05(龍)
どう動こうとも、自分が斬り伏せられるイメージしか伝わってこない。
篤希には、私の発揮する運動を全て後出しで斬り伏せるだけの能力がある。そのことを切り落とされた右腕はよく知っていた。
幼い頃から身体の鍛錬を続けてきたというのに。剣を使った殺し合いになると、今まで自分は何をしてきたのだろうかと思うほど、篤希に劣っている。漠然とした鍛錬で、確かに私の身体的な能力は上達してきた。だけど、こういう存在を前にすると気が凹むほど自覚させられてしまう。
目標ない努力には、具体的な結果が伴わない。と。
何か目指すべきところがあったことなんてない。
私は努力などしていなかったのだ。
鍛錬はただの日常だった。だから私は櫻田篤希より弱い。
正しい努力をするのは難しい。けれど、それが出来た人間に、ただ日常を送っているだけの人間が勝れるのか。
「……無理だ」
「何か仰いましたか」
けど。
勝てないかもしれないけれど。
櫻田篤希の腰を見る。
二本の鞘が吊られている。
片方は中身の抜かれた空の鞘。
そしてもう片方。
「乱のことは返してもらう」
例え命を懸けてでも。
「あはは。まだそんなことが言えましたのね。震えていますよ、囮さん。逃げた方が命を落とす可能性は低いのではなくて」
「命を落とそうが落とすまいが関係ない。これは、私が諦めちゃいけないことなんだ」
瞳をまっすぐに。
全身を脱力する。
「へぇ。そうですか。まあ、わたくしもあなたが逃げようが逃げまいが、ちゃんと殺しますけどね」
あは。あはは。あはははははははははははははは。と。櫻田篤希は高く嗤う。
落ち着け。落ち着け。心臓の音は、聞こえる。血流の動きも感じる。ふくらはぎは、太股は、腹筋は、肩は、首は。どこにも余計な力は入っていないか。
落ち着け。私は水。静かにある。器が変われば形を変える。
落ち着け。体は私のものだ。私が全部動かす。
だから、落ち着け。左手に朝霧がいる。少しだけ、手根骨が堅い。一ミリだけ揺らして骨をゆるめる。だらりと手が柄に密着した。いい感じ。
右腕を無くした感覚にまだ体が慣れきっていない。軸が左によれるか。いや、でも思いっきり左半身の重を使って動けるかもしれない。やってみないと分からないけれど、どちらにしても慣れないことに変わりはない。ならば今までと同じ状態の左半身を全力で駆使する方が高いレベルの現象を実現出来るかもしれない。
師匠――祖父にはいつも叱られた。春風・乱と朝霧のことになると私は平静を保てなかった。勝手に持ち出した弟弟子を殴り倒したこともあった。その後、姉弟子に半殺しにされたけど。
……。
他人に触られるだけで嫌だった。私以外の人間に干渉されたくなかった。私だけのものでなくては嫌だった。私だけが愛したかった。彼らは私の愛だけ知っていればいい。そして彼らの美しさも私だけが知っていれば十分だ。
彼らは完成した存在なんだ。完全の密度を下げない為にも、私以外の干渉成分はいらない。
だから、一秒でも早く。篤希の腰から奪い返す。
「あら。覚悟が決まったのかしら」
つまらなそうに篤希は言う。しかし、直後に、落としたケーキのように、べチャリと顔を歪めた。
「あ。囮さん。これ大切なものなんですよね」
腰から、鞘ごと乱を引き抜いて掲げる。
「気安く乱に触らないで」
落ち着け。まだ、まだ。
「これを叩き折ったら……あなたはどんな顔をするんでしょうねぇ」
妄想に悦楽した篤希が、からみつくように、私の脳に入った来た。
シンと静まる渋谷の路地。
ぶつり。
と。
私の中で、何かが千切れる音がした。




