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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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29.それから


 真柄弦十郎と霧間千侍が戦った日から、数日が経過した。


 事態の解決については、今のところ久住彩月を通して水瀬兼貞にまで伝わっている。久住によれば、今後に関する返答を水瀬から待っている状態とのことだ。


 紫条良正の死はいまだ公になっていない。


 黄柳院の誰かが手を回して内々に処理した可能性は高い。担当した警察側の捜査がどこまで真相へ近づいたかは不明だが、そこは五百旗頭築の偽装能力を信じる他はあるまい。


 紫条良正が死んだが、今は黄柳院の方に大きな動きもない。良正に依存していたらしい皇龍がどうなったかはやや気がかりだったが、昨今の黄柳院の混乱の元凶であった良正が死んだことで、黄柳院の状態は元に戻っていくのではないだろうか。


 純霊素を疎ましく思っていたであろうキュオスはだんまり状態にあるようだ。純霊素が世に出ないことで得をするのだから、キュオスは結果的に利を得たとも言える。


 どのみち、いずれベルゼビュートとクロトヘイム財団が黄柳院オルガの背後にいるという情報が伝われば、もうオルガに手を出そうとは考えないだろう。


 黄柳院の件は改めて冴と一度腰を据えて話そうと真柄は決めていた。


 それからあのあと廃工場跡地へ五識の申し子が踏み込んだ結果、やはり霧間千侍の死体は見つからなかったようだ。


 あの場で力尽きることなく姿を消したらしい。二度と会うこともないだろうが、霧間千侍がまだ生きていることに真柄が奇妙な安堵感を覚えてしまったのは事実であった。


 今回の件の元凶の一つであったホワイトヴィレッジは沈黙を守っている。


 ただ、ジョン・スミスから一度だけ電話があった。


『主流派は現在、焦燥にのみ込まれた果ての大ポカを乱発して半壊状態だ。気の毒に。ベルゼビュートさえいなければ彼らも順風満帆だったろうにな』


 自分の組織をしているのに、ジョンの話し方はどこか他人事のような印象を与える。


『非主流派に近いアレックスは君を褒めていたがね。いずれにせよ黄柳院オルガの件は完璧な立ち回りだった。素直に感服している』


 ジョン・スミスという人間は感情が読み取りづらい。演技めいてはいるが一から十まで演技というわけでもない感じがある。不思議な男だ。


『非主流派の主張はこうだ。純霊素を得られなくとも世界的な魂殻関連のシェアで見れば我が国はいまだ変わらず世界一位なのだから、シェア争いで他国に遅れを取らない限りは問題ないというものだ。日和見主義の保守思考と言われれば返す言葉もないがね。何よりその主張は、常に最先端の権化だった我が国らしくない』


 真柄が口を挟む隙を与えぬ、力強く畳み掛けるような口調。


『とはいえ我々が黄柳院オルガに手を出すことはないだろう。今や純霊素の存在を知る者の中では、黄柳院オルガのバックにはあのベルゼビュートがついていると知れ渡っている。そして、そのベルゼビュートの雇い主はどうもあのクロトヘイム財団らしいとね』


 実際は四〇機関の水瀬兼貞なのだが、大多数はそう解釈しているようだ。それはそれで都合がよいとも言える。


『つまり黄柳院オルガに手を出すことはあのクロトヘイムの所有物に手を出すのと同義と解釈できる。これは我々にとって避けるべき話だ。といっても、もし我々と相容れない他国へ純霊素の情報が伝わったならまた話は違ってくるだろうがね』


 クロトヘイム財団の影響力が強いのは欧米圏、オーストラリア、アフリカ大陸および南米大陸の一部の国に限られている。


 それ以外の国にクロトヘイム財団という抑止力が通用するかと言えば微妙なところだろう。


 とにかくジョンは、これ以上ホワイトヴィレッジは黄柳院オルガに手を出すつもりがないと念を押すために電話してきたようだ。


 言いたいことだけを言うと、あっさりジョンは通話を切った。


 さて、そのホワイトヴィレッジがご執心であった黄柳院オルガだが、あのあとはしばらく朱川家が保護していたそうだ。


 オルガが目覚めるまで朱川鏡子郎の妹がついていたと聞く。


 そうしてオルガは朱川家で目を覚まし、葉武谷宗彦からことの経緯を説明された。ただし攫われた理由は”身代金目的の誘拐だった”とされている。


 現在のオルガの立場を知らない海外の犯罪組織が、黄柳院の娘なら身代金を取れると勘違いして誘拐したというシナリオになったようだ。


 純霊素と紫条良正の私怨の件を知らなければ、そういったシナリオのラインを作るしかないだろう。


 結局、五識の申し子もホワイトヴィレッジがオルガを狙っていた真の目的にまで辿りつくことはなかった。


 しかし真の目的を知らなくとも、オルガが狙われていると知って彼女を守るために動いた彼らは立派だったと言える。少なくとも真柄はそう感じていた。


「――というわけで、これまでに起こったことは大体そんな感じだな」

「なるほど」


 病院の一室。


 ベッドの上には上体を起こしたティア・アクロイドの姿。


 その横には、椅子に座る七崎悠真。


 七崎悠真はティアの見舞いにきていた。起き上がってしゃべれる程度には回復したらしい。


 今は、ちょうどティアがこの病院にいる間に起こったことを説明し終えたところである。


 ティアの包帯はまだ取れていないが、入院はそう長くならないようだ。


 聞けばあれだけ斬られたにもかかわらず、ティアも虎胤も内臓が一切傷ついていなかったという。さらに言うと、切り口が鮮やかすぎたので逆に治癒も早いだろうというのが医師の見解だった。


 切れ味に優れた包丁は、魚の細胞を潰さずに身を捌くことができるため、味を落とさずに済むという。


 それと似て、鮮やかな切り口であればあるほど、細胞を潰さない分治りも早いという理屈らしい。


「内臓を傷つけなかったのは、意図的にでしょう」


 無念そうにティアが言う。


「要するに――そんな芸当ができるほど、キリシマセンジンと私との間には途方もない力量差があったわけです」


 ティアの語調には斬った相手への怒りというよりも、人ならざる途轍もない妖怪に行き遭ったことによる事故みたいなものだ、というニュアンスがうかがえた。


 ちなみに119番通報をしたのは匿名の男性だったという。時間的にみて連絡はティアたちが斬られた直後にいっている。


 おそらく現場を去ったあと、霧間本人が通報したのだろう。


「まあ、許してやってくれ。それにおまえが斬られたのは俺のせいでもある。悪かったな」

「なぜあなたが謝るのですか?」


 ティアと虎胤の二人は霧間千侍が真柄弦十郎をおびき出すための呼び水にされた面がある。


 しかし悠真はそのことを彼女に伝える気はなかった。


 できるなら、極生流のことはあまり口にしたくはなかった。


「おまえを巻き込んでしまったからな」


 ティアが手元に視線を落とす。彼女は指を絡めたりほどいたりしていた。


「その……従業員なのであれば、仕事のうちと考えられますから」


 マガラワークスで彼女を雇う件について、まだ本人から正式な回答はもらっていない。


 悠真は今の言葉を”そのつもりがある”という意思表示と受け取った。


「いいのか?」

「迷惑で、なければ」


 悠真は微笑む。


「迷惑どころか、歓迎するさ」

「…………」

「どうした?」

「見舞いに来てくれたのは嬉しいのですが、あっちの姿ではだめだったのですか?」


 あっちの姿というのは、真柄弦十郎の身体のことだろうか?


「同級生が見舞いに来るのは自然だが、ティア・アクロイドと無関係な人間が見舞いに来るのは不自然だろう」

「ぐうの音も出ない正論、ありがとうございます」


 瑞々しい妖艶さをのせたティアの視線が滑るように悠真を見た。


「そうですね……では、好みの異性のタイプを聞きましょうか。あえて」


 最後の”あえて”の意味がよくわからなかったが、悠真は正直に答えた。


「品性のある人間には好感が持てる」

「抽象的すぎますね。ワンナウトです」

「…………」

「もっとわかりやすくお願いします」


 オルガには以前そう答えたのだが、ティアはお気に召さなかったようだ。


 一人の女の顔を思い浮かべながら答え直す。


「一緒にいて気が楽になるタイプ、と言えばいいかな……」


 いきなりティアが指で髪の毛をくるくると巻き始めた。そして入院着の胸もとをはだけさせ、どこか小馬鹿にするような感じに首をかたむける。


「つまり――」


 妙にフワフワした雰囲気。


「軽薄でチャラいタイプですか」

「違う」


 ティアの指が止まる。


「まあ言われてみれば、品性とは真逆の人種な感じですしね」


 他にいくつかの伝達事項を話し終えると、時間を確認してから、悠真は立ち上がった。


「他の話は、また退院後に」


 雇い主だった黄柳院との今後の関係や、これからの彼女の殻識学園での生活について話すことはまだ残っている。


 しかしまだ怪我が完治していないし、一度に多くのことを話すと彼女も疲れてしまうだろう。


 ティアは誰かがどこかでブレーキをかけてやらないと無理をする感じがある。時にはこちらでペースを作ってやる必要がある。


 そういうところは少し久住と似ている。


「何度か時間を気にしていましたね? 今日は休日ですが、何か予定でも?」

「ああ」


 ジムでの恋人役の件と、激辛料理を出すタイ料理店の件。


「このあと、オルガと約束があってな」


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