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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
110/133

18.終わりの、始まり


「ベルゼビュートが、極生流だと……?」


 内心の驚きをおさえながら、宗彦は注意深く相手を観察する。


(顔立ちからして、外国人か……? 日本語は流暢だが……年齢は俺たちよりは上か。想像していたよりは、若く見えるが……)


 鏡子郎が聞いた。


「……どうしてマスクを脱いだ?」

「俺なりの誠意だと思ってくれていい」

「だから信用しろと?」

「顔も明かさない者を、おまえたちも信用できまい」


 鏡子郎の声にも驚きの残滓がある。


 宗彦は前へ出た。


「……本当におまえが極生流だとして、明かすリスクは考えなかったのか? もし俺たちが触れ回れば、おまえの今の生活は崩れ去る」

「覚悟の上だ」


 迷いのない答え。


「おまえたちが俺が極生流であると大々的に触れ回った場合、俺は姿を隠すことになるだろう。もしそうなったら……一つだけ果たしてほしい約束がある」

「……言ってみな」


 鏡子郎が促す。


「黄柳院オルガのことを、頼む」

「……………」

「あの娘が平穏無事に暮らせるよう、できるだけ取り計らってやってほしい。五識の申し子なら、陰からサポートするくらいできるだろう。それと――」 


 ベルゼビュートが宗彦たちに背を向けた。 


「ここで、俺が死んだ場合も」

「あぁ?」

「霧間千侍との死合いには必ずケリをつける。オルガは守る――それは、約束する。だが俺も無事には済むまい。相討ちも覚悟している」


 宗彦はあごを下げ、眼鏡の蔓を押し上げた。


「要はつまらん後始末を、俺たちに任せると言いたいわけか」

「端的に言えば、そうなるな」


 宗彦は考える。


 冴はベルゼビュートとの敵対を避ける方針を取った。そして、当然ながら今ここでベルゼビュートと自分たちがやり合うメリットは限りなく薄い。


 敷地内の現状を見れば、霧間千侍という人物が人を殺すのに躊躇がないのは明らかだ。


 ならば、もしベルゼビュートが一対一という約束をたがえたなら、あっさり黄柳院オルガを殺す可能性も高い。だとすれば、自分たちが現時点でここへこれ以上踏み入るのは得策ではない。救えるかもしれない命を無駄に捨ててしまうことになりかねないのだから。


(何より……極生流同士ぶつかり合ってくれるなら、俺たちとしては僥倖だ。ならばここは一度ベルゼビュートに任せた方が、やはり好手か)


 ベルゼビュートが顔を向けている方角の建物に魂殻たちが近づきたがらなかった。そのことからも、霧間千侍という男の力量が生半可でないのはわかる。


(となると、鏡子郎の絶対支配の力が頼みの綱となるが……これは細い糸と言っていいな……)


 四特秘装フォーストリガーの絶対支配は強力無比だが、絶対支配の四段階目を発動させるためには、そこへ至る戦闘プロセスが必要となる。三段階目である蓄積エネルギーの放出を行うにしても、やはりそこへ至るための戦闘時間が必須となってしまう。


 相手が極生流だとすれば、四段階目に至るための難度は高いだろう。


(鏡子郎の戦闘能力を頼りに三人で連係すればいけるか……? いや――やはり、先日の戦闘の影響がまだ消えていない状態では……)


 相手が極生流でさえなければ、こんな悩みはなかったはずだ。 


 五識の申し子に敵はいない。


 文字通り”無敵”。


 今までも、これからも。


 そう思っていた。


 だが、極生流というイレギュラーが存在した。


(加えて、俺たちの能力は互いに近距離の状態で戦うのには向いていない……冴の龍泉でもあれば、話は変わってくるだろうが……)


「クソが」


 鏡子郎が舌打ちし、足もとの石ころを蹴とばした。


「相手が極生流だろうが、オレは勝つつもりだ。冴がいなくとも勝つ。だが……黄柳院オルガが無駄に死ぬってのは、さすがに困るんだよ」


 頭をかきながら、湧き上がる悔しさを逃がすようにして息を吐く鏡子郎。


「虎のやつに、頼まれちまったからな……黄柳院オルガを助けてくれって。最善を尽くした上で死んじまったなら仕方ねぇさ。だがな……助けられたかもしれない選択肢を自ら捨てるってのは、どうも性に合わねぇんだよ」


 鏡子郎が、激情と理性の間で揺れ動いているのがわかった。


「虎のやつが哀しむのと、オレの腹の虫をおさえること……天秤にかけたら、腹の虫にはないてもらうしかねぇだろ」


 ここはベルゼビュートに任せる――鏡子郎は、そう言っているのだ。


「礼を言う、朱川鏡子郎」


 舌打ちをし、鏡子郎は魂殻を収縮させた。


 禊が視線で”いいの?”と問うてきた。宗彦はうなづいた。


「ベルゼビュート」


 鏡子郎が名を呼び、腕時計を確認する。


「日付が変わっても事態が解決しないようなら、オレたちは動く。ただし――明らかにあんたが負けたと判明する何かがあったら、その時点でもオレたちは動く。いいな?」

「わかった」

「……勝てんのか?」

「何があろうと、相討ちにまではもっていくつもりだ」


 とは断言しない。


 相手の力量を推察した上での客観的判断なのか。


 あのベルゼビュートにそこまで言わせる相手。


 わずかに躊躇うような間があって、ベルゼビュートが言った。


「黄柳院冴にも……俺がよろしく言っていたと、伝えてもらえるか?」

「冴に?」


 鏡子郎は少し意外そうな顔をしたが、了承した。


「……ああ、伝えとく」


 冴の名前が出た時、どことなくベルゼビュートの声に申し訳なさそうなものがまじった気がした。


(まるで、気が引けるとでもいうような……)


 気のせいだろうか。


「おまえたち五識の申し子には将来性がある……魂殻使いとしても、まだ成長段階だろう。つまり伸び代がある――ありすぎる。そう、おまえたちは可能性のかたまりというわけだ。そしてそれは、黄柳院オルガにも同じことが言える」

「…………」

「その可能性を損なう邪悪な障害は、俺が排除する」


 漆黒深紅の蠅王の剣を手に、ベルゼビュートは歩き出す。


「それが今の、俺の役割だ」



     ◇



 建物に踏み入り中を進むと、死体が点在していた。暴走した”キリシマセンジン”を止めようとした者たちだろう。どれも、最小限の動作で殺されていた。


 壁や天井にくすんだパイプの走る廊下を進むと、広い空間があった。空間は闇で満たされている。


 真柄弦十郎は理解した。


 いる――この先に。


 闇に足を踏み入れると、白色のライトが一斉に点灯した。


 元々は倉庫か何かだったのだろう。天井はそこまで高くないが、広さは十分にあった。ただし、荷物は置かれていない。


 ホコリ臭さの漂う室内に、生命の気配。


 逆光気味になった一人の男が、目を閉じ、悠然と佇んでいた。


「招かれざる客を入れなかったのは正しい判断だったな、ベルゼビュート……鋭い圧を感じはしたが、まだ熟してはいない。さっきの三つの気配は、まだ青い果実といったところか」


「オルガは無事か」


「無事だよ。おれに勝てば約束通り、彼女は無事に返そう」


 薄く目を開くと、男は誠実な調子で言った。


「大丈夫だ、信じていい」


 キリシマセンジンは、父性の滲む微笑を浮かべた。


「それに……今のおれが興味があるのはおまえだけだ、真柄」


 ダークブラウンのスーツ。枯草色の羽織。ベルトを巻いた腰には、鞘に納まった刀。


 声は昔と変わって聞こえた。


 その変質した声だけではわからなかったが、監視カメラの映像を目にして理解した。


 昔より大人びた風貌になっていたし、技のキレもけた違いの洗練度だった。それでも――確実に”彼”の面影は、残されていた。


「久しぶりだな、霧間」


 キリシマセンジン。


 そこから二文字取ると”キリマセンジ”。


 あるいは、彼なりの暗号のつもりだったのだろうか?


「キリシマセンジンとおれは、結びつかなかったか?」

「”最強”を標ぼうするキリシマセンジンと、霧間千侍は結びつかなかった……思い出というデータしか、俺には残っていないからな」


 真柄の中にあるのは極生流が崩壊するまでの記憶だけだ。記憶の中の霧間千侍と”キリシマセンジン”は、どうにも結びついてこなかった。


「”キリシマセンジン”はおれが始めた……いずれ”キリシマセンジン”を勝ち上がってきた者と、死合うために」


 右手を前へ掲げると、霧間はこぶしを握りしめた。


「そうしてこの手に、真の最強を掴み取るつもりだったのさ」


「暗号のように自分の名を組み込んだのは”霧間千侍”の名に気づいた極生流を、おびき出すためか?」

「ああ」

「乗ってきたやつは?」

「残念ながら、いなかったよ」

「……だろうな」


 極生流は互いを避けている。まるで、呪いでも避けるかのように。


 だから気づいたとしても接触を図ろうとは思わなかっただろう。……そもそも誰が生存しているのかすら、不明だが。


「だからおれは紫条良正に協力する見返りとして、黄柳院冴との死合いを約束させた」

「……何?」

「最強の魂殻使い黄柳院冴。極生流の者を除くなら、この世で最強の名にふさわしいのは彼だと判断した。しかし――」


 喜ばしそうに微笑む、霧間。


「そこにベルゼビュート(おまえ)が、現れた」


 待ち望んでいた者を迎え入れるような表情。


「……俺がベルゼビュートだと、知っていたのか?」

「いや、知らなかった。おれが調べた時、おまえはK県のY市で便利屋をやっていたからな……もうまっとうな人生を歩んでいるんだと思ったよ。だが天野虫然の死体の傷を見て確信した。これは”極弦”を使用した、真柄弦十郎によるものだと」


 霧間が腰を沈め、身体を斜め前へ倒した。


 ややいびつではあるが、居合いの構え。


「最強を決するなら――もう、おまえ以外には考えられない」

「…………」

「他にも何か、おれに聞きたいことがあるみたいだな?」

「今まで……どこで、何をしていた」


 左手で柄に手をかける直前の状態で、霧間は、温和な笑みを浮かべた。


「穏やかに暮らしていたよ。このまま静かに余生を過ごそうと思っていた。だが、心変わりをしてね……自分の真の望みに、気づいたのさ。おれはやはり、最強に焦がれていたのだと」

「……おまえが?」

「信じられないか? だが、極生流――あのコミュニティが崩壊した時点で、おれは守るべきものを失ってしまった。ゆえに残された夢は、最強の座のみだった。正しく言えば……ここに来て、本当の夢に気づかされたとでも言うべきか」


 そうして霧間千侍は”キリシマセンジン”を始めた。


 最強を決するために。


「良正はよい飼い犬を手に入れたと思ったらしいが……おれはおれで、あの男を利用させてもらったよ」

「黄柳院オルガを巻き込んでか」

「黄柳院冴と戦うためには、今回の依頼は絶好の機会だったからね」

「なぜあの日、ホワイトヴィレッジの本隊と共に来なかった?」

「簡単さ。黄柳院冴不在の五識の申し子には興味がなかったからだ。天野虫然でも物足りない。だから、良正の要請には応じなかった」


 黄柳院の部隊が動かなかったのは、五識の申し子が出てきたからという以外にそういう理由もあったようだ。


「しかし……ベルゼビュートの存在を知って、もう他はすべてどうでもよくなってしまった。しかもまさか、おまえがあのベルゼビュートだったとは……最強を決する”キリシマセンジン”を始めるまで、おれは世捨て人として生きていた。だから、外の情報とは隔絶した生活を送っていたんだよ」


 霧間がベルゼビュートを知ったのは、真柄が傭兵業から身を引いてその名が”過去の伝説”となったあとのようだ。


「ならおまえは俺と戦うために……ティア・アクロイドと鐘白虎胤を斬り、オルガを攫ったのか」

「ああ、そうだ」

「…………」

「おまえと戦うためにおれはああした。あれが最善手だったと思った。なぜなら、今のおまえには――」


 穏やかな表情のまま、霧間はまるで、手を差し伸べるようにして言った。



「戦う理由が、必要だろう?」



 真柄は構え、


「霧間」

「…………」

「変わったな」

「……ああ、変わったよ」



 ”極弦”の十。


 

 この相手に出し惜しむものは、何もない。



「オルガは返してもらうぞ、



 霧間の筋繊維が硬質な軋み音を上げ始めた。彼の顔面に血管が浮き上がる。



「おれに勝てたらな、



 霧間がそう答えた瞬間、真柄はすでに――相手のすぐ手前まで、肉薄している。



     □



 極生流、第一極だいいっきょく――霧間千侍。



 極生流、第十極だいじゅっきょく――真柄弦十郎。



 最強の、決着。



 最強の、終わり。




 極と極の戦いが、幕を開けた。




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