかなか面白い娘だ。これも、黄柳院の遺伝子の為せるわざか……それとも……)


 オルガに対し、悠真の中には好意的な感情が生じていた。


「2−Bの黄柳院オルガです。狩谷先生は、いらっしゃいますかしらっ?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公は今仮の姿だし任務だしヒロインの恋が絶対に実らないというのは辛いものがあるな
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