拠点
「とほほ、老後の蓄えが……」
ウィルキンはしょんぼりしながら、軽くなった財布を覗いて嘆いていた。
「まぁ自業自得でしょう。ボウヤだからって甘くみたアナタがわるいわよ」
「あとでギルド資金から補填しようとか考えるなよ」
ウィルキンにまったく同情しないところを見ると、普段から素行が悪いのだろう。だからと言って険悪と言う訳では無いようなので、こういうスタンスのようだ。
「しかし、坊主もロンダの知り合いならそう言ってくれればよかったのじゃが……まぁこれ以上は詮無きことじゃな」
「それじゃ私はこの辺で、今日町に着いたばかりで用事もありますので」
「あー、そうか、どこの宿に泊まっているんだ? できたらまた話でも聞きたいんだが」
「ええ、そうね、そのうち食事でも一緒したいわね」
繋ぎを持っておきたいのか暇を告げた私に今後の予定などを聞いてくる。当面は生計を立てるのにこの町を拠点にしようと思っているので、あまりないがしろにはできないから正直に答える。
「当分はこの町を拠点にしようと思ってますが、来たばかりなので宿もきまってません。どこかお勧めの宿はありませんか? 製薬もしたいので広めの個室があるところが良いのですが」
「んまぁ、それならアタシの家にいらっしゃいよ。部屋も余ってるし何よりこんな可愛い子と暮らせるだなんて夢のよう……と言うのは冗談よ、ギルドにEランクまでの貸し宿舎があるからそこでどうかしら?」
とても冗談とは思えない熱烈な勧誘だったのだが、ウィルキンとフランの視線に正気に戻ったのかギルドに支援用の宿舎があることを告げる。
「大部屋で集団生活なんだけど、スキル訓練用としての部屋もあるから調合とかをするときはそっちを借りたらいいわ」
「いえ、お申し出はありがたいのですが、集団生活には慣れておりませんし、なにより調合は師匠からも秘匿するように厳命されておりますので、個室のある宿にしようと思っています」
「まぁ、そうじゃろうな、生産者にとってレシピは秘匿せねばならん物じゃ。身内にすらも明かさぬ者が多いからのぉ」
ウィルキンの言葉にフランとエルディエットが『それなのに薬の製法を聞こうとしたのか』と目が語っている。
「それならばこのギルドの向かいにある「新緑の息吹」亭がいいんじゃないか? 値段も個室でも1日5銀貨で朝食付きだったはずだ」
「分かりました。宿はそこで聞いてみます。ありがとうございました」
私はお礼を言って部屋をでてギルドの向かいにある宿屋へ向かう。宿は新緑の名前には似つかわしくなくかなり古めかしい建物で、はっきり言えばボロいが手入れはされているようで汚いという感じではない。
扉を開けて中に入ると年若い冒険者が何人かテーブルで食事をしていた。
私を見つけた三十路ぐらいの、ふくよかな女性がにっこりと営業スマイルを浮かべ近づいてくる。
「いらっしゃいませ。何人さんですか?」
「あ、私一人です。宿をお願いします」
女性はちょっと驚いたような顔をしてたが、すぐに笑顔にもどるとカウンターに寄って台帳を出してくる。
「はいはい。相部屋で4人部屋と2人部屋、あとは個室とあるけど、4人部屋は1泊1銀貨。2人部屋は2銀貨。個室は5銀貨からになるよ。食事は1食1銀貨で宿泊客は食べてもらえるよ。あ、そうそう、個室客は朝食付きだよ」
貨幣価値としては1銀貨1000円ぐらいだろうか、何進法で金貨になるのか分からないがとりあえず1泊と食事は十分できるだろう。お釣りをもらって逆算してみればいいかと考えた。
「えっと、女将さん? 個室でとりあえず1泊お願いします」
「はいよ、あと私はサマンサよ。ここの女将だけどサマンサで良いわ。旦那はエリック今は厨房で仕事をしてるわ。それじゃ5銀貨いただきます。お昼がまだなら朝食分の食事として今回は食事代はタダでいいよ。部屋に荷物を置いたら下りておいで、部屋は2階の突き当たりの部屋を使っておくれ」
私は金貨を入れてもらった皮袋から金貨を1枚出して、サマンサに手渡すとサマンサは驚いた顔をして、私の手を引っ張ってカウンターの影に連れて行く。
「いいかい良くお聞き、子供がこんな大金を持って歩いていたら何をされるか分からないんだよ? 街中の人に見えるところで子供が金貨なんか出しちゃダメだよっ、どこの貴族様だかはしらないが子供にこんな大金を持たせるなんて、何を考えてるんだろうねぇ」
「私は貴族じゃないですよ。ただの冒険者です。といっても先ほど成り立てのですが、このお金は作った薬を売った代金なので両替もしてないんですよ」
サマンサは更に驚いた顔をして私の顔を窺っている。こんな子供が冒険者なのが珍しいのだろうか、金貨を稼ぐほどの薬を作れることがだろうか、大きくため息をついてから金貨を帳場の中にしまってお釣りを出してくれる。
「まぁ、宿の女将が口出しすることじゃないが、気をつけるんだよ悪人なんて掃いて捨てるほど居るんだから、あと冒険者ならギルドにお金を預けることもできるはずだよ? ギルドカードで支払うことが出来ない店も結構あるから現金は必要だろうけどね。うちはギルドカードでの支払いが可能だからね」
そう言ってお釣りをくれた。銀貨が5枚と大きめの銀貨が9枚で、聞くと大きめの銀貨は大銀貨とそのままの名称だった。
銅貨10枚で1銀貨、10枚ごとで大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となっていくそうだ。
と言うことは1銀貨1000円相当だとすると、1金貨10万円で15金貨で150万円と言うことになる。8級ポーション5本の値段じゃないなと思い、ゲーム時代は~G表記だったため実際の貨幣単位は知らなかったのである。
「はい分かりました。わざわざありがとうございます。辺境の森から出てきたので常識が足りませんが、これからも変なことをしていたらご指導よろしくお願いします」
サマンサの好意に対して私は感謝し頭を下げるが、7才の子供らしくない態度なのでやはり貴族の出で、何か事情があるのだろうと思ったのか、ため息を付きつつ説明をしてくれる。
「その服はやめておいたほうがいいよ。この辺では見ない衣服だから変に目立ってるし、あとは子供なんだから丁寧なしゃべり方はしなくていいよ。まぁ悪いことではないんだけどね」
サマンサは部屋の鍵を渡してくれたが、荷物が無いので食事をしたらそのまま買い物に出ると告げて鍵を返しておく。
「とりあえず食事をお願いします。お昼がまだなんでお腹が減りすぎで目まいがするほどですよ」
「あいよ、そこのテーブルに座ってまってな、食事付きの料理はこっちのお勧めが出るけど、それ以外がよければ別料金だけどメニューから選んでおくれ」
サマンサはそれだけ言うと厨房にランチを注文してくれている。押しの強いおばちゃんだけど悪い人じゃないようだ。1泊だけにしたけどここが拠点でいいかと思う。
出てきた料理は牛のような肉をサイコロ大に切ったサイコロステーキ塩味と、色とりどりの野菜を茹でた物に、パンとコンソメのようなスープが付いてきた。味付けとしては普通で可もなく不可もなくといったところ、栄養価で考えれば十分なランチと言えるだろう。これが1000円ランチだとしたら食材費用を考えれば薄利多売なのだろうか、それはあくまでも現実世界での価値観だから正確かどうかは分からないなとか考えながら食事を終え、礼を言って装備を整えに町に出て行くのであった。
お読みいただきありがとうございます。
キャラクター設定のお話が分散していたので、3話目に移動させたりして
改定しました。