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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
113/133

21.innocence


 霧間はその技を略して”発”と呼ぶことが多い。


「”剛発ごうはつ”か」


 さらに深く霧間が構える。


「おまえを破るには、これしかないからな」


 車のチューニングに”ボディ剛性を高める”というものがある。これは、車体の骨組みの強度を高める改造である。


 車を走らせると、走行中に起こる揺れなどによって衝撃が発生する。その衝撃によって生み出された力は、通常、サスペンションというパーツの働きによって吸収される。


 しかしサスペンションでは、発生した力を必ずしもすべて吸収し切れるわけではない。吸収し切れなかった分の力は、逃げやすい他の部分へ逃げていく。


 そして強度を高めた骨組みにかかるはずだったエネルギーは、さらに強度の弱い部分へと逃げようとする。たとえば強度を強めたフレームに四方を囲まれたガラス窓が、次々に流れ込んでくる力の量に耐え切れず、ヒビが入るようなケースも存在する。


 身体の超硬度化。


 剛性を高める”剛極”。


 この”剛極”を使用している霧間の身体にも、剛性を高めた車の走行中に起こる現象と近いものが起こる。吸収されずに行き場を失った力が、戦いの中で、弱い部分へと”蓄積”されていくのだ。


 戦いを継続していくと、霧間の内部には行き場を失ったエネルギーが蓄積されていく。要は”力の溜まり場”のようなものが出来上がる。


 これがもし車であれば強度の弱い部分へ力が流れ込み、その部分は疲労なり破損なりを起こすだろう。しかし霧間の場合、その溜まった力を自分のタイミングで意識的に”解放”することができる。


 それこそが、霧間千侍が”発”と呼ぶ奥義――”剛発”の正体である。


 彼が持久戦を望んだ理由の一つは、ここにもあったと思われる。


 戦いを継続する中で”剛発”の準備を整えるつもりだったのだ。


「最大の威力で放ちたいところだが、この技は解放のタイミングを間違えるとおれの内部で力が暴走し、弾けてしまう――つまり、自分自身にダメージがきてしまう。反面、放つのが早すぎると最大の威力で放つことができない……神経を使う、難儀な技だよ」


「ご丁寧なことだな……わざわざ宣言しなければ、相手がこうして警戒することもなかった」


 とはいえ、霧間の小刻みな手の震えを真柄が見逃すこともなかったであろうが。


 手の震えが起こるのは、霧間が弾けそうな力を抑えているからであろう。


 何を馬鹿な、という顔をする霧間。


「使用すると宣言して勝ってこそ、おれはおれの最強を認めることができる……手の内を明かして勝つことに、意味がある」

「おまえはあの頃から、妙なところで誠実すぎる」

「褒めてくれるなよ。強欲なだけさ」

「…………」

「次の攻防が、決着となりそうだな」

「……ああ」


 互いに感じている。


 この戦いはもはや最終局面まで来ていると。


 極生体を継続的に用いた戦いは長期戦に向かない。 


 短期決戦用の技で戦い続けるのは両者共にリスクなのだ。


「弦十郎……最後に一つ、おまえに言っておきたい」

「…………」

「黄柳院オルガのことだ」


 これは真柄にとって少々意外であった。


 ある種の因縁とも呼べる二人の決着をつける直前にあって彼が最後に言及するのが黄柳院オルガというのは、予想していなかった。。


「もしおまえが、あの子をここで救ったとしても……おそらくあの子がこの世界で生きていくのは辛いぞ」

「…………」

「ここへ連れてきてから一度、目を覚ました黄柳院オルガと少しだけ会話をした。とてもいい子だな。心根も優しい子だ……それと、もし自分を殺すなら、通っている学園に在籍している男子生徒に別れと感謝のメッセージを伝えてほしいと、そう頼まれたよ」

「…………」

「あの子は、純粋すぎる」


 霧間の声は不思議な感情を伴っていた。それは責めるようでもあり、あるいは悲嘆するようでもあった。


「あの子が幸福なまま生き残るには……この世界を覆う色は、あまりに濁りすぎていると思わないか?」

「……だから、生きていても仕方ないとでも?」

「誰ともまじり合わず孤独となるか、純粋さを差し出してこの世界と共に濁るか……そんな未来しかおれには想像できない。ならば――ここで命果ててしまった方が、あの子にとっては救いなのかもしれない」

「この世界でどう生きるかは、最終的にはあの子自身が決めることだ。他の誰かが決めることではない。そして……他者があの子の人生そのものを奪う行為を、俺は許すわけにはいかない」

「おまえはいつも正しいな、弦十郎」

「俺は正しさなど求めない。俺は、俺の好きなようにやっているだけだ」

「そうか。だが――」


 霧間の左手が、ピキッ、と鳴る。


「あらゆる物事を最終的に解決するのは、圧倒的な力だ。敵を駆逐し、初めておのが願いは果たされる……力なき者の吐く大望など、無意味に等しい」


「わかっているさ。だからこそ――」


 真柄弦十郎の認めた最強の男。


 霧間千侍。


 その男を倒すためには、につくしかない。



「最強として俺は、ここでおまえを叩き潰す」



 霧間は、満足そうな声で応じた。



「よく言ってくれた、弦十郎」



 空気が研ぎ澄まされて重苦しさを増す。



 そうして次の言葉を最後に、霧間は沈黙の者と化した。



「それを、聞きたかった」



 音が、消える。


 漂う空気が、一斉に呼吸を止めたかのようだ。


 時が止まったかと錯覚するほどの静寂。


 静寂の中に発生した小さな空音。


 開始を、告げる音。



 ――――疾ッ――――



 刹那にも等しい一瞬。


 両者、前へ跳ぶ。


 外すに外せぬ二段構えの相殺。


 一段目か二段目のいずれかにまぜてくる予想もあった霧間の”剛発”は、使用されなかった。


 やはり、三手目。


 すべてをぶつける、三手目。


 霧間が”剛発”を託したのは、手刀。


 刀を手放し、今まで使わなかった手を使ってきた。


 今まで戦ってきた相手の意識に植え付けてこなかったパターン。奇の性質を持つ居合いを磨いてきた霧間千侍ならではの、奇の一手。


 この一撃のために温存していたのだ。


 右の手刀を。



 轟ッ、と風がきょうする。



 前兆なく起こる、巨大な衝撃インパクト


 超重量級のハンマーによる、轟と豪を宿す神速の剛撃ごうげき


 しかも、その”剛発”はほぼ真柄の”重ねの太刀”と同じ原理によって放たれていた。


 速い。


 まるで未来のパターン結果を予測し、次の動作をしていたかのように。


 そう――原理上、霧間の”剛発”は真柄の”ゼロの閃”と似た現象を起こすことができた。


 霧間の”剛発”も、0の状態から一気に100まで威力を跳躍ワープできる。むしろ体内ですでに”力”が発生しているため、急速にゼロから力を発生させる”ゼロの閃”より負荷は少ない。


 速度と重み。


 共に、完全。


 霧間千侍の”剛発”は策謀の入り込む余地の少ないシンプルな技。


 ゆえに、強力無比。


 速度と鋭さは――魔槍。


 威力と質量は――破城槌はじょうつい


 極生流の者が誰一人として正面から挑もうと考えなかった、最強と呼ぶに値する”剛発”。



 挑むは、極の弦。



 すでに”重ねの太刀”は発動している。そこに相手がほぼ同等の原理による三撃目を重ねてきた。


 しかも、あの”剛発”を用いて。


 この状況で真柄が選んだのは――剣による防御。


 霧間の”剛発”を一時的に受け止めることを、真柄は選んだ。


 手刀が――黒刃と、接触。



     △



「おそらく、耐えられませんよ」


 傭兵時代。


 フランス北西部に住む鍛冶師に、真柄はとある相談したことがあった。鍛冶師は語学が堪能だった。


「あなたの言うそのサムライスキルが仮に実現できたとしても、あなたの国のカタナでは、そのワンダースキルの負荷に耐えられないでしょう」


 思案した末、鍛冶師は提案してきた。


「両刃の剣でいきましょう。その技に耐えうる剣を私が作ります。ベルゼビュートに、ふさわしい剣を」


 出来上がったのは、黒刃の剣だった。


「これまで私が作った中で最高の強度を持つ剣です。切れ味はやや犠牲になりましたが、その分、並大抵の負荷では折れないはずです。あなたの例の技にも、二、三十年くらいは耐えると思いますよ」


 鍛冶師は言った。


「不思議なものですね。16世紀頃、この都市にはベルゼビュートが実際に現れたという伝説が残っています。そんな場所に、今ベルゼビュートと呼ばれ恐れられている傭兵が現れた。奇妙な縁を感じます」


 真柄は剣を振ってみた。ずしりとした、確かな感触。


 剣を手にする真柄を神妙に眺めながら、鍛冶師は、独り言のような調子で言葉を発した。



「”蠅王の剣”」



 鍛冶師は微笑んでいた。 



「その剣、そう名付けましょう」



     ▽



 すべてを打ち砕く威力の込められた”剛発”の強撃。


 特別に鍛え抜かれた蠅王の剣であっても、まともに受ければ砕け散る可能性があった。


 そう――


 整った、と霧間は言った。


 しかし、整ったのは彼だけではなかった。



 だった。



 身体に紡いだ十本の糸。 


 戦闘を持続する中でその十本の糸はへと束ねられていく。


 霧間が”剛発”の準備を終える頃、真柄もその”たばね”を終えていた。


 この十を一にする束ねには――簡単に言えば、極限レベルの戦闘によって発生するエネルギーを必要とする。


 せんの中でしか生成できない、強靭すぎる一本の弦。


 霧間の”剛発”をに受けとめた瞬間を見計らい、真柄は、その弦を一気に――



 



 かくとしてあった手ごたえが消失した。


 超速で流れるときの中、霧間はそんな風に感じたであろう。


 インパクトの瞬間に感じられたであろう巨大な弦の存在感が、突如として消え去ったのである。


 十本の糸を一つに束ねた弦の放つ、強烈な存在感。


 突然、それが前触れなく消失。


 ここに生まれるのは、絶対的な落差。


 そしてそこに生じるのが、意識の間隙かんげきである。


 意識の空白。


 意識と身体に号令をかけ、真柄は再び、一秒にも満たぬ間に十本の糸を強引に編み上げる。


 無茶な指令に全身が悲鳴を上げる。


 本来はそれなりに時間を要する十本の紡ぎを、死合いの中、瞬きの時間に満たぬ速度で編み上げる。


 あまりに過ぎる無茶。


 通常なら十本を生成するために6、7秒は欲しい。最低でも2、3秒は必要とするだろう。しかしそれを一秒にも満たぬ速度でやり遂げるのだ。無茶に決まっている。


 けれどそれを押し通す。



 身体へのしかかる過度の負荷を度外視し、十本の糸を、超速で編み上げる。



 作り出した空白に――”幻の刃”を、滑り込ませるために。



     ◇



 放った”剛発”を、真柄弦十郎が受けとめた。


 確かな手ごたえ。



 それを感じ取った瞬間、意識が



 我に返ると、霧間千侍の目が捉えたのは、黒剣を振り抜いた状態の真柄弦十郎の姿。



 斬られた。



 それを、理解する。



 だが、



 戦闘中に意識を失った?



 ありえない。



 理解不能。 



 だが、一つだけ理解できた。



 仕掛けたのだ。



 何かを。



 弦十郎が。



 次に霧間が感じたのは、線的な熱量。


 視界の端に映り込むは、噴き上がるおのが血泉。


 顔に自らの鮮血を浴びながら、霧間は目元を和らげた。


 そして、穏やかに言った。



「見事だ、弦十郎」





 申し訳ありません。思っていたよりいまいち執筆速度を上げることができず、六月中の完結は難しそうです……。ただ、完結までは目処が立っていますので、よほどのことが起きなければこのまま本編完結までもっていけると思います。もうしばらくおつき合いいただけましたら、幸いでございます。

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― 新着の感想 ―
前回の天野虫然を超える極限、をも超えるような戦いに呼吸を忘れる思いで読みました。ドラマ?映画?よりもまるで現場で見ているような錯覚を覚えました、作者さんの描写力には感動してしまいます ますます篠崎芳ワ…
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