対価4
渡辺が部屋の奥に入ると
ラベンダーのアロマオイルの
華やかな匂いがした。
だが彼は普段このような匂い
の中で生活をしたことがなかった。
だから、長い間部屋の中にいる
ことができずに、
窓を開けるとじめっとした
空気が躰にまとわりついた。
しかし、大介の方は
むしろ匂いを楽しんでいた。
香水にも似た感覚なのだろう。
先輩に対して、
「渡辺さん、タンスの下に
回ってください。
僕が上を持ちますから」
というと、
「よし、周りに気をつけろよ。
傷つけないように」
「はい、じゃあ持ち上げますよ」
と2人は水平に持ち上げ、
部屋から持ち出して、
一気に階段を降りて行った。
1階についたところで台車に乗せ
駆け足でトラックに向かい、
雨の中を急いで詰め込む。
あとは冷蔵庫に洗濯機、
電子レンジと、次々に運び、
およそ1時間半ほどで全ての
詰め込み作業は終わった。
時計を見ると11時
少し前を指していた。
渡辺が斉藤さんに、
「西馬込ですよね、
車に乗って行きますか?」
と尋ねると、
「はい、お願いします」
と即座に応えて、
「じゃあ、向こうに30分も
あれば着きますので、
到着次第昼飯にしましょう。
おい新人、お前は荷台だ」
の命令に大介は、
「はい、わかりました」
と自分をわきまえた返事。
「よし、じゃあ乗ってください」
といった渡辺の態度から
大介は明らかに何かを期待
していることを読み取れた。
でも、誰が見ても斉藤さんが
彼に興味を持つとは思えない。
少しかわいそうだが、どう
見ても釣り合いが取れないのだ。
大介はトラックに乗り込むと、
冷たく固い荷台の感触になかなか
慣れることができなかった。
そんなわけで当然車内の
ことまで気が回らなかったが、
運転席では渡辺
がすこしでも彼女に
関心を持って
もらおうと必死だった。
取り留めのない話で
攻撃を仕掛け、
どこの大学ですか?
学部は、サークルは、
好きな映画、音楽、本、
食べ物はなど、まるで
マシンガンでも打つような
攻撃で彼女を困惑させた。
しかし、彼氏がいるのか、
という肝心な質問だけは
どうしても
聞くことができない。
渡辺はなんとか
彼女とLINEで
繋がりたかったのだが、
しかし、会社にクレームが
来ては困るので、どうしても
自分から切り出すことができなかった。
そんな運転席とは裏腹に
大介は荷台で目的地に少し
でも早く着くことを願っていた。
渡辺の必死の努力も時間切れで
20分そこそこで引越し先に
着いてしまう。チャンスの
芽は一気にしぼんだ。
大介は荷台から外を眺め、
到着したことを確認してから
トラックを飛び降り、
運転席の中を覗いた。
すると斉藤和子さんがにこやかに、
「乗り心地はどうでした?
辛かったでしょう」と気遣いの言葉。
大介は、
「なんてことはありませんよ。
うちのドライバーは優秀です」
と胸を張る。
「まあ、とてもそんな表情
ではありませんよ」との発言に、
隠し通せないな、と感じながら
ひきつった笑顔を返した。
そんな2人に渡辺が、
「1時間したら戻ってきますので、
斉藤さんもお昼にしてください。
よし新人、飯に行こうか」
大介は、
「待ってました」
と渡辺の気持ちとは
反対に元気いっぱいだった。




