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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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17.まじりあうものたち


 宗彦は病院の外に出て立ち止まると、タブレットを取り出して電源を入れた。


「葉武谷家は殻識市内の監視カメラの映像を独自ルートで入手している。その中に、例の極生流が乗り込んだ大型バンも映っていたわけだが……」


 映像を呼び出す。鏡子郎が覗き込んでくる。


「この映像だと角度のせいで、車のナンバーがわからねぇな」

「別の角度で同じバンを捉えた映像がある」


 呼び出した映像の一コマを静止画として抽出。その画像に補正をかけると、車のナンバーが明らかになった。


「盗難車や偽造ナンバーだとしても、このナンバーを頼りに車の行き先を追跡することは可能だ」


 特殊な認識ソフトを起動して車のナンバーを入力。次に、超高速のコマ送りで監視カメラ動画が再生されていく。


「まずこの方法で、同じナンバーが映っている静止画を一斉に抽出する」

「そのあとはどうする?」

「簡単だ。そこから時刻と場所を照合していけば、おのずと辿ったルートが見えてくる」


 要するに、抽出した画像を時刻順に並べていくわけである。こうすることで、他の無意味な大量の録画映像をあたらずに済む。


 追跡していくと、バンはある時刻にトンネルへ入った。


 鏡子郎が怪訝そうな顔をする。


「時間が経っても、トンネルから出てこねぇぞ?」

「トンネル内で車を乗り換えたらしいな」

「ん……? 宗彦、そこでストップしてみてくれ……で、画像補正を――」


 補正のかかった画像を鏡子郎が指差す。


「見ろ。同じナンバーだが車種が違う。連中、トンネル内でナンバープレートを入れ替えやがった」


 宗彦は思案する。


(どうにも、……)


「誘っているのかもな」

「誘ってる?」

「いや――」


 画像を見つめる宗彦。


「このカラクリに気づいたやつは是非とも追ってこい、とでも言わんばかりに思えてな……」


 気づくレベルの人間をあえて網にかけようとしている。そんな感じがぬぐえない。


 一つ疑問も浮かんだ。


(目的が黄柳院オルガの拉致だとすれば、目的は達成されている……ならば追跡されるのは不本意のはずだ。一体”誰”を誘っている?)


 ともかく、黄柳院オルガを乗せた車が向かった先は把握できた。


(ここは――)


 黄柳院の所有する土地。殻識島の開発がまだ活発だった頃は建材工場としてフル稼働していた。


 当時の建物が今も放置されたまま残っている。といっても、現状は鉄さびの墓場だが。


(ホワイトヴィレッジめ、黄柳院の所有する土地に堂々とアジトを構えるとは……まあ、俺たちにとってはむしろ好都合とも言える)


「行くぞ、鏡子郎」


 再び、二人は歩き出した。


「車の手配を――」

「もう、できてるよ」


 物陰から出てきたのは、青志麻禊。


「禊、テメェはどうする? 敵は、極生流とかいうバケモンらしいぜ」

「悪いけどさ……聞くだけ無駄ってことくらい、キョウならわかるよね?」


 ニヤっと笑う鏡子郎。


「だな」


 青志麻家の車が、病院の外にとまっていた。運転手が出てきて、禊のためにドアを開ける。


 三人は車に乗り込み、目的地へと向かった。



     ▽



 遠くに目的地が見えた。


 敷地内には作業用のライトが灯っていた。廃墟が立ち並ぶ夜闇の中、さながら灯台のごとく、その一帯だけが光を放っている。敵は闇に乗じる気すらないらしい。


 やはり招き入れようとしているように感じられる。


 目的地の手前の道路で、三人は降車した。ドアを勢いよくしめ、鏡子郎が聞く。


「禊、まだ冴には連絡つかねぇか?」


 発信を諦め、禊がスマートフォンをしまう。


「うん、つかないね……」

「……そうか。まあいいさ、オレたち三人で十分だ」


 気でも逸っているのか、ぐんぐんと先へ行く鏡子郎。彼からは、ほのかな苛立ちも感じられる。


 宗彦と並行していた禊が身を寄せてきた。何か話したそうだったので、宗彦は耳の位置を合わせるため、頭の位置を下げる。


 耳もとで禊が言う。


「どう思う、宗彦?」


 禊は薄々、勘づいているようだ。


 黄柳院の所有する土地。連絡のつかない冴。


 それらは、この件に裏で黄柳院が関わっている可能性を示唆している。


「だとしても、これは冴のあずかり知らないことだろう。仮に快く思っていないとしても、冴が黄柳院オルガを拉致させるなどという行為を許すはずはない。虎胤の件にしてもだ」

「……だよね」


 冴がいくら黄柳院の意志の体現者だとしてもそんな行為に加担するとは思えない。そもそも、虎胤が斬られた件すら知らされていない可能性もある。


「ただし、この件の裏で糸を引いている人物が冴が動けないよう働きかけている線は十分ありうる」

「鏡子郎は――」

「気づいているとは、思うがな」


 禊が足を止める。


「宗彦」


 声は硬い。宗彦は、同意の相槌を打った。


「……ああ」


 宗彦と禊は魂殻をすでに展開し、周囲の偵察へ飛ばしていた。二人の魂殻は飛行型がいるため、上空から偵察ができる。


 まず目についたのは建物の屋上にいる男たちだ。位置や体勢、武器の様子からして、狙撃手だと思われる。


 強力な異能を持つ魂殻使いであっても、特別に警戒するものがある。


 それは、弾丸による長距離狙撃である。


 傭兵の世界が魂殻使い一色で染まり切っていないのは、銃器という強力な即殺武器が有効な点にある。魂殻展開時には感覚的な”センサー”が敏感になり、平常時より弾丸を察知しやすくなる――回避しやすくなるとも言われているが、非展開時はさほど感覚は変わらないとされている。


 ならば、非展開時に狙撃で頭を撃ち抜けばいい。


 魂殻使いを相手にする時は狙撃か毒殺を選べ――それが非魂殻使いの傭兵や殺し屋の中では心得のようになっているとも聞く。


(だが――)



 屋外に配置されていた狙撃手はすべて、息絶えていた。



「妙だと思わない?」

「おまえも気づいたか、禊」


 気になったのは、狙撃手の位置取りだ。黄柳院オルガを奪還するために来る敵を警戒するなら、まず中央の建物から”外側”へ向けて位置取りをすべきだ。少なくとも、全員が全員”内側”へ向けて位置取りをしているのはありえない。


 であるのに、狙撃手たちの位置取りは全員が”内側”の建物にいる”誰か”を狙っていたように見えた。


 武装した男たちが他にも何人か転がっていた。血を流して絶命している。彼らは、狙撃手ではないようだった。


(逃げようとして、殺されたのか……?)


 背後から斬られたと思しき死体が多い。最期の表情が、恐怖に変形したままの者もいた。


「これさ、僕ら以外の誰かがもう侵入しているってことかな?」

「……かもな」


(いずれにせよ、ケタが違う)


 一人の”怪人”の姿が脳裏に浮かんだ。


 蠅のマスク。


 ベルゼビュート。


 黄柳院オルガの味方かどうかを、ベルゼビュートは自分たちへ問いかけた。


 オルガを助けるべく、あの蠅男が先んじてここへ来ている。


(ありうる話だ……ならばそこらの死体も、ベルゼビュートがやったわけか……)


 そんな推論に至った宗彦が、鏡子郎に慎重に進むよう声をかけようとしたその時だった。


 宗彦は偵察へ走らせていた動物型の魂殻たちを、一斉に自分のもとへ集める。


 禊も同じく、天使型と悪魔型をすべて戻した。


 鏡子郎も――魂殻を、展開。


「……テメェか」


 ふてぶてしく舌打ちし、鏡子郎が首を鳴らす。魂殻剣の切っ先を突きつけ、鏡子郎はその伝説の”悪魔”の名を呼んだ。


「また会ったな、ベルゼビュート」


 黒のロングコート。


 スタイリッシュにデザインされた蠅のマスク。


 手に握っているのは、西洋風の両刃剣だろうか。


 黒刃。


 刃に走るフラー()つばの一部、柄頭つかがしらは、蠅の目を思わせる深紅。


 フォルムには悪魔的なものが感じられる。いや、装飾自体はむしろシンプルに近い。だが、そこには無駄な装飾がないがゆえの悪魔的存在感が、確かな冷たい闇として屹立している。


 前に会った時は確か、刀を手にしていた。


(あれがベルゼビュートの、本来の武器ということか?)


 完全体。


 そんな表現がふと頭によぎった。


「そこらに転がってた死体は、ここへ先に来てたテメェがやったのか? またオレたちは、時すでに遅し……ってわけか」


 鏡子郎が問う。気後れはない。彼の肝の太さは折り紙つきだ。彼は物怖じを知らないのだろうか――そう感じるくらいには、鏡子郎は誰に対しても怯えを抱かない。


「やったのは、俺ではない」


 ベルゼビュートが答えた。


「何?」

「おそらくの敷地の中で死んでいる者はすべて、俺の背後の建物で待つ一人の男がやった」

「どういうことだ? 黄柳院オルガを攫った連中は、ここで仲間割れでも起こしやがったのか?」

「どちらかというと、一方的な裏切りと言うべきかもな」


(つまり……あの狙撃手たちは侵入者ではなく裏切り者を始末しようとしていたのか? しかし、逆に返り討ちにあってしまった……その裏切り者は、おそらく――)


 忠告の意も込めて、宗彦は言った。


「その裏切り者とやらはタダ者ではない。凄腕というレベルを、遥かに凌駕している」

「……知っている。監視カメラに残っていた現場の映像を、俺は見ている」


 さすがはベルゼビュートと言うべきだろうか。どこかから、映像を入手したらしい。


「ところで、おまえたちに頼みがある」


 舌打ちをし、鏡子郎が言った。


「頼み?」

「この場は、俺に任せてもらいたい」

「あぁ?」


 鏡子郎が納得いかない声を出す。


「こっちは仲間を斬られて、すっかりトサカにきてんだよ。虎胤を斬ったやつをぶっ潰さねぇと、オレの腹の虫がおさまらねぇ」

「鐘白虎胤を斬った男から、俺のところへ連絡があった」

「……何?」

「この状況を作り出した相手は、俺と一対一での戦いを望んでいるそうだ。もしそれが叶えられなければ、即座に黄柳院オルガを殺す――そう伝えられた」

「…………」

「俺が勝てば、オルガは無傷で返すそうだ」

「まさかテメェ……相手をよく知りもしねぇのに、そんな都合のいい話を信じてるわけじゃねぇよな?」

「そこについては、信じられる相手だ。実際その戦いのノイズとなる連中は、その男に殺された。ここへ来る途中、おまえたちも見ただろう」


 敷地内に散らばっていた死体はすべて、念願の一戦の”雑音ノイズ”となった者たち。だから殺された、というわけか。


「そのくらいのことで相手を信じられると断言できるテメェの思考回路が、オレには理解できねぇがな」

「何より――」


 赤さびの浮いた背後の建物を、ベルゼビュートが振り向く。



「おまえたちでは、あの男には勝てまい」



 鏡子郎の魂殻剣が発光。



「ハッ……ずいぶんと知った風な口を利いてくれるじゃねぇか、ベルゼビュート?」



 激昂こそしていないが、鏡子郎はキレていた。背中越しでもわかる。今の鏡子郎の放つ圧は、生半可ではない。


 しかしベルゼビュートは、意に介さぬ様子で続けた。


「映像を見て理解した。建物の中で待つ男の名は霧間きりま千侍せんじ。極生流、最強の男だ」

「ふん」


 鏡子郎は鼻を鳴らし、覚悟を携え言った。


「相手が極生流なのはオレたちも知ってる。だが、オレたちは相手が極生流と知った上で――」


 待て。


 宗彦の中でブレーキがかかった。


(ベルゼビュートは今、?)


「なぜだ?」


 鏡子郎の言葉へ強引に割り入り、宗彦は、声の動揺をおさえながら言った。


「連絡してきた時に相手が名乗ったのなら、敵の名を知っているのは理解できる。だが、なぜ――」


 叩きつけるように、宗彦は問うた。



「その男が極生流だと、そこまで自信を持って断言できる?」



 極生流の情報は宗彦も調べ回った。そもそも、極生流は”伝説の”と評されるくらいには情報の少ない謎に満ちた流派。当然、そんな情報にあたった記憶はない。


 ベルゼビュートが自らマスクを脱いだ。


「簡単な話だ」


 思い出したように吹いた風にベルゼビュートの波打つ黒髪がなびいた。その漆黒の瞳は真摯に、しかと、宗彦の瞳を捉えている。



「俺も、極生流だったからだ」



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