クロワの気苦労
とりあえず実家のパン屋へ招待しよう。
今すぐに身分証明書を作るって言ってないし、この街が初めてならを案内も必要だ。それにこれは顧客の確保だからサボりじゃないしね安心安心。
「良くやったな。礼を言おう」
「いいよいいよ、あれぐらい。クロワはクロワ。クロワ・クリーム。よろしく」
「ふむ、自ら名乗るとは良い心がけだクロワよ。俺の名はキラだ」
「ボクの名前はアクルナ。よろしくクロワ」
シスターの女の子がキラで、キラに抱っこされてるウサギの腹話人形がアクルナちゃんね。キラの態度は偉そうだけど、人形に名前を付けるなんてなんとも可愛いらしい一面だ。
「……わ、私……私は?」
チラッとキラを見るキラのお兄さん。
「名はウルド・パートリーだ。ウルドと呼んでくれ」
「ウルドさん?」
「……うん。私は、ウルド・パートリー。……よろしく」
言葉が途切れ途切れのウルドさん。
日差しが強いわけでもないのに、目深に被った麦わら帽子がかなり目立つ。それでも被るのは恥ずかしがり屋さんだからかな? うん。それには触れ無いでおこう。
「キラの腹話術ってスゴいよね。アクルナちゃんの口の動きってどうやってるの?」
白銀の髪の毛に、色白肌なキラ、そのあどけなくも傲慢さを含んだ瞳は綺麗な赤色だ。
そんなシスターな子も十分に目立つが、やっぱりアクルナちゃんが1番目立つ。だって多彩な表情で、凄く滑らかに口を動かすぬいぐるみなんて皆見た事ないからね。
「腹話術か、クロワよこのウサギはやはり珍しいものなのか?」
「それはそうだよ。抱っこされてるだけで口が動くなんて、本当に生きてるみたい」
「クックックッ、ならばこのぬいぐるみが路上を歩いていたらさぞ珍しかろうな」
「そうね。ぬいぐるみが歩いてたらみんなきっど驚くわ」
「そんな珍獣扱いでボクは見られたくないんだけど……」
今でも十分珍ぬいぐるみよ。
とは言わない方が良いのかな?
「ねぇ、キラ、私もアクルナちゃんを抱っこしてもいい?」
ぬいぐるみ趣味は無いけどキラが大事そうに抱えているのを見るとなんだか抱っこしたくなる。
隣の芝生は青いってやつね。
あれ、少し違ったかな?
「構わんが、まずは耳を触ってみろ」
「え? うん」
なにそのこだわり。
服屋術師として譲れない一線とか? まぁいいけど。
まずは、ウサ耳を軽く撫でてみる。
なでりなでり。うーん、なんの生地だろう? アクルナちゃんの材質が良い事は分かるけど、今まで触った事の無い感触。もしかしてかなりの高級人形?
今度は耳を手に持ってみて……
「重っ……⁉」
慌ててバッ、と離す。
実家の手伝いでそこそこの重さなら耐えれるクロワでもこれは無理だ。片手で岩石を持った気分になった。ウサ耳の先っぽであの重さならアクルナちゃん全体でどれ位重いの?
あの重さなら普通、根元から垂れそうなものだが、アクルナのウサ耳は本物のウサ耳っぽい形を保っている。
てか、アクルナちゃんを持つキラってどんだけ⁉
クロワがアクルナちゃんに驚いている様子を見て、キラが「やっぱり」見たいな顔した。
「やはり持てんか」
「逆にキラはなんで持てるの⁉ 実は力持ち?」
「そうではない。アクルナは特別製でな。俺はまるで重さを感じん。他者が持つとなんらかの拒否反応を起こすと思っていたが、なるほど、重さが変わるのか……」
「へー、じゃあアクルナちゃんはキラしか使えない特別な腹話人形なの?」
「恐らくな。初めて持ってみて気づいたが、アクルナはこの体に丁度良い形をしていてな。何年も前から愛用している武具のようだ」
武具って、まぁ腹話術師ならそうなるか。
「そりゃあそうだよ。何年キラのお世話をボクがしてきたと思ってるんだ」
「えへん」と自慢気な顔芸をするアクルナちゃん。ウサ耳も表情に合わせて、ピコピコ動く。可愛いな。なでりなでり。
「……そう、だったんだ。知らなかった」
へー、と関心した後にウルドさんがアクルナちゃんをひょいひょい持ち上げるが、全然重そうな感じがしない。至って普通のぬいぐるみ見たいだ。
「ウルド。貴様はアクルナ以上の特別製だからな。たかがぬいぐるみ程度を持つなど造作もない。」
「……なるほど」
うんうん、と麦わら帽子を揺らしながら至極当然のごとく頷くウルドさん。
当たり前だけど「血が繋がってるから持てます」とかそう言う事だよね? 実はウルドさんが超が付くほど強い、とかじゃない。よね?
「さてクロワよ、貴様は宝石商と書物が大量にある場所を知っているか?」
宝石商と書物が沢山ある場所が目当てって珍しい気がする。ただの観光じゃないのかな?
「特に宝石商だ。手持ちの宝石を鑑定させたいのだが場所は知っているか?」
そう言うと、アクルナちゃんの口に手を突っ込んだキラ。ぬいぐるみとは言え、いきなり口に手を入れたのは驚いた。
キラがアクルナちゃんのお腹の中をゴソゴソすると、口から出て来た手にはネックレスが握られていた。
へー、アクルナちゃんは鞄にもなるのか。だから2人とも手ぶらなんだ。けどアクルナちゃんの中に色々と入ってる気がしない。お腹が異常に膨らんでるわけでもないし。旅人さんだから荷物が少ないのかな? 旅人の荷物なんてクロワは知らないけど。
「こいつを鑑定させる。できれば今直ぐにな、どこにあるか知らないか?」
キラの目がそれこそ宝石のようにキラキラと光る。今までの大胆不遜な態度が、今やエサを待つ犬みたい。鼻息がふんふんと粗くなっている。
キラが見せてくれたネックレスは中心に綺麗な宝石が嵌められていて、とっても高そうな一品だった。
「恐らくそれ程価値のある物では無いのだが、名を知らぬ石となると、どうもむず痒くてな」
あ、あれ? そんなに高くは無かったみたい。ま、まぁクロワはまだ14歳だし。宝石のことなんて知らなくて当然だよね。別に負けたとか思ってないし!
「宝石商よりもまずは本を探すべきだろ。それよりもキミ! なんだいその顔は、キラはそんな顔しないよ、犬見たいじゃないか。はしたないだろ!」
腹話人形が主人にツッコミを入れるなかなかシュールな光景だ。キラも「犬っ⁉」と驚いている。もしかして今の流れが持ち芸の一種とか? とりあえず宝石商と本がたくさんある場所だよね。
「この街にある宝石商は1軒しか知らないけど、本が大量にある場所は沢山有るかも」
「ほぉ〜、それはどれほどあるのだっ!」
話を聞きながらアクルナちゃんのウサ耳をグイグイと引っ張るキラ。「痛いよ、キラ〜」と、ぬいぐるみなのに律儀に痛がるアクルナちゃん。
どうやら犬呼ばわりがキラの琴線に触れたようだ。可愛い女の子とぬいぐるみがくんずほぐれつしてるいるのは見ていて和むね。
もしかしてこれも持ちネタかな?
しばらくして、気が済んだキラがネックレスをアクルナちゃんの口に戻した。何回見ても変な感じ。あの中は本当にどうなってるんだろう?
「えっと、まず本が沢山ある所なら図書館でしょ。次に多いのがギルドかな? どこのギルドがいっぱい持ってるのかは分からないけど」
「む、そのギルドとはなんだ? お前らは知っているか?」
ふるふると首を振るアクルナちゃんとウルドさん。
「クロワもあんまり詳しくはないけど、ギルドって商売系とか生産系とか学術系とか戦闘系とかいっぱい有るみたい。1番有名なのは冒険者ギルドかな? ダンジョンって洞窟に行くのが専門の人達が集まってるみたい」
「ふむ、専門職同志が一塊りで部族を作るようなものか」
ぶ、部族?……一体キラたちはどこから来たんだろう?
「なら、図書館とギルド……その後で宝石商にいけばいいんじゃないかな」
「そうだな。まずは宝石商に行くか」
「うん、そうだね。え、あれ?」
アクルナちゃんが会話の流れにはてと首をかしげる。
「これは良いのだ。昨日から気になっているからな。有るか無いか分からん事より、目の前の事の方が気になるではないか」
「……じゃあ、私はお肉……食べたい」
ズイッと身を乗り出すウルどさんだが、残念ながら本当にお金が無いみたいだ。さっきから屋台の匂いをくんくん嗅いでは指を加えて見ているだけだ。
「ならボクは宿屋が見たい。やっぱり衣食住は大切だからね。服は沢山ボクが持ってるけど、宿はキラが過ごすに相応しい清潔な所じゃなきゃね」
2人と1匹の主張が見事にバラバラに別れた。てか、ん? アクルナちゃん。今凄い事サラッと言わなかった?
クロワが止めなかったのが悪かったのか、皆の話し合いは段々とエスカレートしていった。
「俺とウルドならば衣は必要かもしれんが、食住はいらんだろう。よって今すぐ宝石商へ行くぞ!」
「いいやいるね! キラはまだ成長期なんだから十分な食事と睡眠がなくちゃダメなんだ!
キミは昨日寝てないだろう? 夜になったらまた目が冴えるんだから今の内に寝なきゃダメだ!」
「……お肉! ……いっぱい食べないと、大きく、なれない」
キラが宝石。ウルドさんがお肉。アルクナちゃんが宿屋を優先しるみたい。見事に衣食住で別れてる所がちょっと面白い。
キラは幼い容姿のわりに宝石に目がないね。さすがは世間知らず。宝石を見るキラの目はキラキラだ。
ウルドさんは食べ盛りみたい。麦わら帽子から見えた双眼が、フードエリアをギラリと睨む。
アクルナちゃんは……キラのお母さんかな?
「貴様らは何を言っておるのだ? 金とやらがなければ宿にも食にもありつけん。ならば最初に宝石商に行くのが妥当であろう?
……ん? もしかしてあれが宝石商ではないか⁉」
キラが興奮した様に突然ダッと駆け出した。
「あ、キラ! あそこのベットの絵がある看板を見て、あそこ見に行こうよ! あの門構えと良い、出入りする客層と良い絶対に良い宿屋だとボクは思うんだけど!?」
アクルナちゃんも高そうな宿屋をビシッと指差し、興奮の面持ちだ。
「……おじさん。この串一つ下さい」
「ヘイ! 毎度あり!」
ふ、ふえぇぇ。皆の自重とまとまりの無さに、クロワは某然と突っ立ってる事しかできなかった。
†
「絶対あそこじゃなきゃダメだからね。あの宿屋以下の質はボクが認めないかね」
「アクルナちゃんまだ言ってるの?」
無一文なんだから諦めようよ。
「……ううっ、もっと食べたかった。……ぐすんっ」
「ウルドさんもいつまで泣いてるんですか。あんなのいつでも食べれますよ」
てか、お金返して欲しいんですけど。
「……未知の石かと思ったが興ざめだな」
キラがはぁーとため息を吐いた。
「キラが1番の勝ち組なのに不満そうだね。それは結局なんの石だったの?」
キラは興ざめと言いながらも、アクルナちゃんから取り出してはキラキラとした瞳でうっとりと眺めいる。この姿を見れば本当に宝石が好きなんだなぁと嫌でも分かる。
「これは魔法石とか言ってな。既存の宝石に魔法を込めた石と言う話だ。石が壊れるまで込めた魔法を使う事ができるらしい」
「え‼ それって凄くない!?」
クロワは魔法に強い憧れがある。
だって魔法ってかっこ良いじゃない!
なにもない所から、火がでたり、水がでたり、風を起こしたり!
一度で良いから使って見たいけど……どうやらクロワにその才能は無いらしいのだ。ガッカリ。
「特にどうと言うことはない。寧ろ、この魔法のせいで美を一つ失うことになるのが問題であろう。まったく、どんな愚か者がこんなチャチな物を考えたのだ馬鹿馬鹿しい」
キラは無一文のくせにやけに格式が高い。やっぱり家出お嬢様とか? なら門で匿ったのは正解だったかも。あそこでいざこざが起きれば連れ戻されてたのかな? それはなんだか可哀想だ。
色々とあって長くなったがもうすぐ実家だ。
ここら辺は中心街から離れた場所にあるから、人通りがなくなってきた。先頭を歩くクロワ。クロワの直ぐ後ろにキラ。その後ろにウルドさんだ。
クロワ達がそれからも話しながら歩いていると、突然、男の人がキラにドン! とぶつかって来た。
「このバカが! 危ねぇだろうが!」
唐突に現れたその男はぶつかって転んだキラに暴言を吐きながら走り去って行った。
「え⁉ ちょっと! キラ! 大丈夫⁉」
「こらー! キラにぶつかっておいてなんだいその態度は‼」
「……キラ、平気?」
転けたキラ腕の中には怒ったアクルナちゃんがいる。けど、あれ? アクルナちゃんともう一つ無くてはならない物がキラの手の中に無い気が……
「「「あっ!」」」
皆が一斉に気が付いた時にはもう遅かった。さっきまでキラの手の中にあったはずのネックレスが跡形も無く消えていたのだから。
「へへっ、馬鹿なガキだぜ」
走り去って行った男がそんなことを言っていたのが風に乗ってハッキリと聞こえた。
「キラ、どうしよう不味いよ! ネックレスが盗られちゃった!」
あぁ! そんなのみんな分かってるよ。クロワは追いかけた方が良い? 警察ギルドに連絡? ヤバイ! どうしよう⁉
焦ってるクロワの横で、顔を伏せたキラが何かブツブツ言い始めた。
「…こ、」
こ?
「……に、」
こに?
「この人間如きがぁぁぁ!!!」
えっ⁉
「こ、この俺に向かってバカ!? バカだと⁉ 身の程も知らんジャリの分際で!!!!」
キラの憤怒と憎悪の言葉はまだ終わらない。今まで一緒にいたクロワも引くほどの罵詈雑言をギャンギャンとがなり立てた。それから気が済むまで大声で騒いだせいで呼吸が荒くなってきたのか、ハァハァと一旦呼吸を整えている。
「……この俺が人間如きの茶番に付き合ってやったのだからな。クックックッ、今度は奴に俺の茶番に付き合ってもらおうか ─── ウルド・パートリー」
「……ん」
「俺をあの人間の所まで運べ」
「……わかった」
ウルドさんが壊れ物を扱う様にキラをお姫様抱っこした。
「クロワごめん。少し用事ができたからボクたちは行くね。後でまたパン屋さんで会おうね」
そう言って振り返ったアクルナちゃんにぞくり、とした。初めて人形であるアクルナちゃんが怖いと思ったのだ。
「いけ」
「……うん」
なにかを言う暇もなかった。そんな一瞬の轟音と砂煙の後、クロワの目の前から2人の姿が消えていたのだ。
ツッコミポジ予定でふえぇなクロワちゃん視点でした。




