障壁3
「魂か?そうだな。俺たちは大事なことを見逃していたようだ。
ユカ、ありがとう。やっと目が覚めたぜ。よし、これからどうすべきか、
みんなの意見を聞かせてくれ」と実がみんなを見渡しながらいった。
桐原大介がここぞとばかり大きな声で、
「みんな、作詞を手がけてわかったことだが、
俺たちは一体誰に向けて音楽を伝えたいのか、
その対象が全く見えていないんだ。
これには本当にまいったぜ」
そしてユキチも続く、
「うん、あたいもそれは感じた。対象が決まらないから、
何を伝えればいいのかさっぱりわからない。
浮かんだことをその都度当てはめるしかないから、
結局、行き当たりばったりの適当な詞になってしまうんだ」
ユキチの言葉に実が表情を崩しながら、
「確かに書く本人に丸投げはよくなかったな、
これは反省しないといけない。
やはりメッセージはみんなで
共有しなければならないし、
そうしないと演奏にも力が入らないからな。
じゃあ、まずどういう方向でいくか、
ユキチの意見を聞こうじゃないか」
「ああ、今回出来上がった曲であたいが手応えを感じたのは、
『ソルジャー』と『忘れないで』だった。
『ソルジャー』はとても洗練されてるし、スケールも大きい。
『忘れないで』は自分でいうのもなんだが、まとまっている印象がある。
この2曲を中心にやっていくのはどうだろう」
その発言に対して実はすかさず、
「ただ、今後の音楽性を考えた場合、
ここでバラードを持ってくるのはどうかなあ。
ユカの『ドント・ラブ・ミー』もいい感じだし、
詞が決まれば、『ソルジャー』の2曲で 押してもいいんじゃないか」
「『ソルジャー』は決まりさ、でも、対抗馬として
『ドント・ラブ・ミー』では少し荷が重いんじゃないかな」
そういってユキチはユカに視線を向けた。
彼女も少し戸惑いながら。
「うーん、私の曲を持ってくるのは嬉しいんだけど、
『ソルジャー』と比べたらやっぱり見劣りするわね」
と自信なさそうに表情を曇らす。
ずっと聞き役だった中村謙二がようやくここで発言した。
「俺はまずバンドの何を前面に打ち出すか、
が何よりも大切だと思う。ハードロックなら
ハードロックなりのやり方があるし、
実がいうように
youtubeを活用するなら
ユキチとユカを前面に出せば
飛びつく野郎も結構いるんじゃないかな。
俺はデブで見てくれも悪いから
ぬいぐるみ姿でやってもいいぜ。
結構注目されるかもな」
「はは、謙二は相変わらずユニークだな。
『ソルジャー』は面白い曲だけど、
これで売り出すのはなんていうか、
俺の感覚ではイマイチなんだ。
だから、作り直してもいい。
ハードロックっていうのはコアな
ファンがつくだろうけど大衆音楽とはいえない。
それでもみんながハードロック
をやりたいならその方向に行けばいい」
と実が今後の方針を問い始めた。
それぞれミュージシャンというものは
やりたい音楽があるものだ。
でも、高校生ではまだ好き嫌いのレベルでしかなく、
感性だけで勝負するにはあまりにも力不足だ。
蝶がサナギから脱皮をして、生まれ変わり、
そして世界へ飛び立つように。
アーティストも準備を重ね、
壁を乗り越えなければ、
内容のあるメッセージを
発せられないものである。
いろんなアイデアを出しながら、
一つひとつ吟味して、
無駄だと思える議論を重ね、
成長し、殻を破ったとき、
初めて人を惹きつける
魅力が溢れてくるのである。
彼らにこれらのことがわかるまでは、
まだ少し時間がかかるかもしれない。




