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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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25.誠濁


 廃工場の地下。


「ええ、もちろんです……ええ、そちらさんのいいように取り計らいますんで……ええ、はい……」


 外用の慇懃さで、心水橋角辰は通信機に話しかける。


「ではとりあえず取り急ぎの口約束になりますが、これで契約成立ということで……ええ、ありがとうございます」


 通話を終えると、心水橋は一気に炭酸水を飲んだ。ゲップをし、口もとを袖でぬぐう。


(紫条良正からは、黄柳院オルガを殺すよう指示されとるが……やっぱりこの案件、黄柳院オルガをホワイトヴィレッジに引き渡した方がオイシイみたいやのー……)


 ただ、交渉役の相手が妙に切羽詰まっている感じだったのは少し気になった。途中、独り言のような調子で、


”目に見える結果を出して調子に乗った非主流派を黙らせる”


 などと口走っていた。


 あのホワイトヴィレッジも、どうやら内輪で色々あるらしい。


(ま、金さえ手に入るなら……取引先が内輪揉めをしてようが、どうでもええわ……)


 タバコをくわえて火を点ける。


(悪いのー、良正サン……世の中ってのはとどのつまり、最終的にどっちが得かで判断するようにできとるんですわ……)


 煙を吐き出す。


(ま、日頃の心証ってのも大事ですがなぁ……心証がよければ、たまーにぐっと踏みとどまることもありますからのぅ)


 突然のキリシマセンジンの暴走には面食らったが、どうにかなるだろう。


(今はまだあいつの命令を従順に聞く振りをしとけばええ。わしが見る限り、やつが執心しとるのはベルゼビュート……だからあの伝説の傭兵との用事さえ済めば、そのあと黄柳院オルガは、わしの好きにできるはず……)


 心水橋がいるのは地下の一室だった。現在オルガは上の階の部屋で眠っている。今は、キリシマセンジンに言われてここで待機しているところだった。


(しっかし、他の連中もアホの極みやのー……フリでもいいから従順にしとけばあとでどうにでもなったろうに。ま……ご主人さまの言いつけを生真面目に守るしか能のない忠犬どもには、ふさわしい末路やったのかもしれんなぁ。哀れ哀れ)


 可能そうなら、このあとはキリシマセンジンのツテで呼び寄せた精鋭部隊と合流すればいい。どころか、低レベルな部隊員たちを切り捨てて高レベルの少数精鋭で部隊を組めるなら幸運と言える。


(さて、わしはこれからどう動いたもんかのぅ?)


 今後の流れを頭でシミュレートする。その最中、黄柳院オルガの寝姿が脳裏をよぎった。


(にしても……ずいぶんたまらんカラダしとったなぁ、あの女ぁ……)


 乱杭歯を覗かせ、下卑た笑みを浮かべる心水橋。


(ホワイトヴィレッジが必要なんは、霊素関連の何かみたいじゃし……それ以外の部分なら……ちぃっとツマミグイするくらい、許されてもええんじゃないか?)


 粘っこい音を立てて、垂れかかった唾を口に引っ込める。


「じゅるる――っと、いかんのぅ! 頭ん中でエエコトを”しみゅれーと”しとったら、つい興奮してしもうたわいっ」


 顔と身体つきを目にした時点で、あの娘にはむしゃぶりつきたいほどの情欲が湧いた。しかし眠っていて無抵抗のオルガに手を出せなかったのは、キリシマセンジンの存在があったからだ。


(あの何を考えとるかわからん男も……黄柳院オルガを売り飛ばす前に、隙を見て毒かなんかで殺しちまうのもありかもしれんなぁ)


 果たしてホワイトヴィレッジが黄柳院オルガを引き取りに来る前にどれだけのコトができるだろうかと想像を広げつつ、心水橋は椅子から腰を上げた。


「まあ欲を言えば、キリシマセンジンが仲良くベルゼビュートと相討ちにでもなってくれると、それはそれで御の字なんやが――」



「そこまで性根が腐っているとは思わなかったがね……心水橋、角辰」



「……………………おー、これはこれは、キリシマセンジンさん。おや? これはまた、なかなかに手こずったようですなー?」


 血塗れのキリシマセンジンが、ドアの前に立っていた。


(いつ部屋に入って来たんじゃ、こいつ?)


 キリシマセンジンの背後に血の川が確認できた。


 心水橋はタバコの箱を叩くと、二本目のタバコを取り出した。


「あんたをそこまで手こずらせるとは、さすがは伝説の傭兵って感じですかの? しかし……今の心ない言葉を聞く限り……んー、アレですかな? わしらのコンビは、これで解消と考えても?」

「おまえには、もう利用価値がない」

「…………まあ、それはこっちも同じですわ。最大の懸案事項だったベルゼビュートを倒してもらった今、あんたのメインの役目は終わったとも言えますわ」

「…………」


(五識の申し子も始末してほしかったが……こんなボロ雑巾の状態じゃ、むしろ足手まといじゃわ……)


「ちゅうわけで、あんたとの契約はこれで終了ですな。あとは、まあ……野たれ死ぬなりなんなりお好きになさってくださってけっこうですんで。あ、仕事の方はわしがきっちり引き継ぎますわ。ご安心ください」


 露骨に姿勢を正し、ビシッと頭を下げる。


「それでは今まで大変っ――大変、お疲れさまでございました……っ! 私なりに今後の息災を心より祈っております、キリシマセンジンさんっ!」


 微塵も心の籠っていないねぎらいの言葉を吐くと、心水橋は上体を起こし、キリシマセンジンの顔へ紫煙をふきかけた。


「ちゅうわけで、ねや」


(ここでこいつと袂を分かってしまうと、呼び寄せた精鋭部隊を使える可能性は低くなるじゃろうな……じゃが、わしの方針転換を知って面倒なごね方をするかもしれんし……やっぱりここでさっさと切っとくのが、正解かもしれん)


 それに精鋭部隊が攫ってくる七崎悠真という学生さえ手に入れば、今後のオルガのコントロールは容易だろう。


 心水橋はそう考えていた。


 黄柳院オルガは強力な魂殻使いらしいが、どう考えても七崎悠真はただの一般学生。どころか軽く調べたところ、殻識学園では最底辺レベルだった。強さを競う学内ランキングとやらにも名前はない。


 そんな底辺層の男になぜ黄柳院オルガのような娘が想いを寄せているのかはまったくの理解不能だが、七崎悠真という人物に対する想いの強さから察するに、その想い人を人質に取ればほぼ確実に黄柳院オルガは意のままになるはずだ。


(そうじゃ! 適当に口八丁でごまかして、五識の申し子に呼び寄せた精鋭部隊をぶつけるプランはアリかもしれんな……となると、この男が生きてると本気で邪魔やのぅ……)


「ふふ、心水橋角辰……一つ勘違いしているようだが――」


 キリシマセンジンが、ゆったりと笑みをこぼす。


「利用価値がなくなったというおれの言葉の意味を、考えてみたか?」

「おや? まだおったんですか!? それにぃ……はぁぁ? 言葉の意味ぃ? 意味わからんわ、ボケ」

「おれは負けた」

「……は?」

「だから今後の”雑用係”はもう必要ない、ということだ」

「は――はぁ!? 負けただとぉ!?」


(こ、こいつ……! ベルゼビュートをぶっ殺してここに来たんじゃないんかっ!?)


「あ、アホかぁおまえはぁ!? なら――い、今すぐ黄柳院オルガを確保して、さっさと別の場所に逃げんといかんじゃろうがぁ! それを先に言わんかぁドアホ!」


 つまりまだベルゼビュートは生きてこの建物の中にいる。


 黄柳院オルガを探している。


 急がなければ。


「邪魔じゃぁボケぇ! さっさとどかんかいこのアホクソの負け犬がぁ! なぁぁにがキリシマセンジンじゃ! おまえのような使えんクソ雑魚にこびへつらってたかと思うと、アホらしゅうて涙ぁ出てくるわ!」


 駆け出しかけた心水橋の前に、キリシマセンジンが立ちふさがる。


「悪いが、行かせない」


 ぐらつきかけた身体を、キリシマセンジンが咄嗟に足で支える。


「死ぬにしても……おまえの処理だけは、していくべきだと思ってな……」

「…………」


 息も絶え絶えといった様子だ。


 今のこいつなら、余裕で殺せる。


「ほぉほぉ? ほぉぉおおおおーっ!? 入り込んだ蠅一匹満足にはたき殺せない役立たずの死にぞこないが――はぁぁ!? 一丁前にこのわしを”処理する”ぅぅ!? ……ウザすぎじゃ、おまえ。ほんま死ねや、ごみくそ」


 心水橋は拳銃を取り出すため、懐に手を入れた――と思ったが、その手は、空を切った。


 奇妙な感覚。


 驚くほど、手ごたえがない。


「――あ? なんじゃあ?」


 懐に入れたはずの手が、



 血を引きながら、宙を舞っていた。



「あ――あぁぁああああっ!? わ、わしの腕ぇぇええええ――――っ!?」


 鞘に納まっていたはずのキリシマセンジンの刀が、いつの間にか抜かれていた。


 抜刀するモーションが、


「あいつの前で口にするのはフェアじゃないから、ここで言うが……元々、おれは黄柳院オルガを殺すつもりはなかった。おまえたちに、殺させるつもりも」

「あぁぁああああー! ここここ、このくそったれぇぇええええー! プロ失格じゃぁあおまえはぁぁああああーっ!」

「黄柳院オルガは……あいつに理由を作らせるためだけに、利用するつもりだった。まあ、おまえもおれを利用していた……おあいこだな」

「死ねぇーっ! 死ねぇぇええええーっ! が……ガキがぁぁ! ガキ! ガキ! ぁ―――あぎぁぁああああーっ!?」


 心水橋はまだ残っている方の手で、拳銃を無理矢理に取り出そうとした。だがもう片方の腕も、目にも止まらぬ速度で切断されてしまう。


 動きを、また認識できなかった。


「ひ、ぃ、ぎぎぎぎ……こ、こん裏切りモンがぁぁ……ッ!」


 死にぞこないのはずなのに。


 なぜこんなにも、圧倒的なのだ?


 意味が、わからない。


 そして――瀕死状態でも今のレベルの攻撃を繰り出せるこの男に勝ったベルゼビュートとは一体、どれほど強いというのだ?


「渡世という意味で少しは使える男と評価していたが、やはり個人的におまえたちのような輩は好きになれそうにない……悪いな、心水橋角辰」

「た――」

「…………」

「助けて」


 逆手に持った刀を、キリシマセンジンが振り上げる。


 そう認識した次の瞬間には、心水橋の胸へ刃が突き込まれていた。


 まるで、時間がトんだような感覚。


 それくらい、キリシマセンジンの動きは速かった。


 痛みが遅れてやってくる。


「ゴ、ふふっ、つ――ご、ご……っ、――――」


 もはやしゃべることすらかなわない。


 肺に、血が。


「誠実な人間と言われてしまっては……ふふ……これくらいの後始末は、引き受けないとな……」


 最期に聞こえたのは、キリシマセンジンの声。


 それは、ここにはいない誰かへ語りかけるような調子だった。


「これでお別れだ、弦十郎」


 少し腕が立つ程度の人間の視点で霧間千侍の斬撃を受けると、今話のような感覚になるようですね。

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