第9話 彗星の名を冠する戦闘機
コメットは、夜空を裂いて昇っていくドーントレスの背を見て歯噛みする。
高いく速い――あのまま行かせれば、爆撃線を通される。
マスタングを蹴り落とした勢いのまま追いすがろうとして、コメットは一気に推力を噴いた。空気が悲鳴を上げる。視界の端で月光が引き伸ばされ、海が黒い帯になって流れていく。
(届く!!
今なら、まだ――)
そう判断した、その直後だった。
――火線。
下方左右から、ほとんど示し合わせたように叩き込まれた曳光が、コメットの進路を封じた。
「っ……!」
反射で機首を捻る。頬のすぐ横を、熱を帯びた何かが通り抜けた。遅れて、ばらばらと空気を裂く音が追いついてくる。
ヘルキャット。
サンダーボルト。
二人はマスタングの墜落を見ても足を止めていなかった。
ここでコメットを通せば、その先にいるドーントレスへ届いてしまう。
戦闘機の名に懸けて、意地でも押しとどめる――その執念だけで、二人はコメットに牙を向いていた。
「行かせるかにゃァアア!!」
ヘルキャットが甲高く吠え、低い軌道から潜り込んでくる。しなるような機動、猫みたいに柔らかく、そして牙は鋭い。
その反対から、サンダーボルトが追いすがる。
「ここで止まれぇッ!!!」
重い――ただ飛んでいるだけで圧力になるような重突進。
コメットはドーントレスを追う角度を捨てた。夜空を見上げれば、もう爆撃機の影は月の高さへ食い込んでいる。
この位置、この距離からではもう間に合わない――いや、届くには届くが、がら空きの背中に追撃を食らう。
それに見たところ、目の前の二機もしっかりと爆装を積んでいる。
どちらも無視はできない――ならば、
(二人を先に仕留める!!)
判断が固まるより先に体が動いていた。
「なんにャ、コイツ!!めちゃくちゃな軌道にャ!!?」
「邪魔だぁ!!」
一瞬のうちに距離を詰めて襲いかかるコメット。
「――にャ!?」
「よそ見するなバカ!!
くそっ!コイツ、足癖が悪――ぐぁあ!!」
避けきれず、二体の艤装には傷が刻まれていく。
そして兵器少女の人としての損耗が彼女たち自身の体の反応を鈍らせていった。
しかし、今もう一歩というところで、コメットが突如急制動をかけて、機体を半回転させる――海面すれすれまで高度を落とし、そのまま信濃のほうへ引き返した。
「なんにャ!?退いたにャ?」
「なに!?」
敵から見れば、退いた様に見えたかもしれない。
だが、違う――それはまた飛び上がる為の準備。
信濃の白い腕が、夜の海の上で伸びている。
その上へ、コメットは滑り込むように着地した。
かすかな衝撃――いつでも飛び出せるよう膝をたたみ、低く構える。
本来、空母運用に向かないコメットの荒々しい着艦は、空母にとって、かなりの負担を強いるものである――それは一度で飛行甲板に損傷を与えてしまうほどに。
しかし信濃のその白魚のような細腕は、見た目に反して、まるで鋼の梁のような頼もしさを宿していた。
ギャリギャリと金属と金属がこすれ合うような音とともに腕から火花が散るが、信濃はそれを気にする様子もない。
「ドーントレスは!?」
コメットは焦りを押し殺しきれない声で尋ねた。
信濃は前を見たまま、短く答えた。
「上へ抜けたわ。
でも貴女はそっちじゃない。今は、あの二人をおねがいね」
コメットは唇を噛んだ。
――悔しい。
追いたい。
アレを落とさなければまずいことくらい、分かっている。
けれど、信濃やグロ―ウォームの頭上を空けるわけにはいかない。
多少のダメージを気にせず、信濃とグローウォームの頭上を突破するだけなら、あの二体には容易だろう。
――だから、まずは目の前の二体。
信濃の判断はどこまでも冷静だった。
「……はい」
返事と同時に、ヘルキャットとサンダーボルトが飛来する。
追撃のためではない。ドーントレスの背中へ届く可能性そのものを、この場で砕き落とすための突入だった。
「行きます!」
信濃の腕から、火花と爆音を散らして、コメットが飛び立った。
蒼白い軌跡が横へ走る――次の瞬間には、ヘルキャットの懐へ潜り込んでいた。
「はァっ!?――」
「――もらった!!!」
ヘルキャットが反応するより先に、コメットの蹴りが脇腹の装甲をえぐる。
金属が火花を散らし悲鳴を上げた。
「――にぎゃッ!?」
細い体が横へ弾かれる。だがヘルキャットもただでは崩れない。猫のように体を丸め、吹き飛ばされる勢いそのものを使って回転し、射線を置いてくる。
しかし今度はそこに、グローウォームと信濃の対空砲火が届く。
「ちょこまかとォ!」
ヘルキャットを助ける為、サンダーボルトがその身を挺すように正面から弾を撃ち込んだ。
重い砲火だった。一発一発の圧が違う。近くをかすめるだけで空気が震え、肌が焼けるようだった。
「遅い!!
そんなんじゃ、当たらないよっ!」
コメットはそれを、速度だけで躱す。
上へ。
次に左へ。
さらに急降下。
通常なら失速する角度を、機体が軋んで壊れる切り返しを、彼女は力尽くでねじ伏せる。
ヘルキャットの瞳が、大きく見開かれる。
「当たらないにゃぁあァアっ……!」
コメットを追って、ヘルキャットの照準が右へ上へとブレた、その隙を見逃さずコメットは真正面から再突入した。
ほとんど体当たりに近い突撃で、ヘルキャットの銃口ごと進路を《蹴り》飛ばす。
火花が散り、弾かれた銃口から真上へ火線が飛ぶ――ヘルキャットの体勢が崩れた。
「ふにャぁああ!!?」
「ヘルキャットっ!!」
サンダーボルトが咄嗟に割り込もうとするが、その時にはもうコメットはいない。残像みたいにその場を離れ、次はサンダーボルトの死角へ滑り込んでいた。
「な――ッ!?」
狙いはヘルキャットではなく、より重そうな爆装を積むサンダーボルト――サンダーボルトがそれに気づいた時には、すでに遅かった。
「落ちろおぉおお!!」
サンダーボルトの背後から、二門の30mm MK 108機関砲が、背面装甲を貫いていく――重爆撃機を一撃で屠る為に搭載された、戦闘機の砲としてはかなり大口径の機関砲である。
重い機体がぐらりと揺れ、航空機としての重心が確実に歪む。
致命傷ではないが、確実に飛行に影響を与える――嫌な場所だ。
「ぐっ!!この……ガキがぁッ!」
怒声とともにサンダーボルトが腕を振るうが、遅い。
コメットはひらりと身を躱して、空中に逃げる。
それでもなお、コメットに追いすがろうとするサンダーボルトの、進路を塞ぐように信濃達の対空砲火が叩き込まれた。
≪コメット、深追いしすぎよ。落ち着きなさい≫
夢中で獲物に食らいつく獣の手綱が、うまく握られていて隙がない。
もう少しで、相手を引き込めたのに――とサンダーボルトの表情が歪む。
コメットの死角を突いて横から飛びかかるヘルキャット。
二対一。普段ならもうとっくに囲み終え敵を喰い殺している間合い、しかし追い詰められているのは明らかに二人の方だった。
「こいつ……ッ、動きがおかしいにゃ!」
「分かってるよ!」
悲痛な声が夜空に木霊する。
ドイツ語で“彗星”の名を冠したロケット戦闘機――コメート
彼女は音速の壁に迫るほどの圧倒的な速度ゆえに、軍部の期待を一身に背負って実戦へ投入された。
そのカタログスペックは、まさしく当時の空にあって異常――その速度は空の王者と呼ぶにふさわしいものだった。
しかしその速度を実現させるために犠牲にした、絶望的なまでに悪い燃費、わずか八分ほどで尽きる飛行時間。そして、あまりにピーキーで扱い辛い機体特性は、操手を置き去りにし、やがて期待外れと捨て置かれるようになった。
しかしコメットの心は萎れてはいなかった。
ひと時、羽を休める止まり木さえあれば、自分は何度だって舞えるのだ。
空に上がりさえすれば、自分に追いつける者は誰もいない――そんな矜持を抱きながら、しかし、活躍の場を得ることなく、コメートは静かに歴史の片隅へ埋もれていった。
しかし、見つけた。
遠く長くに飛ばずとも、支えてくれるコメットだけの止まり木。
本来脆く守られるべき存在――空母。
誰より危うく海の上に立ちながら、それでも味方を支え、最前線へと進み出る、たった一隻の勇猛な空母。
本来なら後ろにいるべきはずのその背中は、けれど誰よりも前を向いていた。
天を穿つ彗星
自らを矢とし、目標に向かって穿つ、高亜音速の弓矢――コメットにのみに許された、兵器として異能とも言える超常の力――それが空を支配していた。
皆よ、今一度、考えてみてほしい。
計画、とは何の為にあるのか。
物事を予定した通りに進めるため。
それは、何のためだ?
そう、それは“都合”なのだよ。
例えば、それが商品だとしよう。
商品が計画通りに完成しなければ、計画通りに納入されなければ、どうなる?
そうだ、困るのだ。
広告が無駄になり、顧客が暴動をおこし、他の連動した計画がすべて無駄になる。
世は混乱に満たされる。
そういった“計画”が、世の中や世界のすべてを支配している。
そう、計画、つまりスケジュールは世界を支配している。
計画とはつまり、言い換えれば世界を支配する為のシステムなのである。
我々は洗脳されている。
それは、都合よく統治するためのシステムの一環にしか過ぎない。
私はここに一本の旗を立てようと思う。
計画を捨てる。
スケジュールを捨てる。
このラノベは10話では終わらぬ、わしの矜持にかけて終わらせぬのだ。
決して、書いてみたら終わらなかったから、では断じて無い!!
私は、“計画”という名のシステムに毒され、洗脳され、自我を無くした哀れな諸君らの為、あえて、計画を捨てる姿を諸君らに示すのだ。
そのために、10話では意図的に終わらせぬのだ。
それを分かってほしい。
なんとなく、10話くらいでまとまるかな、と思ってたけど、ぜんぜん終わらなそう。




