14.誇りを賭けた戦い
(第三位か……ならば、俺の攻撃の尻尾をつかんだ力量にも納得がいく)
「ちょ、ちょっと小平太ぁ! やたらと怖い顔してどこに行くかと思ったら、アンタ、こんなところに――って、なに? どういう状況なのよ、これ!?」
今度は廊下の角から赤毛の女子が現れた。さらに、野次馬根性が揉めごとを嗅ぎつけたのか、他の生徒もこの廊下に集まってきていた。
「おう、萌」
あの勝気そうな女子生徒は萌という名前のようだ。揉めごとの中心人物を、萌が確認していく。
「ええっと……黄柳院さんと、さっきの特例戦で乱入した……七崎悠真?」
肩をいからせ、萌が小平太にツカツカと歩み寄る。
「これはどういうことよ、小平太っ?」
小平太が萌に事情を説明した。説明を聞いた萌は呆れのため息をつく。
「ったく、アンタは……またそんな……ねぇ、なんで? アンタはどうして、そういうのを放っておけないわけ?」
「悪ぃな、萌。なんかさ……おれ、この学園のみんなを馬鹿にされた気がしたんだ」
「ばかっ!」
バチンッ
飛んできた平手打ちを小平太は黙って頬で受けた。萌は、かすかに涙ぐんでいる。
「そんなのっ……アンタが弱い者いじめしてるみたいに見られて、損するだけじゃないのよ! アンタ自身だって……ランキングを考えたら、なんにも得るものなんかないのに! アンタはどうしていつもそうなの!? みんなのためとか、誇りのためとかっ……自分以外のやつのこと、ばっかり……もうっ、ほっんっと……馬鹿なんだから!」
感極まって胸元に飛び込んできた萌を、小平太は優しく受け止めた。
「ほんと、悪ぃ……おまえには、心配ばっかりかけちまって。ああ……普通に損得で考えたら、おれに得がないのはわかってる。けど、こいつは殻識の誇りの問題なんだ」
――キッ――
懐に萌を抱きながら、義に燃える小平太が悠真を睨み据えた。
「この学園のみんなの誇りは、このおれが守る」
心温まる青春劇を悠真は黙視していた。
収穫はあった。今までの会話で、小平太がオルガにとっての危険人物ではないと判断できた。少なくとも、命のやり取りに発展する相手ではなさそうだ。
「や、やっぱかっこいいぜ……柘榴塀先輩……」
「なんつーか、おれたちのアニキって感じだよな」
「そうだよ……僕もさっきの特例戦見てたけど、あんなの魂殻使いの戦いじゃないよ!」
「あえて自分が損する道を選んだ小平太先輩が、おれたちの違和感を代弁してくれたんだ! さすがっす、先輩!」
「小平太君って粗野っぽいけど、実はすごく真っ直ぐで優しいのよねー」
「素敵だよね、小平太センパイ……一条さんがカノジョじゃなかったら、立候補したかったなぁ……」
集まっていた生徒たちが、自分たちの側に立ってくれるヒーローに感情移入していた。小平太は萌をそっと胸もとから離すと、鼻の下を指でこすった。
「そんなつもりじゃ、ねぇんだけど……でもみんながそう言ってくれると、頼もしいぜ。みんなで勝とうな、この戦い」
賛意と歓声。
優秀な参謀つきならば、小平太はリーダーに適した人材だろう。表に立つ煽動者はシンプルな方がウケがいい場合もある。そもそも感情とはシンプルなものだ。だから、感情的な言葉はシンプルになる。ゆえに誰もが理解できる。結果、称賛を集めやすい。
意気込みに満ちた笑みを浮かべ、完全に自軍と化した生徒たちを背に小平太が問うた。
「強さに自信があるんだよな、七崎?」
先ほどの特例戦で見せた動きを理解している者に、ないと答えるのは道化がすぎるだろう。
「それなりには」
「それを聞いて、安心した」
小平太がポケットに手を入れ、あごを上げた。
まるで、見下ろすように。
「ランキング最下位の生徒が第三位と特例戦を行うなんてのは、普通ならありえねぇ話だ。そして誇りを証明する意外、これはおれにとってなんの得もない戦い……それでも、おれは――」
小平太が悠真を指差す。
「七崎悠真に、特例戦を申し込む」
今のひと言に、萌や他の生徒が感動していた。
込み上げるものがあったらしい。表情でわかる。
彼女たちにとって、彼は魅力的な”主人公”なのだ。
「冷静に考えるなら、ここで俺が特例戦を受ける義務もないがな」
悠真の言葉に、小平太の眉が上がる。
「何?」
「おまえは理想的な舞台を整えたつもりらしいが、特例戦は、両者の合意があって初めて成立するものだと理解している。とすれば、俺が承諾しなければこの特例戦は成立しない」
「はっ、馬鹿を言ってんじゃねぇよ……もしこの特例戦でおまえが勝てば、おまえは一気にランキング三位に駆け上がれるんだぜ?」
今にも掴みかからんばかりの小平太が、悠真に接近。
「魂殻なしでも、おまえは魂殻使いに勝てるんだろ? さっき、強さに自信があるとも言ったな? だったらこれは絶好のチャンスだろうが。この学園に来たからには、おまえも学園内の一番を狙いに来たんだろ? ま、おれがさせねぇけどな」
「ランキング、か」
悠真は思わず、口の端をにやつかせてしまった。
「……何がおかしい?」
「いや、認識の前提が間違っていると思ってな」
「認識の前提、だと?」
「そもそも俺は、ランキング制度に興味がない」
「な、に?」
「トーナメントとやらにも今後、出場するつもりはない」
トーナメントに参加せずとも、進級だけならばテスト評価のみで可能なのは確認済みだ。もっとも、来年までこの学園にいるとも思えないが。
「ならおまえは、なんのためにこの学園にいる?」
「誘われたからだ。霊素値が50geの人間でも、この学園は必要としているらしい」
「ここで逃げるなんて……男らしくねぇとは、思わねぇのか?」
――フンッ――
悠真は鼻を鳴らした。
「落ち着け、柘榴塀。俺は特例戦を受けないとは言っていない。あくまで、受ける義務はないと言っただけだ」
「……なら、受けるんだな?」
「いいだろう」
うぉぉおおおおっ
ギャラリーが沸く。小平太は怪訝そうな顔だ。
「さっきおまえは、ランキングに興味がねぇと言ったな?」
「ああ。だから俺が勝っても、三位の座はいらない」
生徒たちがざわつく。小平太が睨みつけてきた。
「なら、何が理由で引き受けた?」
「理由? そうだな……」
ここは適当でもいい。
「これで勝ったら、それなりにカッコイイからかもな」
「……なん、だと?」
小平太の眉間のシワが深くなる。萌をはじめとする他の生徒も、唖然としていた。
「もっと言えば――」
悠真はオルガを指差した。
「好意を持っている綺麗な女の子に、いいところを見せたい。フン……思春期の男子なら、当然のように持つ感情だと思うが?」
「ん、なっ――!?」
再び茹でタコオルガの完成である。
ボディーガードの件を秘匿しながら任務を行うとなると、まずは護衛対象の懐へ入りやすくするために信頼や好意を得る必要がある。それに、この特例戦は今後のためにも必要なプロセスとなると悠真は判断していた。
「そうかい……おれには理解できねぇが、特例戦を受けた漢気だけは評価してやる」
学生用端末を操作し、小平太がHALに呼びかけた。
「特例戦を申請する」
『かしこまりました。特例戦申請プロセスを開始します。あなたの所属クラスと名前、および相手の所属クラスと名前、互いの了承宣言を三分以内にお願いいたします』
「3−C、柘榴塀小平太。2−B、七崎悠真との特例戦を、了承する」
「2−B、七崎悠真。3−C、柘榴塀小平太との特例戦を、了承する」
『特例戦の申請受付を完了。次は日付と時刻の設定を――』
試合場や時刻の設定等は、小平太がスムーズに終えた。
特例戦は明日の16:30と決まった。
「これで特例戦の手続きは完了だ。もし特例戦成立後、当日試合場にいなかった生徒は半年間停学処置となる。これは、学園の規則だ。わかったな? 絶対に、ばっくれたりするなよ?」
半年。
ひとまずのオルガの護衛期間と同じ期間。
これは不参加というわけにはいくまい。
「それと――」
端末をしまいながら、小平太が言った。
「今回の特例戦は、独自ルールを設定させてもらう。この特例戦では、相手の生身の身体や魂殻に触れるのが許される攻撃は、魂殻武器のみとする」
オルガが息をのんだ。
「もし生身のこぶしや足で相手にあからさまな攻撃を加えた場合は、その時点で敗北とする。あからさまかどうかは……おれとおまえの力量なら、判断には困らねぇだろ。決着は、どちらかが戦闘不能になるか、ゲージがなくなるか、降参するかだ。何か質問はあるか?」
要するに、先の特例戦で使用した締め落としを使わせないルール。
下手に生身以外の攻撃を出して、もし小平太がわざと攻撃を受けようものなら、その時点で悠真の敗北が決まるわけだ。魂殻部以外での攻撃を徹底的に封じるつもりらしい。
「お待ちなさい!」
再びオルガが間に割って入った。
「卑怯ですわよ、柘榴塀さん! 特例戦の許可を受けてから、ルールを追加するだなんて!」
「な、何よアンタ!?」
今度は萌が横槍を入れる。
「話を最初から聞いてるなら、そういうルールになるのは当然でしょ! それに小平太は、自分に得のない特例戦をするって時点で損をしてるのに……それを、卑怯だなんて! 黄柳院の人だからって、今の言い方は許せないわ! このっ――」
「気持ちはありがてぇけど……今は黙っててくれねぇか、萌」
憤激してオルガに掴みかかろうとした萌を、小平太がとめた。
「小平、太……」
「誇りを守るためとはいえ、おれも今のルールは後出しみたいで気分が悪ぃんだ。けど、これは必要なことなんだ。おれが泥を被ってでも、この殻識の生徒の誇りを守らなきゃならない……これは、そんな戦いなんだ」
「な、なんて自分勝手な人たちですの……話が通じませんわ」
オルガは小平太たちとの会話を切り上げ、悠真に話しかけた。
「七崎くん、こんなルールの特例戦を受ける必要なんてありませんわよ! 魂殻の性能は霊素値と直結しています! つまり霊素値とは、魂殻使いの強さそのものなのですわ! この特例戦は、魂殻装備だけであなたが魂殻使いと戦えば絶対に負けるのだと、そう学園の者に知らしめるためだけのもの……受ける意味など、まったくないのです!」
「七崎悠真」
オルガを意に介さず、小平太が前へ歩み出る。
「おまえは、戦い方を改めるつもりがないと言ったな? だが、この殻識は魂殻使いの養成機関だ。だからこそ、おまえは魂使いとしての戦いをしなきゃならない。わかるな? 野良試合ならともかく――これは、魂殻使いの誇りを賭けた戦い。その誇りを穢すような戦い方は、認められねぇ」
「なら、わたくしがあなたと特例戦をしますわ!」
オルガが、小平太に挑みかかった。
「特例戦は参加予定である両者の了解があればキャンセルは可能なはず! 改めて明日、わたくしとあなたの特例戦を組んでくださいっ」
小平太はため息をつき、後ろ頭をかいた。
「わかってねぇな、黄柳院のお嬢さん……この特例戦は、七崎とおれがやるから意味があるんだ。それに、さっき言っただろ?」
すると、オルガは次の言葉をもう察した顔になった。
「普通、ランク下位者の特例戦の申し出を上位者は受けたりしねぇんだよ。このおれと戦いたいなら、トーナメントで上がってきな。勝ち進めば、いずれあたる。もっとも――」
獰猛な目でオルガを見下ろす小平太。
「一日一回どんな相手からも無条件で特例戦を受けるなんて意味不明なことをやって、身体に疲労とダメージを蓄積させてる間抜けなお嬢さまは――」
小平太の目には侮蔑と怒りがあった。
「つまらない不調か何かで、どうせまた途中でリタイヤだろうがな」
小平太がそう言うと、オルガは何も言い返さずに視線を伏せた。
特例戦は互いの了承なしには成立しない。
小平太の言うように、上位者が下位者の挑戦を受ける必要はない。
序列に支配された学園。
霊素値という”才能”が産み出す、絶対なる生物的序列。
「オルガ」
悠真は打ちひしがれるオルガに呼びかけた。
「申し訳ありません、七崎くん。今度はわたくしが、あなたを助けられたらと……そう思ったのですが」
「おまえに一つ、頼みがある」
「頼み?」
「もし明日の特例戦で俺が勝ったら、明日、俺と一緒に下校してくれないか」
「はい?」
目を丸くしたのは、オルガだけではなかった。
小平太、萌、周囲の生徒も同様の反応を示した。HALまでもが『エ?』と一言だけ声を発した。
「何か褒美があった方が、俺も弾みがつくからな」
小平太は歯ぎしりしていた。
当然だろう。
要するに悠真は、この学園で圧倒的な価値のあるランキング三位の座よりも、いち女子生徒との下校約束の方が勝利の報酬として価値があると、事実上、そう言い放ったのだから。
「この殻識では、ランキング三位の称号はどうやら俺が思うよりずっと価値のあるものらしい」
悠真は、怒りに燃える小平太の両眼を見据えた。
「フン、いいだろう……特例戦は、さっきおまえが言ったルールで受けてやる。それと俺がおまえに負けたら、二度とこの学園に顔を出さないと誓おう」
オルガの顔に悲壮さがおりた。他の生徒たちが、おぉっ、とどよめく。
「それから、明日の特例戦だが……今から宣言しておく。時間切れでの判定や引き分けはない。よく胸に刻んでおけ、柘榴塀小平太。俺は――」
不敵な微笑みを口の端に浮かべ、悠真は言い放った。
「おまえのソウルシェルゲージをゼロにして、勝利する」