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第十話 「あなたは信念で動く人間だ」

『狩人』ロベルト・ブラックは、金で動く人間だ。

 報酬を貰って、獲物を狩る。それだけを生業とする概念術師なのである。

 言ってみれば、暗殺者だ。

 故郷たる『因果世界』では、既に重罪人として指名手配を受けている身でもある。異世界間交流の盛んな世界では、表立って行動できない。

 この世界――『理法世界』はまだマシなほうだ。

 概念術の文化が存在せず、異世界の存在が隠匿される、イレギュラーな世界。

 他の世界との交流は細々と行われているが、他の、概念術が発展した世界に比べれば、ロベルトのような犯罪者にとっては生き易い世界だ。だからこそ、色々な世界の犯罪者がこの世界に逃げ込んでくるのであろう。

 しかし。

 或いは、だからこそ。

 ロベルトにとって、自らの存在を捕捉されてしまったことは、完全に想定外だった。

 ……どうしたものか。

 日本概念省に自分の顔と名前が知れた以上、居場所を掴まれるのも時間の問題と言える。

 一旦、他の世界に逃れるか。

 世界間移動は足がつきやすい。この世界に来るときだって、それなりのリスクは冒しているのである。

「……これは、どうも。ロベルト・ブラックさん」

 町外れの、古びた廃工場。

 夜間ということもあって、周囲一帯、人気は皆無に等しい。

 工場の中に散らばる廃材の間に、ロベルトは立っていた。

 そして向かい側に、もう一人、出現する。

 いつからそこにいたのか、まるで悟らせない。気がつけば、そこにいた。

 法衣を纏った、薄緑色の髪の男だった。年齢は、恐らく二十代半ばといったところ。

 細い目は弓を描いており、人の良さそうな笑みを浮かべている。

「相変わらず、白いスーツなんて目立つものをお召しになっちゃって。逃走生活を送る者の服装とは思えませんよね」

 法衣の男は、いきなりそんなことを突っ込んできた。

 ロベルトにとって、服装が目立っていることなど百も承知である。

「俺の服装にケチをつけに来たわけではないだろう、ネクタリオス」

 ロベルトがそう言うと、法衣の男――ネクタリオスは、「これは失礼」と言って、咳払いを一つ。

「あなたの報告を聞きに来たんでしたね。まあ、おおよそのことは分かっていますよ。『狩り』は失敗。そうでしょう」

「言い訳はしない。だが、次は負けん」

 日本概念省・入国管理局。

 なるほど確かに手ごわい相手ではあるが、しかし勝てないとはまるで思わない。

 確かな勝算を、ロベルトは感じている。

「ですがあの少女――吉川天満は一筋縄では行く存在ではありませんよ」

 吉川天満。

 ロベルトの標的。

 ごく普通の少女だと、ロベルトは思っていた。

 昨夜は、至極あっさり『狩場』へと閉じ込め、あとは殺すだけだったのだ。邪魔が入ったが。

 しかしあの時、ロベルトは違和感を得ていた。

 ……あの少女、微塵も死を恐怖していなかった。

 これから殺されるというのに、吉川天満はまるで怯えた様子を見せなかった。

 抵抗する素振りさえ。

 ……自殺志願者だったのか。あるいは――。

 自分が死なない確信でもあったのか。

 どちらにせよ、ロベルトはそこにただならぬものを感じたのだ。

「あなたに貸した『守人殺し(シールドブレイカー)』さえあれば、彼女を殺せるのではないか……。そう思ったのですが、無理でしたかねえ。まさか日本概念省に奪われてしまうとは」

「……確かに、防御破壊の概念武装は穴があったが、しかし次は……」

「ああ、いえいえ」

 ネクタリオスは首を横に振った。

「申し訳ありません。言うのを忘れていました。勘違いをさせてしまったようだ。

 『次』は、無いんですよねえ」

「何――」

 次の瞬間。

 空間が、爆ぜた。

「――――っ!?」

 咄嗟にバックステップを踏んでいなければ、死んでいた。ロベルトは冷や汗を掻く。

 ……何が起きた。

 何の前触れも無く、爆発現象が生じた。

 概念術だ。疑う隙はない。

 だが、ネクタリオスはそんな素振りを全く見せなかった。

 と言うことは、別の誰かだ。

「へぇ、避けるのか。さすがは『狩人』ってトコかよ」

 声は、背後から。

 慌てて振り向くような愚は犯さない。ロベルトは横に跳び、ネクタリオスと、もう一人を同時に視界に収められる位置へと移動。

 と同時に剣を手元へ呼び出す。

 異なる空間に存在する物体を、因果を捻じ曲げることで異なる空間に現出させる術だ。因果体系概念術の中でも、空間封印と並んでポピュラーな術式である。

 ロベルトは視界を確認する。

 向かって右端に立つネクタリオスは、特に動きを見せない。

 問題は左側に立つ男だった。

 逆立った金髪と、右眼を潰す大きな傷跡が目立つ、若い男だ。

 黒い革のジャケットを着ていて、首から十字架のネックレスを提げている。

 右手には、赤みがかった光沢を放つ銃剣が握られている。刃の部分がかなり長めに出来ていて、刃渡りは90センチほどある。少なくとも剣としての使い勝手は酷く悪いだろう。銃剣というよりも、それはガンブレードだ。

 男は不敵な笑みと共に、こちらを見ている。

「……これは何の真似だ、ネクタリオス」

「いえね。簡単に言えば、あなたの仕事はもうお終いだということでして。続きは、そちらにいらっしゃるミハエル・ディートリッヒさんが片付けて下さいますよ」

 ふん、とロベルトは鼻を鳴らした。

 一度の失敗で見切りをつけた、というわけだ。特別理不尽というわけでもない。

 だが、みすみす始末されてやるわけにもいかない。

「まあそういうこった。『狩人』さんもそろそろ潮時なんじゃねーの?」

「舐めるな」

 そう言うと同時、ロベルトは術式を発動。

 『狩場』を作り出し、自分と獲物だけがそこに移動する。

 空間を因果的に孤立するのではなく、重層空間を作り出しそこに移動する、ロベルトのオリジナル術式。

 一瞬にして移動は完了。閉鎖された空間に、ロベルトと金髪の男だけが存在する。

「なるほど、これが噂の『狩場』ってヤツか。すげぇな」

 男――ミハエル・ディートリッヒは、余裕だ。

 その態度は、昨日戦った少年を彷彿とさせる。

 何となく、不愉快だった。

 ……早々に、決着をつける。

 油断しているならばそれでもいい。

 その余裕が崩れる頃には全てが決着しているだろう。

 ロベルトは術式を発動。因果を捻じ曲げ、ミハエルの背後へと瞬間移動する。

 既に剣は振りかぶっている。あとは薙ぐだけで首を取れる。

 ……終わりだ!

 振り切った。

 だが手応えがない。

 かわされた。

 ロベルトの視界内に、ミハエルの姿が無い。

 消えた。

 だが、『狩人』の嗅覚は、一瞬にして獲物の位置を捕捉する。

「上か」

 《獲物は追われ続ける》。

 そういう概念が『狩場』内部では作用しており、『狩人』は常に獲物の位置を知ることが出来るのだ。

 昨夜の戦いでは使われなかったが、今回はそれが活きる。

 果たして、獲物は空中にいた。

 跳躍でロベルトの剣をかわしたのだろう。だが、それが命取りだ。空中では身動きがとれない。

「カッ」

 ミハエルが笑った。

 ガンブレードの切っ先をこちらに向ける。

 赤く光るその刃に、ロベルトは悪寒を感じた。

 故に、後退。

 直後、爆裂。

 さっきと同じように、空間が爆発した。

 ……そういう、武器か!

 ロベルトのガンブレードは、空間に爆発を起こすことが出来る。

 どういう条件で、どういう構造でそれが為されるのかは分からないが、厄介な武器であることは確かだ。

 爆発によって生じた噴煙。その中から、着地したミハエルが矢のように飛び出してくる。

 速い。

 瞬間移動を使う余裕は無い。だからロベルトは、剣でミハエルのガンブレードを受け止めた。

「いちいち嗅覚が優れてやがるぜ、『狩人』。よく避けるじゃねえか」

 ロベルトの剣と、ミハエルの刃がせめぎあう。

 鍔迫り合い。

 だが、ロベルトは己の有利を感じている。何故なら、

 ……この間合いでは、爆発は起こせない。

 これだけ近付いていれば、爆発の巻き添えになることは必至。故にミハエルは、爆発の能力を使えない。

 今が、チャンスだ。

 ロベルトは次の術式――瞬間移動の術式の準備をする。

 一瞬でこの拮抗は崩せる。

 だが、予期せずして、せめぎ合いが終わりを告げた。

「俺がただ突っ込んできたと思ったら、大間違いなんだよなあ」

 ミハエルがニヤリと笑う。

 次の瞬間、ミハエルは呪文のように呟いた。

「《剣は何も斬り得ない》」

 その言葉が紡がれた瞬間、ロベルトの剣が、砕け散った。

 拮抗が終わる。

 ミハエルの刃が、迫る。

「な……っ!?」

 そのまま、ミハエルのガンブレードが、ミハエルの胸を一突きにした。

 白のスーツが、見る見るうちに血で染まっていく。

 辛うじて心臓は外したものの、深手だ。

 眼前で、ミハエルが勝ち誇った笑みを浮かべる。

「破壊式、だよ。物体の定義を否定することが出来る」

 剣は何かを斬るものである、という概念を否定することで、剣が機能不全を起こし、砕け散ったのだ。

「俺の概念武装――『緋いシャルラハローテア・レーゲン』の機能はそっちさ。否定式を瞬時に構築し、あらゆる武装を機能不全に陥れる」

 口から血を吐きながら、ロベルトは己の不覚を悔いる。

 よく考えれば分かることではないか。近距離では爆発が使えないことなど、ミハエル自身も承知していたはず。それでもなお距離を詰めてきたということは、それ相応の策が合ったということ。

 浅はかだった。

「爆発の方は、あくまでサブウェポンさ。切っ先を向けた空間に爆発を起こすってだけ。まあ、使えるんだけどなこっちも。――こんな風に」

 刃をロベルトに突き立てたまま、ミハエルは引き金を引いた。

 爆発。

 ロベルトの胴体が、爆ぜ散った。

 


 術師が死亡したことで、『狩場』が解除された。

 ロベルト・ブラックの死体と共に元の空間に回帰したミハエル・ディートリッヒは、変わらず佇んでいる法衣の男――ネクタリオスを一瞥する。

「やあ、早かったですね、ミハエルさん」

「……『狩人』ロベルト・ブラックね。ありゃーどっちかていうと暗殺向きだろ。タイマン張るにはちょっとばかり足りてねえな。……それにしても、随分と切り捨てるのが早いじゃねえの」

「彼は金で動く人間ですからね」

 ネクタリオスは穏やかな笑みのまま、言った。

 金で動く人間は信用されない。

 どの世界でも、そうなのだ。

「それに、彼は日本概念省に捕捉されてしまいましたからねえ。このまま彼を使い続けるのはリスクが大きいでしょう」

 ミハエルの側に転がるロベルトの死体には眼もくれない。

 ネクタリオスにとって、自分たちは使い捨ての駒に過ぎないのだということを、改めて実感する。

 間違えれば、自分もこうなるのだ。

「その点、あなたにはその心配がありませんからねえ。あなたは信念で動く人間だ。そして……」

「一度死んだ人間だ、ってな」

 己の右眼の傷を、そっと撫でる。

「俺は仕事を果たす。だからネクタリオス、テメエは邪魔するな。俺が要求すんのはそこだけだ」

「勿論です。期待していますよ、かつてドイツ概念省で最強と謳われたあなたの力をね」

 そう言って、ネクタリオスは姿を消してしまった。

 廃工場に一人残されたミハエルは、足元の死体に目をやる。

 ロベルト・ブラック。

「お前もついてねーなあ。よりにもよって、標的が『あれ』だなんてよ」

 赤いガンブレード――『緋い雨』を別空間に収納。

 そして、煙草を取り出し、火をつける。

「『あれ』は殺せねーよ。そういう存在だからな。暗殺なんて出来るわけがねえ」

 吉川天満。

 そういう名で呼ばれていると、聞いている。

 天満、とはまた皮肉な名前をつけたものだ、とミハエルは感心すら覚えた。

「人間の意思なんか関係なく、運命が守っちまうんだからな。とんでもねえぜ、ったく」

 吉川天満を殺すには、運命という途方も無く大きな力に勝利しなければならない。

 運命。

 何と下らない言葉だろうか、とミハエルは憤る。

 だが、確かにあったのだ。運命と呼ばれるものが絶対的だった世界が。

「『運命世界』唯一の生き残りにして、最大の遺産。吉川天満は……誰にも殺せない」

 俺にもな、とミハエルは小さく呟いた。

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