幻想5
渡辺は大介が冷蔵庫を床に
落としてからずーっと不機嫌だった。
あまりにも仏頂面なので、大介は
機嫌をとる方法をあれこれ考えてみた。
そしてやはり斎藤さんと話す
きっかけを作ることが一番の良薬だ、
という結論に達し、算段を試みた。
「先輩、そういえばシングル
ベットがありましたよね。
あれを組み立ててあげたら
いいんじゃないですか?」
「そうだな、あとはダンボール
10個ぐらい運べば終わるからな。
お前聞いてみてくれ」
「わかりました」といって、
大介は外にいる斎藤さん
のところへ駆け出した。
そして、
「斎藤さん、あとダンボールを10個
運べば終わるので、そしたらベットの
組み立てをしても構いませんか?」
「はい、お願いします」
それを確かめた大介は、
小さくガッツポーズをして、
急いで残りの段ボールを運んだ。
いよいよベッドの骨組みと
マットレスを6畳の窓際まで運び終えると、
渡辺は工具を取り出して作業にかかる。
大介も片方の板を抑えて、
斎藤さんに話しかける。
「斎藤さん、大学では
何を勉強しているんですか?」
「日本文学よ」
「へえ~、日本文学といっても
範囲が広いじゃないですか」
「まだ教養課程だから
専攻を決めていないの」
「僕も日本文学には興味があるんです。
少し質問してもいいですか?」
「私で答えられる範囲ならね」
「僕将来小説を書きたい
と考えているんですよ」
「あら、どんな作家が好きなの?」
「芥川龍之介とか、
太宰治みたいな」
「それじゃあ、近現代ね」
「あれ、斎藤さんは違うのですか?」
「私は古代をやりたいの、
源氏物語みたいな」
「へえ~、そうなんですね」
「うちの大学は古代に
とっても定評があるの」
「どこの大学ですか」
「國學院大學よ」
「日本文学では
よく知られていますね」
「でも近現代文学ばかり
では卒業できないわよ。
伝承文学とか古代文学を
ある程度やらないと」
「そうなんだ。僕は古文が苦手です。
漢文もあるんでしょ」
「もちろんあるわよ、
でも漢文は暗記すればいいから、
それほどハードルは高くないわ」
「僕は英語も苦手で…」
「英語は安心して、
レベルに合ったクラスがあるわ」
「そうなんだ」
「青学や早稲田に
いったら大変だけど」
「名前で選ぶとあとが大変なんだ」
「でも、先輩とか友達ができたら
対策はいくらでもあるはずよ」
「じゃあ、僕も國學院を目指そうかな」
「うん、他の学部の授業も受け
られるから結構刺激になるわ」
「斎藤さん、サークルとか
入ってるんですか?」
「うん、テニスだけど」
「テニスか、いいな」
「飲み会ばかりよ」
「へえ~、じゃあ、かっこいい人
とか多いんじゃないですか?」
「そうね」
「斎藤さん綺麗だから引く手
あまたでしょう。彼氏はいるんですか」
「うん、サークルの先輩。
今年ジャパンオープンの予選に
出たけど全然だめだったわ」
「じゃあ、トーナメントに出て
ランキングがあったんだ。
すごいじゃないですか」
「アルバイトでテニススクール
のコーチをしてるのよ」
「そうなんだ、
どこが好きなんですか」
「誠実なとこ」
「ごちそうさまです」
そのひと言を聞いていた
渡辺のショックは大きく、
みるみるうちに表情が青ざめていった。
ベッドも完成して、帰りの
トラックに乗り込んだ渡辺は突然、
「テニスのレッスンプロか、
俺には関係ねえ」
と叫びすっかりやけ気味。
「先輩にもちゃんと
素敵な女性が現れますよ」
と諭しても、
「逃した魚がでっけーな」
と吠えたあと、運転が
めちゃくちゃ乱暴になった。




