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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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23.集いし猛者たち


 一台の大型バンが夜道を走っている。


 車体には架空の工務店のロゴが描かれていた。夜道を走っていても怪しまれないためのカモフラージュである。


 静かな夜だ。


 今走っている山道の先にあるK県のY市を抜ければ、目的の殻識島に入る。


 車内には五人の傭兵と三人の殺し屋。


 八人が一同に会した際、互いが互いのネームバリューに驚いているのがわかった。同時に、声かけ一つでこの八人を集めた”オリジナル”のキリシマセンジンの影響力を、改めて彼らは思い知ることとなった。


 車内には沈黙がおりていた。耳を刺激するのは、段差でたまに起こる縦揺れの振動と、エンジン音、空調音くらいだ。


 これまで車内で会話が交わされたのは主に過去に面識のある三人だけだったが、長い移動時間の中でその会話の数も次第に減っていき、今は皆が口を閉じている。


 傭兵の羽司馬はしばキヤは今回の仕事について考えていた。


 殻識島のとある廃工場地区へ集まるようキリシマセンジンから指示されていたのだが、急遽、キリシマセンジンの相棒を名乗る心水橋という男からの要請で今は七崎悠真という学生を攫うのが目的となっている。


 心水橋という男とキリシマセンジンが現在チームを組んでいるのは事前情報として知っていたので、その要請の変更に疑念を抱くことはなかった。


(七崎悠真という少年を攫う理由は、交渉材料に言うことを聞かせるための人質確保と聞いたが――)


 車内を見渡す羽司馬。


(まだ成人もしていない無名のいち学生を拉致させるために、こんな豪華なメンバーを使うとは……まったく、贅沢にもほどがあるだろう)


 羽司馬はもう一度、銃のチェックを始める。


(今回の仕事には、あのベルゼビュートや五識の申し子が絡んでいると聞いた。てっきり、そのあたりの相手をすると踏んでいたんだが……)


 マガジンを入れ直す。


(まあいい。仕事は仕事……おれたちは、要求された仕事をただこなすだけだ。とはいえ――)


 車内を見渡す。


(殺し屋側の連中はその界隈でも危険視されている連中……目標達成まで何をしでかすかわからない危うさがある……)


 今度は、アーミーナイフの刃の状態を確かめる。


(それにしても、オリジナルのキリシマセンジンはこんな連中までも動かすことができるとは……本当に何者なんだ、あの男……)


 通称”マムシ”と呼ばれる傭兵に、羽司馬は声をかけた。


「今回の仕事、どう思う?」


 マムシとは過去に何度か共に仕事をしている。


「そうだなぁ……を、まともなおれたちがどう抑えられるかがキモだろうな」


 マムシの言う”毛色の違う連中”とは、殺し屋たちのことだ。


 特に毛色が違うと言えるのは二人。


 どちらかと言えばその二人は”殺人鬼”の側にいる。


 アロハシャツを着たサングラスの男が”殺人狂鎖ハレルヤ”。

 

 その隣に座っているニット帽を被った細身の男が” 大賢者 バーサーカー”。


 二人とも殺人鬼一歩手前の殺し屋だと言われている。どうにか一歩手前の状態で済んでいるのは、彼らには一応彼らなりのルールが存在するからであろう。


 誠実な態度でルールに従っていれば、彼らは信頼を返してくれる。


 仕事として”殺し”をやってくれる。


「…………」


 大賢者がマムシをじっと見つめている。先ほどの発言が、彼のルールの範囲を越えたのだろうか。


 羽司馬は息をつき、額に手をあてた。


(おいおい、こんなところでチームメイト同士の殺し合いなんて勘弁してくれよな……仕事の前に仲間の頭数を減らして、どうするんだよ……)


 羽司馬の見立てでは、マムシと協力すれば他のチームメンバーをこの場で皆殺しにするのは可能に思えた。


(だがそんなことをすれば、絶対あとで面倒ごとになる……なんというか……あのキリシマセンジンにそういう報告をするのは、怖いんだよな……)


 穏やかで真面目そうな人柄に見えるのだが、あの男には底知れぬ何かが隠されている。


 これまで出会ってきたどんな腕利きとも違う。あの力強く穏やかな顔立ちの奥には、平伏したくなるような凄味が秘められている。つまらないことで機嫌を損ねるのは避けたい。なのでできればこのチームの協力体制は維持したい。


 大賢者も羽司馬と似た感想を持ってくれたのか、彼から滲み出ていた殺気が消える。


 羽司馬はマムシのわき腹を肘でつついた。マムシは両手を合わせてペロッと舌を出し、謝罪のジェスチャーをしてきた。次からは言葉に気をつけろ、と羽司馬は目で訴える。


 やれやれと息をつきながら、羽司馬はつどった八人を改めて順繰りに眺めた。


 紛うことなき、ドリームチーム。


 かつて1200を超える人数をたった一人で翻弄した極生流という流派の者の伝説を聞いたことがあった。


 一人ではさすがに難しいかもしれないが、もしここにいる八人が連係を取ったなら、1200人の兵士相手でも勝てるのではないだろうか?


 そう思えるほどには、個々のネームバリューがありすぎる。


(極生流、か……ふむ……キリシマセンジンのあの異次元の凄みも、彼が極生流だとすれば、納得もいくような――)




 激しく軋むような、甲高い金属音。




 突如、グワッと車体が傾く。

 


 続き、浮遊感。



 まるで走行中に、前輪だけが急にブレーキをかけたような感覚。



(ふむ、襲撃か――)


 

 宙に浮いた車が上下逆さになり、道路めがけて頭から落下していく。 


 車が道路と衝突する前に、八つの影が車体から飛び出した。


 激しい音を立てながら、逆さまになった車がアスファルトの上を跳ねる。


 そのまま道路の上を滑り、車は、摩擦音を発しながら停止。


 飛び降りた八つの影は、ただ一点を見つめていた。


 八人――共に、魂殻を展開。


 魂殻を展開しながら、羽司馬はアサルトライフルを構える。




 月光を浴びて幽と佇む、へ向けて。




 狐面。


 体躯は小さく、あまりに華奢。


 見惚れるほど鮮やかな薄い蜂蜜色の髪ハニーブロンド


 赤の紋様の入った黒曜色の着流し。


 光沢放つ下駄を履いている。


 着流しから覗く腕は細い。下駄を履く足は、透き通るように白かった。


 両手には怪奇な模様の入った手袋を嵌めている。


(……女? いや、男か……それにしても……顔は隠れているのに、なんという――)


 ハッとする。


 幻想的な佇まいに、つい見惚れてしまっていた。美しさを撒き餌とする妖魔にでも出遭った気分だ。


 慌てて羽司馬は腕を上げて、制止の合図を出す。殺人狂鎖が、先走って攻撃しようとしていた。


 羽司馬が視線を流すと、マムシが頷く。彼は制止の意図を理解してくれたようだ。


 走行中の車が何をされたのか見当がつかない。


 現状、相手の攻撃方法があまりに不明すぎる。


 せめて仮定だけでも相手の攻撃方法の目途はつけておくべきだ。


「……何者だ? 先ほどの車への攻撃は、君の仕業か?」


「なるほど――この者たちを相手にするとなると、余に処理を頼んだのは正しいと言えるだろう」


 羽司馬は気づいた。狐面は、自分たちに話しかけていない。おそらくここにいない誰かへ向けて話しかけている。


(誰かと通話をしているようでは、なさそうだが……しかし――)


 目の前の相手のことなど眼中にない。そうとしか思えないほど、狐面の言葉は自分たちを素通りしている。


 対峙する八人の実力を察している様子なのにまったく余裕を崩さない。


 羽司馬は不思議と、悔しさとみじめさが込み上げてくるのを感じた。


「おまえはいつも誰より正しく物事を見極める。やはり……おまえがいつも余の傍にいてくれたらと、そう望まずにはいられぬよ」


 古式ゆかしい風格を宿した涼凛りょうりんとした声が、妖しげな色のこうを伴い、羽司馬の耳朶を撫でる。


「もちろん過ぎたる望みと、理解してはいるがな……」


 香の中に、切なさがまじった。


 羽司馬は我に返ったように引き金へ指をかけ、いつでも撃てることを誇示する。


「忠告しておく。どんな罠を仕掛けているかは知らないが……残念だが、今回は相手が悪すぎる。いいか、よく聞け。もしこのままおとなしく投降するのなら、命の保証はしてや――」


「では――」


 ようやく狐面の意識が、羽司馬たちへと向けられた。狐面がこちらへ意識を向けたことを、なぜか羽司馬は”嬉しい”と感じてしまった。


「終わらせると、しようか」


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