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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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39.ロング・グッドバイ


 ある日の朝のHR、七崎悠真が転校する旨を担任の狩谷がクラスメイトたちに伝えた。


 一時的にどよめきが起こる。


 実力主義の殻識学園。


 己の至らなさや不甲斐なさに打ちひしがれ去る者も多い。他の教育機関に比べれば、殻識生は生徒が学園を去る光景を見慣れているのかもしれない。


 ただし学内ランキングのトップ3を特例戦で下した生徒の急な転校となると多少の話題性はあったようだ。魂殻性能の劣った実力者が在学し続けるのを学園側が問題視したための転校措置なのではないか、という憶測も飛び交ったようだ。


 休み時間には何人かのクラスメイトから転校理由を聞かれた。


 悠真はどれに対しても、家の事情とだけ答えた。



     ▽



 学園を去る日の放課後。


 放課後のHRで悠真はクラスメイトたちに温かく送り出された。いなくなるのを惜しむ空気があったのは素直に嬉しく思った。本当の転校理由を知らない狩谷は、悠真の担任になれてよかったと言ってくれた。


 オルガの態度はクラスメイトたちからするといささか奇妙に映ったかもしれない。


 あれだけ仲のよかった悠真がいなくなるのに、あまり寂しそうには見えなかったはずだ。あるいはもう十分に別れを済ませたのだと解釈した者もいただろうか。


 実際は悠真の正体をオルガは知っているのでこれが本当の意味での”別れ”ではないからなのだが。


 人の掃けた教室をオルガと出ると、ティアが待っていた。


「この学園であなたと会うのも今日で最後になりますね、七崎悠真」

「オルガのことを頼んだぞ、ティア」

「わかっています」


 今後は殻識学園内におけるオルガの身の回りの警戒は、ティアに任せることにした。


 そして、


「ただしオルガ、トーナメントに限っては容赦しませんよ?」

「もちろんですわティアさん。手加減なしのあなたに勝利して、必ずランキング一位を獲得してみせますわ」


 二人は、友だちになっていた。


 しかもオルガもマガラワークスで不定期のアルバイトをすることが決まった。経緯を知らない他の従業員たちにはティアが学園の友人を紹介してきたと伝えた。黄柳院の名にピンときた従業員は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたが。


 しばらく歩くと眼鏡をかけた長身の男が廊下に立っているのが見えた。壁に寄りかかる姿が、やけにサマになっている。


 悠真は立ち止まり、隣の二人に言った。


「先に校門へ行って待っていてくれるか」

「いいんですの?」

「大丈夫だ」


 ティアが、


「彼なら大丈夫ですよ」


 と続いた。


 少し不安げだったが、オルガはティアと階段の向こうへ消えて行った。


「この殻識学園を去るそうだな、七崎悠真」


 二人が去ったのを見届けてから、葉武谷宗彦が言った。


「俺に何か用ですか?」

「つまらん敬語はやめろ」


 悠真は微苦笑。


「俺に何か?」

「おまえに挨拶させる人間がいる」


 廊下の角から出てきたのは、柘榴塀小平太と南野萌。


「ふん!」

「どーも!」


 二人とも不本意さが隠せていなかった。


 威圧的に胸をはり、小平太が前へ出る。


「おまえに負けたおれは過去のおれにすぎない! 人生ゼンブで勝ったと思われては困る! 勝ち逃げの愚かさをよく考えろ! いや、違う! おまえはこの殻識を去りおれは残る! 最後は、おれが勝ったも同然だ!」

「こ、小平太の言う通りよ! アンタのせいで周りは変わってしまったわ! なのに、アンタは逃げ出すなんて! 許されない!」


 変わらないな、と悠真はつい微笑みをこぼしてしまった。


「何を笑っている!? 愚弄か!? おれはおまえのその人をなんとも思っていない態度を、全身全霊をかけて、徹底的に糾弾っ――」

「柘榴塀」

「うっ!?」


 宗彦のひと言で小平太の動きが全停止した。電流でも流れたようだった。萌も倍速で姿勢を正す。


「どうやら二人とも、まだ調教が足りないようだな」


 眼鏡の蔓を押し上げ、レンズを鋭く光らせる宗彦。淡々とはしているがあからさまな不機嫌さが滲み出ている。


「なぜ言われた通りのことができない? おれへのおまえたちの忠誠は、その程度だというのか?」


 宗彦が二人の背後に立ち両者の背にゆるくタッチした。二人がゾワッと震えあがる。


「このおれの手を、煩わせるな」


 固く目をつむり葛藤していた小平太が、覚悟を決めた。


「し、七崎悠真……!」


 ポケットに手を突っ込んで視線を逸らしつつ、小平太が言う。もうどうにでもなれという感じだった。


「さっきの言葉でわかるように、お、おれはおまえを快くは思っていない! だがおまえに負けたことで、自分を見つめ直すいい機会に恵まれた……! そこだけは感謝している!」


 小平太がチラッと宗彦の様子をうかがう。宗彦は黙って、淡々と小平太を睨んでいる。まだだ、とでも言いたげな視線だった。


「つ、つっかかった件については謝る! 謝罪だ! おれの謝罪を、受け取ってくれ!」


 歯噛みつつ、隣の萌が続いて頭を下げる。


「色々と失礼な言葉を吐いて、ご、ごめんなさいっ! 感情を抑えきれない癖を、がんばって矯正します!」


 二人に緊張感が漂う。まるであるじの採点を待つ下僕のようだった。


 不満を帯びた声で宗彦が採点する。


「30点だな」

「ひ、低い!」

「何か言ったか、柘榴塀?」

「あ――い、いえ! 精進いたします!」

「……まあいい。動物並みのおまえたちをこれからおれがしっかり躾けてやる。ありがたく思え」


 小平太と萌がビシッと姿勢を正す。


「はい! ありがとうございます!」

「感謝いたします!」

「よし、行け」

「失礼いたします、宗彦様!」


 二人は軍隊の兵士ような歩調で、廊下の向こうへと姿を消した。二人の消えた廊下を、宗彦がつまらなそうに眺めやった。


「ふん……良質な素材を成長過程という料理が潰す。あれは、面白いほど典型的なサンプルかもしれん」


 悠真が聞く。


「今のは?」

「二人の調教の成果を試してみたくてな。拒否反応の強い相手への嫌悪感を取り除ければ、調教としては完璧だが……まだまだだったらしい」


 要するに、実験台にされたわけだ。


「殻識を去ると聞いたが」

「ああ」

「鏡子郎が残念がるのはまあ理解できる。ただ、冴の方も何か引っかかっているようでな。二人揃ってあんな態度を示す相手は珍しい。だからおまえは、より興味深い男になった」


 宗彦が鮮やかな身のこなしで間合いに入ってきた。彼は流れるような動作で悠真のタイを掴むと、グイッと引き寄せる。


「残念だ、七崎」


 悠真は反応しなかった。敵意がないのを察したからだ。


「おまえはあの二人より、調教のしがいがありそうだったんだがな」



     ▽



 宗彦と別れて廊下を行くと、腕組みをした一人の男子生徒が窓の外を眺めていた。


 悠真が背後を通り過ぎかけた時、その男子生徒が口を開いた。


「まさかこのまま、僕を無視していくつもりか?」

「どうせ声をかけてくるだろうと思っていた」

「ふっ……つくづく君は、先読みの達人らしい」


 蘇芳十色。


 十色が向き直る。悠真も彼に向き合った。


「君が殻識を去るのを残念に思っているよ」

「家の事情だ。俺にはどうにもできない」

「僕は、君を生徒会に誘うつもりだった」


 自らの意思を確認するみたいに、十色がこぶしを自分の胸にあてる。


「君を生徒会へ引き込めれば、新しい風を吹かせられるような気がした。そして……君の資質によっては次期生徒会長を任せてもいいと思っていた」


 自嘲して微笑む十色。


「それも今は、儚い夢と散ったがな」

「どのみち俺には向いていなかったさ。それに――」


 悠真は再び、昇降口の方へ身体を向けた。


「蘇芳十色のような適材を目にしてしまっては、この学園の生徒会長の座につくのは相当な覚悟が必要だろう」

「……七崎」


 複雑な胸中をにおわせる十色を残し、歩き出す。


「おまえとの特例戦は貴重な経験だった。殻識学園にいたこの短い期間の中でも、よい思い出として残っている」

「あの特例戦は、僕としてもよい糧となった」


 悠真は一度、立ち止まった。


 霧間千侍との死合いで勝てた要素の一つは、極限のせめぎ合いを特例戦で経験できたからだった。


「ありがとうございました」


 再び歩き出し、言葉を残す。


「さようなら、蘇芳先輩」

「――あ、ああ」


 少し遅れて返事をした蘇芳十色は、かすかな名残惜しさを帯びた穏やかな調子で、別れの挨拶を口にした。


「達者でな、七崎悠真」



     ▽



 昇降口を出ると、今度は二人の男子生徒が立っていた。


 まるで、何かを待ち受けていたかのように。


 周囲の生徒は誰も二人の存在に気づいていない様子だ。


(なるほど、を使っているのか)


「黄柳院先輩」


 悠真は自分から声をかけた。


 声をかけられた黄柳院冴がうつむき、小声で何かつぶやいた。


「”先輩”」

「あれ? どうしたんだ、冴?」


 隣に立つ鐘白虎胤が訝しそうに、冴の顔を覗き込む。


「……気にするな。余は今、認識の齟齬をすり合わせている」

「今日の冴、なんか変だぞ?」


 クエスチョンマークを出す虎胤。


 霧間千侍に斬り伏せられた虎胤の傷はすっかり完治したそうだ。一方的に滅多切りにされた精神的ショックが大きかったと聞いたが、そちらも快復したようである。


 この場における問題は冴の方だろうか。


(俺の中身が真柄弦十郎だと知ってしまった影響が、思った以上に出ているか……)


 ポーカーフェイスを始めとする感情を押し殺した立ち振る舞いは得意なはずだが、ここまで影響が出たのは予想外だった。


「さて……ぉ、おまえは今日この学園を去るそうだな?」

「黄柳院先輩、今日はどうしました? 普段となんだか様子が違うように見えますが……体調でも悪いのですか?」


 さりげなく”態度に出ている”と指摘してみた。


 虎胤が「だよなー」と呑気に続く。


「――――口が過ぎるぞ、下郎」


 さすがは黄柳院冴。


 悠真――真柄弦十郎の意図を一瞬で理解してくれた。


「余に対しての無礼は、あえて指摘されずとも自ら慎め。でなくば、このまま快く学園の門を出て行くことはかなわぬかもしれぬぞ?」


(それでいい、冴)


 今までと態度が急変しては違和感が出る。だから冴には七崎悠真に対してこれまでと変わらぬよう接してほしいと頼んでいた。


 あとは、ほんのわずかに目が泳ぎ始めているのを克服できれば完璧だろうか。


 特に冴以外の五識の申し子も観察力や勘に優れているから、冴にはがんばってもらいたいところだった。


「すみません……確かに口が過ぎましたね。その……まさか黄柳院先輩たちは俺の見送りを?」

「余も――」

「違う違うっ!」


 冴が何か言いかけたのを、虎胤が遮る。


「おれが冴を誘ったんだ。おれとしては、悠真っちにお別れの言葉くらいは言っておきたかったからさ。ま、あの冴が嫌な顔一つせずについてきてくれたのはちょっと意外だったけどな」

「そうでしたか。ありがとうございます、鐘白先輩」

「いいっていいって! でもさ、悠真っちもオルちゃんと離れ離れになって寂しくないの?」

「……連絡くらいは、取り合うかもしれません」

「そっか、ならよかった! 仲がいいのに離れ離れになるなんて、寂しいもんな!」


 にぃ、と無邪気に笑う虎胤。


 鐘白虎胤は、霧間に襲撃された際にオルガを守ろうとしてくれた。


「鐘白先輩」

「ん?」

「この前の誘拐事件で、先輩がオルガを守ろうとしてくれたと聞きました。その件でお礼を言いたいと思っていて。ありがとうございました」


 気後れの笑みを浮かべる虎胤。


「んー……あはは。いやー……でもおれ、結局なんにもできずにボロ負けでさ。お礼を言われるようなことは、なんにもしてないんだよね」

「鐘白先輩がオルガを守ろうと戦ってくれたことが、俺には嬉しかったんです」

「……そっか。いいやつだよな、悠真っちって」


 すると虎胤が、冴の小さな肩をベシベシ叩いた。


「でもさ、きっと冴だったら勝てたと思うんだよなー! けど冴は、いっつも肝心な時にはいないからさー! あはははは!」


 無垢な笑い声を上げる虎胤。


 湿っぽくならぬよう場の空気を和ませようとしているのがわかった。


 しかし黄柳院冴に対して今のような発言は通常ならそうそう許されるものではないはずだ。ただし、鐘白虎胤だけはああいった言動を許されている節がある。


『虎胤は邪気や悪意が皆無に等しいゆえか、いちいち叱りつけるのも面倒に感じてしまってな。どう言えばいいか……虎胤相手だと、叱りつける言葉を選ぶこと自体が無駄な労と感じるのだ』


 鐘白虎胤との関係を冴はそう評していた。


「そういやどうなんだろ? 悠真っちならあいつに勝てたのかな? でもあとで宗彦たちに聞いたら、あいつあの伝説の極生流だったんだって。だからまあ、さすがの悠真っちでもあれは無理かなー?」

「そろそろ口を慎め、虎胤」


 冴がぴしゃりと言った。


「うわっ? 冴……なんか怒ってる?」


 虎胤は腕組みをすると、目をつむり唇を尖らせた。


「今日の冴の虫の居所が、マジでわからないぞ……」





 前話のサブタイトルのパロディにお気づきくださった方もいたようですね。


 冴は前話でようやく労が報われた感じでしょうか。


 完結までは、あと二話の予定となっております。

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