第8話 前衛型防御装甲 VS モデル体型
「あー、つっかれた―。あの娘達重いから、肩が凝るのよねー」
米海軍が誇る兵器少女部隊最強の空母であるエセックスは、リオレとマスタングを射出し終えると、肩の張りをほぐすように、ゆっくりと腕を回した。
その動きに合わせて、豊かな胸元が“ふよん”と柔らかく揺れる。ぴたりと肌に吸い付く光沢のある衣装は、その膨らみを隠すどころかむしろ際立たせ、月光を受けて鈍く妖しい艶を返していた。
「何言ってんの。重いのはあんたのその胸にぶら下がった無駄な脂肪のせいよ」
辛辣な言葉を投げかけたのは、ニューポート=ニューズ。
夜の海に立つだけで目を奪う美しい女だった――まるで高級ブランドの広告から抜け出てきたかのように洗練されている――長いブロンドの髪、造形的に完成された顔立ち、目は鋭く、高見から相手を値踏みするかのような自信に満ち溢れていた。
すらりとした手足と、引き締まった肢体――遠目には確かに少女の姿をしている。だが、その背に展開する無骨な艤装が、その印象を根底から塗り潰していた。
「えーひどーい。やる気なくした。帰りたーい。」
ギャルである。
エセックスはひらひらと風に棚引く衣装の裾を払うと、拗ねた子供のようにその場にしゃがみ込んだ。左右に展開した離発着用の巨大な飛行甲板が、びしゃびしゃと海面を叩き水浸しになる。――だがなぜか不思議と、彼女の衣装が水に濡れることはなかった。
ただ、航行速度ががくんと一気に落ちる。
「んなぁ!もう面倒くさい。
何やってんの!」
「姉さん…。ほら立って」
エセックスの傍に駆け寄り、抱き起す控えめな印象の少女。
エセックスと同じデザインの衣装、同じ艤装を纏った少女、レキシントン――エセックス級空母の八番艦、つまり妹である。
「ごめんなさい、ニューズ」
不出来な姉に代わり、おっとりとした妹が頭を下げる図である。
「いいわよ。あんたが謝ることないんだってば。
悪いのはこのエセックスなんだから!」
「はァ?
あんた。ちょっと顔面がいいからって、なにチョーシのってんの?
男は顔だけじゃヌけねーんだよ、バーカ。
ガキは黙ってな」
「あっそ。じゃ、その下品なズリネタボディを死ぬまで自慢してれば?――そうね、垂れてババァになるまで。
――あ、でも今でも私からしたらすでにババァか。あーあ、ざんねん、ごめんなさーい。」
「は?なに、おまえ。やんの?」
青筋を立て胸倉をつかむエセックス。
エセックスの飛行甲板とニューズの装甲板がガリガリ火花を散らしながら削れる。
「なによ?」
「もうやめて、二人とも!!」
レキシントンの悲痛な涙声が、夜闇の静かな海に響き渡った。
――数分後、信濃達まで距離150海里の戦闘海域上
月光に薄く照らされた夜の海の上を、高度を保ったままの四体の兵器少女が飛翔んでいく。
4つの影――接触するような距離で横に並ぶ3機と、その上に1機
通常の軍事の常識からは外れた、しかし実は役割ごとに噛み合った合理的な編隊だった。
中央にいるのは、怖れ知らずの空母殺し、ドーントレス。
鋭く軽量化されたコメットのような戦闘機のシルエットとは異なり、わずかに丸みを帯びた艤装をまとう爆撃機の少女。
赤く長い髪に、意志の強そうな瞳、そして額にかけたゴーグル。
隼の名の通り、獲物へ急降下して喉元を食い破るための爆撃機だ。
爆装を抱えたその機体は、戦闘機ほど身軽ではない。旋回も回避もあまり得意な方ではない。迎撃機と敵対空砲火の中にひとりで突っ込ませるには、心許ない。
その両翼を固めるように、ヘルキャットとサンダーボルトがぴたりと寄り添っていた。
ヘルキャット――茶寅のハイライト、ショートボブ。わかりやすい猫耳と動きやすそうなショートパンツの。身軽な身のこなしに反し、重厚な艤装を纏う戦闘機。
サンダーボルト――ライオンの鬣のように跳ねたブロンドのポニーテール。長い睫毛に目立つ頬の傷。適度に軽量化された無駄のない艤装――四機の中で最も多くの爆装を搭載した、強力な攻撃爆撃機。
ヘルキャットはドーントレスの左側、そしてサンダーボルトは右。
二人はそれぞれ片手をドーントレスへ伸ばし、しっかりとその手を握っている――それは兵器少女のみに許された手段。
本来なら、速度も機動も違う4機が、並んで敵陣に突入する特殊編隊。
急降下爆撃機ひとりでは、ここまで高い速度で戦場に突入することはできない。だが兵器少女なら話は別だ。空を裂く速力を持つ戦闘機が、その身体ごと遅い兵器少女を引き上げ、編隊全体の速度を底上げする。
足の遅い爆撃機に、護衛機が合わせて飛行する従来通りの戦術ではない。速い二人が、遅い一人を無理やり高速の世界に押し上げる。三人は夜空の下、まるでひとつの生き物のように飛翔していた。
ドーントレスは中心で爆弾を抱き、ヘルキャットとサンダーボルトは左右からその速度と生存を支える。
そして、その少し上、編隊を斜め後方から跨ぐように飛翔する、もう一つの影。
マスタング――どこか近寄りがたい空気を放つ、ブロンドのショートカットの少女。
淡い金のストレートヘアが風を受けてさらりと流れ、その細身の輪郭は、どこか磨き抜かれた流線形を思わせた。三機と一線を画す、飛翔し敵を狩ることを追求した艤装。
彼女だけは誰の手も取っていない。
自由な単独機動を保ったまま、三人の頭上をゆるく蛇行しながら飛ぶ。編隊全体を視界に収め、敵の迎撃機が飛び込んでくる角度を潰し、危険な軸に先んじて身を差し込む。その位置取りには、護衛戦闘機というより、狩場全体を見下ろす猛禽めいた冷たさがあった。
四人が狙うのは、信濃たち三人。
そのさらに奥にいる、都市空母本体。
だが、最短で本命へ届くには、まず前に張りついた護衛を剥がさなければならない。
信濃、グローウォーム、コメット。
あの三体が生きている限り、後方の巨大艦は守られ続ける。
ならば、やることは単純だった。
迎撃機が出てきても、そこで足を止めない。
噛みついてくる敵は最小限でいなし、あるいは一撃で振り払い、最速で信濃たちに食いつく。
空戦で勝つことが目的ではない。護衛線を喰い破り、爆撃線を通すことが目的だ。
いち早く何かに気付いたマスタングが、その鋭い視線を前方へ向ける。
「前方、来る…」
静かな声だった。
その瞬間に遠くの闇に散らばっていた点が、輪郭を持ち始める。
迎撃部隊――敵空母、恐らく信濃の迎撃だった。
だが、ドーントレスは顔色ひとつ変えない。
それは、傍にいる三人への絶対的な信頼の証。彼女はもともと回避に優れた機体ではない。もしも一人で作戦行動中に航空迎撃を受けたならばそれは絶対絶命であろう。
だが、今は違う――彼女が最も信頼を置く仲間が3人も傍にいる。
「にゃんだ?そんにゃに数は多くないにゃ、日和ったかにゃ」
「油断するなよ!ヘルキャット!」
ヘルキャットが嗤い、サンダーボルトが吠えた刹那――敵機が吐き出した火線が、暗がりを裂いた。
二人はそれをわずかに機体位置をずらすだけで躱していく――銃弾がすぐ側を高速で通り抜けていく。
空気を切り裂く、鋭い音――殺意の籠った弾丸。
しかし握った手は離さない。
そして接敵。
「…殺る」
マスタングは、その三人よりもさらに前に出ていた。
高く速く、そして鋭く。
彼女は迎撃機同士の綺麗な撃ち合いをするつもりなどなかった。
一人だけ自由であること、それは仲間からの最も強い信頼の証――それに応えなければならない。
格闘戦という名の曲芸飛行に特化した体躯をしならせ、一瞬で敵部隊の側面に回り込むと、敵と正面から噛み合う直前、どう猛な獣が獲物の横腹に噛みつくようにその牙をむいた。
ヘルキャットは滑らかだった。
護衛慣れした柔らかな軌道で、ドーントレスの死角へ潜り込もうとする角度を先回りして塞ぎ、敵を器用に屠っていく――まさに狩りをする猫のようなしなやかさ。
「ナンにゃ、楽勝にゃ!」
サンダーボルトは逆に乱暴なくらいに強い。
空気を押し潰すような重い加速で編隊の右側へ張り出し、真正面から噛みついてくる相手を食い散らしていく。
「ハハ!ほんとだ、こいつら50機もいないよ!」
ヘルキャットとサンダーボルトは、空中を舞うように戦いながら、ドーントレスを左右へ受け渡すように護っていく――まるで、空中ブランコをするサーカスのように。
ドーントレスは信頼する二人に身を任せ、自発的な回避行動を一切取らない――むしろそれが二人の邪魔になると深く理解している。
「あんたたち!たのむわよ、ってのわぁああ!!!!いっつも乱暴なのよあんたたちはあぁあぁぁあああああああああ!!!!!」
ドーントレスの絶叫が響きわたり、一機また一機と迎撃機が夜の闇に落ちていく。
勝負はほとんど一瞬だった、たった2合打ち合っただけで、信濃の航空部隊は半壊状態――散り散りに散会し、編隊を保てていない。
「ほぼ片付いた…。このまま行く…」
マスタングの短い呼びかけに即座に反応する四人――迎撃部隊の隙をついて、戦場を突破するように加速する。
迎撃機は追いすがるも、態勢が整わず、一瞬の間に後方に取り残された。
「拍子抜けだったね!このまま行くよ!!」
サンダーボルトは再度エンジンを吹かすと、突撃態勢に入った。
既に、敵空母と駆逐艦を小さくその瞳に捉えていた。
「行くにゃ、あんにゃ貧弱にゃ空母にゃんて一瞬にゃ」
しかしヘルキャットが呼応した刹那、それは起こった。
―――ドーントレス!!危ないっ!!!!!
一条の稲妻が、轟音とともに夜の闇を引き裂いた。
ヘルキャットもサンダーボルトも、反応できなかった――ただ一人、最初にそれを脅威だと見抜いたマスタングだけが、咄嗟にドーントレスの前へ割り込む。
次の瞬間だった。
閃光めいた速度で突っ込んできた何者かの影が、マスタングを蹴り抜いた。
防ごうと差し出した翼は容易く貫かれ、その先にあった彼女の腹へ――装甲艤装に包まれた脚が、深々と突き刺さる。
「マスタング!!!!」
敵は、ほとんど密着する距離でマスタングに食らいついていた。
刃のような翼に不相応な小さなプロペラ、航空機としては異形な姿。
サンダーボルトとヘルキャットは一瞬で照準を合わせる。
仲間ごと撃ちかねない距離――一瞬にも満たない、本人たちすら認識しえない隙。その刹那を縫い、何者かの影は残影だけを残しマスタングから飛び退いた。
黒煙を上げて、暗い水面に向かって落ちていく仲間――しかし彼女たちは情に判断を鈍らせることはしなった。
サンダーボルトとヘルキャットは沸騰しそうな心と、反応しそうになる体を、無理やり押さえこんで制御する。
「ヘルキャット!!行くぞォオォオオオオッ!!!!」
「はいニャァァアアア!!!!」
二人は一瞬に全てを賭けドーントレスを天空に射出した。それは隼たる、ドーントレスの最強最速の突入軌道。
「……っ…!!!!」
ドーントレスはその燃える髪のように滾る怒りを押し殺し、無言で天空に昇る――誰よりも何よりも高く。噛みしめた唇から血が滲んでいた。
おお、皆よ。
私はまたしても真理にたどり着いてしまったのだ。
罪深い私を許してほしい。
前衛型防御装甲派とモデル体型派の戦争は、古くから続いてきた。
熾烈な政治闘争、暴動、争乱。
迫害によるテロ組織の誕生、そしてその争いは今でも続いている。
私はその争乱を鎮める、唯一絶対の方法にたどり着いてしまったのかもしれない。
聞いてほしい、私はここに一つの和平案を提示しようと思う。
前衛型防御装甲を持った、モデル体型のキャラを、今後このラノベに登場させることをここで約束しようではないか。
わたしは、わたしの身をもって、この争いを終結させてみせよう。
2026.4.5




