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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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37.悪魔の告解


 キュオスの会長が街中で銃撃を受けて殺害された。


 事件翌日の朝の報道はそれ一色だった。


 どのようにして殺されたのか。


 車から降りて建物へ移動する途中、白昼堂々撃ち殺されのである。


 目撃者は多数。


 しかし犯人は捕まっていない。犯人は全員変装していた。そのため、監視カメラの映像から身元は辿れなかった。


 犯人たちは撮影スタッフのような体を装っていた。目撃者によれば、映画の撮影中と言われたら疑問を抱かず信じてしまう感じだったそうだ。


 キュオス会長は秘書と数人のボディガードと歩いていた。車から降りて少し歩いたところで、撮影機材を持った外国人と思しき集団が近寄ってきた。


 そのスタッフたちが会長を銃撃したのである。


 ボディガードや秘書も一緒に撃ち殺された。


 けれど犯人たちには鬼気迫る空気がなかった。


 撃ち殺したあとも現場には和気藹々とした空気が流れていたという。サングラスをかけた役者風のヒゲ面の男が死体の前で頭を抱えて、あからさまなコメディタッチのノリで”オーマイガーっ!”と叫んだ。叫びを挙げた直後、スタッフ風の男たちは大笑いしていたそうだ。


 拍手して絶賛するディレクター風の男までいたので、通行人たちは映画か何かの撮影だと思ったらしい。あるいは、コメディ番組の撮影とでも思ったか。


 この国は表向き今も平和である。平和すぎるほどに。


 国に住む者の多くは本物の戦闘行為をその目で見たことはなく、せいぜいディスプレイを通して見る者がほとんどだ。そういった視覚情報だけでは戦闘の空気や肌感覚、そして”手触り”を経験として蓄積できない。


 誰も本物を知らないのだ。


 ゆえにすぐには見抜けない。


 誰かがひと気のある路上で銃撃されても、撮影スタッフや撮影機材が取り囲んでいるのを目にしたら多くが”映画か何かの撮影だな”と脳内補完されてしまう。


 銃撃された側が慌てふためいていても当時現場にいた目撃者たちは”迫真の演技だな。さすがはプロの役者だ”程度にしか思わなかったであろう。


 何より人はそれほど他人に興味がない。


 何かが起こった時に一瞥くらいはしても、我関せずと通り過ぎる者が大半なのだ。


 犯人たちは慌てて逃走する様子もなく、緩く談笑しながら大型バンの中へ消えて行ったという。


 死んだ演技を続ける役者たちだけ残されたのに違和感を持った数人が、さすがにおかしいと感じ通報したのだそうだ。


 通報されたのは、キュオス会長とその秘書とボディガードたちが撃ち殺されてから約20分後のことだった。



     ▽



 事件後、真柄のところへ一本の電話がかかってきた。


 ジョン・スミスからだった。


 通話ボタンを押す。


「おまえも思ったより暇人らしいな」

『いつかけても君は連れないな、ベルゼビュート』


 やれやれ、と内心ため息をつく。


「今回はなんの用だ」

『キュオス会長のニュースは見たかね?』

「……おまえたちの仕業か。なら犯人が捕まらないのにも納得がいく。そして犯人たちは国内にはもういない。そうだな?」

『実に面白い推理だ。ハラショー』


 ロシア式の称賛を送るジョンは、なぜか満足げだった。


「あれは見せしめか」

『小耳に挟んだところでは、あの会長は純霊素の情報をとある国に渡そうとしていたらしくてね』


 先ほどの”ハラショー”という言葉から、キュオス会長と取引予定だった相手国の想像がついた気がした。


『君の国の人間は義理堅い民族だと思っていたが、いやはや、つくづく建前の民族なのだと再認識させられたよ』


 ひと括りにされてはかなわないが、何かと建前を重視するお国柄なのは同意せざるをえまい。ただし今ほどジョンが引き合いに出した”義理”とやらをホワイトヴィレッジ側が果たしたのかどうかについては若干、怪しいと言える。


「”純霊素のことは黙っていろ”というメッセージをキュオス側へ改めて伝えるために、ああして会長を殺したわけか」


 殺し方もえげつないと言えた。あの殺し方は”いつどこにいても、仮に人目のある街のど真ん中でも殺せる”というアピールだ。


『あの事件に関して我々は何も明言しない。ただ”そういう事件が起こった”という事実をだけだよ』


「それで俺の方にも純霊素のことは黙っていろと念押しするために、こうして電話してきたと」


『そちらは見当違いな推理だ。むしろ、黄柳院オルガを守りたいベルゼビュートからすれば純霊素の情報にはフタをしておいてもらった方が好都合だろう?』

「……まあな」


 ジョンの言う通り真柄からすれば純霊素の情報は封をされたままの方がいい。


「なら、なぜ電話してきた?」

『黄柳院オルガの安全が今回の事件の影響で脅かされる心配はない。それを伝えておくべきだと思ってね』

「ご多忙であろう”村長”がずいぶんご親切なことだな」

『今回の事件に何か不審なものを覚えた蠅の王が”足跡”を辿るべく動き始めると、我々としては実に厄介なのだよ。そこで先回りして正しい情報を渡すことで、先手を打ったわけだ』

「所詮その”蠅の王”も一介の傭兵に過ぎん」


 ジョンが鼻で笑った。


『その”一介の傭兵”であるベルゼビュートが生きていて、しかもあの天野虫然を殺したという話は今も一部界隈を震撼させているんだがね』

「…………」

『ベルゼビュートにとっては取るに足らない相手だったかもしれないが、天野虫然のネームバリューを甘く見ない方がいいな』

「…………」

『そして”ベルゼビュート”の名こそ、君が思っている以上に遥かに伝説化している』


 くつくつとジョンが低く笑った。


『ゆえに我々としても村の近くをあまり君に飛び回ってほしくないんだよ。糞山の王を駆除するとなると、こちらも想像以上に多くのものを失うだろうからな』


「心配するな。がなければ、蠅もおとなしく地を這っているさ」


『一生そうあってくれるのを切に祈っているよ。いや、それにしてもだ』

「まだ何か?」

『君と話しているとたまに人間と話している気がしなくてね。そういう時は君が本物の悪魔に思えるよ、真柄弦十郎』


 ジョンはそんな言葉を残すと、そのまま一方的に通話を切った。



     ▽



 真柄は車を走らせていた。


 春めいた陽気に包まれた山道。


 このあたりの道路はいつも空いている。当然といえば当然だ。この山に用事のある者など限られている。


 足を踏み入れる者がいるとすれば、二種類。


 たった一件だけ建つ大きな屋敷に用事のある者か、命知らずにもこの山で無断にタケノコや山菜を採る盗人かだ。


 屋敷の敷地に入る。


 来客用の駐車場に車を停めた。


 ドアを閉めてロックをかけてから、電話をかける。


「俺だ。今着いた」

『わかった。今、迎えにあがる』


 抑えてはいるが、機嫌がよいのが伝わってきた。


 門の方へ向かう。


 格子のシャッターは、もう上がった状態だった。


 普段は家の者が出迎えるのだが、今回は次期当主直々の出迎えであった。


「待っていたぞ、弦十郎」

「直接会うのは、あの公園の時以来になるか」


 今日の冴は着流し姿だった。暗灰色の生地に、黄土色の柳の枝の模様があしらわれている。


 髪を後ろで結っているせいか、どことなく細身の侍のようにも見える。


 二人並んで門をくぐる。


「家の者は?」

「心配は無用だ。人払いはしてある」


 総牛は用事で出ているそうだ。まあ、真柄もその時間帯を狙って訪問しているわけだが。


 皇龍は、静養の名目で黄柳院の所有する別荘へ移ったそうだ。


 磨き抜かれた木目の廊下を抜けて、二人で庭に出た。


 念を入れてか、冴が”龍泉”で周囲に認識遮断を施す。完全に存在が消えるわけではないが、これは周囲から”認識を外す”のに近い効果がある。


 真柄は聞いた。


「”龍泉”を使う必要があったか?」

「誰にも邪魔を、されたくないのでな」


 日本庭園風の意匠を凝らした広い庭を抜けると、その先にはなだらかな坂が広がっていた。ここもすべて黄柳院家が所有する土地の一部だ。


 坂の向こうに広がる草原を眺め、真柄は礼を述べた。


「この前は、無茶を聞いてもらって悪かったな。だが、おまえのおかげで俺は安心して自分のすべきことをやれた」


 霧間千侍が呼び寄せた傭兵と殺し屋たち。


 真柄から対処を頼まれた冴によって、彼らは全滅したと聞いている。


「水臭いぞ」


 冴が薄く微笑む。


「他でもない弦十郎から余にしか頼めぬと言われてしまっては……その頼みを跳ねのけるなど、できるわけもなかろう」

「そういうおまえだから、すまないと思ってしまうのさ」


 黄柳院の”呪い”の話は知っていた。それでもあれほどの手練れたちとなると、あの時点で対処できそうなのは黄柳院冴をおいて他にいなかった。


 一人一人が天野虫然級の腕を持っていたと喩えれば、いかに相手が凄腕だったかが伝わるだろうか。


「黄柳院の意思に逆らうのは容易ではなかったはずだ。だからこそ……すまないと思う以上に、おまえには心から感謝している」


 真柄はそう言って、冴の頭に優しく手を置いた。冴は細く長いまつ毛を伏せると、抵抗することもなく真柄の手を受け入れた。


「こうして、おまえに褒めてもらえるから……余も、つい張り切ってしまうのだろうな。不思議なものだ。弦十郎の前では、余も単純な動物になってしまうらしい」


 冴の小さな頭からそっと手を離す。

 自分の胸に届くかどうかほどの背丈しかない冴に対し、真柄は改めて向き直る。


「冴」

「なんだ?」


 淡い日差しを顔に受け、深く透明な瞳で冴は見上げてきた。


「おまえに一つ、話しておくことがある」


 冴は得心の顔をした。 


「ああ、黄柳院オルガの件なら承知済みだ。なんらかの事情があって弦十郎はあの娘を守るために動いていたのだろう?」


 薄い自嘲の色を湛え、冴が幽玄に微笑む。


「少しばかり妬む気持ちが、ないでもないがな」

「確かに内容は黄柳院オルガに関することだが……これから話すのは、黄柳院オルガではない別の人物の話だ」

「別の人物?」

「これは、おまえにも話しておくべきだと思ってな」


 微風がふいた。


 揺らぐ金髪を、冴がおさえる。


「一体、誰の話だ?」


 冴の身体に正面から向き合うと、真柄はわずかに生じた迷いを振り払って、その人物の名を口にした。


「七崎悠真という殻識生の話だ」


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