対価5
「おい新人さん、何か食べたいものがあるか?」
という渡辺の質問に大介は、
「腹にたまるものが食べたいですね」
と答えると、
「具体的には何がいいんだ?」
と聞き返す。
「かつ丼とか、チャーハン
みたいなご飯ものがいいですね」
すると渡辺は、
「そっか、それなら中華にするか」
「ありますかね」
と大介。
「西馬込は初めてだからな、わからん」
「駅に行けば何かあるでしょ」
「そうだな、でもこの通りは
第二京浜だろ。駅はどっちだ?」
「僕に聞かないでくださいよ、
渡辺さんドライバーじゃないですか」
「馬鹿、自慢じゃないが俺は方向音痴だ」
「ナビが無いとダメなんだ」
「そういうこと。まあ、心配しなくても
どこかにラーメン屋ぐらいあるさ」
「本当にのんきなんだから、
早く見つけてゆっくり食べましょう」
「そうだな、じゃあ
こっちへ行ってみよう」
「ところで先輩、彼女と
うまくやったんですか?」
「努力はしたんだがな、
きっかけが掴めなかった」
「何をしてたんですか?
絶好のチャンスだったのに」
「そういう雰囲気に
持ち込めなかったんだ」
「やっぱり彼氏がいたんですか?」
「それすら聞けなかった」
「あんなに綺麗な女性は
滅多にお目にかかれませんよ」
「それはわかっちゃいるが、
どうしようもない」
「だらしないなぁ」
「釣り合いってものがあるからな」
「先輩、男でしょ。ビシッと
いって駄目元じゃないですか」
「フラれるのがわかっている
から余計ビビっちまう」
「わかりました、先輩がそれでいいなら
これ以上何をいってもダメでしょう」
「おっと、中華屋があったぞ」
「良園か、意味ありげな店ですね」
「馬鹿、字が違うだろ」
「ここにしましょう、腹が減った」
と大介が先に店の扉を開けて中に入った。
すると店内はカウンター席と4人掛け
テーブルが3つの小さな作りだった。
客はカウンターに4人とテーブル
席に2人いて、大介は右奥のテーブル
に腰掛け、渡辺も後に続いた。
そしてまだ若そうな女の店員が、
水の入ったコップを
2つ持ちながら注文を聞きに来た。
大介は、
「チャーハンに餃子」と告げると、
渡辺は、
「レバニラ定食の
ライス大盛り、それにラーメン」
それを聞いて驚いた大介は、
「先輩、そんなに食べて午後動けますか?」
「抑えている方だ」
「痩せの大食いとはよくいったもんだ。
それじゃあ食費が大変でしょう」
「フン、躰が資本だ」
「そりゃ、そうですけど」
「お前、餃子なんか食べると
お客さんに嫌われるぞ」
「大丈夫です、いつも
ガムを持っていますから」
「気に食わねえ奴だ」
「またまた、好きなくせに」
「アホ、男に興味がねえ」
「そんな意味じゃありませんよ」
「俺はとにかく機嫌が悪いんだ」
といったきり渡辺は黙って
週刊誌を手にして読み始めた。
大介は携帯を取り出して、
ユキチの電話番号をクリックした。
呼び出し音が5回した時、
いつものぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「大介何か用かよ」
「用がなかったら電話しちゃまずいのか」
「バーカ、飯食ってる最中だ」
「ユキチ、明日バイトだろ。
天気は良くなるらしいぞ」
「そんなこというために電話したのか」
「いや、仕事は時間に正確なこと
と、言葉遣いには気をつけた方がいい」
「当たり前だろ、あたいだって
親父の会社を手伝った経験があるんだから」
「ちょっと、心配になっただけだ」
「それでお前の方はどうなんだよ」
「うん、いいお客さんで、
荷物はきちんと整理されていた。
ユキチは荷作りだからボロを出すなよ」
「お前、あたいの声が聞きたかっただけだろ」
「そんなことねえよ」
「用がないならもう切るぜ、飯が先だ」
「ああ、じゃあ明日頑張ってくれ」
「じゃあな、おたんこなす」
と電話が切れた。
その様子を見た渡辺が、
「お前も振られたのか?」
「先輩、僕らなりの
コミュニケーションですよ」
「まあ、ケンカするほど
仲がいいっていうからな」
と聞いて大介は両手を
広げておどけて見せた。




