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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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13.オトズレタデアイ


 ティアが去ったあと、オルガの警護を頼んでいる従業員に真柄は連絡を入れた。


 連絡を終えると、出かける準備をする。


(まずは、良正か……)


 事務所の電話が鳴った。ナンバーディスプレイに表示されているのは知らない番号。このところ知らない番号からの電話が多い。


 受話器を取る。


「マガラワークスです」

『黄柳院の者ですが』


(黄柳院の……? 声に、覚えはないが……)


『皇龍様が、真柄弦十郎様にお会いしたいと』


(皇龍が……)


『黄柳院オルガを取り巻く一切に、ケリをつけたいとのことです』

「……わかった」


 電話を終えると、真柄は車に乗った。そして、殻識島にある黄柳院の屋敷へ向かった。



     ◇



 黄柳院オルガは家に戻ったあと買い物に出かけた。ティア・アクロイドは、それを追跡していた。


(それにしても七崎悠真の正体がまさか、あのような……)



     △



 ティア・アクロイドは物心ついた頃、ひょんなことから一本の映画を観た。


 その日は大嵐で、近所の家に忍び込んでティアは雨宿りをしていた。


 どうせ家にいても邪魔者扱いされるだけだ。その家にいた方が心地がよかった。何度か避難所として無断で忍び込んでいる家だったが、家の者が気づいたことは一度もなかった。


 と、家の者が映画を観賞し始めた。ティアは隠れていた古い倉庫部屋の隙間から映画を眺めていた。倉庫の中では、他にやることもない。


 当時のティアの頭では理解していなかったが、映画は官能的な内容のストーリーだった。内容はいまいち理解が追いつかなかったが、主演俳優の色気を放つ渋さと、クールな格好よさは強く印象に残った。


 その時の映画はティアの中に強烈な初体験を刻んだ。生まれて初めて観賞した映画だったのも大きかったかもしれない。


 さて、黄柳院に引き取られて殻識島へ移ったティアは、殻識学園のトーナメントで優勝したあと自宅に引きこもっていた。


 ふと思い立ち、インターネットで例の映画の情報を漁ってみた。内容を覚えていたのが幸いした。引っかかりそうなキーワードをいくつか並べて検索したら、すぐに見つかった。


 早速、配信ラインナップにある動画配信サービスに入会して観賞した。


 何かが違った。


 主演俳優は今見るとそれほど魅力的とは思えなかった。役柄を加味してもだ。


 記憶に焼きついた姿と、現在ディスプレイの中にいる主人公。


 二人は、別人としか思えなかった。


 よくあることだ。幼かった頃と見え方が変化してしまっている。


 昔は輝いて見えたものが年を経ると色褪せて映る。


 記憶の改変も行われていたようだ。ティアは記憶の中にあるその登場人物の顔立ちや仕草を自分の好みに作り変えていったのである。だから昔観た映画と自分の想像は、すでに乖離していた。


 つまり、彼はこの世に存在していない。


 映画の中にすら存在しない。


 自分の中だけに存在する憧れの虚像。


 エンドロールをボーッと眺めながら、映画を探さなければよかった、とティアは思った。



     ▽



(まさか七崎悠真の中身と、記憶の中で作り上げていたあの映画の主人公が、瓜二つだとは……)


 そもそも七崎悠真に対する好感度は決して低くなかった。その上で、中身がだったわけだ。


 今日、果たしてすんなりと眠りにつけるだろうか?


(寝る前に、妙な妄想が止まらなくなると困りますね……今でも少し熱っぽい感じがしますし……火照りが……)


 もちろん体調不良による火照りではない。発情するとは、あるいはこういうものなのだろうか――と思った、その時だった。


(ん? あれは――)


「オルちゃーんっ」


 鐘白虎胤。


 オルガに駆け寄ると、虎胤はその隣を歩きながら喋り始めた。


(待ち構えていたわけではなさそうですね……偶然姿を見かけて、思わず声をかけたという感じですが)


 先日調べた情報によると、虎胤はこのあたりのお好み焼き店に定期的に足を運んでいるらしい。そこへ行く途中だったと推測できる。


 虎胤はオルガと冴の橋渡し役を務めようとしている節がある。


 そしてオルガには彼を鬱陶しく感じている素振りはない。彼女としてもむしろ、兄のことを知りたいのかもしれない。だとすれば、ウィンウィンの関係――



「――――――――」



 熱っぽさが、一瞬で、消失した。


 身体の芯を寒気が貫く。


 正面の路地。


 オルガと虎胤からは、まだ死角になっている路地。


 高い塀の影響か、路地の奥は濃い影が溜まっている。


 その影の中から一人の男がぬっと姿を現した。


 冷や汗が流れ落ちる。


(私が気配を、まるで感じなかった……?)



 ダークブラウンのスーツ。


 男はスーツの上に、枯れ草色の羽織りを緩く纏っていた。


 精悍で整った顔立ち。力強い眉。穏やかな目つき。髪は、耳にかかるかどうかといった程度の長さ。


 誠実という言葉が似合いそうな男だった。


 身体の線が太いと感じる。しかし、肥満の相は見受けられない。筋密度や骨格のせいで”太い”と感じるのだ。


 要は、極限点まで鍛え抜かれた肉体。


 刀。


 腰に携えているのは、刀だ。


 オルガが男の存在に気づいた。つられてか虎胤も男に気づく。先に動きを見せたのは、虎胤。


 身体の変化――魂殻の展開。



 そして気づけば、ティアも動いていた。



 思考より速く、身体が動いていた。


 すでに魂殻を展開している。


 学外での魂殻使用は禁止されているが、その思考は魂殻の展開よりも遅れて認識された。


 遅まきながら、周囲に人がいないのにも気づく。


 そうか、と思い至った。


 あの男はひと気が消える瞬間を狙って、姿を現したのだ。



 男は、魂殻を展開していない。



 なのに、



 恐怖が、



 身体を、



 否応なく、



 むさぼっている。


 

 むさぼられて、いる。



 歪めた口の端から、男が歯を覗かせた。



 白く健康的な歯と一緒に現れたのは――



 圧殺的な、極の刀気。



 違う。



 格が。



 絶望的に。



「理解しながらも逃げない、か」



 温和で力強い声。放たれている鋭い刀圧とは、不釣り合いな穏当さ。どころか、不思議とある種の包容力が滲み出ていた。



「もののふだな、きみも」



 男の目はその時、人ならざる姿へと変態をなす鐘白虎胤ではなく黒の聖騎ティア士を捉えていた。



 疾駆しながら、片方をフェイクとしたモノクロの霊素刃を振るう。



 狙うは、速攻による――



『この件のすべてが終わったら、ここの従業員にならないか?』



 一撃、必殺。




「見事、花散るもよし」




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