ギルドの勧誘
「良いだろう。この俺が貴様の願い、聞き入れてやる」
「えっ⁉」
一度図書館で読んだ何処ぞの「願い事を三つ叶えてやる」とのたまう精霊のごとく言うと、アクルナが愕然とした表情で俺を見上げてきた。
「キラがギルドになんて入る意味ないよ。お金ならウルドが頑張って稼いでくれているし」
「アクルナ、俺はいちいち愉悦に意味などは求めん、どれもこれも一時のものだ。面白そうだから実際にしてみる。それでは不満か?」
そもそもアクルナとこのロンと名乗る女との会話は不毛も良い所だ。結局話の良し悪しを決めるのは俺で、基本的にアクルナはその決定に逆らう事を許されていないのだからな。
「聞き入れて貰えて安心しましたわ。では早速、まいりましょうか」
「構わん。案内は任せるぞロン」
「分かりましたわ。それではウサちゃんも看板ちゃんも私について来てくださいませ」
「行くぞクロワ。早く会計を済ませて来い」
「はぁ〜、結局こうなるのか。キラもクロワもただの女の子なんだよ? それを戦闘系ギルドにスカウトって、ねぇクロワ」
「うんうん、クロワもそれはすっごくおかしいと思います!」
「いちいち下賤なことを言うなアクルナ。俺が行くと言ったんだ。お前は黙ってぬいぐるみらしくしていろ」
「はいはい、わかりましたわかりました。仰せのままに致します。
まったくもう、キミってこうなったらボクの話聞かないんだから。まったくもう、ねぇクロワ」
「ふん、わかれば良いんだわかれば、ほら行くぞクロワ」
「うふふ、道中賑やかになりそうですわ。ウサちゃんも看板ちゃんもまいりましょう」
話が決まり、口を尖らせるアクルナを抱えながら俺が立ち上がった時だった。
「いやいや、待って下さい。……クロワ、付いて行くなんて一言も言ってないですよ?」
「「「えっ……?」」」
「そんな「えっ」って言われてもクロワまだ頼まれたお仕事がありますし、戦闘系のギルドはやっぱり……怖いですよ」
「心配しなくても大丈夫ですのよ看板ちゃん。私のギルドに荒くね者や乱暴者はおりませんわ。若干1名だけ少々難があるかもしれませんが……看板ちゃんをイジメる様なことがあれば私が責任を持って粛清しますわ。具体的には看板ちゃんの前でお尻ペンペンの刑ですの」
「お尻ペンペンだと?」
なんだそれは。拷問か何かか?
「キラはそんな罰、受ける必要無いから気にしなくていいよ」
罰、ということはやはり拷問の一種か。今度調べてみるか。
「ロンさんの話でロンさんのギルドが安心できるのは伝わりました。けど、クロワは今も仕事を頼まれてて、これからも仕事はしなくちゃいけないし、ギルドになんて入ってる暇ないですよ」
至極全うな意見だ。
「と言うかさっきから看板ちゃん看板ちゃんってなんですか! さっきも自己紹介しましたがクロワの名前はクロワ・クリームです。看板ちゃんじゃありません!」
「ええ存じておりますわ。クリーム家のパン屋さんのクロワ・クリームの看板ちゃんですわよね」
「違いますよ逆ですよ逆! クリーム家のパン屋さんの看板娘のクロワ・クリームです! もう、看板娘とか自分で言わせないで下さいよ恥ずかしい」
「うふふ、私のほんのお茶目ですの。比良にご容赦を」
「はぁ、もう良いですよ。クロワは看板ちゃんじゃないし仕事をサボる訳にはいきませんから」
「確かにお仕事をサボるのはいけませんわね……」
「そうですよ! ですからこの話はなかったことに……」
「あら、せっかくお友達が誘ってくれているのよ。仕事と言っても家業なんだし少し位はサボってもいいじゃない」
パン工房の奥からまた新しい人物が出て来た。しかも俺には見に覚えがある人物だ。あれは確か……。
「お母さん⁉」
「いらっしゃいませ。看板娘クロワの母です」
「お母さん! クロワは看板娘じゃないからね⁉」
「キラちゃんもこんにちは、いつも来てくれてありがとうね」
「礼には及ばん。味が落ちれば通わなくなるだけだ」
「あら、手厳しい」
「……お母さん……」
「どうしたのクロワ? ああ、さっきの話だったら大丈夫。お母さんはクロワを攻めたりしないから」
クロワは顔立ちや髪こそ母親にそっくりだが、柔らかい物腰や雰囲気などは母親の方が板についていた。
「お母さんそっちじゃなくて……」
「それにねクロワ、この話は私たちにとってもすごくタイミングが良いの」
「えっ、タイミング? なんの?」
「実はお母さんね。
─── できちゃったの」
「は?」
「パン作りはお父さんとお母さんが2人でいつもしていたでしょ? けどお母さんはこのままだと次期に、産休に入らないいといけないの。わかるでしょ?」
「え?」
「そうするとお父さん1人でパン屋を支えることになるわ。けどそれは難しいでしょ? だからお腹の子が産まれて生活が安定してくるまでお店を畳もうかとお父さんと話していたのよ」
「お母さん、ちょっと待って」
「だからこのタイミングでギルドの勧誘はありがたいのよ。ギルドなら王様に認められたちゃんとした場所だし、キラちゃんも一緒なら安心だわ」
「ちょっと待ってお母さん。できちゃったって……お母さん……もしかして……赤ちゃんができたの?」
「ええ、そうよ。来年からクロワは看板ちゃんじゃなくてお姉ちゃんね」
「ふ、ふえええええ⁉」
かくして、クロワ・クリームは極限まで慄いた。
†
「ひ、膝が笑って力が出ない……」
「しっかりして下さいまし、そろそろ私のギルドに着きますわよ」
クロワを店から支えてここまで歩いて来たロンにそう言われると、クロワは産まれたての子鹿の様な足で、恐る恐るロンから手を離した。
「はいぃ。道中面倒をかけました。ごめんなさい」
「謝る気があるならもう少しは顔を引き締めてから言いなさいな。先程から口角が上がりっぱなしですわよ」
「えへへ、すみません」
ロンの言う通り、クロワは母親のできちゃった宣言からずっとこんな調子だ。曰く、「クロワ、お姉ちゃんって憧れてたんだ。えへへ、あっそうだ! 今日からこのクロワお姉ちゃんがキラのお姉ちゃんになってあげようか? えへへへ」ニマニマと膝を笑わせながら言う事では無いだろう、とこの時は看板ちゃんに対して切実に思った事だ。
「にやけ顔が直ってませんわよ。驚いて足を震わせながらにやけるなんて、実に突飛な光景でしたわ」
ロンも、いや、周りからも同じように思われていたようだ。
クリーム家のパン屋から歩いて10分、母親の許しを貰ったクロワと俺は、いわゆるロンのギルドへと到着した。
「ここがギルド? 前に来たギルドより広いね。戦闘系だからかな?」
「やめろアクルナ。あのギルドの事を思い出させるな」
「ああ、ごめんよキラ」
学術系ギルドと戦闘系ギルドはメルメリッサの中でも真反対の区域にあたる。無理して接点を持たなければそうそう関わる事も無い距離だ。
「ではウサちゃんにワッちゃん、中に入りますわよ。心の準備は良いかしら?」
「待ってください」
「なんですの? ワッちゃん」
「ワッちゃんってクロワの事ですか? そうですよね? なんですかワッちゃんって、看板ちゃんより意味が分かりません」
「そうねぇ、あなたの名前がクロワである以上、出自がパン屋なのも考えると名前の由来はクロワッサンから来たのでなくて?」
「またまた、そんな安直な……」
誤魔化すように手をひらひら振ったクロワが、次にその手を顎に当てて眉間にシワを寄せた。
「……ん?……ちょっと待って……もしかして、あの両親なら有りえるのかな……?」
「そうでしょう? ですので本来ならあなたの事はワッサン、と言うべきなのですが、私、年下の女の子をさん付けするには些か抵抗がありますの。ですからあなたの呼び名はワッちゃんと言う事になりますわ」
「いや、あの普通にクロワと言う事になりませんか?」
「うふふ」
「うふふ、って……。ねえキラもいいの? キラの呼び名はウサちゃんだよ? それってアクルナちゃんと被ってるでしょ」
「ふむ、そうかもしれんな。だが呼び名など蔑称でなければ好きに呼んで構わんぞ」
事実、この体と入れ替わる前は 【吸血鬼の王】【ロード・オブ・ザ・ヴァンパイア】【ノーライフキング】【魔王】【夜王】【真祖】などなど、他には城の下部達には陛下と呼ばれていたな。
偉大なる存在を一つの名前で固定する。それこそが間違っていると言うのは自論だが、人間にはあまり俺の領域が理解できないらしい。
「そうですわ! なら一目でウサちゃんだと別れば良いのではなくて?」
「ん? そう言う事では無いのではないでしょうか? ロンさん」
「もうワッちゃんは文句が多いいですわ。ウサちゃんは目が赤いですし、おまけに美白ですから髪を二つに結べば ……。
─── ほら、ウサちゃん仕立ての一丁あがりですわ」
ロンは手慣れた手際で迅速に俺の頭の上にウサギの耳ならぬ、二本の尻尾を取り付ける突貫工事をした。
「わあ、すごい良いですね! キラって普段から表情固かったけど、なんだか柔らかくなった感じがしますね」
「少々、子供っぽい髪型ですが、ウサちゃんは子供なので全くの無問題ですわ」
わいのわいの、と扉の前で話すにはもはや「心の準備」から話は脱線しすぎていた。いい加減、とっととギルドへ入れろと思うのは俺が男だからか?
「髪の話はいい加減後にしろ。クロワも心の準備位し終っているだろ。俺たちはあくまでも様子見なのだ。あまり話を脱線するでない」
「そうでしたわ。すっかり忘れてましたわ。
もう、ウサちゃんが可愛いのがいけないんですのよ?」
「……帰るぞ……」
「うふふ、冗談はこれ位にして、そろそろまいりましょうか」
ようやく、ロンがギルドの扉を開いた。
「ただいま戻りましたわ」
優然と中に入るロンの後ろから見ると、部屋の中は想像していたよりも閑散としていた。
具体的には、人が1人もいなかった。
「ようこそ、私のギルドへ。ウサちゃんもワッちゃんも歓迎いたしますわ」
ギルド中央、扉から数十歩ほど進んだ所で、ロンはスカートの端を摘まみ優雅な素振りでお辞儀をした。
ギルドっていったい……




