脆弱吸血鬼は栄えあるシスター
ずるずるずる
「ねぇ、キラ。もう深夜だよ。そろそろ休んだ方がいいんじゃない? このままだと街に着く頃には朝になっちゃうよ」
「……ああ」
ずるずるずる
「確かにキラは【吸血鬼】だから夜に強いかも知れないけど。
疲れた頭じゃいい考えなんて浮かばないよ? 」
「……そうだな」
ずるずるずる
俺の気の抜けた返答に、アクルナが怪奇な音の発生源を見る。
「魔王様の身体がそんなに気になる?」
俺とアクルナ、それと気絶した【魔王】はアクルナの聞きつけた街に歩いて向かっている。
森から出てすぐに街道を見つけたのは僥倖だった。
現状はまぁ、想定内。【魔王】である俺の身体があれば、城に戻る問題はほぼ解決したと言って良い。アクルナ曰くこの近辺は人間共の住む砦の街で無いと言うしな。
ただ困っていることが2つある。
まず1つ。
遅い! 聖女の身体の歩行速度があまりにも遅いのだ! まさに亀のごとし!
たかが数キロを何時間も掛けてノロノロと歩いている。人間の身体には反吐が出そうな気分だ。
それから2つ目。
気絶から中々目覚めない【魔王】!
【魔王】が俺を抱えて街まで行けば数分とせず到着することができる。なんと言っても俺の身体なのだから。龍種よりも高性能な俺の身体は音を置き去りにする事も可能とする。
なら目覚めるまで待てば良い?
確かにそれは正しい。
だがそれは俺自身が許さん。
即座に命を聞く者であれば幾らでも命令しよう。だが、命令する側の俺が寝ている者を待つ。その状況自体が気に食わん。それならば自分で動いた方が何倍もマシだ。
「ボクは目が覚めるまで待った方が良いって言ったのに、キラが引きずって来いって言ったんだよ」
「確かに、そうだ。だが、どうしても気になるのだ。仕方なかろう」
アクルナが引きずっているのは俺の身体。俺の身体がこんなことで傷一つ付くことはあり得ない。そして身に付けている服も魔法によって汚れることは決して無い。
さて、俺は街まで進む事を選んだ。アクルナも連れて行く。では動かない俺の身体はどうするか。一番良いのは俺がおぶることだ。
少女におぶられる俺の身体。
その光景は奇異な物だろう。
しかし、地面に擦り付けらるよりましだ。
だが、実際に挑戦して見ると見事に失敗した。アクルナの手を借りても二歩進むので精一杯なのだ。
故に仕方なく、嫌々ながらアクルナに運ばせている。アクルナであれば俺の身体を引きずる力を持ち、神器故の尽きない体力も有る。
これは【魔王】が気絶している今、街に進む最善の手立てなのは間違いない。
だが、だからと言って、世界一の価値を誇る俺の身体が引きずられるのを見て平然を装えようか?
断じて否である!
†
真っ暗闇の深夜。
【吸血鬼】の夜目を頼りに俺が街道を先頭で進み、奇妙な音と共にアクルナが後に続く。
俺は何も起きないと知っていても、チラチラと振り返りハラハラとしながら俺の身体を見やる。
そんな二人の歩みは蝸牛に等しかったが、街道を外れる事無く黙々と歩く。
「やい! そこのおまえら! 止まれ!」
───‼
……どうやら突然現れたのは夜盗の類のようだ。俺は当然ビビってなどいないが、これはレルガマの手の者と思っていいだろう。
手慣れた動きで夜盗が俺たちを取り囲む。
だが、これも想定内だ。
打ち合わせ通りに動ければ問題無い。逆にあちら側の情報を掴めるかもしれない良い機会だ。
と、思っていたのだが……
「金目の物を置いていけ! 素直に従えば命だけは助けてやる!」
捕縛、又は暗殺では無く物取りときたか。どうやらこの夜盗はレルガマと関連が無いようだ。
周囲を確認するとその数は15。
明らかな過剰戦力だ。どこから湧いて来たのだ?
「まったくどこの愚かな魔族だ? この俺を襲うなど、俺が元に戻ったら種族ごと滅ぼしてやるか。アクルナ」
「OK。話した通りだね」
アクルナが、俺と寝転ぶ俺の身体の周りに結界を展開する。
当然夜盗共は結界の外だ。
やれやれ、戦闘力皆無の俺はもちろん。頑丈なのが取り柄のアクルナでは数の暴力はどうしようも無い。
レルガマの手の者ならば、結界以外に別の手段があったのだが、あれは隠し球だ。
そう安々と出す物では無い。
夜盗が結界の外で何事か怒鳴りつけているが、半球型の結界の中までは聞こえない。夜盗が所持している剣でも結界は、傷つかない。
15人全員で結界を壊そうとするがビクともしない。当然の結果だ。
この結界は俺の「エクスプロージョン」に耐えたのだから。
……それにしても。
なぜそんな粗末な剣を使う必要がある? 魔族であれば殴るなり蹴るなりの方が強かろう。
魔法なりも使えばいい。
何故そうしないのか。
一体なに族なのだこいつらは。
「キラ……」
「なんだアクルナ?」
「キラ! この種族は人間だ! こいつら全員人間だよ!」
……なに?
言われてみれば確かにそんな気もする。
鬼族、雪男、インキュバス、エルフ、それに【吸血鬼】もか。
二足歩行で体型が概ね似ている族が思いつくが、何年も人間と共に過ごしたアクルナが言うのなら人間? なのだろう。
だが、人間と言うのは絶滅寸前の種族。
砦か砦の近くでしか生きていけないはず。
ここが砦の街付近でないのなら、この人間共はなぜここにいる? それともアクルナが嘘をついているのか? 分からんな……
一つ試しに尋問してみるか。
「アクルナ、魔王を起こせ。
あの起こし方で構わん。
俺は試したい事がある。少しの間話しかけるな」
「わかった。
でもキラはこの結界からは出ないでね。その身体を気付けるわけにはいかないから」
「分かっている」
俺が今から使用を試みる魔法は初級魔法「アイス」
ターゲットの足元を凍らせて身動きできないようにするなど、人間が使えばそこそこ便利な魔法だ。あま、俺の身体であれば15人全員氷付けにすることも可能だがな。
まずは集中する。俺からすれば粒のような人間の魔力を感じるために……
───よし。
これを使用して魔法を使う訳だが、当然粒と言えど全て使うわけにはいかん。
魔力の枯渇はイコールで卒倒を意味する。ゆえに粒ほどの魔力をより小さく分けるのだが、これが難しい。
こういうのは慣れの問題だろう。
聖女の身体の魔力総量が100だとすると。俺の身体の魔力総量は。そうだな……少なく見積もって約10億。
初級魔法の「アイス」「ファイアーボール」を使うには魔力が最低でも5は必要だ。
粒に等しい人間なら5を使って発動する初級魔法。
───だが俺にそんなチマチマとした魔力コントロールは不必要。
初級魔法を発動するにしてもだいたい1000〜5000を適当に使えば良いのだ。
今それをやろうとすると聖女の身体が拒否反応を起こして魔法が発動しないがな。
クックックッ、今まで常識だった初級魔法でも200分の1に制限されるとはかなり酷な事だと思わないか?
だがしかし、俺ならば問題無い。
人間共ができるのだ。俺にできない道理が無い。
少しばかり集中すれば事足りる。……よし。今感じている粒ほどの中からさらに砂粒程度に掴む感覚。
俺にとって針に糸を通すような繊細な作業を続ける。
───そしてこれがその5の魔力。小さき力だ。
俺はそれを手の平に込めて呪文を唱える。
「アイス」
クックックッ、手の平を向けられた夜盗が焦っているな。
だがもう遅い!
身動きが取れなくなる貴様には情報を暴露させた後に、魔法の実験台になってもらおう。クックックッ、やはり魔法の試し打ちは生身相手に限るからな。泣き叫びながら許しを請う姿がたまらんのだ!
初級魔法「アイス」その結果は自らの目を疑うほどの凄惨な光景だった。
俺が優然と発動した魔法が冷気を放ち、夜盗の足元を確実に固め、氷像の様になる。
はずだった。が、実際、そんなことはなかった。
ターゲットにされた夜盗の頭上から暖かな緑色の光が降り注りそそぐ。キラキラとしたその光は、剣を振るって疲労困憊になっていた夜盗を癒し始めたのだ。
「なん、だと……?」
俺が発動した魔法は初級魔法「アイス」、ではなく。
同じ初級魔法「ヒール」。
効果は見たとおり。
紛れもない回復魔法だ。
「バカな! ありえん!」
それから俺は幾度となく集中しては魔法を発動。集中しては魔法を発動。それを繰り返す。
その結果 ───。
結界の外で夜盗共の半分以上が回復してはピンピンしているという凄惨な物に終わった。
俺の膝が自然にガクリと落ちる。
……俺はなんて無力なんだ……
「……魔王様、じゃなくて、キラ。ごめんなさい……。私、今からでも何か手伝う!」
どうやら【魔王】が目覚めたようだ。「フライ」でのドジを挽回する分ヤル気は十分にありそうだ。
「……もうどうでも良い。奴らを適当な魔法で殺せ」
対する俺は聖女の身体が記憶している、いわゆる「落ち込んだ時のポーズ」。
畳んだ膝を両手で抱え込んで地面に座っている。元から小さい身体が更に小さくなってるはずだが、それすらどうでもいい。
「……私、回復魔法しか知らなくて……。攻撃魔法ってなにが良い、かな?」
「……眷属召喚にしておけ。
手を煩わせる必要もない。
使う魔力もほんの少しで十分だ」
「……わかった。……眷属召喚」
「眷属召喚」自らの眷属を呼びたず魔法。眷属は様々だが俺の身体の場合は、赤黒い狼かコウモリだ。
この魔法はかなり使い勝手が良い。
なにせ眷属を一匹召喚する為に必要な魔力は最低100。
二匹目を召喚したいのなら200を使えば二匹目が召喚される。
量で押したいのなら100ごとに一匹ずつ召喚する使い方が良い。
質を求めるのであれば、一匹の眷属に魔力を与え続ければ強力な眷属となる。
まぁ、人間15人であれば、恐らく魔力100の眷属1匹で充分だがな。
……そして、【魔王】が召喚した眷属は狼。
その数、およそ8000。
「……ひっ!」
「うわー凄いねー」
結界の外に召喚された眷属は主人の指示通り盗賊共に襲いかかる。
阿鼻叫喚も無い。8000もの眷属が一瞬で事を終わらせる。結界の周りが一瞬だけ狩をする眷属の色か、血祭りにされた夜盗の色か判別できないほど真っ赤に染まる。
「……やっぱり、狼って……怖い」
「うへぇーグロい。キラ、じゃなくて【魔王】様は良く気絶しなかったね」
「……狼は、もう慣れた。けど……スプラッタは、心臓に悪い」
「魔王様。眷属召喚しすぎじゃない? 何体いるのこれ?」
「……わからない。魔力……少ししか使ってないのに。
いっぱい出た……。
やっぱり……【魔王】様の身体、スゴイ!」
聖女が俺の身体を気にいったようだ。目をキラキラと輝かている。
眷属の数は8000、質もまばら。
かなり適当な召喚だ。
【魔王】は恐らく俺のほんの少しを1000分の1位に解釈したのだろう。
ちょこっと摘まんだつもりが大量の眷属が出て来て驚いていた。と、こんな感じか
血まみれの街道には、骨一つ、肉片一つ残らない綺麗なものだった。役目を終えた眷属達が消えて行く。
夜盗共の持ち物を持って来た眷属も結界の前にボトリと落とし、役目を終えて消えて行った。
それから持ち物を物色していると、アクルナが何か見つけたのか騒ぎだした。
「キラ! キラ! じゃなくて【魔王】様! 見て! 肉だ! 肉が入ってたよ!」
「……スゴイ! この人達……実はお金持ちだったんだ!」
干し肉一つで騒ぎだした【魔王】とアクルナ。
「どうした。そんなチンケな肉で何を騒いでいる」
「……お肉は高級品。チンケな物でも、高い」
「人間は滅亡的だっからね。肉を食べられる人間なんてほんの僅かで限られてたんだ」
「アクルナも【魔王】も肉を食したことがないのか?」
「……ない」
「キラは頑張って結界を貼ってたのに毎日、毎日、味の無いスープ……。一体誰のおかげで結界がはれたと思ってるんだ‼ これだからお偉い人間は嫌いなんだ‼」
興奮のあまりアクルナの耳がこれまで以上にピンと張った。どうやら思い出しただけで、頭に血が上ったようだ。しかし【魔王】はそんなアクルナも御構い無しに干し肉だけをジッと凝視している。
「ダメだよ【魔王】様。こんな血の付いた肉を食べちゃ」
「……分かってる。……けど残念。生け捕りにすればよかった」
アクルナが干し肉を捨てて物色再開。【魔王】も断腸の思いで物色を始めた。
「む、なんだこれはネックレスか」
「キラそれはなんのネックレス?」
「……すごい、綺麗」
俺が手に取ったネックレスは俺の基準では恐らくそれほど高価な物では無いとわかる。だが、この中心に嵌められた宝石がこの俺をもってしてもわからない。
世界中のあらゆる美。
ひいてはあらゆる宝石をも知りうる俺が知らんとはな……
なぜこんな未知の宝石を一介の夜盗如き持っているのだ?
しかも、絶滅寸前の人間が、高価なはずの肉と共に……。
それから思考の末、俺の脳裏をよぎったのはレルガマの一言。
『陛下にはこの世界から消えてもらいます』
……。
はっ、まさか。
バカバカしい。
そんな事ある訳が無い。
この俺があの世界とは別の世界に飛ばされるなんて事が───
†
「……キラ、どうしたの?」
俺を横抱きにした【魔王】が顔を近づけて覗き込んでくる。鏡も無いのに自分に覗かれるとは変な感覚だ。と、くだらない事を思いながら今までの懸念の一切を放る。今考えても答えは出ないからだ。
「なんでもない。お前はこのまま俺を街まで運んでくれ。……落とすなよ?」
「……大丈夫。【魔王】様の身体なら、腕も痛くない」
「そうか。なら背中の手をもう少し上げろ。首が疲れる」
「……わかった」
まぁ、いいだろう。街へ着けば全てが解決するのだから。それまで現状を様子見といこうじゃないか。




