第二話 合唱部、始動 (3)
「あーもーマジで田岡うぜー!」
ばんっ!と勢いよく扉が開いた。盛大な愚痴と共に登場したのは、田岡に連れ去られた玲音。無事だったか。
「ぐほぉ……」
あ、玲音さんだ、こんにちわーと口々に聞こえてくる言葉の中で。苦しげなうめき声が聞こえて来たのは、きっと気のせいではないはずだ。
「……玲音、ドア」
なぜ誰もドアに潰されたあすむんに突っ込まない。はぁ、とため息を吐きながらそう告げる俺の口調は、無意識のうちに呆れたものになっていた。
「え?……ああっ、え、ちょ、大丈夫!?」
その存在に気づいた玲音は、慌ててドアを引き戻した。壁と扉の間に挟まれて、薄っぺらくなったあすむんがいた。
「あ、いえ、だ、大丈夫っす……」
真っ赤になった鼻を抑えながら、一度は崩れかけた体制を立て直す。まじごめん、大丈夫?と屈み込みながら心配する玲音。
そしてともちゃんは、その隙を見逃さなかった。
「すきあり!」
へろへろになっているあすむんに、すちゃっと慣れた手付きで猫耳を装着。
反抗する力もないのか、もうされるがままだった。
ねこひげをつけられ、着ぐるみを装備。
完全に遊ばれている。
「あ、もしかして新入部員の人?」
俺の横の机に、投げるようにしてスクルーバックを置くと、玲音はそう問う。
あすむんだよ、そんでミトちゃん。と代わりに紹介して置いた。
「あー、なるほどね。よろしく、虹丘玲音です!」
部屋の端と端にいるミトちゃんとあすむんに聞こえるよう、真ん中の立ち位置にいる玲音は声を張ってそう言った。
クラスにいても常にこいつの声だけは聞こえるくらい、よく通る声だ。(声がでかく喋り続けているというのもあるが)
「こんにちわー」
その時、ちょうどタイミングよく入ってきたのは、新中1のらのちゃんと、他の中学から来た、こちらもある意味新入部員の高1のくぅちゃんだった。
「おー、らのたんにくぅちゃん!」
扉の前であすむんを遊んでいるともちゃんは、やってきた2人にそう声をかける。あ、どうも……と活力のない声で返事をするあすむん。次に口を開いたのはくぅちゃんだ。
「いいな、楽しそう……!」
「くぅちゃんはもうやったからおしまいですよー」
されるがままのあすむんをいじり倒しながら、今度はありすちゃんがそう告げる。ずるいいいなぁ、と羨ましそうにあすむんを眺めている。
「……もしかして、新入部員の方ですか?」
あ、といっても私も入ったばかりですけど!と付け足しながら口を開いたのは、らのちゃんだ。時流明日無です、よろしく……と生気のない声でそう告げる。
「あ、宇多口らのです!」
「あ、亜白くりあです!」
慌てて自己紹介を始める2人。あっちにもいるよ、とありすちゃんが指を指す向こう側では、姉さんとミトちゃんが猫耳について語り合っていた。
2人でぱたぱたとそちらに駆けて行く。初々しい初対面の挨拶のあと、何やら楽しそうに会話している様子が伺えた。
さぁ、これで全員集合だ。
「よし、集合!」
いつもの合図を出せば、みんなおのおのにやっていた事をぱっとやめ、俺を囲むようにして集まった。
「さ、練習開始だ」
そう告げれば、みんなかばんの中から五線譜で辿られた紙を取り出し、持ち場につく。
何事?と慌てるあすむんとミトちゃんは、とりあえず椅子に座っててもらう。
俺がピアノ。指揮者は今いないけれど、なしでもいけるだろう。全員が各持ち場につけば、そう。ピアノから、音符が紡がれていく。跳ねるように、踊るように、明るいテンポの前奏。ピアノと歌声が、一つになる。
さぁ、君たちに捧げよう、全ての始まりの唄を。
合唱部へ、ようこそ!




