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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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20.強敵


「あの頃から、俺と……?」

「コミュニティが崩壊したあと、おれは迷っていた。おまえと死合うべきかどうか……だが、やめた。あの頃おれは、まだおまえたちのことが好きだったからだ」


 霧間千侍はコミュニティのまとめ役だった。年はそう変わらないはずなのに、彼は父のようであり、また兄のようでもあった。


 コミュニティに入ったばかりの真柄に最初に声をかけてくれたのも、霧間だった。面倒見のよさはコミュニティいちだったと記憶している。


「だが、弦十郎――」


 霧間が動いた。


 霧間の二段構えに、真柄も二段構えをぶつける。


 衝突。


「今のおれは、おまえと死合った果ての最強を実感したい。それだけが望みだ。どこを探してもいそうにないんだ、おまえ以上の相手が」


 鍔迫り合い。


 この攻防はまず状態を”互角”へ持っていくためのプロセス。もしそのプロセスを外したなら、外した側が次の瞬間に致命傷を負っているだろう。


 負けないためにまず”互角”の状態を作り出さなくてはならない。


 重要なのは、この互角状態を作ったあとの一手。


 両者、次の一手を放つ。


 目潰しと貫手が交差。


 互いに、空を切る。


 空を切ってから、間を置かずして、真柄の放った前蹴りが霧間のみぞおちをとらえた。


 硬い。


 が、真柄は”内打ち”を使用。先ほど霧間が使った、内部へダメージを通す打ち方である。


「――ッ!? ……ぐ、フっ!」


 片や霧間は、真柄の胸を掌底で強打。こちらも、内打ち。


「ぐ、ゥッ……っ?」


 揺れるような衝撃と痛みと血が、込み上げてくる。


 霧間が逆手抜刀を繰り出そうとする。


 刹那、真柄は靴底で霧間の刀の柄底を鞘へ


 霧間は、刀が抜けない。


 しかしその不意打ちに狼狽えることなく、霧間は迷いなく次の攻撃へ移った。刀を鞘に押し込んだ足を、そのまま折りにくる。それを察した真柄はすぐさま足を引き、直後、関節技に持ち込もうとする――が、霧間は体を引いてすりぬけた。


 抜刀一閃の置き土産。


 頸動脈めがけ空音と共に超速で逆袈裟に振り上げられた白刃が、反射的に上体を後ろへ倒した真柄の眼前を通り過ぎる。


 真柄の額に細い傷が走り、ひと筋の血が鼻頭の横を流れた。


 霧間の追撃は――来ない。


 左手を手刀として使用せず、霧間は、先ほど真柄に打たれたみぞおちを左手でおさえていた。


 効いていたのだ。


「お互いどうにも、決め手に欠けるな……となると、当面は持久力の勝負になりそうだ。ふふ……この”互角”という稀有な感覚は実に久しぶりだ。肩を並べる者がいるということは、嬉しいものだ」


 決め手に欠ける死合いを霧間は歓迎しているようでもあった。この死合いそのものを楽しんでいるようにすら思える。


 両者、再び激突。


 ここからは、消耗戦となった。


 本来なら絶対的必殺となる二段構えが互いに相殺される以上、共に、確殺と言えぬ不確実な三手目を出し続けるしかない。


 それでも二人は戦いの中で計算し、さながら針の穴に糸を通すような、これしかないという三手目を繰り出し続ける。


 否、それしかない。


 時に防がれ、時にダメージが通る。


 通ったダメージは蓄積していく。


 まさに、消耗戦。


 そんな中で真柄は理解していた。


 このレベルで十の極弦を使用し続ける場合、そう長く戦えないということを。


 どこかで決めなくてはならない。


 それは霧間も同じであろう。


 あの頃、極生流のおさから口酸っぱく言われていたことがあった。


”極生流同士の本身ほんみの戦いは避けろ。でなければ、命を縮めることになる”


 極弦に限らず、極生流の者が使う”極生体きょくせいたい”を用いた技は、通常、短期決戦用に最適化されている。


 つまり長期戦には向いていない。そもそも、大抵の相手ならばその技を用いた状態で長く戦うことがない。なぜなら、極生流の技を使用すればほとんどの相手との勝負はあっさり決着するからだ。


 しかし極生流同士が戦った場合、戦闘の長期化は十二分に想定される。極生体を用いた技による衝突は、コミュニティでもタブーとされていた。


 手刀から切り替えて不意をついた霧間の裏拳が、真柄の頬を殴打。


 対する真柄は、腕をのばし、指先に思い切り力を込めて霧間のわき腹を割り潰そうとした。


「ぬ、ぐっ……ぁ、――ッ」


 霧間が壮絶な目つきで、後方へのけ反る真柄を睨みつけてくる。


 真柄の手が、霧間のわき腹から離れた。


 霧間のわき腹を掴んでいた手が視界に入る。指には血がついているが、手ごたえはなかった。骨まで破壊することはできなかったようだ。


「ガ、ふっ……ッ」 


 霧間が吐血。


 先ほど殴打で口内を切った真柄も、血のかたまりを床に吐き捨てた。


 霧間が酸素を補給し始めたのを見てとった真柄は、自分も肺に酸素を送り込んだ。


 隙を作りかねない荒い息を抑えつつ、短く呼吸を整える。


 フル生成状態の極生体を使用しての活動限界はとうに超えている――おそらくは、霧間も。


 再び霧間は、居合いの構え。


 消耗しても構えは崩れない。


 


「どうにも解せないな、弦十郎」

「……何がだ」

「天野虫然は、そんなにも強敵だったか?」

「強い男だった」

「ふっ、馬鹿を言うなよ……あの傷口を見ればわかる。おまえは極弦を使って一撃で天野虫然を倒した。死体を見れば天野虫然の力量もわかった。確かに強いと呼べた男だが、おまえの敵ではなかったはずだ」

「何が言いたい?」


「おまえのに、少々疑問を抱いた」


「勘の冴え方?」

「調べたところ、おまえは傭兵業を退いてそれなりの年月が経っているはずだ。しかし呑気な便利屋稼業をやっていた割には、戦いの勘があまりに研ぎ澄まされすぎている」

「…………」

「どんな者であれ戦いから遠ざかれば戦闘の勘は鈍る。遥か格下ばかりを相手にしていると、ゆっくりと鈍っていくのがわかる……その勘を磨き上げるための強敵の不在は、おれですら悩む問題だった。強敵と出会えないがゆえに”最前線の勘”が錆びついてしまう……なのに、おまえからは今も幾人もの強敵と戦ってきた者のニオイが感じられる――まさか、死合ったのか?」


 霧間が双眸を細め、問いを投げてきた。


「おれ以外の、極生流の者と」

「いいや、極生流の者と死合うのはおまえが初めてだ」

「……そうか」


 一時的に視線を伏せてから、再び、霧間が視線を上げて問う。


「では、誰と戦った? その強敵の存在に少し興味がある。おまえが口でどう言おうと、臓物卿も、ファイアスターターも、天野虫然も、おまえの敵ではなかったはずだ」


「なるほど」


 真柄の中に心当たりが浮かんだ。


「ん?」


 強敵と戦うということは、時に己の限界を引き上げ、戦いの勘を鋭く磨き上げる。しかし逆に強くなりすぎてしまうと、戦いの勘は鈍りがちになる。同格、あるいはそれ以上の者がいなくなっていくからだ。そこは霧間の言う通りであろう。


 確かに極生流の真柄弦十郎、伝説の傭兵ベルゼビュートには、霧間の言う”強敵”と戦った記憶が数年単位でない。


 だが、




 としてなら、戦っている。



 

 限られた身体能力と、限られた魂殻能力。


 数値上では七崎悠真の身体能力と魂殻能力を遥かに上回っていた柘榴塀小平太、蘇芳十色、ティア・アクロイド。


 彼らと行った特例戦。


 特例戦の際は、彼らに劣る部分を埋めるため策を用い、考えうる手をすべて打った。


 どれも容易に勝てる戦いではなかった。


 試合中、あるいは試合前にプロセスを積み上げる必要があった。


 そうせざるを得なかった。


 どの相手も”七崎悠真”にとっては紛れもなく”強敵”だったのだ。


「簡単に勝てる相手でなかったのは事実だ……それ以上は、仕事の守秘義務に引っかかるがな」


 七崎悠真として臨んだ特例戦で”強敵”を相手にし、霧間の言う”最前線の勘”を結果的に取り戻すことができていたのかもしれない。


「黄柳院冴か?」

「いいや」

「……まだ極生流以外にも、そんな強者つわものがいたか」


 霧間の刀気が重みを増す。


「おれが思うより世界は広いらしいな、弦十郎」

「実際は広いようでいて、思ったより狭かったりもするがな……しかし、だからこそ面白いとも言える。世界は様々な色で満ちている。戦いに染まった色だけが、この世界のすべてではないさ」

「残念だが今のおれには、戦いの色しか映らない」

「なら、千侍――」


 真柄は剣を担ぐような構えを取ると、迎え撃つ準備を整えた。



「その色を俺が一度、ここで塗りつぶすさ」



 構えたまま、霧間が上体をさらに前へ倒す。あごの位置が前よりも床へ近づいている。


「今……おまえの色は、まじりけのないなのか?」


 まじりけのない黄色。


 黄柳院オルガのことだろう。


 感情を読み取りづらい微笑が、霧間の口もとに浮かんだ。


「だが、今のおれはその色を歓迎できない。おまえには黒と赤……闇と血の色が、よく似合う。そしておれは、その色を求めてここへ来た」


 硬い軋み音。


 ふと気づく。


 霧間の身体の放つ軋みの音が、戦いと共に、その大きさを増していることに。


「決着は近いかもしれないぞ、弦十郎」


 太い根を張る霧間の右手が、小刻みに痙攣している。


「”はつ”の準備が、整った」


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