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聖女にこの世は世知辛い

 

 次の日の朝。

 俺は仕方なく目を覚ます。


 まだ俺が【真祖】だった頃は、眠気も空腹もないゆえに睡眠も食事も必要なかった。ウルドがバクバクと食事をしているのは、食べる事が好きなんだろう。本当は食べなくても全く問題ないのだが。


 ハーフ【真祖】のこの体も睡眠や食事が無くても死にはしない。だがあった方が良いのは確かだ。寝れば眠気がなくなるし、食事をすれば空腹もなくなるからだ。


 ただ、ハーフ【真祖】は朝に弱い。【吸血鬼】という種族は基本的に太陽が当たる時間を好まない。この身体より下位の【吸血鬼】になると太陽の下を謳歌できない種もいるくらいだ。日光に弱いのだ頭がボーとする。


 だというのに、人間の社会は朝から活動するものらしい。


「そんな物は暴論だ」アクルナに強制的に起こさながら俺は心底そのように思う。


 ベットの上でボーと寝ぼけ、フラフラする視界のまままずは顔を洗う。これはアクルナがぬるま湯を持って来て勝手に俺の顔を洗った。


 その後は歯を磨く。これも気づいたらアクルナが終わらせていた。


 そして着替え。アクルナが口から大量に出した服をウルドとアクルナがチョイス。俺の無気力加減を良い事に、くるくると色々な服に着せ替えられた。


 最後に髪を弄られた。なにもせずとも良いと言うのに、2人は何度も試行錯誤を繰り返す。


 特にウルドは鼻歌混じり着せ替えてきたが、あいつは俺の事を着せ替え人形か何かと勘違いしている節がないか? とさえ思う。


 昨日、一昨日と修道服で教会のシスター姿だったがそれは俺が却下した。理由は言うまでもないな。


 そして俺が着る事になった服はワンピースというものだ。赤を主体とし、要所要所に黒いリボンがやたら強調される。スッキリとしているが無駄に目立つドレスもどきだった。


 2人は「吸血鬼と言えば赤と黒」などと訳のわからない理由で、寝起きで弱っている俺を勝手に着せ替える。


 だがこれが不思議と不快感が無い。俺自身いや、聖女であるこの体がこの服を拒まないのだ。むしろ「聖女の体を着飾るのも悪くない」とさえ思える。良くわからん感情だが、ようは女物の服を着るのに違和感が無いのだ。


 昨日のようにシスターだからと、服装で侮られるのはゴメンだ。この服を着るのに全く抵抗が生まれないことに関しては都合が良いと解釈し、王として堂々と振る舞うつもりだ。それが1番侮られない。


 しかしなぜ人間が絶滅間近であったのにも関わらず、アクルナがこんな服を持っているのか。本人は自分で作ったと言っていたな。もしそれが真実ならば、本当に聖女には過ぎた便利な奴だ。だからこそ聖女の世話をできたとも言えるが。


「どうだろう。ボクは良く似合ってると思うんだけど」


 目の前の鏡には物珍しそうに後ろから服を見たり、一度その場でクルッと回って見たりする娘。まぁ、俺が写っている。


「ふむ、的は外れていないな」


「……うん、いい」


 髪も長々と弄られたが、結局後ろ髮を少し纏めて流すだけに止まった。「この服に1番似合うよ」だそうだ。


 明日の俺の格好はどうするか。アクルナとウルドがもうすでに話し合っていたが、服装自体に不快は無いのだから勝手に言わせておく。ただ、朝が早い。そこだけが問題なのだ……。


 2人から視線を外し、俺は部屋の周りをグルグルと歩いてみる。スカートというものを着ることに最初は違和感も有ったが、修道服で少しは慣れた。


 今はそれより上半身の方が気になる。具体的には圧迫感で少し息苦しいのだ。


「悪くはないのだが、動くと呼吸が苦しいな。サイズが合ってないのではないか?」


「え、本当に? 半年前に作ったばっかりだから丈は合ってるはずなんだけど……」


「ならば聖女が半年前より肥えたのか」


「え! キラ太ったの?」


 珍しくウルドがムッとした顔をした。


「……違うし……多分ここ、どう?」


 ウルドがチマチマと肩の紐を弄ると、身体の圧迫感が弱まっていく。


「……太ってない……これは、成長だよ」


「あ〜、なるほどね。また少し大っきくなったんだ」


「……うん……まだまだ成長期」


「そういうことだね」


「……そういうこと」


 アクルナとウルドが言っているのは身長の成長ではなく、胸囲の成長だった。


 俺の心情として身長が伸びる分には構わないが、それ以外が今以上に成長するのは俺の望むところではない。


 やはり過ぎた"物"は手に余るからな(二重の意味で)。これ以上の成長の兆しが無いといいのだが。


 その後、歩いても苦しく無いように服の締まりを丁度良く調整してから部屋を出た。


 ウルドは他人の視線が気になるらしく、昨日から似合いもしない麦わら帽子を深々に被っている。そして、俺も昨日と同様にアクルナを抱きかかえる。


 やはり人形が1人でに歩いているのは異常だからな。


 それにしてもチラチラと群衆の視線が俺に集まる。

 まぁ、俺には王としての気品があるわけだし、アクルナも物珍しいからな。視線が集まるのも納得ができる。


 これから歩いて図書館に行き、転移魔法と精神の入れ替わりについて調べる。そのためにまずはクロワ・クリームに図書館の場所を聞きに行く必要がある。ゆえに今からクロワ・クリームの実家であるパン屋へ行く。


 地図の聞き取りの間、昨日の盗人の件について色々と聞かれても話を濁すつもりだ。


 細かいことはアクルナに任せてある。


 俺達がパン屋へ着くと「ここからここまで全部ちょうだい。あ、お釣りはいらないから」とアクルナがパンを大量に注文し、それを金貨一枚で買い取る。クロワ・クリームは「こんなにもらい過ぎだよ‼」と騒いでいたが、昨日の謝礼も混じっているのだ。王ならばこれ位の気概があって当然であろう。


 アクルナが頼んだパンは50個ほどだったが、当然のようにウルドが全てをもくもくと平らげる。


「……おいし」


 ウルドが元聖女らしく行儀良くパン食べる傍で、俺は図書館とこの街で有名なギルドを地図に書くようクロワ・クリームに要求した。


 金銭の恩義も有るだろうが、文句も言わずにクロワ・クリームは街の情報と共に地図を書いていく。


 うむ、殊勝な心掛けだ賞賛に値する。


 今はこう言った従順な配下が少ないからな。この街にいる間に配下を増やすのも良いかもしれない。


 ウルドがパンを食べきるとクロワ・クリームの書いた地図と共にパン屋を後にした。


 それから地図通り進んだ先にあった図書館は「ホワイト・ナイト亭」より一回り大きな建物だ。


 入場の際、1人につき金を取られたがなんの問題もなく中に入る。


「よし、ではさっさと取り掛かるとするか」


 気合いは十分あったのだ。しかし、図書館で俺たちを待ち受けていたのは ─── あまりにも非情な現実であった……。


 †


 ここはストロン王国と呼ばれる都市の内の一つ、名はメルメリッサ。


 この街は王都に程近い都市で有りながらも、王都や他の都市とは違う形で発展している。


 その最もたる理由の一つが多種多様に存在する「ギルド」と一括りで呼ばれる施設。メルメリッサにはその施設が至る所に乱立しているからだ。


 そんな王都とは違う方向に発展したメルメリッサであっても、王都や他の都市とは絶対的に変わらない物が存在する。


 それは、文字だ。


 幾らメルメリッサがめまぐるしい発展を遂げようとも基本的な文字と言う物は変わらない。逆に識字率で言えば貴族や商人が多いい王都の住人の方が高いほどなのだそうだ。


 と、本にあった情報をアクルナが俺とウルドに説明した。


 人間の国の現状。

 これは本当に欲する情報を手探りに近い形で探した結果、偶然得られた情報の一つだ。


 今はこの国に敵対する予定が無いとは言え、こう言った一つ一つの情報を頭の中に入れておくだけで後々役に立つ。


 ゆえに、図書館にいる間はなるべく多くの情報を拾うために気が抜けない時間を過ごすはずであった、が……。


「飽きたな」


「……うん」


 どんよりとした空気が俺とウルドの周りを取り巻き、じっとりとした視線を手元の本へと向ける。この本の内容は、精神の入れ替わりについてや転移魔法について、ましてやこの国の歴史についてなど─── では無く。


 アクルナ曰く「サルでも分かる読み書き 入門編」なる幼児コーナーにあったなんともふざけたタイトルの本……らしい。


 なぜ俺達がこんな本を手に取る必要があったのか。そんな事は簡単だ「魔族が使う文字では無いだと⁉」「……点字、じゃない!?」


 そう、本が読めないのだ。


 出鼻をいきなり挫かれた。

 唯一の救いであったのは聖天具であるアクルナだけがこの世界の文字に適用できた点であろう。


 本人をしてもどうやって文字を理解しているのか謎らしいが、俺やウルドもこの世界の人間と話が通じたのだから、ようは同じ事なのだろう。


 アクルナにめぼしい本を読ませつつ、俺とウルドが幼稚本を読む。


「今日の夜までに調べ物は終わらせるぞ! 」と意気込んでここまで来たが……もはや限界だ。


 この体は信じられない事に、一度見ただけでは物が完璧に覚えられない。何度も何度も繰り返し見なければ頭の中に定着しないのだ。これが人間の普通だと聞いて「なんとはかなくも稚拙な脳なんだ!」とその時は本気で打ちひしがれた。


 なのにだ、ウルドはその優秀な身体に備わる脳を有効に活用しない。文字を学ぶ気が無いのが丸わかりだ。一時期は座っているだけで見てすらいなかったらな。


「出るか」


「……うん」


 夜まで残ると意気込んでいたが、昼にも満たない時間に俺達は図書館を出た。


 アクルナを図書館に残しても良かったが、脆弱なこの身体ではアクルナがいないことに不安が残る。それに、アクルナならば、残れと言っても、嫌でも勝手について来るのだろう。


「さて、次に行くべきはギルドなのだが、どこのギルドに行くべきか」


「やっぱり学術系ギルドか魔法専門のギルドじゃないかな。魔法専門は戦闘系ギルドに属するみたいだけど」


「……なら、二つとも……行けば?」


「それはそうだが、見ろ。

 学術系ギルドの区域と戦闘系ギルドの区域はかなり離れている。今日中に回れるかは疑問だな」


 クロワ・クリームの書いた地図には区域事のギルドが大雑把に分かれて書かれている。そんな地図上では、先の二つのギルドがメルメリッサ内で真反対に位置していた。


「【魔王】様の身体で走れば移動は簡単だけど、流石に街中をあのスピードで走る訳にもいか無いしね。今日は片方しか行けないかも」


 アクルナもどちらのギルドがより良い情報持っているかは決めあぐねているようだ。俺の腕の中で、ウサ耳を若干畳みながら「うー」と唸っている。


「確かにな、それに時間を無下に使うのは愚かな行為だ」


 図書館で文字を覚えるより、博識な学者に聞いた方が早いのはわかり切っている。


「……なら、二手に分かれたら?」


「そんなの無理だよ。どう分けるのさ?」


「……私、1人で行くけど」


「え!?」


 ウルドがそう言うとアクルナがアホみたいな声を出した。


「な、なに言ってんの? そんな事しなくても大丈夫だよ。まだ急ぐ必要は無いんだから」


「……でもキラは、愚かって……言ってた」


「だからって二手に別れるって、そんな事されたらボクはどっちについて行けば良いのさ! どっちかのキラが1人になっちゃうんだよ?」


「……私は、もう子供じゃない……から、1人でも大丈夫。後、私はウルド」


「大人でも悪い人に捕まったら殺されちゃんだよ?」


「……【魔王】様の身体……最強。誰にも、負けない」


「でも……」


「別に良いのではないか?」


 俺は二手に分かれる案に賛成だ。図書館で調べ物ができなくなった以上足で情報を稼ぐのは必然。ならば人では多いい方が良い。


 それに、ウルドが言うように最強の身体なのだ。誘拐や殺人といったトラブルはまず問題ないだろう。こういった慢心はあまり良くないが、人間如きに俺の身体をどうこうできるとは思えんからな。


 ただ、俺もアクルナ程では無いが驚いた。気弱な精神の元聖女が自らこの案を出したのだからな。

 昨日の盗っ人の件から明らかな強者である己の身体の力を実感し始め、微力ながら少しは自身が付いてきたということか?


「良いでは無いかアクルナよ。俺はウルドの提案を肯定する。戦闘能力の無い俺がアクルナを連れ、最強の身体であるウルドが別区域で行動する。時間の無駄を省けるのだ特に問題はなかろう」


「……うん。問題無い」


 対局は2対1だ。反対派であったアクルナもこうなってしまえば折れるのは早い。


「うー、わかったよ。けどウルドは本当に1人で大丈夫?」


「……大丈夫」


「本当に?」


「……本当」


「んー、ならもうボクから言う事は何も無いよ」


 アクルナは巣立つ子供を見守るような目をしているが、たかが数時間別行動するだけでないか。大袈裟な奴だ。


 アクルナの了解も取れたところで、ウルドに地図を覚えさせる。ものの数秒で地図を覚えたウルドは戦闘系ギルドの方へ向かうらしい。


 早速その区域に向かおうとするウルドに、俺は言い忘れていた大切な事を言っておく。


「ウルドよ大丈夫だとは思うが、人間には絶対に舐められるなよ。仮にも俺の身体を一時的に使っているのだ。わかっているな?」


「……大丈夫。任せて」


 そう言ったウルドは、右腕の力こぶを見せつけるようなポーズをとるが、目深に被る麦わら帽子のせいで情けなさが極まり、逆アピールなっている気もする。だが意気込みだけは伝わった。


「1人で本当に大丈夫かな?」


 ウルドが去って行く後姿を見ながらアクルナはいつまでもそんなこと言っている。


「くどいぞ、アクルナよ。俺の身体なのだ問題など起きるはずもなかろう」


「んー……そもそもこの国にいる時点で既にトラブルだからそこはなんとも……」


 いつまでも難色を示しているアクルナが「んー」の後に何か言っていた気もするが……うむ、なにも聞かなかったことにしよう。


「なにか言ったか? アクルナよ」


「えっと、別に」


「そうか。ならば此方もさっさと行こうではないか」


 俺たちが目指す場所は学術系ギルドが集う区域。通称「オタク」なる人間共の巣窟だ。


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