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GASSHO!  作者: さやか
3/7

第一話 始まりのカンタービレ (3)

人のいない静かな廊下を、部室棟へ向かって歩く。吹奏楽部の演奏が、遠くから響くように音符をこぼしていた。


無言……。何か喋った方がいいのだろうか、とも思ったが、無理に会話をして失敗するのも嫌なので黙っておこう。


と、思った矢先に口を開いたのは彼女の方だった。


「そうえば、どうして合唱部は悪い噂しか聞かないの?不良がたくさんいたりするから?」

「いや、そういう悪い噂っていうより……なんか、変人の集まり?というか、ネジが外れた集団というか……まぁおれもあんまわかんないけどね」


なるほどね、と聞いておいておきながらもあまり興味はなさそうだ。まぁ、厄介ごとに巻き込まれるのは面倒だから、彼女を部室まで送り届けたらさっさと退散しよう。


「あ、ここだよ」


物置きのようになっている踊り場3枚分程度の四階の奥に、校舎唯一の引き戸の扉がある。GASSHO!とかかれた可愛らしいプレートが、少し傾いていた。


わぁ、と彼女の目がまた輝く。すると、おれの手を取り「本当にありがとう!」と言うと、また大きな瞳が可愛らしく弧を描いた。


ああ……。おれも一緒にこのまま入部してしまおうか……なんて、あってはならない考えがよぎったその時。


「や、やめてくださいですぅぅぅぅ!!」


突然、バン!と大きな音を立てて扉が開き、涙目になった女の子が飛び出してきた。かと思ったその直後。


「ぐはっ!」


何かから逃げるように一心不乱になって走ってきた女の子は、俺に気付かず突進。彼女の額が鼻にぶつかり、い、いってええええええ!!!!まじいてええええ!!え、ちょっ、いきなり何!?


いきなりすぎる出来事に頭が回らなかった。テンパるおれの前には、ああ、すいません!と、慌てて怯えた瞳でおれを見上げる女の子。


「だ、大丈夫?」


隣にいた彼女はそうおれを気遣ってくれたあと、どうしたの?と目の前の女の子にしゃがみこんで様子を訪ねている。そして、女の子が涙目になりながらも口を開こうとしたその時。またもや、扉が大きな音を立てて開いた。


ああ、どうりで扉がガタガタしているわけだ……。なんて思う余裕もなく、現れたのはまたもや女の子。

今度は2人だ。

ムチと縄を持ち(実際持っているのは猫耳とヒョウ柄の着ぐるみだが)、逃げられると思うなよ、とでも思わせるかのようなオーラを放ちながら扉の前で辺りを見回している。


「ねこちゃん、逃げられるとでも思った?」

「ありすちゃん、いくでー!」


そういい、2人が駆け出そうとした瞬間。ねこちゃん、と呼ばれた女の子は、ひぃぃぃぃと腕で頭を覆い伏せる。……が。


「はーい、その辺にしときなさーい」


ひょい、と2人の体が中に浮く。


「わっ、ちょっ、離せおっさん!」

「まだねこちゃん実写計画は終わってません…!」


逃れようとバタバタと暴れるが、手足が空を切り無意味と成す。両手で首根っこを掴んでいる男の人は、2人を部室の中に戻すと扉を閉め、こちらに歩み寄った。あご髭をはやし、たばこをくゆらしているがまだ若い。


「さ、ねこちゃんもおいで、戻る……ん?」


おれと彼女に気付いたのか。こちらに視線を向ける。たばこが少し上下した。


「あれ、転校生の子じゃないか。隣の君は……2組の子だね。どうした、2人してこんなとこで」


……おそらく、この学校の教師だろう。人数が多すぎて、担当教科以外の人はあまり知らないが。


「あ、初めまして、水戸美里と申します」


隣にいる彼女は礼儀正しくお辞儀をし、名乗る。すると先生も、一瞬驚いたような表情を浮かべたがすぐに頬をゆるめた。


「これはこれはご丁寧に。ラガー、と申します。何分ハーフなものでね。合唱部の顧問をやっております」


くたくたのシャツの上に羽織ったパーカーのポケットから、くしゃ、と皺になった名刺を取り出す。それは俺にも手渡された。


「ありがとうございます。実は私、合唱部に入部を希望していまして……」

「おお、ほんとに?それは嬉しいね。あ、もしかして彼も?」

「あ、いや俺は……」

「まぁいいや、とりあえず部室へ案内するよ。お茶でも出すから、君もおいで」

「い、いえ、俺はここで!」


な、とんでもない。噂通り、ここの部活はどう見てもまともな部活ではなさそうだ。このまま部室へ連れられてそのまま入部……なんてことは何があっても避けなければならない。が……。


「ラガー先生もそう言ってるし、明日無くんも付き合ってくれないかな?やっぱり、一人じゃなんだか心細くって……」


困ったような笑みを浮かべながら、彼女は俺にそう問いかける。こんな美少女に頼まれごとをされて、誰がノーと言えるだろう。否、答えはイエスだ。


「そうだな、わかったよ」

「即答だなおい。青春かー」


ラガー先生はそう冷やかすと、ねこちゃんと呼ばれた女の子を連れ先に扉の中へ姿を消す。

いこう、と彼女の天使の笑みをむけられれば、おれたちも扉の向こうへと続いて行った。

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