倒す前、倒した後
「殿下には、言わずにちょっと来てください。」
三日前、そうワームスに言われて、アヤメは違和感を覚えた。
ほんの少し前、魔王を倒す前の旅の途中であれば、
ワームスは、
「アヤメ!トルーには、内緒で、ちょっと来い!」
そう行った筈だ。
王子であるトルーと
将来、王子の右腕として宰相になるであろうワームス。
ふたりは、幼馴染の親友でもある。
トルーとワームスの国、
トラスタ王国の古い言い伝えにある聖なる泉に
アヤメが現れたことから、
アヤメたちの魔王を倒す旅が始まったのだ。
旅の間、トルーは王子ではなく剣士だった。
ワームスは将来の宰相ではなく、賢者だった。
けれども、冒険が終わり、再びトラスタ王国へ戻ってきた時、
平和を取り戻してきた若者は、
ただのトルーとワームスではいられなくなった。
国民は、もうトルーとワームスを王子と侯爵家の長男とも見ていない。
新しい国の指導者とみなしている。
そうして、ワームスは、
トルーを殿下としか呼ばなくなった。
変化はそれだけではなかった。
魔王を倒すために集まった6人。
帰り道、出会った順番とは逆に仲間たちは別れ、
それぞれの場所に帰っていった。
最初に別れたのは、森の民の長のユイヤー。
彼は、その俊敏さと薬等の知識で、
仲間たちを助けた。
出会った森の出口で、
ユイヤーと仲間たちはにこやかにに笑い、手を振った。
そして、森の中にユイヤーが消えて行ったあと、
ソバルナが
「ユイヤーと会うことは、もうないだろうな。」
とつぶやいた。
後で、テラが説明してくれたが、
森の民は、普段、人前には姿を見せることはない。
森の民の集落を、森の民以外が知ることはない。
そういう人々なのだと。
その次の別れは、ソバルナだった。
砂漠の入り口につくと、
アヤメの世界でいうラクダに似た生き物ラクルアに乗った
砂漠の民が、アヤメ達を迎えてくれた。
ソバルナは砂漠の民の族長だった。
砂漠の民は国を持たない。
一生を旅をして暮らす民だ。
砂漠の民は、豊かなオアシスに一行を招くと
歓迎の宴を開いてくれた。
その宴のあと、砂漠の満天の星空の下、
一晩中、ソバルナとテラは、寄り添っていたのを、
アヤメたちは知っている。
そう、トルーとアヤメが冒険を通して、愛を育てたように、
ソバルナとテラの間でも、愛が育っていたのだ。
しかし、翌朝、ふたりは笑って別れた。
国を持たない砂漠の民にとって、族長は、
その結束力の源である。
そして、このスラルシ地方の豊かさの一旦をになっているのは、
砂漠の民の移動なのだ。
砂漠の民は、隊商の民である。
いろいろな品物とともに、知識や技術も、その旅によって、
スラルシ地方の国々へと広がる。
魔王の破壊によって、疲弊したスラルシ地方の復興には
砂漠の民の活動が重要になってくる。
まずは、ちりぢりになった砂漠の民を
族長であるソバルナの力で束ねることが大切だ。
そして、アラスルラの王女であるテラは、
魔王によって、王である父を失っている。
元は、宝石のようと言われたアラスルラの王都も
破壊尽くされた。
ソバルナと別れ、
4人になった一行が、アラスルラに入った時、
魔王を倒して帰国したテラを
国民は女王として歓声をあげて迎えた。
冒険の間、
ただの冒険者であった
マイヤーもソバルナもテラも、
冒険が終わり、それぞれの国で、それぞれの役割に
帰っていった。
そして、トラスタ王国に帰ってきた
トルーとワイヤーも
それぞれの役割を果たそうとしている。