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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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9.ボディガード


 ジョン・スミスが会うのに指定してきた場所は、殻識市の外資系の高級ホテルだった。


 最上階のペントハウスへ招き入れられた真柄は、広い部屋の中央に設置された席へ案内された。


 従業員に促され、白い椅子に腰かける。


 ガラス張りの近未来的なペントハウス。メタリックなクリアブルーの内装。SF映画のセットだと言われても信じてしまいそうだ。


 今、真柄はフォーマルな黒のスーツを着用していた。ここはホテルの方針でドレスコードがあるらしい。


(俺としてもケリをつけるために、ホワイトヴィレッジ側とは一度こうした場を持つべきだと思っていた。向こうから出向いてくれたのは、手間が省けたと言えるか……)


 しばらく待っていると、さっき真柄が入ったドアとは別のドアから、白いスーツを着た三人の男が入室してきた。


 スーツケースを手にした、小麦色の髪の美しい少年。


 野性味と気品が奇妙に入りまじったヒゲ面の男。


 そして彼ら二人をつき従える、まさに貴公子といった表現のぴったりなブロンドの男。


 貴公子然としたブロンドの男が、テーブルを挟んで、真柄の対面の席に腰を降ろした。育ちのよさそうな座り方だった。


「お会いできて光栄だ、ベルゼビュート」


 男は日本語で話しかけてきた。


 よく通る透明な声。落ち着きがあり、声は自信に満ちていた。貴公子然とした男は中腰になると、握手を求めてきた。


「ジョン・スミスだ」


(あの村の代表にしては、ずいぶんと若く見える……とはいえ、ただ者でないのは確かだろう)


 素直に握手に応じる。


「真柄弦十郎だ。”ベルゼビュート”の方が好みなら、そっちで呼んでくれてもいい」


 握手の間、ジョンはサファイアのごとき瞳で黒の蠅王をとらえ続けていた。まるで何かを推し量るように。


 互いに席に着き直す。ジョンが後ろの二人を紹介した。


「そっちの小柄なのはセシルで、そっちのニヤけた顔の男がアレックスだ。まあ、世話役兼お目付け役といったところだな」


 セシルと呼ばれた少年が軽く会釈する。アレックスという男は、手を前で組んで直立待機しているが、ガムを噛んでいるせいか上品な態度とは言えなかった。


「今回は我々をずいぶんと手こずらせてくれたようだな、ベルゼビュート」

「そいつはお互いさまだ。それで? 世界で最も巨大な”村”の代表が、こんなところまでわざわざ足を運んで、なんの用だ?」


 ジョンは満足げに鼻を鳴らした。彼はすっと通った美しい鼻梁の持ち主だった。彼を美男子と呼ぶことに反論する者はいまい。


「我々を前にしても、まったく物怖じしていない。目の前にいる男がジョン・スミスだと君は確信している。であるのに、まるで気負った様子がない。個人的にも、興味深い男だ」

「あいにくだが俺の興味はおまえ自身にではなく、用件の方にある」

「おしゃべりは嫌いかな?」

「相手による」

「なるほど」


 伊達男さながらの端正な笑みを口端に浮かべ、ジョンは続けた。


「では簡潔に、結論から言わせてもらおう。黄柳院オルガの件から手を引いてもらいたい。もちろん、それに見合った対価は支払うつもりだ」


 ジョンが指を鳴らした。セシルがテーブル脇に立ち、テーブルにケースを置く。セシルがケースを開くと、中には札束がぎっしりと詰まっていた。


「日本円で80億。このケースに入っている札束がすべてではないが、こうして札束を見せたのは、我々に本気で支払う意思があると示すためだ。安心したまえ。税金面で問題が出ないよう、某所を通して手は打っておく」


 彼の言う”某所”とは四〇機関のことだろう。


 ジョンがホテルの従業員にバーボンを持ってこさせた。それから彼は、ミニグラスに注がれた琥珀色の液体を一気に飲み干した。


「人の命の値段を知っているか?」


 グラスの中身を飲み干したジョンはそう質問し、続けた。


「ある説によると人の命は、日本円で7億〜8億だと試算できるそうだ。我々としてはいささか高すぎると感じるがね。ともかく我々はその試算をベースに君の命の価値を弾き出し、平均的な命の10倍の値をつけた。どうだろうか? 我々の私見では、一生遊んで暮らせる額だと思うが――」


「120億ドル」


 言葉を遮って真柄がそう言うと、ジョンの口が止まった。ジョンは今、目の前の男が賢者か愚者かを見極めようとする目つきをしていた。


「まさかそれが、君の要求額か?」

「違う」


 ジョンはテーブルに両肘をつくと、形のよいあごを、組み合わせた手の上にのせた。


「では、なんの数字かな?」

「アメリカの軍需産業がいずれ得るであろう、最低ラインの年間利益予想額だ――おまえたちが黄柳院オルガを、手に入れた場合のな」


 ジョンの目つきが変わる。注意深いブルーの瞳が妖しい光を湛えながら、蠅王を映し出す。真柄は口の端をかすかに歪める。


「さて……そこに戦争で得る利益が加わるとなると、いくらになるだろうな?」

「なるほど。君はピュアゴースト――純霊素の正体を知っているわけか」

「知っていなければ、そんな試算は出さないさ」

「ふむ。ブラフでないのなら、証明してもらいたいところだな」

「証明? 純霊素の正体を、ここで俺の口から話せと?」

「そうだ。これは罠で、君は最重要機密である純霊素の正体を、我々の口から吐かせようとしているのかもしれない。君は、抜けの目ない男だと聞いているからね」


 抜け目がないのは、ジョン・スミスも同じようである。


 真柄は話すことにした。純霊素の正体を。



「純霊素の正体は、言うなれば”巨大な器”だ」



 ジョンは黙ったまま、視線で先を促してきた。


 真柄は、証明を続けた。



「霊素は新エネルギーそのもののように言われているが、実は少し違う。


 人体には昔から特別なエネルギーが備わっていた。一般に”気”と呼ばれるものに置き換えればイメージしやすいかもしれない。


 ただ霊素が世界中で顕在化するまで、世界にはそのエネルギーを保存できる”器”が存在していなかった。


 つまりそのエネルギーは、ずっと無駄にダダ漏れだったと言える。


 しかしある時、霊素が世界中で顕在化した。


 ダダ漏れ状態で無駄になっていたエネルギーは、霊素という器の中に一定量を留めておけるようになった。


 こうして”霊素”と命名されるエネルギーが発見されたわけだ。


 ちなみに各人の器の大きさの違いは”霊素値”で数値化されている。その数値によって、個々の器の大きさがわかるようになっているわけだな。


 さて……霊素は人体から切り離すと、急激にそのエネルギー量を減らすという性質を持っている。つまり、器が縮んでしまうわけだ。


 その器の縮んだ”霊素”を定着化して製造されているものの代表が”コモンウェポン”……。


 そして――いよいよここからが、純霊素の登場となる」



 道でも譲るような仕草で「レクチャーを続けてくれ」とジョンが促す。特にリアクションも取らず、真柄は続けた。



「選りすぐりの研究者たちが苦心するも、大容量の霊素を定着化させたコモンウェポンはいまだに開発されていない。


 やはりネックになっているのは、発生させた人間から霊素を抽出するとエネルギー量が減る――霊素を留めておく器が縮んでしまう、という現象にあった。


 しかしある時、今まで誰も見たことがないような量の霊素を留められる器が発見された。そう――



 それが、純霊素だ。 



 一見すると一般的な霊素とさほど器の大きさや見た目は変わらない。ゆえに、発見されるまで時間がかかったとも言える。


 さて――この純霊素の性質が何を示しているかは、一目瞭然だろう」



 ジョンの瞳を、真柄は昏い瞳で見つめた。ジョンは目を逸らさず、昏く深い闇を潔く受けとめた。



「純霊素という器を用いれば、大量の霊素をコモンウェポン――非魂殻兵器に定着させることができる。つまり、兵器の性能が上がっていけば――」



 真柄は上体をかすかに前へ倒した。



「魂殻使いでなくともそれに近い威力を備えた兵器を手にできるかもしれない、ということだ」



 真柄の言葉を咀嚼でもするみたいに目を閉じてから、ジョンは微笑んだ。



「そうなれば、この世界は変わる」



?」



 間髪入れずに叩き込んだ真柄の問いに、ジョンは沈黙でこたえた。目を閉じたままのジョンから視線を外さず、真柄は続ける。


「ホワイトヴィレッジの母体の一つは軍産複合体――つまり、軍需産業だ」


 薄っすらとジョンが目を開き、言った。


「我が国はあらゆるメジャーな分野において常に革新の第一人者であり続けてきた。昔も、今も、これからも変わらない。そう、我々は責任をもって人類に貢献し続けてきた。それが――」


 ジョンが二度、テーブルを指先で叩いた。


「我が国の 使命 ジャスティスだ」


 迷いのない響き。狂信的とも呼べる強固な意志が垣間見える。


(コインだな)


 表と裏。


 アメリカの表裏は”正義ジャスティス”と”ビジネス”だと言える。しかしそれらは時に、別個のものではなく、不可分に切り離せないものとして結びついているケースがある。ある意味ではまさにそここそが、アメリカの真骨頂と言える。


 ジョンが優雅に、手でケースを示す。


「だから、これも我々の使命の一環だと思ってほしい。ベルゼビュートには、人類の貢献のために手を引いてもらいたい。これが、我々の見解だ」


 真柄は少し腰を浮かせると、ケースをジョンの方へ静かに押し返した。


「この金を受け取るつもりはない。俺はおまえたちのを否定もしないが、賛意を示すわけでもない。金にも、それほど困ってはいないしな」


 押し返されたケースをじっと見つめ、ジョンが聞いた。


「君にとってあの少女は、そんなにもかけがえのない存在なのか?」



     □



 黄柳院オルガ。


 女児として生まれた、黄柳院の忌み児。


 冴の言葉が脳裏をよぎる。


『龍の泉から溢れ出る膨大な力を、黄柳院の女は制御できぬのだ……』


 真柄はその時、力を制御できないのは、女の方が男より力を増幅させてしまうからだと考えた(おそらく黄柳院の者は、古来より霊素や魂殻とは違う形で何か神がかり的な力を発現していたと思われる。ちなみに、黄柳院の歴史を紐解くと、陰陽師や巫女、物ノ怪の記述へと行き着く)。


 そして、女であるオルガの力が暴走しない理由。


 それは増幅した力を受け止めきれるだけの”巨大な器”――純霊素を宿しているから。


 過去の黄柳院の女は器の大きさが足りなかった。ゆえに、力が暴走してしまったのだ。


 真柄は考える。


 純霊素を宿した黄柳院の女が成長し、そのまま霊素の力を増幅させていったとしたら――その者はいずれ、最強の名にふさわしい魂殻使いになる可能性を秘めているのではないか。


(オルガを殺そうとしている黄柳院の者はそれを恐れているのか……? 女児が黄柳院史上最強の人物となって、当主となることを……しかし――)


 黄柳院オルガには、なんの罪もない。


 一緒にジムへ行き、タイ料理を食べに行くと約束した。


 真柄はその約束を果たしたいと思っている。


 オルガは物事と純粋に向き合える人間だ。


 それと、単純に――自分はあの子が純朴に笑う姿を、もっと見ていたい。



     □



「ああ」


 曇りなく、真柄は答えた。


「それほどまでに、彼女は俺にとってかけがえのない存在だ」

「全面的に我々を敵に回してでも、君は黄柳院オルガを守ると?」

「そうだ」


 迷いはない。


 そして、悪魔の王は”正義”など抱かない。


「たとえ相手が世界一の”正義”を掲げているとしても――」


『頼みたい件というのは、とある人物のボディガードだ』


 このすべては、あの言葉から始まった。


「持てる限りの力を用いて、俺は、黄柳院オルガを守る」


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