優奈
例えばそれはなんでもない土曜日で、例えばそれは講義の入っていない午後のひと時で。
誰も思うわけないわ。あなたが突然死するなんて。
「マリ」が、突然死んでしまったの。
五年前からの付き合いだった。けれど、私とマリが仲良くなるには十分すぎる時間だった。私は、一目見た時からあなたに惹かれていた。あなたは色白で、小さくて、みんなのアイドルだった。けれど、あなたは私と一番仲良くしてくれた。
マリが妊娠したって聞いたときは、本当に嬉しかった。妊娠予定日まで指折り数えていたわ。
なのにどうしてなの、マリ。
子供だけ残して、死んじゃったの。
死んでからのマリには、何にも残されてなかった。マリには元から親がいなかった。彼女には何も知らされていなかったの。
男は、どこかへ行ってしまった。
マリを助けられるのは、私だけだった。
一生懸命だった。ただの親友が残した子供、だなんて思えなかった。マリは、私にとって家族も同然だったから。
マリはいつでも優しかった。いつも私に寄り添ってくれた。
そんなマリみたいに優しくなってほしい。そう思った私は、子供に「優奈」と名付けた。
すくすくと育ったわ。ええ、彼女はすぐに大きくなった。
大きな黒目、男から受け継いだのだろう、茶色い髪。
けれど、私は。
彼女を、食べてしまった。
あの子が、リビングでうたた寝していた時のことよ。その背中を優しくなでている時、ふと思ったの。
( なんてやわらかそうな、肉なの )
って。
考えだしたら、もう止まらなかった。食べる事しか考えられないのよ。
それまで私は、カエルとか、鳩とか、そういったものなら食べたことがあった。でもこれはまだ食べたことがないの。
若い、女の子の肉なんて。
「おやすみなさい」
そう声をかけた。あの子は、優奈は、もうすでに寝ている。
静かに立って、それからそっと、優しく。
優奈の喉に、手をかける。
優奈が目を覚ました。何が起きたか分からないようで、暴れるのが一拍遅れる。
私はその隙を見逃さなかった。ここで騒がれたら困る。すでに隣人や上の階の住人は寝ているのだから。
ぐうっ、っと手に力をかける。もがく優奈の手が、足が、すごい勢いで抵抗してくる。
手に噛みつこうとする優奈を、それでも離さずに首を絞めつける。
あゝ、なんて温かいのだろう。生きているものの首は、こんなにも、温かい。
はあ、と恍惚のため息を一つ。それから、最後の力を振り絞って優奈の首を引きちぎる勢いで首を絞めた。
ガキンッ。
――優奈の頸骨が折れる音が、聴こえた。
ぷぅん、と言い匂いがする。何時間も煮込んだブイヨンの匂いだ。
鼻歌を歌いながら、右手に握っている肉片を鍋の中に投入。広がる甘めの、いい匂い。
しっかりと香辛料でくさみとりをした肉は、それはもう柔らかくて甘くて、ほのかに懐かしい味がした。
「……ええ、はい。それではその子を、はい、よろしくお願いします」
電話の受話器を戻す。今のは、里親を探している団体からの電話だ。
あの一件以来、もうダメなの。肉の事しか考えられないの、と私は心の中でマリに言った。
ねえ、いいでしょ?引き取ってくれる人のいない可哀想な子達を私が引き取ってあげるの。有効に使ってあげるのよ。
「待っててね、みんな」
今、私が食べてあげるから。
Fin.
(答え:優奈は、うさぎ)