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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
108/133

16.変わったものと、変わらないもの


 死亡者933名。


「生存者の内訳は逃亡者227名、重傷者62名、軽傷者7名……極生流の男が殺害された時、その場で生存していたのはわずか31名だった」

「……敗因は?」

「8日間も戦闘行為を継続していれば、いずれ食事や睡眠の問題が生じ、身体は消耗してくる。ただ……首を斬り落とされる直前、その極生流はこう言ったそうだ」


 宗彦は、落としていた視線を上げた。 



「”勝った”と」



 極限の生を感じるため、極限の死地へとおのが身を投じる。つまりその極生流の男は果たしたのだ――本懐を。


「いいか、鏡子郎? 俺たちがこれから相手にしようとしているのは、そういう人間だ」


?」


 宗彦は視線を逸らす。


「……虎胤にも言ったように、俺は”できるかぎり”最善は尽くすつもりだ。だが今回の相手は――、……っ!」


 諭そうとすると、鏡子郎がさらに強く壁に押しつけてきた。


「相手がバケモンなら、オレたちもバケモンだろうが……テメェは何をビビッてんだよ、宗彦?」

「あの日の典外魂殻使用の負荷が、まだ俺たちは抜け切っていない」

「関係ねぇよ」

「死ぬ気か」

「殺す気だ」

「……なぜそこまでする? 黄柳院オルガは俺たちの特設部隊に組み込まれる予定だ。ただ……おまえが黄柳院オルガをそうまでして助けようとする理由が、俺にはわからない」

「考えるまでもねぇだろうが」


 鏡子郎は即答した。


「黄柳院オルガを攫ったやつは、


 胸倉をつかむ手により一層、力が籠る。



「オレにとっては、十分すぎる理由だ」



(鏡子郎……)


 思い出に意識をスライドさせ、宗彦はまぶたを伏せる。


(変わらないな、おまえは……)



     △



 それは葉武谷宗彦がまだ幼かった頃。


 泥のついたズボンに、腫れた腕と頬。


 そんな宗彦を目にした途端、幼い鏡子郎の目の色が変わった。この時の宗彦は、豹変したその鏡子郎を怖いと思った。


「またあいつらにイジメられたのか、宗彦?」

「ぐすっ……あいつら……五識家の子は偉そうで、むかつくって……ぼくは、そんなに偉そうにしてるつもりなんかないのに……」

「だったら、オレたちが偉いってことをオレがあいつらに教えてやる……徹底的にな。大事なオレの幼なじみを泣かすようなやつは、絶対に許さねぇ」


 そう言うと鏡子郎は、虎胤を引き連れてどこかへ行った。しばらくすると宗彦をイジメた少年たちが、渋々といった感じで宗彦のところへ謝りにきた。


 イジメた少年たちは身体の節々に怪我を負っていたが、一切の”事後処理”はいつものように、禊の手配した青志麻家の者が滞りなく済ませた。


 鏡子郎と虎胤が宗彦をイジメた少年たちのところへ行っている間、宗彦の傍には冴がついてくれていた。


「余たちのこととなると、鏡子郎は見境がないな」

「…………」

「そう落ち込むな、宗彦」

「偉そうな感じがするってだけで、どうして意地悪されないといけないのかな……僕の、何が悪いんだろ……」

「勘違いをするな。おまえは”偉そう”ではなく”偉い”のだ。だから胸を張ってもよい」

「ぐすっ……でもさっきみたいに、大勢の喧嘩が強いやつに囲まれたら……頭なんかよくても、なんの役に立たないよ……」

「おまえは五人の中でいちばん頭が回る。皆より知識が豊富だし、特に観察力が優秀だ。将来、それはおまえの強力な武器となるだろう」

「冴……」


 冴は自分以上に”葉武谷宗彦”を見ているようだった。


「余たちの中にも、いずれ中立的な立場と客観的な視点を持てる人物が必要となる。存外、宗彦のようなタイプが向いているのかもしれん」


 この頃から冴は異様に大人びていた。そんな冴に褒められると、妙にこそばゆくなってしまう。照れくさくなった宗彦は話題を逸らした。


「……鏡子郎は、すごいよね」

「鏡子郎か……粗暴さはあるが、アレの頭の中は思ったより冷静のようだ。しかし、余たちのこととなるといささか歯止めが効かなくなるようだな。それほど大切に思っているのだろう、余たちを」

「でもぼくは……五人の中で一番よわっちくて、いつも泣いてばかりだ。ぐすっ……だからいつか、きっと鏡子郎に見捨てられちゃうよぉ……」


 さらにジワッと涙が滲んでくる。


「うんざりしているそうだ、鏡子郎は」

「――え?」


 ドキッとした。


 やっぱりそうなのか、と。


 喧嘩が弱くて泣いてばかりの自分に、やはり鏡子郎は内心うんざりしていたのか。


 宗彦の隣に腰かける冴が、優雅にゆったりと頬杖をついた。その姿がなんだか、おとぎ話に出てくる王様みたいに見えた。


「”ここは宗彦のすごさをわかってないバカばっかりで、うんざりする”――だそうだ」


 言って、冴は宗彦へたおやかに微笑みかけた。


 気づくと目から溢れ出る涙の量が増えていた。しかしこの時、その溢れる涙の量と同じくらい覚悟の量が増えていたのを、宗彦は今でも覚えている。


    ▽



「わかった」

「…………」

「ただし、条件がある」

「言ってみろ」

「勝手な単独行動は許さん。おまえの先走りに振り回されると、プランが狂うからな」


 鏡子郎が手を放す。


「……わぁったよ」


 宗彦は乱れた胸元を直した。


「勘違いして欲しくないが、虎胤の件で腸が煮えくり返っているのは俺も同じだ」

「……いいんだな?」

「おまえ一人で行かせるよりは、成功率が上がるだろう」

「ちっ……昔と比べると、どーも今のテメェは可愛げがねぇよな」

「放っておけ。これが、今の俺の”役割”だ」

「……で、敵の行き先の見当はつけられそうか?」

「ふん」


 眼鏡の位置を直す。


「そういう部分は元々、俺に頼るつもりだったんだろ?」


 何を今さらとでも言いたげに、鏡子郎はクイッとあごを上げた。


「当然だろうが」


 鏡子郎に背を向けると、宗彦はさりげなく微笑んだ。


「一度外に出るぞ、鏡子郎」


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