ウサギ型聖天具その名をアクルナ
俺と聖女は精神が入れ替わっている。
ウサギのおかげでようやく身に起きた現象が理解できた。
「チェストォー!」
ウサギのまん丸な拳が狼の顔面を殴りつける。
バキョ
変な音が鳴ったが以外にも狼が殴り飛ばされた。
だいたい3mほど殴り飛ばされた狼は、きゃうきゃうと鳴きながら逃げ去って行く。
ウサギは狼が去ったのを見送ると、何も告げずに俺の手を掴んで来た。
いや、これは繋いで来たの方が正しいか。というか指あったのだなこのウサギ。
「テレパシー。
……いやー危なかったよ。今キラの目の前に狼がいてあやうく……」
「何をしているんだ貴様は?」
俺は今すぐにこの手を振りほどきたかったが、どうにも聖女の身体がそれを拒絶する。
「なにっていつもみたいに話かけて……って……え⁉ キラ!その目はどうしたの⁉」
「なんだ? 目がどうかしたか?」
「だってボクの姿が見えるようになってるんでしょ? あっ、ビックリしすぎてテレパシーが切れた」
「当たり前だろ。
それといちいちテレパシーをする必要があるのか?」
伏兵の可能性も考えて「テレパシー」をする必要があるということか?
「……すごい! 耳も聞こえるようになってる!キラの祈りがようやく神様に届いたんだね!」
「は?」
「よかった〜よかったよ〜ありがとう神様〜」
ウサギが俺の手を両手で握りながら、突然あのクソ神々共を拝みだした。
いまいち良くは分からんが、このウサギの様子から察するに聖女は目と耳が使い物にならない人間だったのか?
確かに教会で
『ボ、ボクはキラの剣であり同時に盾だ。そして目であり耳でもある』
と言っていたが、あの時は剣と盾以外特に思うところも無かったからな。言葉通りの意味だったか。
そういえば、先程ウサギが結界を貼った際に俺は問題無く動けた。
結界を貼っていると聖女が動けないと言うのは俺の誤りか。あの時、聖女は単に周りの音が聞こえていなかったのだな。
どうやら、俺の精神が入ったことで目も見えるようになったし、耳も聞こえるようになったようだが……偶然か?
……ん? いや違う。まさか……
俺は聖女の腕をもう一度良く見る。この聖女の元の素肌が何色かは知らんが、恐らくこんなに真っ白ではなかっただろう。
俺はこの白さを知っている。
これは【吸血鬼】の白さだ。
完全に忘れていたが、俺は途中で聖女の吸血を中断したのだ。
そこにどんな意図があろうと【真祖】の力で強制的に【吸血鬼】になってしまう。
いや、今の場合はなってしまった。か。
あまり無作為に配下を増やすのは趣味ではなかったのだが。まぁ、おかげで治癒力が上がって人間に治せない病でも治せるようになったようだ。どうにか運良く結果オーライとなったか。
しかしここからが問題だ。はたしてこれはこのウサギに言うべきか?
今の俺は脆弱だ。
【真祖】に作られた高貴な【吸血鬼】だとしても生まれたばかりなのだから。
それに魔力が粒ほどしかない人間ベースの【吸血鬼】では身体強化はほぼ無い。
このままこのウサギが勝手に俺の身を守ってくれるならいいが、真実を伝えて敵対されたら?
逃げたとしてもこの身体では俺の城に戻るまで、生きていられる確率は極めて低い。
そもそも俺の身体を置いて行く訳にはいかん。
もしここで俺の身体が起きたらすぐにバレるだろう。
なら騙したと思われる前に言うべきだろうか?
……待てよ、こいつは聖天具。
こいつが聖女の所有物ということなら俺の命令なら聞くのではないか?
「ウサギよ、いつまでも拝んでないで、今すぐ三回回ってワンと鳴け」
「え? うん。わかった(クルクルクル)、ワン」
「よし、ならば次はその無駄に長い耳を引きちぎれ!」
「え、やだ」
……さすがに無理か。
「どうしたのキラ? いつもみたいボクのことは名前で呼んでよ」
「ふん、貴様の名など知らんな。出てこないと言う事はとうの昔に忘れているは」
真実を伝えれば最悪、息つく間も無く殺されるかも知れん。だからその前に聖天具の名前ぐらいは知っておくとしよう。
そして、このウサギに名前を教えて下さいと言うのは癪だった俺は思わず素が出てしまった。
「アクルナ! ボクの名前はアクルナだよ!」
「なるほどそうか。アクルナか」
ウサギの名前を聴いたところで、さて次が問題だ。
「聖天具アクルナよ、貴様には話しておきたいことがある」
「なんだい、そんなに改まって」
「実はな……」
アクルナには精神が入れ替わっていること、聖女が【吸血鬼】となったこと。最後の足掻きだが、それのおかげで目と耳が良くなったことを恩着せがましく話した。
「なるほどね、だいたいわかったよ」
「おれは【魔王】。
貴様ら人間を虫けらのように殺して来た。アクルナのことも散々足蹴にしたな。それ踏まえて命令だ。アクルナよ! 貴様は俺の護衛を続けるがよい!」
俺が下手に出ることは決してありえん。よってここは引かん。例えその道が死だとしてもな。ここで拒否されるのであればレルガマの大勝利だと諦める他ない。
「うん、いいよ」
なんだ随分とアッサリでは無いか。
やはりただの動物か?
「……本当によいのか?」
「キミはなにか履き違えているみたいだけど、そもそもボクたちは人間の見方じゃないんだ。
あの結界だって目と耳が悪いキラが生きていく為に仕方なくやっていたことさ。
それに毎日毎日祈っても、頼んでもキラの病気を治してくれなかった神や人間に比べたら、キミの方がボクたちにとってはよっぽど救いの神様さ。例えそれが人類の敵【魔王】だとしてもね。キラも絶対そう言うと思うよ」
「だが俺は精神が元に戻り、城に帰ることができれば貴様ら人間は殺すぞ?」
「ふーん。けどキラはもう【吸血鬼】なんでしょ? ボクも人間じゃない。聖天具さ」
……たしかにそうだな。
アクルナの言うことは理にかなっている。
いやしかし、アクルナが良くても聖女が現状を受け入れるとは限らんではないか。
そう考えると生き残る手段があれしかなかったとはいえ狼の時は早計だったな。
「キラ、起きてキラ」
アクルナが俺の身体を起こそうとしている。
「馬鹿! よさんか! もし俺の身体が暴れ出したら俺も貴様も一溜まりもないぞ!」
「大丈夫だよ。だいたいキミも被害者なんだろ? ならキラだって許してくれるよ」
「やはり貴様は動物か! そう言う問題では─── 」
「……ん」
!!
俺の身体がゆっくりと起き上がる。
「……ここは、さっきの……?」
「そうだよ、キラ。ボクのこと、分かる?」
大丈夫なのか? まさか自分の身体にこれほど警戒する日が来るとは思っても見なかったぞ。
「……その感じ、もしかして……アクルナ?」
「うん、ボクだよアクルナだよ」
聖女はかなり混乱した様子でキョロキョロと辺りを見渡している。
初めての光景。
初めての音。
俺には理解できんが、聖女にも積もる物もあったのだろう。
今ある真実が偽りでは無いと確信すると、聖女はポロポロと涙を流し始めた。
「……っ……アクルナが、見える。声も、聞こえる……っ」
「キラ、今まで良く頑張ったね。これでもうボクたちを苦しめる物はなにもない」
「……うん」
「これからはいっぱい楽しい事をしようよ! 何時も周りの子供たちがしていたように。うんう、ボクがいればそれよりもいっぱい楽しい事ができるよ!」
「……うん。うっ……うわわわぁぁぁぁぁんっ! アクルナぁぁぁ!」
「……っ、キラぁぁぁぁぁ!」
泣きながら抱きつく俺の身体とウサギ。どうやら俺の警戒は杞憂だったみたいだ。まったく、驚かせる奴らだ。
……しかし、極上の外見をしている俺の身体とぬいぐるみのアクルナが抱き合って泣いてる姿というのは、少女フィルターを通してるからなのか、何かよからぬ感情が滾ってくるな。ごくり
†
「……分かった。魔王様のお城、探すの、手伝う」
今まで耳が聞こえていなかったからか? 発音や言葉の間がやけにたどたどしいな。
俺が聖女に説明を終えると、アクルナの予想通りに現状を受け入れた。それに加え俺のことを「……やっぱり、あなたは、神様だったんだ……」などと世迷言を言っていたが神様呼びは断固として拒否だ。
あんな空の上でチマチマ人任せの奴らと一緒にされたくはない。
まぁ、それは置いておくとして、俺の身体があれば城に帰ることも容易だろう。
善は急げだ。行動はさっさと起こすに限る。
「まずはテレパシーで俺の部下のチャッキーに繋げ」
「……わかった。テレパシー」
……。
───……始めて三十秒は経ったか? これは恐らく……
「……ダメ。繋がらない」
やはりな。チャッキーは俺の重鎮中の重鎮。レルガマに捕まって魔法が使えない牢屋に捕縛されたかあるいは……
それを考えるのは後にするか。
俺が城に帰れば下克上もクーデターも全て解決だからな。
「そうか。ならば次は地理の把握だ。フライで飛んで上空から辺りを見て来い」
「……わかった。フライ」
俺の身体が凄まじい速度で上空へ飛んで行き、一瞬で見えなくなる。
「ねぇねぇ、キラ」
「なんだ? それから俺はキラでは無い」
「え? けどキミの身体はキラなんだからキラって呼ぶべきでしょ。キラの精神がある魔王様の身体は魔王様で」
「むぅ〜まぁ、そうだが」
城に帰っても直ぐに精神が戻るとは限らん。
王の中身が偽者だとバレるのも問題だ。
であればアクルナは正しい。正しいのだが……。
「それでねキラ。あっちの方に多分街が有るよ」
アクルナがウサギ耳をピコピコ動かしている。
ふざけた耳だと思っていたが、どうやらただの飾りではないらしい。
それにしても。う〜む、この俺が敬称や畏怖の名でなく、人間の名で呼ばれると言うのは多いに気に食わんが、致仕方ないか。
「街か。それは人間共の砦の街か?」
「そこまでは分からないけど。賑やかな所だよ」
「人間共以外の種族は魔族に降伏しているからな。
砦の街で無いのなら、俺が直接赴けば無条件で従うだろう。
アクルナの言う街で情報収集も一つの手か」
俺とアルクナが今後の打ち合わせをしていると、俺の身体が上空から降りて来た。
ヒュ〜〜、ドズン!
訂正だ。
これは降りるなどと言う華麗な物では無い。
それは落下であった。
しかも盛大なる着地ミスによるクレーターのオマケつきでだ。
「俺の身体であれば無事だろうが……聖女は一体なにをしているんだ?」
「キラー、大丈夫かーい?」
聖女がクレーターの中心で起き上がると、フラフラと俺の元へ「フライ」で得たことを報告しに来た。
「上空からの眺めはどうであった? 何かめぼしい物でも発見したか?」
「……うん…っうっぷ……高い所は……っ、恐……か、った」
バタン。【魔王】が目を回して気絶した。
……ふむ、これは一度街へ行く必要がありそうだ。




