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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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8.コネクト


 冴とオルガの髪の微妙な色合いの違いも、霊素変異によるものだろう。


 霊素変異を起こしたことで黄柳院はオルガを”異母姉妹”として扱うことができた。


 霊素変異を起こした事実をオルガ自身は知らされていない。髪や瞳の色は、あの島にいた母親から受け継いだと思っているはずだ。


 DNA鑑定の結果は当然、都合よく改変されているだろう。


(おそらく冴もこのことを知らない。現時点では、総牛、皇龍、良正あたりはこの事実を知っていると仮定しておくべきか……)


 真柄は改めて、オルガを殺そうとしている者について考えてみた。


 総牛は候補からほぼ外していい。オルガに対する行動を鑑みれば、彼はむしろオルガを守ろうとしている。守ろうとする理由は単純に――自分の娘だから。そう考えていい。要するに、親の情である。


 皇龍は、現時点だとなんとも言えない。ただ、皇龍はどうもオルガの命を奪うまでは考えてないように思える。彼はわざわざティアを送り込んでオルガがトーナメントで優勝できないようにした。そこには本家の屋敷へは戻さないという強い意思こそ感じられるものの、いまいち殺意とつながってこない。


 真柄は黄柳院皇龍という人物をそれなりに知っている。たとえば、彼がもし純霊素の正体を知っているとすれば、少なくとも殺すという選択肢は取らないように思える――仮に女という生き物に、何か個人的に思うところがあったとしても。情よりは利を取る。そういう人物だ。


(となると、総牛の叔父にあたる良正が残るが……)


 しかしこうなると、いよいよわからない。


(良正がオルガを殺そうとしているのなら、その動機はなんだ?)


 この記録が確かなら、オルガは妾の子ではない。


 つまり良正にとっては血のつながる孫にあたるわけだ。


 妾の子が次期当主の座につくのを阻止したい。その可能性の芽すらをも潰しておきたい。良正がオルガを殺そうとしているなら、それが動機だと思っていた。


 それならば、オルガを殺そうとする理由にも納得がいく。しかし、この病院に保管された出生記録を知っているとすれば……。


(良正は、血のつながった孫を殺そうとしていることになる……)


 思考をさらに奥へ進める。


(そもそも……なぜオルガが紫条月子の娘である事実を、黄柳院は隠す必要があった? なぜわざわざ、偽の母親を用意する必要があった?)


 それとも良正は、オルガが月子の娘である事実を知らないのだろうか?


 ありえるだろうか?


 軽く調べてみたところ、良正は皇龍と長いつき合いがあるようだ。つまり黄柳院と疎遠ではない。むしろ彼の住んでいる場所や立場を考慮すれば、黄柳院内部へ深く入り込んでいることも十分考えられる。だとすると、そんな彼がこの出生記録を知らないなどということがありえるだろうか?


(これは一度、良正にも接触してみる必要があるな……)


 実際に会って確かめなくてはならない。


(おそらくだが、すべては繋がっている。すべては、黄柳院という魔境に……)


 真柄は必要そうな項目をチェックしたあと、自分のつけた足跡の処理をしてから”開かずの間”を出た。


 帽子を目深にかぶり直し、リノリウムの廊下を歩く。


(まずは五百旗頭と合流するか……向こうも目的を無事に果たせているといいが……)


 そう思いながらも、五百旗頭なら成功させているだろうという予感もあった。


 草壁が鍵を落とした場所に鍵をそっと落とし直すと、別の場所で服を着替えた。そして真柄は、高速道路へと車を走らせた。



     ▽



「さすがだな、五百旗頭」


 K県のY市へ戻って事務所の一室で五百旗頭と再会した真柄は、キュオス本社から五百旗頭が手に入れてきた機密情報を受け取った。


「通信での受け渡しは危険だからな。安心しろ、印刷はオフラインの古いプリンタを使った。そのプリンタも、印刷データはきっちり潰してある」


 今、事務所には真柄と五百旗頭しかいない。


 真柄は書類に目を通した。


「……なるほど。そこまで神経質になる必要のある情報だな、これは」


(おかげで、ホワイトヴィレッジの思惑も見えてきた。他にも、色々と……)


 それと、謎の腕の暴走によって特例戦でオルガを襲った御子神一也に関する情報も手に入ったようだ。今まで手もとにあったのはキュオスの作った偽の情報だったが、ついに本物を手に入れたらしい。そういえば五百旗頭には元々、御子神一也について調べてもらっていたのだった。


「御子神一也という男はひどく最強に固執していたそうだ。やっぱ男ってのは最強に憧れちまうもんなのかもな……鬼葬流とかいう剣術を学んだのも、その一環だったようだ。で、そんなだから魂殻への執着もすごかったらしい。まあ今の時代、魂殻使いは一種の花形でもあるしな」


 キュオスからの強力な支援を受け、御子神は格段に性能を引き上げた魂殻をその身に宿した。


 そして、殻識学園へ送り込まれた。


「で、もう片方の腕には”隠し玉”と称された特殊な魂殻が移植された。黄柳院オルガの霊素にのみ反応して暴走する、という”特典つき”のな」


 互いが魂殻展開状態の時に決められた距離まで近づいたら発動するように設定されていたようだ。


 一つ引っかかりを覚える。


「魂殻の移植? 拒絶反応はなかったのか?」


 魂殻の切除および移植の試みは過去に何度もなされている。だが、すべてが失敗に終わっていると聞く。


「ベースにしたのが御子神一也自身の魂殻だったようだな。一度魂殻を切除してから改良を加え、また埋め戻したって感じだろう」


 魂殻の性質上、その”改良”を終えるまではずっと展開状態にあったはずだ。その間ずっと装殻していたとなると、御子神もなかなか過酷な経験をしたといえる。


(キュオスが近々発表する予定の新技術とやらは、もしやその再移植技術か……? なるほど、確かに技術としては目新しいが……もし純霊素のニュースが世界を駆け巡れば、あっという間にかき消えてしまうかもしれない……)


「要するに御子神一也は、キュオスに体よく使われたというわけか」


 破格の条件で強力な支援を行う代わりにキュオスが求めたのは、黄柳院オルガと特例戦をすること。


 しかし、強い相手との戦いを求め続ける御子神一也にとっては”交換条件”という感覚すらなかったのかもしれない。


(最強を求める、か……)


「とにかく黄柳院オルガを取り巻くこの一件、これでおおよその全貌は把握できた……あとは――」


(オルガを脅かすもう一人の黒幕が誰か、だな……ホワイトヴィレッジの今後の動きの方も、早めに手を打ってはおきたいが……)


「あんたはこれからどうする、真柄?」

「会うべき人間に会ってくるつもりだ」

「協力は必要か?」

「いや……ここからはしばらく俺一人で動くことになるだろう。手間をかけさせたな、五百旗頭」


 ふざけたように肩を竦める五百旗頭。


「オレにとっては、なかなか楽しいイベントだったぜ」

「ふむ……何かおまえに、礼をしたいところだが」

「そんなもん気にしなくていいと言いたいところだが、可能なら――」

「”あの子”の解雇以外でな」


 機先を制された五百旗頭が、ソファに深く身体を沈める。


「すっかりこのやり取りも、様式美になっちまった」

「フン……俺としては、従業員同士仲良くやってくれると嬉しいんだが」

「ハッ、それが簡単にできりゃあ苦労はしねぇよ。あの取り澄ましたクソ女は、どうもソリが合わねぇ」


 五百旗頭はマガラワークスの従業員の一人と仲が悪い。


 険悪というほどではないのだが、互いが互いを快く思っていないようだ。とはいえ二人とも一線はわきまえているので、真柄もそう深入りするつもりはなかった。


 それに五百旗頭が人にああいった態度を取るのも珍しいと感じるので、真柄としてはほのかな遊び心でこのまま放っておきたい気もしているのだった。


 車のキーを手にし、立ち上がる。


「さて、俺は――」


 その時、スマートフォンが鳴った。


 非通知ではないが、知らない番号だ。


 通話ボタンを押す。相手から話し出すのを待つ。


 数秒して、相手が声を発した。


『真柄弦十郎だな?』


「そうだが、そっちは誰だ?」


『ジョンと言えば、わかるかな?』


(ジョン……その名前で心当たりのある知り合いは、何人かいるが……)


 声に覚えがない。


「思い出すには、情報が足りない」


『君とはになる』


「なるほど……察しがついてきた」

『素晴らしい。さすがはベルゼビュートと言っておこう』


 白い村の代表。



「ジョン・スミス」



『我々ホワイトヴィレッジは、ベルゼビュートとの交渉を望んでいる』



 いつもお読みくださりありがとうございます。


 おかげさまで「ソード・オブ・ベルゼビュート」も100部到達となりました。


 SOB本編はこの第四章で完結となります。物語が完結へ向けて動いているのでどうしてもシリアスなシーンが多くなりがちですが、本編のその後を書くことがあれば、このキャラクターたちでちょっと方向性の違うストーリーをやるのもいいかなと考えています(現時点ではまだ未定ですが)。


 とにかく今は、本編をきっちり閉じるのを目標に書いていきたいと思います。

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