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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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15.極の者


「……虎のやつ、大丈夫なのか?」

「問題なさそうだ。俺たちの中でもあいつは特に頑丈だからな。医者もこんなに早く目覚めるのは不思議だと言っていたくらいだ」

「ランキング一位の女子生徒は?」

「まだ目覚めていない」

「そうか……虎と、面会は?」

「できる」


 鏡子郎は無言で立ち上がった。宗彦は彼と連れ立って虎胤の病室へ向かう。


 今、通り魔事件の情報を禊にかき集めてもらっている。


(”通り魔”か……黄柳院オルガが拉致されている時点で、敵の黒幕は判明しているも同然……しかし――)


 今回の件、宗彦は攻め手を見つけられずにいた。


 病室に入る。虎胤がベッドの上で身体を起こしていた。病衣の下に包帯を巻いている。包帯には血が滲んでいた。


 虎胤が宗彦たちに気づく。いくつかの注意を口にし、看護師が部屋を出た。


「よう、虎」

「鏡子郎……」

「派手にやられたらしいな」

「……うん」


 いつもの活発さが失われている。声にも覇気がなかった。


 戦闘行為によって虎胤の”六六六式ケモノシキ”が敗北らしい敗北を喫したのは、これが初めてである。


「あのさ、オルちゃんは――」

「禊が今情報を集めてる」


 黄柳院オルガの安否が気になるらしい。


「それと……一緒にいた女子学生は斬られたが、命に別状はないそうだ」

「……そっか」


 丸椅子を引きずって寄せ、鏡子郎が腰をおろす。


「まさかテメェがやられるとはな……けど、暴走前だろ?」


 虎胤の返事は遅れた。


「暴走まで、いった」

「何?」

「そこまでしないと勝てないと思ったんだ。だから、危険を承知で――意識を


 鏡子郎が視線だけで宗彦を見る。何かを確認する風だった。


 だが、宗彦は何も反応を返さなかった。虎胤が「おれ……」と力なく口を開いた。


「おれ、守れなかった……オルちゃんを、守れなかった。傍に、いたのに……守れる時に一番近、くにいたのに――、……っ」


 うつむいて歯を食いしばり、虎胤が、ポロポロ涙を流し始める。


「おれ……悔しいよ――っ……守りたい人を守れないのが、こんなに悔しいことだったなんてっ……おれ、知らなかったっ……」


 いつも虎胤の傍にいたのは五識の申し子だった。彼の大好きな冴は最強の名にふさわしい魂殻使い。他の五識の申し子もある時期からは、敵なしと言える存在となっていた。


 五識の申し子は誰かに守られる必要などない。


 だから虎胤は敗北を知らなかった。守ろうとした人間も、守り切って生きてきた。


「オルちゃん、嬉しそうだったんだっ……冴のことを聞いてる時、すっごく幸せそうだったっ……だからおれ、きっと二人は、仲直りできると思って――っ、……っ」


 こぶしを強く握りしめる虎胤。爪がてのひらに喰い込んでいた。包帯を巻いたてのひらに血が滲み、ジワリと広がっていく。


「ひぐっ……頼、むよ……鏡子郎っ、宗彦っ……おれの代わりに、オルちゃんを……助けてっ……お願い、だからっ……一生の、お願いだからさっ……もし、オルちゃんに何かあったらっ……おれっ――」


 鏡子郎が立ち上がって、虎胤の身体を柔らかく抱き寄せた。


「鏡子、郎……」

「あとは、オレたちに任せとけ」

「…………」

「だからテメェは治るまでここで休んでろ。いいな?」

「……うん」


 鏡子郎が踵を返し、病室を出て行った。宗彦は虎胤をベッドに寝かせてから、病衣と布団を直してやった。


「黄柳院オルガの救出には、できるかぎり俺も最善を尽くす……それは約束する。それと……今回の件、おまえが責任を感じる必要はない。わかったな?」

「うん……ありがと、宗彦。その、冴には――」

「俺が伝えておく」

「あと、おれを斬ったやつだけど――」

「それも俺が把握している。喋りすぎると身体に障る……今は休め。いいな?」

「……うん」


 目を閉じると、虎胤はすぐ眠りに就いた。無理をして起きたのだろう。


 伝えるべきことを、伝えるために。


 病室から出て、宗彦は鏡子郎に追いつく。


 無言で二人、廊下を歩く。ひと気の少ない場所まで来ると、鏡子郎から切り出した。


「冴にはまだ?」

「病院を出たら、もう一度連絡してみる」


 冴とは連絡がつかなかった。虎胤の今の状態を知っているのかいないのかも不明だ。


(もし、この件に黄柳院皇龍あたりが関わっているとすれば……皇龍あたりが冴をどこかに隔離している可能性もある……)


 見ようによっては黄柳院の家にとって妾の子であるオルガは邪魔者とも言える。


「虎をやったやつの見当は、ついてんのか?」


 鏡子郎の声のトーンが、険を増す。


「まあな」


 見透かしたような視線を送る鏡子郎。


「何を躊躇ってる、宗彦? まさかホワイトヴィレッジなんかにビビってんじゃねぇだろうな?」


 宗彦は歩みを止めた。鏡子郎が振り向く。


「今回は、相手が悪い。そう言ったらどうする?」


 背中に、衝撃。


 鏡子郎が宗彦の胸ぐらを掴み、勢いよく壁に押しつけたのだ。


「らしくねぇぞ、宗彦?」

「…………」


 よからぬ現場に遭遇してしまったという顔をして、通りかかった看護師がそそくさと走り去る。再びひと気がなくなると、鏡子郎は言った。


「さっき……虎胤が暴走状態でも勝てなかったと話した時、テメェの反応を見てた。あれは少しばかりおかしいよなぁ? あの虎胤の魂殻が暴走状態で負けたと知って、あんな平然とした反応はありえねぇ」


 あの時、鏡子郎は視線だけで何かを確認していた。あれは、暴走状態の虎胤が負けたことを知った宗彦の反応を見ていたのだ。


「宗彦テメェ、知ってやがるな? 虎胤を斬ったやつがを」


 射殺さんばかりに睨め上げてくる鏡子郎を、宗彦は無感動に見下ろした。


「実はおまえと会う前に、現場の映像を手に入れた」


 暴走状態の虎胤がほとんど何もできずに斬られた映像を、宗彦は、すでに見ていた。



     □



 速攻による一撃必殺を試みた魂殻展開状態のティア・アクロイドは、霊素刃を振るった次の瞬間、その小さな身体から大量の血糸を宙に引いていた。


 アスファルトの上にティアが転がったあと、鐘白虎胤が”六六六式ケモノシキ”を完全展開。背後では、黄柳院オルガも”戦蜂”を展開していた。


 前傾の戦闘態勢を取った虎胤が轟と跳びかかる――が、ブラウンのスーツの男はそれを上回る超スピードで滑るように動き、虎胤を一息いっそくの動きで吹き飛ばした。


 虎胤の身体が背中から塀にめり込む。そして瞬き一つする間にその虎胤の手前まで移動した男は、ほんのひと振りと錯覚するほどの速度と動作で、刃を何閃も煌めかせた。


 そうして、虎胤の全身が斬り裂かれた。


 あの硬質な虎胤の魂殻を易々と、斬り裂いた。


 次に男は、背後から迫っていた”戦蜂”をまとったオルガの腹をこぶしで強打すると、気絶したオルガをそのまま担ぎ上げた。


 そして飛び散った虎胤の血液を指ですくうと、男は現場に”あるもの”を残した。


 再びオルガを担いだまま歩き出した男は、路地の向こうに駐車していた大型のバンへ向かった。


 車に乗り込む前、男は監視カメラの方を見た。


 まるで、己の存在を誇示するかのように。



     ▽



「で、そのカメラに映ってたのは?」

「知らない男だ」

「ならテメェはどこに問題を感じてる?」

「現場に残された血文字にだ」

「血文字?」



「”極”と記されていた」



「”極”?」

「いいか、鏡子郎? 黄柳院オルガを攫った相手の問題点は、政治や立場の問題じゃない。純粋に――」


 悔しさが口もとに出るのをおさえ、努めて宗彦は冷静に告げた。


「俺たちで勝てるかどうかが、微妙な相手ということだ」


「あ? オレたちは誰にも負けやしねぇよ。負けるとすれば同じ五識の申し子にくらいだろ。相手があのベルゼビュートだろうとな、オレは――」



「今回の相手はおそらく”極生流きょくせいりゅう”だ」



 鏡子郎が眉をしかめる。


「極生流?」

「言葉にすると、リアリティに欠ける感は否めないが……実在すら疑問視されている伝説の流派とでも言うのが、適当か」


 伝説という言い回しは、イコールで”現実味がない”という意味でもある。


「極限の生を感じるために、極限まで死へと近づく――極のせんにこそ、人の”生きる”を見い出す。そのために作り上げられた肉体は、人外の域にまで及ぶと言われている」

「さっき言ってた血文字が、そいつらの証明だと?」

「あれは極生流が自らの存在を示すべく死合いの場に残す、しるしのようなものだと聞いている」

かたりの線は?」

「限りなく低いだろうな。なぜなら、極生流の首にはいくつかの国や組織が莫大な懸賞金をかけているからだ。情報が広がったその翌日から世界中の賞金稼ぎに命を狙われる日々が始まる――わかるだろう? だから、覚悟なしに名乗れるものではない」

「で?」


 相手が極生流とやらだったとして、なんの問題があるのか――鏡子郎の目はそう語っている。


「1260人」

「……なんの数字だ?」

「たった一人の人間が、訓練を受けた1260人の戦士を相手に勝てると思うか?」

「ありえねぇ」


 鏡子郎の否定を、宗彦は肯定した。 


「その通りだ。1260名を相手にした男は、最後には殺害された」


 胸倉をつかむ手をほどかぬまま、宗彦は続ける。


「かつて1260名の傭兵や殺し屋が、ある国のジャングルに隠れ潜む極生流を殺すべく投入された。最初の投入は200名足らず。しかし、その200名はほぼ壊滅。さらに増援が投入された」

「伝聞には尾ひれがつくもんだ。実際は、126人だったんじゃねぇのか?」

「何年も前の話だが、某所に極秘裏に保管されているその時の記録映像を俺は親のツテで目にしている。情報の出どころも、信用できる」


 舌打ちをしたあと、鏡子郎は”続けろ”と目で促してきた。


「……ナパーム弾で森林の一部を焼いても、その極生流は生き残った。そして8日間に渡り、その極生流はたった一人の”ゲリラ戦”を繰り広げた」

「……最後は、死んだんだろ?」

「そうだ。極生流の男が、殺されて終わった」

「ふん、言ったろ? その戦力差で、勝てるわけなんざねぇんだよ」


「327名」


「極生流がたった一人で、327人を殺したってのか?」

「いや」


 宗彦は視線を落とした。


「生存者の数だ」


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