本当に為すべきことは(前編)
ワームスは、悩んでいた。
この事実を告げるべきかどうか。
帰国してすぐに、城の老学者から
聖なる泉の門が再び開いたと聞いた。
聖なる泉の門は、アヤメがこの世界へ現れた場所である。
これで、アヤメが元の世界へ帰れる可能性がでてきた。
けれども、聖なる泉の門が、
アヤメの元いた世界に通じているという保証はない。
また、別の世界へと通じている可能性もある。
そして、同じ世界へ通じていたとしても
アヤメの生きていたその時代に帰れるとは限らない。
この世界と向こうの世界の時間が
同じように流れていないかもしれないからだ。
もしかしたら、このわずか1年あまりの旅の間に、
向こうの世界では、100年以上の時が経ち、
アヤメの知っている人間は、もう誰も
いなくなってしまっているかもしれない。
その上、もしもアヤメの生きていた世界の
アヤメの生きていた時代につながっていたとしても、
アヤメの元いた国へつながっているとは限らない。
戦火の広がる国へつながっていて、
アヤメが元の世界へ帰ったとしても、
アヤメの国へ帰れる前に命を落とすこともある。
まだまだ、問題はある。
アヤメの世界のアヤメの時代のアヤメの国につながっていたとして、
再び、無事に異世界の壁を超えることができるのか?
もしかしたら、異世界の壁を超えることで
命を落とすこともありうる。
そこまでの危険を犯して、
アヤメを元の世界へ戻すことが必要なのか?
アヤメは、この国を、いやこの国だけでなく、
この世界を救ってくれた。
自分たちは、自分やトルーや仲間たちは、
自分の大事な人達や大事な国を守るために
戦った。
けれども、アヤメは異世界の人間で、
この冒険には、何の関係もなかったのだ。
それなのに、アヤメはその身を犠牲にして戦ってくれたのだ。
そんなアヤメに危険な賭けをさせて良いのか。
その上、トルーとアヤメは愛し合っている。
勝利の女神であるアヤメをトルーが妻として娶ったとして
国民の中で、今現在、異を唱える者は1人としていないだろう。
冒険の中で、ワームスは、
トルーとアヤメが愛を育むのを一番間近でみてきた。
1年間あまりの短い時間とはいえ、
何度も死の瀬戸際に立たされるという濃密な時間の中で、
全幅の信頼を置くことのできた仲間であるアヤメ。
幼馴染である親友のトルーにふさわしい
恋人であり、妻であると、ワイヤーは思う。
しかし、である。
それは、トルーがただのトルーであり、
ワームスがただのワームスである時の思いである。
トルーが将来の王であり、
ワームスがこの国の一端を将来担うのであれば。
『アヤメには、最早、利用価値がない。』
それが、冷静なワームスの出した結論である。