表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
106/133

14.変転


 皇龍に会いに行く途中、久住から着信が入った。


(……久住?)


 スピーカーフォンにする。


「どうした?」

『黄柳院オルガが、攫われた』


 痛恨を感じている雰囲気が、久住の声から伝わってきた。


『それと、その場に居合わせた殻識生……鐘白虎胤とティア・アクロイドが斬られた』


(ティアと五識の申し子が……?)


『二人はほとんど何もできずに斬り伏せられたようだ。二人とも、第一殻識病院にかつぎこまれた』


 咄嗟に、判断を下す。


「わかった」


 黄柳院の屋敷へと続く、他に走る車のいない山道――スキール音を響かせ、Uターン。


 今は黄柳院の屋敷で足止めを喰らっている暇はない。


『監視カメラの記録映像がある。今その映像を手がかりに行方を追っているが……ただ、その……すまない。わたしたちだけでは、捜索能力に限界があってな……』


 久住たちは所属している四〇機関に自分たちの行動を隠している。大っぴらな捜索はできない。


『…………本当に、すまない』

「気にするな、久住。おまえに落ち度はない」


 真柄は思考から熱を取り払う。焦っても、得るものはない。


(あのティアが、何もできずに敗れるほどの相手……)


 ホワイトヴィレッジが天野虫然以上の実力者を送り込めたのなら、前回の時点で本隊と一緒に送り込んできたはずである。そんな実力者がいるのなら、真柄と五識の申し子が不在だったあの日に、オルガを拉致する別働隊として動かしていた方が確実だったはずだ。


(だとすれば、あの日以降に雇われた人間か)


 最近入国した傭兵や殺し屋の情報は、久住を通して、彼女の上司である水瀬兼貞から入るように手を打ってあった。


 見落としがあったのか。


 それとも、既存のデータベースに情報がない人物なのか。ただ、それほどの腕があるのに情報がまったく出回っていないというのも不思議な話に思える。


(それにしても――)


 腑に落ちない。


 黄柳院オルガの殺害が目的なら、その場で斬り殺しているはずだ。あえて攫ったのはなぜなのか?


(俺にとっては、僥倖だったが)


 監視カメラの映像をタブレットに送ってほしいと久住に頼んだあと、真柄はジョン・スミスに電話をかけた。


『こんなにもすぐ連絡がくるとは思わなかった。我々に何か用か?』


 出たのは、ジョン。


「黄柳院オルガが攫われた」

『……ふむ』

「おまえたちは、黄柳院オルガから手を引くと言ったな?」

『その通りだ。関知する限り我々の主流派に動きはない。つまり今回の黄柳院オルガ拉致は、我々の手によるものではないと思われるが』

「信用しろと?」

『フッ、してもらうしかないな。はっきり言うと、我々にはあの財団から大事にされている君との約束をここで反故にするメリットがないのでね。どころか、大損だ。ただし――』


 事実だけを告げるように、淡々とジョンは言った。


『君に手を出すなとは言われたが、君を助けろとまでは言われていない。従って、我々がここで君に協力する義務もないようだな』


 ホワイトヴィレッジは黄柳院オルガへの不可触を約束した。しかし逆に言えば、自分たちに利益をもたらさない純霊素保有者の命をあえて保護する理由もなくなった、とも言える。


 むしろ手に入らないなら消えてくれた方がよい、とすら考えているかもしれない。


『ああ、そうそう……小耳に挟んだところによると、先日の本隊結成時に我々の声かけに応じなかった傭兵や殺し屋がいたんだがね? そのうちの何名かが近々、君の国に入国するらしい。どうやら我々ではない何者かが別に動いているようだな』

「今の情報提供には一応礼を言っておく」

『現状、我々は傍観に徹するよ。君の能力を見るよい機会でもある。お手並み拝見といこうか、ベルゼビュート』


 そうして、通話は終わった。


 真柄の見立てでは臓物卿よりもティアは強かった。天野虫然は無理だったと思われるが、ファイアスターターになら勝てたと思われる。


 七崎悠真との特例戦ではたった一撃で敗れてしまったティアだが、彼女の霊素値は文句なく規格外。戦闘センスも抜群。隠密任務やボディガードをこなす器量もある。


(あのティアが警戒を怠っていたとは考えられない……ただ、ティア以上の実力者となると……)


 ティアだけではない。


 今回は、あの五識の申し子の一人まで斬られている。


 ほぼ何もできずに、と久住は言っていた。


(五識の申し子を倒せそうな者となると……一気に、候補は狭まるが……)


 滲み出そうになった焦りを押し込める。過剰な怒りは判断ミスを呼ぶ。こういう時における激しい感情は、威嚇か、己を鼓舞する用途しかない。


 今はいかにオルガへと辿り着き、救い出すか。


 それを冷静に見い出すのが先決だ。


(目的が殺害でないとすれば……攫った犯人は、黄柳院の者ではないのか? それとも、俺の読みに間違いがあったのか……?)


 例の監視カメラの動画ファイル。


 タブレットのディスプレイにはまだ”転送中”の表示が出ている。


(転送が終わったら、まず映像から手がかりを――)


 着信。


 またも知らない番号。


 音声認識で通話をオンにし、スピーカーフォンで受ける。


『真柄弦十郎だな?』


 開口一番、通話相手は真柄の名を口にした。


「ああ」

『黄柳院オルガを攫った者だ』

「ティア・アクロイドと鐘白虎胤を斬ったそうだな」

『あの場に居合わせた二人か。素質は相当なものだが、おれにはまだ不足の相手だったよ』


 赤信号。


 停止線の前で車をとめ、逆探知用の機器をスマートフォンに接続。


「もしオルガを――」

『安心しろ。彼女は無事だ。今は薬で眠っている――そして、まだ殺しはしない』


 殺しはしない。


 何か要求がある時の言い回し。


(この男、何が目的だ?)


『それと、他の連中に手荒な真似や下種なイタズラをさせるつもりはない。もし黄柳院オルガに手を出す者がいれば、おれが責任を持って一人残らず叩き切ろう。そこは安心するといい』

「ずいぶん紳士的だな」

『個人的にゲスな連中は嫌いなものでな。それに……黄柳院の息がかかった連中にも、好き勝手をさせるつもりはない。もちろん――』


 男はサラッと言った。



『雇い主の、にも』



 相手は口にした。


 雇い主の名を。


(黒幕は、良正……)


 皇龍との共謀説はまだ捨てきれないが、これで良正の方はクロとなった。この男が、嘘を言っていなければだが。



『状況は現在、おれが制圧している』



 今、黄柳院オルガを取り巻く状況は妙な方向へと動いているようだ。


 情報を整理する。


(つまりオルガを殺害するために黄柳院が雇った男が、雇い主の手を離れて暴走しているということか……)


 信号が青に変わった。アクセルを踏む。


『万全の準備を整えて、おまえ一人でおれのところへ来てもらいたい。おれは、おまえと一対一での立ち合いを望んでいる。それがおれの望みだ――唯一の』


 男の声から感じられるのは強烈な欲望。だからこそ、ブラフはなさそうに思える。欲望にひたすら突き動かされた言葉というのは、逆に、ブラフの入り込む余地がなかったりもする。


『そして……おれに勝利しなければ黄柳院オルガを雇い主へ引き渡す。つまり、彼女は死ぬ――逆探知はしているか?』

「ああ」

『それでいい』


 真柄の昏く深い瞳が、ミラーに映り込む。


「名を、聞こう」


『キリシマ、センジン』


(キリシマセンジン……朱川家の長男に倒された者たちとは、別の人間と見るべきだな……)


 真柄は考える。


(今”キリシマセンジン”の情報は世界中に出回っているようだ……とすれば、この男の情報もそんな”キリシマセンジン”の一人として処理された可能性は高い。だから、水瀬兼貞のアクセスしたデータベースにこの男”個人”の情報は残っていなかった……その線は、ありうる)


 入国情報も”キリシマセンジン”を名乗っていた斬組の一人として処理されたのかもしれない。実際、斬組はまだ全員の情報が出揃っていなかった。


(この男を極秘裏に招き入れるために、すべて良正が裏で画策したか……ただ、最後の最後で飼い犬に腕を咬まれたらしい)


『市内に設置された監視カメラにおれの映像が残っているはずだ』


 通話口の向こうで、男が穏やかに微笑んだのがわかった。


『その映像を入手できるなら一度、を見ておくといい』


 そして通話が切れるとほぼ同時に、タブレットへの動画ファイルの転送が完了した。



     ◇



 殻識第一病院。


 廊下の長椅子に腰かける鏡子郎に、葉武谷宗彦は声をかけた。


「虎胤が、目を覚ました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ