世界はスライムでできている
急にお腹が痛くなったとき、神様に祈るかわりに考えてました。
異世界はスライム文明とでも呼ぶべき発達をしていた。
地球とはかなり違った。
驚いたのはトイレがないことである。
と言っても昔のなんとか宮殿みたいに柱の陰でしてた、とかいうアレじゃない。
こちらの人間はスライムのおかげでトイレに行く必要がないのだ。
人は生まれるとすぐに特別な品種改良がなされたスライムを体内に投与される。
人体に入り込んだ特製スライムは消化器官の末端に居座り、食べ物のカスや老廃物を吸収する。
吸収された有機物がどこにいくのか?
詳しいことは分かっていない。
実験の結果、何らかの物質(この場合はうんこ)を吸収する前と吸収消化した後のスライムに質量の変化はほとんどみられなかったそうだ。
昔の偉い学者先生が唱えた説によると、スライムは巨大な高次元生命体であり、すべてのスライムは高次元で繋がっていて、その質量の大部分は我々の次元とは違う場所にあるとか。
それってどこ次元よ? と言いたい気分ではあるが、地球からこの異世界にやってきた身としては、まあそういうこともあるかな、くらいの納得度である。
というわけで。
僕が、この世界にトリップして最初に決断しなければならなかったことは、
「そこら辺で漏らすか、これを飲み込むか選べ」
と言って第一異世界人(最初に出会った異世界人)の差し出したコップの中でうねうねと蠢くゼリー状物質を、言われたとおり飲み込むか否かということだった。
「どうしても無理というなら、尻から入れてもいいぞ」
まあ、飲むけどね(というか尻からとか絶対いやだ)。
「あ、でもこれどっから持ってきたの? さすがに誰かの腹の中にいた奴を飲むのは嫌なんだけど」
ふいに思いついて僕は質問した。
スライムって分裂とか培養とか簡単そうだし。
「安心しろ。さっき小間物屋から仕入れてきた純粋培養品だ。問題ない」
聞けば何らかの理由によって体内のスライムが死滅することはしばしばあるそうで、そんな時のためにスライムはたいていの店先で入手可能なのだそうだ。
まあ誰だって腹の中のものを共有したいとは思わないよな(と、その時は思ったが、利益の保護のため製品版のスライムは勝手に分裂しないように細工がしてあることを後で知った)。
まあ、飲み込んで良かったとは思う。
お世辞にものど越しさわかやとはいえないそれが、食道の煽動とは別の、明らかに自らの運動によって胃に落ち、さらに腸へと向かっていくというのが分かるという未知の感触。
その感触が気持ち悪いかといえば、そんなことはなく、それほど嫌ではない、というかどちらかというと心地よい、否、うん、はっきり言おう、性的な快楽に近い快感を覚えた。
同時に陵辱された生娘にでもなったかのような情けなさも感じたけどね。
スライムはすぐに体になじんだ。
腸内の汚れが綺麗サッパリなくなったのか、爽快感がハンパない。
当然、便意も尿意も消えた。
授業中や電車の中で突然迫り来るあの恐怖から永遠に無関係でいられるというのなら、体内にスライムの一匹や二匹飼っても良いんじゃないかな。
そう思える程度には僕はこのシステムを気に入った。
さて、人間の尊厳にかかわる、早急に対処が必要な案件にはけりがついたが、人がより良い生活を送るためには他にも必要なスライムがあった。
循環器系に常駐して毒物を中和したり血管の掃除をしたりするスライム。
毛根や汗腺にしみ込み皮膚を清潔に保つスライム。
食べカスを吸収して口内の健康を保つスライム。
とりあえずそれくらいが標準で、あとは状況と好みによって、長期的な野外生活向けのものやら暑い地方寒い地方用、特定の病を治療するためのものや戦闘に役立つものなんていうものを取り入れる場合もあるそうだ。
これらのスライムもたいていはどこででも入手できるそうだが、ものによっては取得に制限があって、例えば戦闘用(どうやって戦うというのか??)などの一部は日本で言う銃刀法のようなものがあって許可が必要になる。
そうでなくとも女性に人気なダイエット・美容用のスライムなどは毎年新品種が出回り、そのたびに品薄で入手困難なこともあるそうだが。
第一異世界人の家は質素で庶民的な平屋だった。
もちろん現代地球のような家電などない。
しかし、天井に吊されたガラス瓶には暗くなると発光するスライムがいた。
床の上では汚れを吸着するスライムが転がっていた。
洗濯機やコンロの代わりになるスライムもいる。
屋外にもスライムはたくさんいた。
生態系と文明を維持するための様々な種類が。
スライムは世界中にいた。
世界はスライムでできていた。
いつかこの惑星はすべての物質をスライムに吸収されて、消えてなくなるだろう。
ま、僕には関係ないけど。