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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
102/133

10.最強を謳う者、再び


 注意深い瞳で、ジョンが問うた。


「では、どうする?」

「話し合いが決裂なら、おまえたちのお家芸で決着をつけるしかないかもな……」

「我々と本気で全面戦争をするつもりか?」

「これまでは防戦一方だったが、これからは攻めに転じるというだけの話だ」

「フッ……正気とは思えないな。君は伝説の傭兵かもしれないが、我々にとっては所詮たった一人の人間にすぎない。もう一度聞こう――どこまで本気だ?」

「さあな」


 黙って静観していたアレックスが、ニヤけながら割り込んできた。


「そいつ、本気でオレたちとやり合うつもりだぜ。おれにはわかる。そいつがほざいてるのは、質の悪いジョークじゃない」



     ◇



 ホワイトヴィレッジが殻識島へ送り込んだ本隊の者たち。


 彼らの入った死体袋がずらりと床に並べられている。死体処理はあらかた終わったようだ。


「ああ、どうもっ……これはこれは、初めましてっ」


 現場へ足を運んでいるホワイトヴィレッジのスーツ組。そんな彼らに低姿勢でヘコヘコ頭を下げながら名刺を配る禿頭とくとうの男がいた。


「どうかよろしゅうお願いいたしますっ」


 サングラスをかけた白いスーツの男。彼は受け取った名刺を眺め、口を真一文字に引き締めた。


「”電子名刺”ではなくペーパーの名刺か」

「紙には心がこもっとりますからのー! あ、いえいえ! 決して、ホワイトヴィレッジの皆さまの電子名刺がどうこう言っとるわけではありませんで? 電子名刺はかさばらんし、何よりエコですからのー」


 スーツの男が再度、名刺を確認する。


心水橋しんすいばし角辰かどたつ……本隊のリストの端に名を連ねていた、黄柳院の私兵部隊の隊長か……作戦中、おまえの隊は動かなかったそうだな? 物怖じしたか?」

「いえいえ! 雇い主の黄柳院から、急にストップがかかったんですわ! なんでも五識の申し子が動いたっちゅう緊急の情報が入ってきて、慌てて止めたとかなんとかっ」


 死体袋を眺める心水橋。


「いやぁ、しかしあの天野虫然までやられたわけでしょう? 生き残ったので目ぼしい腕利きは、斬組くらいだとか」

「キリシマセンジンのことか?」

「え? ああ、そう名乗っとるらしいですな……で、その斬組さんたちも朱川家の長男にコテンパンにやられたと聞きましたが……」

「部隊の核をなしていた朽波骨介と五泉羽円は朱川鏡子郎の術中にはまり、互いに斬り合ったのが原因で重傷を負ったと聞く……恐ろしい魂殻もあったものだな」

「ほぉー……あの絶賛売り出し中の斬組でも、だめだったんですなぁ」


 ス―ツの男はタバコを咥えると、裏ポケットからライターを取り出した。


 シュボッ


「まさか、あの天野虫然がやられるとはな……どころか、当初は臓物卿を核とした先発部隊だけで十分だと判断していた。それが、こんなことになるとは……上から聞いた話だと、どうやらあの伝説の傭兵が敵側にいるとか……ん?」


 スーツの男が形相を変える。彼はサングラス型の端末に指を添え、何かを検索し始めた。そして、


「おい貴様! そこで何をやっている!? 貴様、何者だ!?」


 スーツの男はタバコとライターをしまいながら、死体袋の前で屈んでいる男を怒鳴りつけた。


「あぁ、すみません! あれ、うちのモンなんですわ!」


 先ほどスーツの男は、サングラス型の端末で、送り込んだ本隊のリストの呼び出しと照会を行っていたのだろう。


 きょとんとした様子でスーツの男が心水橋を見る。


「おまえのところの……?」

「ええ。死体を確認したいと言っとりまして。一応、ホワイトヴィレッジさんの方に許可は取らせてもらってます」

「……そういうことなら、かまわんが」

「実はアレ、例の作戦が終わってから黄柳院の紹介でうちの部隊に加わった男なんですわ。ですので、おたくさんの持ってるリストには載っていないはずです」

「あの男、何を調べている?」

「傷を確認して、敵の実力を把握したいと言うとりました」

「変わった男だな。傷を見た程度で、相手の実力がわかるとも思えないが」


 心水橋は一旦、スーツの男と別れた。それから死体の傷を調べている男のところへ行き、肩に手を置く。


「天野虫然の死体を眺めて、なんぞ見つかりましたかな?」

「……今後、ホワイトヴィレッジはどう動くと?」


 心水橋の質問には答えず男は質問を返してきた。長く鼻息を吐いてから、心水橋は答えた。


「天野虫然を失ったことで、しばらく直接的な悪さは打ち止めみたいですわ。まあ、あの天野虫然でも勝てない相手が出てきた時点で暴力的な解決の線は当面遠のいたんでしょうなぁ……挙句、五識の申し子まで出てくる始末なわけですし」

「なるほど。ホワイトヴィレッジは、しばらく実働部隊を使うのを控える方針か」

「みたいですなぁ」


 周囲を確認し、心水橋は小声でつぶやいた。


「ある意味、


 ずらっと並ぶ死体袋。心水橋が死んだ本隊の者たちに心の中で”ごくろうさん”と声をかけると、


「おれとの約束を覚えているか、心水橋さん?」


 と、男が聞いてきた。


「え? ああ、もちろんです……目的を果たしたら、黄柳院冴と戦う場を正式にセッティングする――わかっとりますがな。私らのスポンサーは黄柳院の本丸さんですから。その本丸さんができると太鼓判を押してくれたなら、ほぼ確実に叶えられるはずですわ」

「その約束は、もう必要ないかもしれない」

「えっ!?」


 心水橋は慌てふためいた。


「ま、待ってください! それはまさかあんたがこの件から手を引くっちゅうことですか!? 急にそんなん、困りますがな!」

「依頼は果たすさ。ただ、報酬を変えてもらいたい。そうだなぁ……もし変更をのんでくれるのなら、おれの知り合いの傭兵や殺し屋を呼んで、あなたの部隊に組み込もう」


 耳にした傭兵や殺し屋の名を聞いて心水橋は仰天した。彼が声をかけても首を縦に振らなかった凄腕の連中ばかりだったからだ。


 断る理由など、あるはずがない。


「で、ええっと……魂殻使い最強と言われる黄柳院冴との一戦を、一体何に変えたいと言うんですかな?」


 天野虫然の死体に走る切り傷を、男が撫でた。


「この傷を刻みつけた男――なんの邪魔も入らない状態で、その男と一対一でヤりたい。相手もおれも、全力を出せる環境で」

「は、はぁ……ええっと、ですな……その天野虫然をやった男、耳にしたところですと――」


「ベルゼビュート」


「おや、知っとったんですか? ええ、どうもそうらしいんですわ……本物かどうかは確認が取れてませんが、あの伝説の傭兵じゃないかと言われとるそうです。しかし……天野虫然を殺ったそのベルゼビュートは、黄柳院冴よりも魅力的な相手なんで?」


 男の口端が緩む。


「ああ」


 この男の気まぐれにも困ったものだと思いながら、心水橋はその場を離れた。すると先ほどのスーツの男が近寄ってきた。


「少し前に目を覚ました朽波骨介を、先ほど移動させたんだが……ここを通る時、あの死体袋を眺めている男は何者かと尋ねてきた。身体が快復したら、戦ってみたいと話していたが――」


 スーツの男が指差したのは、先ほど心水橋に急な報酬変更を求めてきた男だった。今は、ベルゼビュートに首を斬り落とされた”キリングマシーン”レスターの死体を眺めている。


「あの男、何者だ?」

「キリシマセンジンですわ」

「ん? 何を言っている? それは、朽波骨介のことだろう?」

「”キリシマセンジン”っちゅうのは、そうですなぁ……言うなれば、人類最強を目指す者たちの名乗る合言葉みたいなもんらしいんですがね?」


 首の斬り口を検める”キリシマセンジン”を見る心水橋。


「その思想を広めたのが、あの男なんだそうです」


 スーツの男は一瞬、理解が追いついていない反応をした。


「……なんだと?」

「要するに――」


 肉のついたあごを撫でながら、乱杭歯をのぞかせ、心水橋はカラッと笑った。



「あの男が、キリシマセンジンの開祖っちゅうことらしいんですわ」



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