第二話 合唱部、始動 (1)
新入部員が入った、とラガー先生から聞いたのは、つい昨日の事だ。生徒会役員とは案外面倒なもので、ここ一週間、部長であるにもかかわらず、部活にまともに顔を出せていなかった。
まぁ、生徒会の方はひと段落したので、暫く部活に参加出来ないという事態は免れそうだが。
この時期に新入部員か。2人も入ったと言っていたけど、どんな人たちなのだろう。つい一ヶ月前に入学してきた一年生だろうか、それともまた別の学年か。性別は?そもそもなぜ、微妙なこの時期に入部なのだろう。
なんて、次々と浮かんでくる疑問に頭をひねらせる。ああ、こんなに気になるならあの時ラガー先生に聞けばよかった。
6時間目終了まで12分前。眠気を誘う教師の長ったらしい説明に、耳を傾けている者などいないだろう。あぁ、早く終わらないかなぁと思った終了8分前のことだった。
「〜♪」
みんなが机に伏せて寝静まっている中。突如、携帯の音が鳴り出した。黒板に文字を書いていた教師が振り返り、誰だ、と問う。寝ていた生徒が起き出す。
見ると、1番前の真ん中の席で……玲音(レインと読む)が慌てたように机の中に手を入れて、携帯の電源を落とすのに必死になっていた。
田岡の授業で携帯が鳴り出すなんて、運が悪すぎる。
「虹丘、終わったら職員室に来い」
玲音の携帯を取り上げ、いつもより低く尖った口調で言葉を吐く。
「すんませーん」
といつもの調子で、口に出したのがいけなかった。別にふてくされてるような言い方ではないのだが、短気な田岡には虫酸が走ったのだろう。
「なんだその態度は?」
ばんっ、と玲音の机を思いっきり叩き、手をそこに置いたまま、玲音を睨みつけた。
うお、恐ぇぇ……。なんて反射的に思う俺は情けない。
「え、いやいや……。別にそんな俺は」
にこにこと苦笑いしながら、両手を体の前で左右に振る。本人にとっては至って真面目なあたりが、なんだか少しかわいそうだ。
ちょうどその時、タイミングよく(?)授業の終わりを告げる、チャイムが鳴った。
お決まりの起立礼は無く、座っている玲音の右腕を思いっきり引っ張って立たせると、その腕を離すことなくズカズカと強制連行されていった。
最後、笑いながらみんなに手を振るあいつの精神は俺も見習いたいね。
「玲音くんほんとばかだよね」
HRまでの10分の休憩。俺の前の席に腰を下ろしたのは、姉さん。そう、姉さんも玲音も同じ合唱部なのだ。
「運悪すぎだな」
「ねー、ほんと」
彼女はそう言うとブレザーのポケットからiPhoneを取り出して、親指でパッパと操作をし始める。
いつから姉さんと呼んでいるのかは定かでないが、中学生の頃、ネタで姉さん、姉御と呼び出してからそれが定着してしまった。
俺たち3人は腐れ縁というやつで、なんだかんだ、中学の頃から六年間、ずっと同じクラスなのだ。中高一貫であるこの学校で、可能性のないわけではない。しかしそれでも、8クラスある中でのこの確立は相当なものである。
「あ、そうえば知ってる?二年生にね、超美人な転校生が来たんだって」
ふと、右手のiPhoneから目線をこちらに向けて姉さんは言う。ああ、なんか噂でちらっと聞いたような聞いていないような。
「あー、らしいね」
俺は机の中のものを鞄にしまいながら答える。
「もー適当ー」
興味なさげな相槌が気に入らなかったのだろう。唇を尖らせ拗ねた表情を浮かべると、両肘を机の上に置き、今度は正面でiPhoneを触り始める。
その間、何か適当に会話をしたが覚えていない。あっという間にHRの始まりを告げるチャイムが鳴り出す。
担任のどうでもいい話を終えれば、さぁ。
騒がしい放課後の、幕開けだ。




