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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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19.剛極VS極弦


 急激に距離を詰めてきた真柄に対し、霧間は居合いの構えで迎え撃つ。


 大別すれば、居合いの利点は三つ。


 一つは不意の奇襲に対し、座った体勢などからでも相手を素早く迎撃できる点。


 もう一つは、逆に納刀状態からの不意打ちによる奇襲攻撃を仕掛けられる点。


 最後は、間合いや太刀筋を相手に読まれづらい点であろう。


 居合いとは本来”守”や”奇”に重きを置いた刀術であり”攻”の刀術ではない。


 ごく一部の特殊型抜刀術――例えば御子神一也が黄柳院オルガとの特例戦で使用した鬼葬流など――を除けば、元来、居合いとは純粋な”攻”の用途には向いていないのである。


 理由は、刃が相手に到達するまでの速度の違いにある。


 格下ならばともかく、同格、あるいはそれ以上の相手となるとこの差は大きい。


 しかし、霧間千侍はそれでも居合いを”攻”として使用する。


 元々霧間はカウンターや一撃必殺の奇襲を想定して居合いに磨きをかけていた。そうしているうち、彼の身体は居合いに最適化されていった。


 要するに、単純に


 霧間が居合いを”攻”として使う理由の一つは、まずこれである。


 もう一つは、手刀の存在が大きい。


 そう、手刀である。


 迫る真柄を迎撃すべく動いたのは、まさに霧間の左手――であった。


 構えは居合いだが、放たれたのは生身による手刀。


 右腰の刀はまだ鞘に納まっている。


 放たれた手刀を、真柄は刃でガード。


 およそ肉と刃がぶつかったとは思えぬ音が発生し、響き渡る。


 霧間の腕は今、超硬質化状態にあった。



 これが、霧間千侍の”剛極ごうきょく”。



 真柄弦十郎の極弦が幾重にも力を編み上げて束とするものだとすれば、霧間千侍の剛極は、収縮による密度の向上とでも言うべきか。


 あるいは結合状態の変化による瞬間的結晶化、とでも言おうか。


 いずれにせよ常人にはおよそ理解不能な現象であろう。


「やはり、防ぐか」


 戸惑いの欠片もなく、霧間が言った。


 今の言葉は”やはり覚えていたか”に等しい響きを持っていた。


 先ほどの左手刀による攻撃はいわゆる”初見必殺”の性質を持っている。


 何も知らぬ者であれば、まずほぼが来ると推測する。左手で右腰の刀を抜くはず――そう読むのが、当然のセオリーと言える。


 しかし刀を抜くと思ったはずのその左手が、そのまま超硬度の手刀として襲いかかってくるのだ。


 普通ならそこで首の骨あたりを手刀で粉砕され、幕となる。


 大抵は意識を居合いのに集中させる。だから手刀から、意識が外れてしまう。


 けれども真柄は、知っていた。


 霧間のその戦法を。


 手刀を防ぐのには、成功。


 次の瞬間――ライトを照り返す鋼刃の煌めきが、せんをなした。


 空を切る速音に、硬高こうこうたるきょうの剣音が続く。


 二人の刃が、衝突。


 霧間の切り上げを防いだのは、真柄の黒剣の打ち下ろし。


 互いの刃が小刻みに震える。


 両者の膂力は、拮抗。


「おれの名づけた……健在のようだな、弦十郎」

「……おまえもな」


 霧間の手刀には、初見殺しのためのフェイクよりも大事な役割がある。


 それは居合い斬りの持つ隙を消失させる役割だ。


 攻撃態勢にある抜き身の刃に対し、居合いの場合、どうしても”刃を鞘から抜き放つ”という動作が余分に必要となってしまう。


 つまり敵と力量が拮抗している場合、相手より斬撃の到達が遅くなってしまうのだ。これは”攻”を主としない抜刀術の宿命とも言える。


 しかしこの”刀を鞘から抜き放つ”動作の際に生じるを、霧間の場合、もう一本の刀と言える”手刀”が埋めてしまう。


 そう――仮に初見殺しの手刀を防いだとしても、次の瞬間には、手刀と同時に逆手で抜かれ、そのまま滑らせるように放たれた居合い斬りを防がなくてはならないのだ。



 これが霧間千侍の得意とする片手居合い斬り――別名”首追くびお逆手抜刀さかてばっとう”である。



 相手の命か戦闘能力を確実に削ぐために、さながら猛追するかのごとく狙いを首、手首、足首のいずれかに置くことから、極生流の者によってそう命名されたと聞いている。


 ネックとされる予備動作による隙を埋めた、超速の居合い斬り。


 超硬度の手刀。


 二段構え。


 放ったあとは手刀を迎撃態勢、あるいは迎撃に用いながら――納刀。


 隙のない居合い斬りと奇なる手刀の相乗効果によるその連撃こそ、霧間千侍の揺らがぬ最強武器の一つと言える――が、


「”ゼロの閃”を用いた”かさねの太刀たち”……おれの手刀と逆手抜刀でも追いつくのがやっと、か――さすがだな、弦十郎」



 霧間が先ほど”その技”と口にした真柄弦十郎の技は、隙のない神速の連撃を見事に喰いとめていた。



 名を”重ねの太刀”。



 この”重ねの太刀”とは、完璧な初撃を想定するいわゆる”一の太刀”が失敗した場合、もう一度、ほぼ同速で”一の太刀”と同質の斬撃を打ち込む技である。


 通常であれば、連続で二撃目を撃ち込む際には加速を得るために”引き”や”溜め”の予備動作が発生する。


 しかし瞬間的に超加速を得て予備動作を消す”ゼロの閃”を使用することで、真柄の場合はノーモーションからの二撃目が可能となる。


 そして”重ねの太刀”の発動時、一撃目を放った後に想定しうるあらゆる結果パターンを使用者の真柄は弾き出している。ゆえに一撃目の結果が生じた瞬間には、もう”重ねの太刀”は発動していると考えていい。


 次の行動を指示する脳の信号は結果が生じた時にはすでに発されている、とでも言うべきだろうか。


 通常であれば生じた結果を受けて”思考→伝達→脳→伝達→攻撃”の五つのプロセスを辿るのと比べて、”重ねの太刀”は”脳→伝達→攻撃”の三つのプロセスのみで放つことができる。


 言うなれば、未来の結果をあらかじめ想定した上での攻撃といったイメージだろうか。


 人の意識の速度すらをも超えた、自動性を持った二撃目。



 これが”重ねの太刀”の正体である。



 そしてこの”重ねの太刀”と相打つ形となったのが、先ほど霧間の放った”首追い逆手抜刀”。


 要するにこの攻防は、互いに二段構えの技を用いた攻防と言える。



 霧間が一度たいを引き、再び、手刀と逆手抜刀を繰り出す。真柄は瞬時に反応して”重ねの太刀”で相殺する。


「”重ねの太刀”……その技を破るために磨き上げたのが、この二段構えの”二刀流”だ。そして、どうやらおれたちの技はほぼ互角の状態にあると言えるようだ。ようやくだよ、弦十郎……ようやく――」


 次の攻撃を、霧間が浴びせかける。


 真柄が迎撃。


「おれの求めていた”最強”と、相まみえることができた」


 ちなみに、真柄のロングコートには拳銃が忍ばせてある。しかし、使用は無意味に等しい。


 超速、超反射の乱舞する極生流同士の戦いにおいて、基本、銃器は有利武器とならない。


 銃には”引き金を引く”というが生じるために、極生流では一対一の果し合いにおける銃器を劣った武器と見なしていた。


 銃術と刀術を組み合わせた戦法を使う極生流も一人だけ存在してはいたが、いずれにせよ、その者の戦い方も霧間の”他の攻撃手段によって隙を消失させる”という二段構え方式から着想を得たものであった。



 真柄の胸を、強い衝撃が貫く。



「ぐっ――、……っ」


 二段構えの攻防をすり抜けてきた、ひじ打ち。


 真柄が、吐血。


 強化された外皮や筋繊維を突破し、内部にダメージを与える打ち方だった。


 身体をぐらつかせながら、真柄が一歩下がる。


「が、フ――、……っ」


 一方、のどを黒剣の柄底で真柄から不意打ち気味に突き打たれた霧間も、打たれたのどをおさえながら数歩距離を取った。


 血のかたまりを床に吐き出し、霧間がゆったりと袖で口元をぬぐう。


「互いの二段構えがほぼ同等な以上……そこを超えた一手が必要となる、か」


 もしそれなりに腕に覚えのある者がこの戦いを目にしたとしても、おそらく速すぎて何が起きているのかまともに認識できないであろう。少なくとも常人がこの戦いを認識するには、ハイスピードカメラを用いる必要があると思われる。


 またこの戦いで生み出されるエネルギーの量は、踏みしめた床の凹みやヒビが物語っていた。


 研ぎ澄まされた極限レベルの死合い。


 互いに相手が極生流でさえなければ、ここまでもつれ込みはしなかったであろう。


 低く笑う霧間。


「こんな死合いはいつ以来だろうな……やはりおれはおまえを超えることでようやく真の最強を実感できる気がするよ、弦十郎」


 真柄は打たれた胸の状態を確かめながら、霧間を見据えた。


 これまで数多あまたの敵と戦ってきた。


 しかし、極生流と死合うのはこれが初めて。


 霧間千侍はまず間違いなく、これまで戦ってきた”敵”の中で最強と呼ぶにふさわしい相手。


 つと、口から言葉が漏れる。


「……最強、か」


 学内最強を決める殻識学園のトーナメント。あの学園に通う生徒の多くが、その座を求めて己を磨いていた。


 御子神一也は最強を目指すために、キュオスの命を受け、黄柳院オルガに特例戦を叩きつけた。


 ティア・アクロイドは己の存在を確かなものとするために、最強であり続けることを望んだ。


 天野虫然も、求めていた場所は同じだったように思える。あの老人は戦う前にこう口にした。


『魂殻があろうとなかろうと、戦人の本質は変わらない。違うかね、ベルゼビュート?』


「……千侍、なぜそうまでして最強を求める? 最強の座とやらは、そんなにも魅力的なものなのか?」


 霧間が身体を前かがみに倒し、再び、いびつな居合いの構えを取った。


「建前を細々と並べることはできるが――端的に言えば、本能サガだろうな」

「…………」

「否応なく、焦がれてしまう……突き詰めれば戦人の以前に、最強を求めるのは、雄としての本能と言えるのかもしれない」

「俺は、最強に焦がれたことはない」

「ではなぜ、最強にふさわしいその場所にまでおまえはのぼり詰めた? 真柄弦十郎は何を求めた果てに、今、そこにいる?」


 真柄は構えを取り直し、毅然と答えた。


「簡単だ。必要な時に、必要なだけの力を発揮するためにだ。気づけばここへ辿り着いていた……この力を必要だと感じなければ、俺も強くなる必要はなかった」


 霧間の目元が穏やかさを宿した。


「……変わらないな、弦十郎。そんなおまえがおれは好きだったよ。だが同時に、あの頃から――」


 霧間の顔面に力強く浮かぶ血管の量が、増加した。



「どうしようもなくおれは、おまえとの死合いを焦がれていた」



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