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第八話 「守ってくれるんでしょう」

 夜になって、吉川の帰宅許可が下りた。

 彼女を家まで送り届ける役目は、前回同様、勲弥が担うこととなった。

 今度は、吉川は何も言わなかった。前回は、拒否されたわけだけれど(それでも勲弥は強引に彼女を送り届けたが)。

 何か心境の変化があったのかな、と勲弥は推測する。

 美冴から色々な話を聞いて、彼女は今、軽く混乱していることだろう。

 はっきり言って、途方も無い話だ。異世界だの概念術だの聞きなれないファンタジー用語のオンパレードと来ている。かつて勲弥も適応するにはそれなりの時間を要した。

 ……まあそういう説明をするのは、美冴さんは抜群に上手いからなあ。

 自分などよりも上手く、話をしてくれたことだろう。

 だから、今心配なのは、吉川がこれからどうなるのか、だ。

 彼女がどのような力を持っているのか、まだ分からない。だが、その力を狙う輩がいることは間違いないのだ。『狩人』ロベルト・ブラックがまた襲ってくるかも知れない。

 とにかく今は、吉川を護衛することに専念するしかない。勲弥はそう感じていた。

 入国管理局の情報課は既に彼女にまつわる情報収集を進めているそうだし、ロベルト・ブラックの行方も追っている。事件の全容も次第に明らかになっていくはずだ。

 今は自分に出来ることを全力でやるしかない。

 そして勲弥に出来るのは、戦うことだ。

 吉川天満に害なす敵と戦って、彼女を守ることだ。

「……各務君、今日は本当にごめんなさい」

 概念省庁舎を出た後。

 二人で夜の街を歩いている時、吉川は、謝罪してきた。

 それまでずっと黙っていた吉川が急に謝ってきたので、勲弥は少しばかり面食らう。

「恩を仇で返すような真似をしたわ。謝って許してもらえるとは思っていないけれど……本当にごめんなさい」

 そう言って吉川は頭を下げる。

「……いいよ、気にしてない。頭を上げてくれよ。それより、こっちこそ悪かったな。一妃がやりすぎたみたいで」

「それも元はと言えば私のせいだもの。自業自得よ」

 あの後、勲弥は一妃に直接謝罪をさせた。

 吉川は許してはくれたが、一妃に対して恐怖を感じてはいるようだ。

 無理も無い。

 吉川からすれば、得体の知れない存在だろう。

 彼女と関わりの深い勲弥でさえ、園崎一妃という存在を完全には理解しきれていないのだ。

「ところで各務君は、あの……園崎一妃さんとは、どういう関係なのかしら」

 不意に、吉川がそんなことを聞いてきた。

 勲弥はどう答えるべきか迷い、頭を掻く。

「あー、うん。どう言えばいいのかな。とりあえず、僕は一妃の保護者なんだけど。まあ、法的には美冴さんが保護者で、一妃は美冴さんの養子ってことになってる」

「あの子、何者なの?」

 聞きたいことはそういうことではない、とでも言わんばかりに、吉川は質問をより具体的なものにしてきた。

 より、核心に迫る問い。

 園崎一妃は、何者なのか。

 園崎一妃は、何物なのか。

「あの子は……人間なの?」

「人間だよ。それは……変わらない。僕や吉川と同じ……人間だ。ただ、僕らとは少し違うところがあるのは認めるよ」

 『全一世界』の遺産。

 その全貌は、『全一世界』が滅びた今、明かされることはないのだろう。

「一妃は、これからもっと人間らしくなっていくんだ。今までは、あの子の生まれとか、『全一世界』を取り巻く事情とかがあって、普通の人間らしい生活なんて出来なかったんだけど。でも今は違う。学校に通って、友達を作って、人間らしい日常を過ごせるはずなんだよ」

 園崎一妃がごく普通の人間らしい日々を送ること。それこそが勲弥の望みなのだ。

 だからこそ、一妃には戦って欲しくない。

 勲弥の希望に反し、一妃はどこか好戦的なところがあるのが、悩みの種である。

「……だから、あの子のことは普通の人間として見てやってくれないか。今日のことで、怖い思いをして、あまり良い感情を抱けないかもしれないけど。それでも、一妃を嫌わないでやってくれ。一人の人間として扱ってやってくれ。頼むよ。虫のいい願いだってのは分かってるけど……」

「随分と、熱心なのね。それだけ一妃さんのことが大事なのかしら」

「まあ、な。色々、責任とかあるんだよ」

 これから一生、勲弥は一妃の面倒を見なければならない。

 彼女を、守らなければならない。

 それが勲弥の背負った義務であり責任だ。

「……分かったわ。正直言えば、未だにあの子に対する恐怖はあるけれど……努力はする。

 それに、人外じみた力を持つのは私も一緒。ある意味、同じ穴の狢よね」

 自らに嘲笑を向ける吉川。

 そういえば、と勲弥は思い出す。

 先ほど、美冴が割って入ったお陰で、話が中断していたのだった。

「なあ吉川。さっき聞きそびれちゃったから、今度こそ聞かせてくれよ。お前は一体、どんな力を持っているんだ」

 信号待ちに立ち止まったところで、勲弥はそう切り出した。

「……そうね。話す義務があるわね。私もあなたと美冴さんに話を聞かせてもらったわけだし」

 そう言って、吉川は自身の前髪をそっと払った。

 その仕草に、一瞬、どきっとする。

 吉川天満は、学年でも話題になるほどの美人であるということを、今になって勲弥は思い出した。

 長くて目にかかってしまっている前髪が鬱陶しくて払っただけなのだろうに、それだけのことに反応してしまう。男子とは不思議な生き物だ。

 ……う。よく見ると、吉川って結構胸でかい。

 気づいてしまった。ブレザーの下からでも分かるほどに自己主張している、二つの膨らみに。

 こうなってしまうと、もうそこにしか視線がいかなくなる。つくづく男子とは奇妙な生き物である。

 ……まずい。女子は視線に敏感と聞く。

 男子はバレていないと思っていても、じろじろ見ていることに女子は意外と気づいているものなのだ。

 勲弥はかつて幼馴染にそう忠告された。その教訓が今ここで活きる。

 目を逸らさなければ。

「……各務君。先ほどから視線がいやらしいわよ。どこを見ているの」

「バレてた!」

 とっくに手遅れだったらしい。

 女子の感覚を侮っていたのが敗因といえよう。

「どうして男の人って、大きな胸が好きなの? こんなの、ただの脂肪の塊でしょう? 正直言って、邪魔なんだけど」

 そう言って吉川は腕を組む。まるで大きな胸を強調するかのように。

 恐らく、吉川にそんなつもりはないのだろう。ないのだろうが、結果として、よりセクシーなポーズになってしまい、勲弥の視線を集めてしまう。

「ねえ、どうなの各務君。脂肪の塊に欲情するのってどんな気持ち?」

「み、身も蓋もないことを言うなよ。問題なのは材質じゃないよ。僕ら人間だって、そういう括りで見れば蛋白質の塊になっちゃうわけだろ」

「なるほど。それもそうね」

 吉川は納得したようで、腕を解いた。

 それから勲弥の方を向いて、胸を張って、

「……触ってみる?」

 などと爆弾発言を投下した。

「え、いいの!? い、いや待て! 流石にそれはまずかろう!」

「半分本音が漏れ出たわね……いやらしい」

 吉川の半目を受け、勲弥は己の失策を悟る。

 今のは罠か。

 だが、男はそういう生き物なのだ。致し方ない。

「……まあ、各務君は命の恩人だし。それくらいの役得はあってもいいんじゃないか、とは思ったけれど。だから、何か私にしてほしいことがあれば言って頂戴」

「別に……そこで恩返しなんてしてもらう必要は。そんな、恩義とか感じなくていいからな」

「それもそうね」

「おい」

「冗談よ、冗談」

 そう言って吉川は、一歩先を歩いて行ってしまう。

 何を考えているのか、今ひとつよく分からない。

 しかしこうして話してみると、想像していたよりずっと話しやすい女の子であることは分かる。

「……少し落ち着いた場所に行きましょうか。長くなるかも、しれないから。各務君、時間は平気かしら」

「あ、ああ。大丈夫だけど」

「そう。じゃあ、適当なお店に入りましょう」

 言って、吉川は周辺をきょろきょろと見回す。

 喫茶店なりファーストフード店なりを探しているのだろう。

「なあ、吉川こそ時間は大丈夫なのか。もう九時回ってる。家族が心配するんじゃ……」

「平気よ」

 吉川は、断言した。

 過剰なまでに、強く。

「帰りが遅くなったところで、心配するような家族はいないから。それに……」

 吉川は勲弥の方を見て、ほんの少し、口元を緩める。

「各務君が、守ってくれるんでしょう?」

 その笑みに、勲弥は心臓を鷲掴みにされたような感覚を得た。

 可愛い、と。

 綺麗だ、と。

 思わされた。

 ……僕って結構単純な奴なのかもな。

 今が夜でよかった、と勲弥は安堵する。

 明るかったら、顔が赤くなっているのが気づかれてしまうかもしれないから。

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